暗闇から。








今度はあそこの家にしようか

いやいや、あそこの家がいい


それじゃあ一緒に扉を叩こう















何か頂戴、それがダメならイタズラするぞ!























西洋ではこの時季、「ハロウィン」というお祭りがあるそうです。

街にはカボチャを刳り貫いて作られた灯りが置かれて…
それは“ジャック・オ・ランタン”と呼ばれています。


子供たちが仮装をして、人々の家を回るんですよ。
西洋の逸話の悪魔などの仮装が多いかと思いますね。

そして………




「Trick or Treat!」――「何かくれ。さもなきゃイタズラするぞ!」




そう言って、大人達からお菓子を貰うんです。

以前はもっと違う趣向だったようですが…
最近はこれが定着してますかね。


でもお菓子を貰えなかった子供が、どんなイタズラをするのか、ちょっと見てみたいですねぇ。

















「どんなイタズラするの?」





夕刻、それまで黙って話を聞いていた悟空。
八戒のふと漏らした言葉が聞こえていたのか。
悟空は八戒を見上げ、直球に問い掛ける。

問われた八戒は、困ったような顔で。



「そういう話は、聞いたことがないんで…」
「そうなの?」
「少なくとも、僕は聞いた事ありませんね」

「っつーかさー」



会話に割り込んできた悟浄。
火の点いていない煙草を弄んでいる。
どうやら、ライターを失くしたらしい。

割り込んできた声を聞いて。
二人が同時に、悟浄へと振り返ると。



「お前、何処でそういう話聞いて来んの?」



悟浄の言葉に、悟空は首を傾げると。
溜息を吐きながら、悟浄は八戒を見て。



「それ、もっと西の方の祭りなんだろ?」
「そうですね。天竺よりもっと西でしょうか」
「…そーいう話を何処で聞いて来るんだよ」



こっちでは聞かない話だ、と。
悟浄の言葉に、悟空が「そうなの?」と言う。
頷いてやると、気のない声が返って来る。

八戒はそんな悟空の頭を撫でて。



「僕、昔は孤児院にいましたからね」
「それと関係あんの?」
「宗教がそちらの国に近かったし……レクリエーションとかで」



また悟空から、気のない返事が返って来る。




「で、さぁ」




八戒の手の下から。
悟空が八戒を見上げ、呟いた。



「お菓子貰えなかったら、どうなるの?」
「だからイタズラするんだろ?」
「そーじゃなくて」



子供達はお菓子を貰いながら、家々を回る。
大人達はお菓子を用意して待っている。
果たして全ての子供に行き渡るのか。

街ぐるみの祭りなら、それはかなりの人数だ。
回ってきた子供全てに、大人は渡せるのか。



「皆お菓子貰うんだろ?」
「そうですね」
「じゃ、貰えなかった子は?」



皆が貰った中で。
行きそびれてしまった子は?
後から来て、足りなかった子は?

