- ほたる -








ふわり ふわり ふわり

川辺で光の魂が遠い空へと還っていく
















キミの瞳にその光は


一体どんな風に映っているの?
































ホー、ホー、ホー、と。
梟の声が、森の中に流れていた。

既に月が高い位置へと昇っている。
満月ではなく、細い下弦の月。
鬱蒼とする木々の合間を、僅かに抜けてくる光。




悟空は、眠れずにいた。
ジープの上で、膝を抱えて蹲って。

同じ後部座席では、悟浄は既に眠っており。
運転席でも、八戒が小さな寝息を立て。
その隣、助手席では、三蔵は目を閉じたまま動かない。


起こしてはいけない。
皆疲れているのだから。

一人で起きているのは、確かに退屈だけど。
だからって、誰かを起こす程無神経ではない。
悟空はただ静かに、睡魔に誘われるのを待っていた。


けれど、そうやって睡魔を待ち続け。
どれだけ時間が経ったというのか。

身体は確かに、だるさを訴えていたが。
妙に頭がはっきりしていて。
眠りたい筈なのに、ちっとも眠れない。



(……月の所為なのかな…違うよな……)



月が明るすぎる所為だろうか。
違う、今日の月明かりは、細いもので。
眠りを妨げるほどの光を用いていない。

星明りの所為かとも思ったが、違う。
ただ本当に、頭がさえているのだ――――理由もなく。



(……昼寝のし過ぎって訳でもないしな)



今日は白昼、一度も寝ていない。
だから益々、眠れない理由が判らなくなる。



(……どうしよう)



何が、という訳でもない。
強いて言うなら、眠れないことに対して。

生死の境目にいるような生活の中。
眠れる時に眠らないのは、得策ではない。
疲労が蓄積されれば、それだけ死に近付く。


判っているのに。



(…さっさと寝たいな)



悟空は膝を抱いて、膝皿に頭を乗せ。
細い月明かりに照らされる森の中を見ていた。

こうして起きているだけで。
明らかに身体の疲れは溜まっていくのに。
常なら直ぐ訪れる睡魔が、今日に限って、ない。





梟の声だけが、悟空の耳に届いていた。



































しばらく悟空は、瞳を閉じていた。
その間に眠れるだろうと思ったから。

だが、視覚が閉ざされれば、その分。
他の感覚―――聴覚が研ぎ澄まされ。
今度は、虫の声が煩く思えてきた。



(ダメだ、やっぱ寝れない)



悟空は顔を上げた。

抱いていた膝を離し、足を伸ばし。
音を立てないようにゆっくりと動き。
そっと、ジープから降りた。



(遠くに行かなきゃ、大丈夫だよな)



助手席の三蔵に視線を移す。
目を開けない所を見ると、起す事は無かったらしい。

気配に敏感な三蔵にしては珍しいと思いながら。
悟空は足音を立てないように、歩き出した。


悟空は茂みの方へと足を向け。
時折ジープの位置を確認しながら歩いた。

茂みへと入り、木々の間を抜け。
足元の木の根に気を配りながら。
悟空は真っ直ぐに歩いて行った。



(ちょっと歩けば……寝れるかも)



少しブラついて、帰ればいい。
ジープが見えれば、迷い易い悟空でも、すぐ戻れる。

木の枝の隙間から零れる月光が、道を作っているようで。
夜の森は、不気味なものだと思っていたが。
そればかりではないのだと、不意に思った。




(何処まで…続いていくのかな)




光の道を見下ろしながら、歩を進めた。











































気付けば、悟空は振り返る事をせず。
月明かりの道を、ただ歩いていった。

まるで誘われているような気がして。
戻った方が良いかと、思わない事も無いが。
歩は止まる事をしなかった。



(……やばいかなぁ……)



もうかなり、ジープから離れてしまったと思う。
真っ直ぐ歩いてきたかどうかも判らない。

気付いたのなら、止まれ。
自分に言い聞かせてみるが、それは効果が無く。
身体は勝手に、光の標を踏んで歩く。



(ここ……どこなのかなぁ……)



