酒宴











よくある言葉しか、言えない

他に言葉が見つからない













でも、それでも言いたいから



























陽が西へと大きく傾き始めた頃。
一行は無事、宿へと辿り着いた。



ここ数日、刺客は形を潜め。
天候に先行きを遮られることも無く。
言えば、平和な日々が続いていた。

しかし悟空は、エネルギーが有り余り。
同じく、悟浄も退屈であり。
後部座席の一騒動は、絶えなかった。


三蔵の怒号にそれが一時停止するのも、毎度の事である。




辿り着いた時の町―――と言うより、村は。
まだ夕刻だったのに、人通りはまばらで。
のどかな雰囲気に、しばし滞在する事を八戒が提案した。

三蔵が特に、何も言わなかったから。
八戒は勝手に、了承の意と取ったのだった。


宿で取れた部屋は、シングル二つとツイン一つ。

三蔵、悟浄は勿論シングルがいいと言い。
悟空もそれに伴い、シングル希望。
八戒だけは、どちらでも良かった。


人数オーバーの為、カードで決めて。
ツインでも構わない筈の八戒まで、参加して。

結果、勝ったのは、八戒と三蔵。



悟空と悟浄は、揃って八戒に代わってくれと言ったが。
ジープを休ませたいから、と。
取れたのなら、譲る気はないらしい。

三蔵は、部屋が決まるとさっさと行ってしまった。
八戒も手に入れた部屋へと、足を向けて。






悟空と悟浄は、『不満』と言う表情を露にしていた。














数刻前まで、部屋割りに文句を言っていたのに。
悟空は悟浄に引っ付いていて。

悟浄もそれに悪い気はしなくて。
じゃれつく悟空を揶揄って遊んでいた。



「チビチビ言うな、ゴキブリ河童!」
「ん〜? じゃあミニかぁ?」
「小さくねーって言ってんだよ!」



旅立ったばかりの頃より、身長が伸びたかも、と。
不意に悟空がそう言ったことが発端。


悟浄の顔が前よりも近いと言った悟空。
言われて思い出すと、確かに近い気がして。

それを八戒のように「良かったですね」等と言う事は無く。
それでもチビだと、揶揄うと。
当然、悟空は直ぐに激昂したのだ。



「小さくない小さくない小さくない! 悟浄がデカ過ぎるだけ!」
「そりゃ俺は長身よ? で、お前はチビ」
「小さくな―――いっ!!」



腕を振り上げて殴りかかろうとする悟空。
悟浄は、それまで座っていた椅子から退いた。

殴り損なった悟空は、悟浄を睨んで。
それまで、悟浄が座っていた椅子を陣取った。
場所を取られた悟浄は、ベッドへと移動する。



「激ムカ付く!」
「チービチビチビ、おチビちゃーん」
「だーっ! チビじゃねえ!!」



悟空は椅子を倒す勢いで立ち。
手前にあったテーブルをバンと叩いた。

そんな反応が、見ていて面白くて。
もっと揶揄いたくなるのだ。


小さくない、と悟空は言うが。
身長162センチは、18歳の男にしては小さいだろう。

対し、悟浄は180を超える。
20センチの差は、傍目にも明らかで。
お互い見上げ・見下ろさないと顔が見えない事も多い。


悟浄からすれば、どう考えても『チビ』だ。




「チビじゃない――――!」




悟空にすれば、それが気に入らない。
逢った頃から、悟空は小さくて。
見上げ・見下ろさないと顔が見えない。

その頃より、悟空は身長が伸びて。
いつか追い越してやると、そのつもりで言ったのだろうが。
どうせチビのままだと、悟浄は思う。


そしてこの遣り取りが、小一時間ほど続いているのだった。



















騒ぎに騒いで、どれ程経ったか。
悟空は椅子に腰掛け、大人しくなっていた。

つい先刻まで、ムキになって「チビじゃない」と言っていたのに。
途端に黙れば、悟浄だって気になるもので。
揶揄い過ぎたかと思ってしまう。



「……猿?」
「…………なに」



呼んでみれば、返事はあった。
やや間が置かれていたが。



「ナニじゃねーよ。なんだ、急に静かになってよ」
「…オレが静かにしちゃいけないのかよ」
「そうは言ってねぇだろ」



悟浄は煙草を取り出し、火をつけて。
灰皿がテーブルにある事に気付き。
座っていたベッドから、腰を上げた。

トン、と灰を灰皿に落とし。
悟空が小さく呟いたのは、その時だ。





「今日、悟浄の誕生日だ」





その言葉に、悟浄は動きを止め。
部屋に置かれていた、カレンダーを見た。

今日は何日だっただろうか。
この旅に出てから、日付感覚が曖昧だ。
寒くなっていく空から、そろそろ冬だとは思っていたが。



「…そーいや、そんな日もあったな…」



カレンダーから目を逸らし。
悟浄は、椅子に座ったままの悟空を見下ろした。



「…今年、なんも出来なかったな……忘れてた」
「気にすんな。俺も忘れてたし」



くしゃり、と悟空の頭を、少し乱暴に撫でた。


出逢ってから、旅に出るまでの僅かな時間。
悟浄の誕生日を知った悟空は、嬉々として。
「お祝いしたい!」と八戒に言った。

単に八戒の手作りケーキが食べたいんだろ、と。
言ってやると、その時は誤魔化すように笑った。


渋る三蔵まで巻き込んで、小さなパーティ。