悟空は八戒に、早口で問うが。
生憎八戒も、それに答える情報は持っていなかった。


八戒が困ったような顔をすると。
悟空はようやく、追求を止めた。
だが表情は、気になって仕方がない、と言っているようで。



「ひょっとしたら、悪魔に食べられてしまうかも」



唐突な八戒の台詞に、悟浄が机に頭をぶつけた。



「子供達が仮装をするのには、色々理由があるんですよ」



悪霊を追い払うための仮装。
家の周りを徘徊する悪霊が人間に取り付こうとして。
それを追い払う為に、仮装をして脅かす。

今では、子供達が悪霊の格好をして大人を脅かし。
お菓子を貰う、という事とごちゃ混ぜになっているようだが…


悟浄は八戒の腕を掴んで。
自分の方へと引き寄せ、小声になり。




『おい、猿にそういう話をすんなよ!』
『間違った話ではないと思いますけど?』
『仮装云々じゃなくて、食われるって事だ!』




悟空は、そういう話を極端に怖がる。


加算して、八戒の“怖い話”は本気で怖い。
話と離し方自体もかなり怖いもので。

悟空は八戒の言う事なら、信じてしまう。




『とにかく、さっきの台詞、撤回して来い』
『……怖がる悟空って、可愛くないですか?』
『んな事はいいから、撤回して来い!』




例え遠くの国の話だとしても。
聞いてしまえば、悟空は怖がる。


悟浄に言われ、八戒は悟空に視線を向ける。
悟空はじっと椅子の上で大人しくしていた。

常日頃から騒がしい彼としては、珍しい。
机の上に腕を乗せ、そこに頭を置いて。
金瞳に少し、不安の色が浮かび。



「八戒!」
「はい?」



呼ばれ、八戒が返事をすると。



「………オレ、腹減った…」



いつもの台詞なのに。
違う気がするのは、気の所為ではない。

悟浄は額を手で抑え、溜息を吐いたが。
お菓子をやれば、悟空も安心するだろう。
八戒も喜んで作るだろうと思った。



………が。





「そー言えば、ここの厨房、今日使えないんですよね」





八戒の台詞に、二人は固まった。

先に復帰したのは、悟空。
その金瞳には、既に透明な雫が浮かんでいて。



「どーすんの!?」
「大丈夫ですよ。……多分」
「オレ食われるの!?」
「大丈夫です。………多分」



わざわざつけられる最後の言葉。
それがかなり、悟空の不安を煽り。
涙は零れだす一歩手前。

流石に可哀想だと思ったのか。
八戒は悟空の頭を撫でて。



「大丈夫。食べられたりなんてしませんから」



優しい笑顔を見せても、悟空の涙目は変わらなかった。































深夜。

風に打たれ、窓が音を立て。
悟空は布団を頭から被って蹲っていた。


今日は全員、一人部屋。
夕刻は悟浄の部屋で話し込んでいて。
八戒があんな話をしたのは、急な事だった。

その時は聞き入ってしまった悟空だが。
今になって、それを後悔する。




………はっきり言って、怖い。




窓が音を立てる度に、思ってしまう。
まさかとは思うけれど、八戒が言うと、どうしても…
悪魔が来たのではないかと。



(…また悟浄にバカにされる…)



自分だって怪談とか怖がる癖に。
悟浄はいつも、悟空を揶揄ってくる。


部屋に戻る前、八戒が言ってくれた。




『今日は一人部屋ですけど…僕と一緒に寝ますか?』




それは、ありがたい言葉だったけれど。
また悟浄に揶揄されるのが嫌で。
大丈夫、と笑って戻って来てしまった。

今から行こうかと、何度も考えて。
断った事を思い出し、止めてしまい。



(………どうしよう……)



思いながら、布団から顔を出し。
寝転がったまま、ベッドから窓を見ると。

――――黒い、蠢く影。




「っ!!!」




布団を引っ張り上げ、頭に被り。
また、悟空は丸く蹲った。


どうせあれは木の影だ。
判っているのに、それでも怖い。
目頭が熱くなるのが、情けない気がして。

けれどそれよりも。
風になる窓が、怖くて。



(………三蔵……)



幼い頃を思い出す。
まだ一人寝が慣れなかった頃。

三蔵はなるべく、一緒に寝てくれた。
冬は寒いし、空が曇ると部屋は暗くて。
理由も判らず怖い時、一緒にいてくれた三蔵。


……今行っても、大丈夫だろうか。



(もう…寝てるよなぁ……)



月の位置は、確認できない。
それだけ夜が更けたのだと、悟空は察した。

今から行って、一緒に寝てくれるだろうか。
















真っ暗な廊下を、ゆっくりと歩く。
セメントで固められた床に、足音が響き。
暗闇との相乗効果が、不安を煽る。

三蔵の部屋は、悟空の部屋から少し遠い。
八戒の部屋の方が近いのだが。
今は、三蔵でなければ駄目なような気がして。




――――ギィッ




聞こえた音に、悟空は身を固くした。
後方から聞こえてきた、その音。
扉を開けた音だろうか。

悟空はゆっくりと、振り向こうとして。



「悟空?」



振り向くよりも少し先に。
名前を呼ばれて、悟空は肩を揺らした。

けれど、声音は聞き覚えがあった。


振り返れば、やはり。
優しい翡翠がそこにあって。



「どうしたんです、こんな時間に」
「…っ……」
「……悟空?」



返事がない事に、心配そうな声。



「眠れなかったんですか?」
「………ぅ………」
「僕の所為ですね。あんな話したから」



悟空の肩を抱いて、優しく撫でて。
悟空は八戒にしがみつく。

八戒はそんな悟空の背を、ぽんぽんと叩き。



「三蔵のところに行きたいんですか?」



震える悟空を宥めながら。
言われた言葉に、悟空は素直に頷くと。
八戒は真っ暗な廊下を見渡した。


不意に、肩を抱かれて。
八戒はそのまま、暗闇へと歩き出す。

戸惑いながら八戒を見上げると。



「三蔵の部屋はもう少し先ですから、送って行きますよ」



僕の所為だから、と。
その言葉に、悟空は首を横に振った。

すると、八戒は優しく頭を撫でてくれて。
悟空は八戒にしがみついたまま、歩いた。
歩きにくいだろうに、八戒は何も言わない。


それでも、傍にいたいのは三蔵で。
心の中で、小さく「ごめんな」と謝った。

それと。



「………八戒」
「はい?」
「……ありがとな」



その言葉に、八戒が笑った気がした。





「何やってんだ、お前ら」





不意に背後から聞こえた声に。
悟空と八戒が振り向くと。
闇の中でも煌く金糸がそこにあって。

悟空は思わず、泣きそうになった。



「さんぞぉ〜っ!」
「うるせーぞ、猿。夜中だ」



声を上げて抱きついたら。
珍しい事に、怒鳴り声はなかった。

八戒は苦笑を漏らす。



「あなたこそ、何やってるんですか?」
「煙草吸いに出てただけだ」
「部屋の中で吸えばいいじゃないですか」
「気紛れだ」



三蔵は八戒の問いに、素っ気無く答え。
部屋に戻る、と言って歩き出す。

悟空は慌てて法衣の裾を掴んだ。



「……何やってんだ、猿」
「あぅ……っと……」



ほとんど無意識に掴んでいた悟空。

三蔵の睨む目線は怖くないが。
助けを求めるように、八戒に目をやった。



「一緒に寝たいんだそうですよ」
「……ガキか、テメェ」
「普段子供扱いしてるじゃないですか」



三蔵は肩越しに悟空を見て。
悟空は法衣を握ったまま、静止していた。

やや間を置いて、溜息が聞こえ。
やはり許されないだろうと思った矢先。
法衣を掴んでいた手を、逆に掴まれ。



「さ、んぞ?」
「黙れ」



自分が何を言おうとしたか、悟空にも判らなかったが。
言おうとする前に、三蔵に遮られ。

悟空は八戒へと視線を向ける。
細められた翡翠と目が合って。
おやすみなさい、と小さな声が聞こえた。
悟空も手を振って、おやすみ、と。






――――ガタ、ガタンッ!






言おうとした瞬間。

響き渡った騒音に、悟空はまた身を固くした。
思わず三蔵の腕にしがみ付く。



「なんだ、今のは」
「…さぁ…暗くてよく判りませんけど」



三蔵と八戒は、後方に目を向けた。
悟空もそれに習って、肩越しに後を見て。

時折、小さな物音が聞こえてくる。


悟空は一層強く三蔵にしがみ付き。
暗闇から聞こえる音に、身を振るわせた。



「……八戒ぃ……」
「大丈夫ですよ、そんなのじゃないですから」



ふと過ぎった不安に、八戒に目をやると。
八戒は暗闇に目を向けたまま、言って。



「なんの話だ?」
「ちょっと、お話をしまして」
「なぁ、悪魔っているの?」
「…………あぁ?」



要点をふっ飛ばしての悟空の台詞。
三蔵は眉間に皺を寄せた。

また物音が聞こえ。
悟空はそれ以上何も言わず、三蔵に引っ付き。
三蔵と八戒は、暗闇を見据え、身構える。




――――ガタ、カタ、カタン……




悟空の身体が小さく震えると。
その肩に、法衣の袖が被さり。



「さんぞぉ………」



呼んでみても、返事はない。
二人の意識は、暗闇へと向けられて。

妖気や殺気、敵意は感じない。
だから余計に、警戒してしまう。
悟空は特に……八戒の話の事もあって。


しかし次の瞬間、肩透かしを食らう。






「あれ、オメーら何してんだ?」






暗闇の中から現れたのは。
声と口調の通り、悟浄で。

悟空は金瞳きく開いて。



「…なんで…悟浄がいるの…?」
「ん? トイレ。俺の部屋の階、便所壊れてたから」



悟浄の部屋は、今いるフロアの一つ下。
悟浄の後には、階下へ続く階段があった。

悟空はほっと体の力を抜くが。
三蔵と八戒が、無言で悟浄に歩み寄り。



「さっきの物音はなんです?」
「足滑らしたんだわ、暗くてさ」
「…それだけか?」
「あと、危うく落ちそうになってよー」



ここの階段急なんだ、と。
そう言って僅かな間を置いて。











「「だったらそのまま落ちて来い(来なさい)」」





ズダダダダダダ!!!!












「悟浄―――っ!?」
「寝るぞ、悟空」
「あ、おやすみなさーい」


「え、いいの!? いいのーっ!?」






















今度はあそこのおうちにしようよ

駄目だよ、今度はあそこに行こう


それじゃあ分かれて両方行こう










お菓子を頂戴、それが駄目ならイタズラするぞ!















FIN.



後書き