それは、三蔵や八戒の誕生日も同じだったけれど。
悟浄も悪い気はしなかった。


それまで、良く思えなかった“生まれた日”。
その日の度、思い出す女の影。

いとも簡単に、意識を他へ向けてくれた。
幼稚なやり方で、他意もないまま。
初めて思った――――その日を、悪くないと。



無邪気に祝ってくれる、その笑顔で。



けれど、今は旅の途中。
お祝いパーティなんて出来ない。

八戒に頼めば、料理ぐらい作ってくれるだろう。
けれど、彼も疲れていない訳も無い。
ずっとジープを運転していたのだから。



「今年、なんも出来ないな」
「いいだろ、別に」



祝えない事を気にしている悟空だが。
悟浄の方は、一向に構わなかった。

そう思ってくれるだけで、柄でもないが嬉しかった。
他の二人じゃ、絶対に有り得ないだろうから。



「お前だけだぜ、そういう事言うの」
「……って、何が?」
「俺の誕生日になんかしたいなんてさ」



くしゃくしゃと悟空の頭を撫でまわす。


悟空は大人しく悟浄に撫でられていた。
少し頬を膨らませているが、何も言わない。

時折見上げてくる金瞳。
それに、いつものように笑ってやる。



「……やっぱ、パーティかなんかしたい」
「仕方ねぇだろ、こんな時だし」
「でもなぁ……」
「そんなにしたいなら、ツケといてやるよ」



旅が終わったら、纏めて返せと。
悟浄の言葉に、悟空は小さく笑って。



「ツケとくの面倒くさーい」
「あんだと、俺が譲歩してやってんだぞぉ?」
「いてててっ、悟浄、バカ、痛ぇって」



また乱暴に悟空の頭を撫ぜると。
柔らかい大地色の髪が、時折悟浄の指引っかかり。
痛いと言う悟空だが、笑ったままで。

解放すると、悟空は頭を抑えて。
痛かった、と笑みを残したまま言い。



「そーだっ!」
「うおっ?!」



突然、椅子から立ち上がり。
悟空は悟浄を押しのけ、部屋の一角へ。

其処には、備え付けの小さな冷蔵庫。
悟空が其処から取り出したのは、缶麦酒だった。





「お祝いしよ、悟浄」





言って、悟空は悟浄に麦酒を差し出すが。
悟浄はそれを受け取ろうとしない。

そう言ってくれるのは嬉しいが。
悟空はまだ未成年で、保護者も煩くて。
飲ませたと知ったら、悟浄が何をされるか。



「バレたらどーすんだ?」
「平気だよ」



はい、と悟空は麦酒を近付ける。

それを突き返す事も出来なくて。
悟浄は苦笑を漏らし、麦酒を受け取った。


「不良猿」
「クソ河童」
「ボキャブラリー貧困だな」


返された言葉に揶揄を投げると。
悟空はムッとした顔をしたが。
返す言葉が見つからないのか、何も言わなかった。

悟浄がベッドへと腰を下ろすと。
その隣に、悟空も座った。



「あんま騒げないね」
「騒ぐばっかがお祝いじゃないだろ」
「人数多い方が楽しいじゃん」
「あいつらはなぁ……俺は遠慮したいけど」



そして二人同時に、プルタブを開けた。























悟空はアルコールに弱い。
飲み始めて一本目で、かなり酔ったと思う。

呂律が回らないまま、悟浄に纏わり付いて。
「幾つになった?」だの、「欲しいものある?」だの。
子供のように悟浄に聞いてきた。

欲しいもの、と聞かれて。
少し、悟浄は答えることに窮した。
言われると思いつかないものだった。


二本目を飲み終えた時は、赤い顔をして。
何が面白いのか、ケラケラ笑っていた。



そして、三本目を飲み終えた後には。





「あーあ……ガキだな」





悟浄の膝上に頭を乗せて。
悟空は、小さな寝息を立てていた。

悟浄もそこそこ、アルコールが回っていたが。
まだ睡魔は訪れて来なかった。

火照った悟空の頬に触れてみる。
子供体温だから、いつも温かいのだが。
今は常より、熱を持っている気がした。


悟空が眠ったまま、何か言っている。

悟浄は何も言わず、そんな様を見つめて。
明日は二日酔いだろうなと思った。



「ん…………」



悟空が小さく身動ぎした。

くしゃ、と悟空の頭を撫でると。
先刻よりも、寝言がはっきり聞こえ。





「…たんじょーび…おめでと……ごじょぉ……」





無意識の言葉に、悟浄の口元が緩んだ。

























トントン、と扉を叩く音がして。
悟浄は緩慢な動作で起き上がった。

すると、腹部に重みがあり。
見下ろせばやはり、悟空が其処にいた。
まだぐっすりと眠っている。


小さな体を、起こさないよう退かして。
悟浄は部屋の出入り口へと向かい。

ドアノブに手をかけた所で、振り向いた。


すやすやと眠っている悟空。
あと一時間は起きないと見える。
起きても、きっと二日酔いだろう。

……もう少し自分も寝ていよう。
そう思い、悟浄は踵を返した。



外からの催促の声は、聞こえない事にした。



























よくある言葉しか、言えない

他に言葉が見つからない









でも、それでも言いたいから


生まれてきてくれてありがとうって





















FIN.



後書き