それを思う心さえも。
何処か、他人事のような気になっていた。


パシャ、と水の跳ねる音がして。
悟空の金瞳に、光が戻る。



「……み、ず…?」



見下ろせば、静かなせせらぎの川。
浅いその川に、悟空は足を浸していた。

自覚した途端、水の感触が冷たくて。
悟空は慌てて、直ぐ傍の岸へ上がった。



「なんで、…オレ、こんなとこに…」



居るのだろう、と思って。
自分自身で歩いてきたのだと思い出し。

けれど、途中から記憶が抜けていた。
どうしてこんな場所にいるのか。
思い出して振り返れば、鬱蒼とした木々があるだけ。



「……やべ…」


ジープが何処にも見当たらなかった。

戻らなければ。
悟空は踵を返した。



しかし。





「……………え?」






不意に、何かが眼前を横切って。
悟空は踏み出した足を、そのまま止めてしまった。



(―――――なんだ?)



ふわり、と何かが宙に舞い上がった。
それは小さな光。

悟空は右手で、目をごしごしと擦った。
そしてまた瞳を開けてみると。
やはり其処には、宙に浮かんだ小さな光があって。



(………これ………?)



そっと、手を伸ばしてみると。
光はするりと、悟空の手から逃れた。


光は、悟空の後方―――川へと飛んで行き。
悟空はその光を追って、振り返った。

光は川を挟んだ、反対の岸辺へ。
その光がなんなのか気になって。
悟空は浅い川へ、足を浸した。



(あれって……あれって、なに?)



同じようなのを、幼い頃に見た気がする。
三蔵に連れて行ってもらった、秋の川辺で。

きっとその時見た筈だ。
その正体を、教えて貰った筈なのに。
思い出せなくて、何故だかそれが悔しくて。



(なんだっけ……あの…光ってて、きれいな……)











あの光を捕まえて。
三蔵に見せて。

教えて貰った筈なのに。











ふわりと舞う光を追い駆けて。
この手に捕まえて。

その頃は、意外に思えた光の正体。
綺麗で、持って帰りたいと言ったら。
それは無理だと、三蔵に言われた。



(なんだっけ……なんで覚えてないんだよ)



三蔵に教えて貰ったのに。
忘れないように、何度も反芻したのは覚えている。

なのに、肝心な部分が思い出せない。


反対の岸辺へ辿り着いて。
届く距離で、宙を待っている光。

その光へ手を伸ばし、包み込んだ途端。







急に、その場一体に光が溢れた。












「…………ほたる―――――?」













やっと思い出した言葉が、無意識に声に出て。
手に包んでいた光も、指の隙間から抜け出し。
無数の光の中に、溶け込んでいった。

無数の蛍の光。
悟空の周囲を、淡く照らし出し。



「え……あ…あ」



足元からも溢れ出す光に。
悟空は、慌ててその場から退いた。

足元に隠れていた蛍が空に飛び。
茂みの影からも、また飛び立って。



「………すげぇ……」



広がる光景に、悟空は呟いて。
身体の力が抜けて、その場に座り込んだ。



小さい頃に見た光は、こんなに沢山じゃなかった。
けれど、確かにこの光で。
あまりにも、綺麗で。

三蔵にも見せたい。
あの頃みたいに、二人で見たい――――………








「何やってやがる、バカ猿」








聞こえた声に、悟空は目を見開いて。
座ったままで、反対側の岸辺を見た。

其処には、月明かりに照らされる金糸の人。



「………さんぞ……」



ぼんやりとした声で名を連ねると。
三蔵は、こちらをじっと見据えて。



「さっさとこっちに戻って来い」
「あ……え…」



言われて、立ち上がろうとして。
地面についた手に、蛍が一匹、降りた。



「あ…………」



その蛍の光は、弱々しくて。
悟空はそっと、その蛍を手で包み。
立ち上がると、川へと歩を進めた。

飛び回っていた蛍が、散り散りになって行き。
悟空は開いた道を、歩いて行く。

弱い光を放つ蛍を、その手に包んだまま。
川を歩き、三蔵の立っている傍へ行き。
悟空は、三蔵の前でそっと手を開いた。



「………さんぞ、蛍…」



弱い光を放つ蛍を見て。
三蔵は、何も言わずに悟空の頭を撫でた。

ぽう、蛍は一度、明るく光を放った。



「あのな……すっげぇきれいだったの」
「……お前、前にも同じ事言っただろう」
「だって、すげーきれいだから」



悟空は、手の中の蛍を見下ろして。
小さく点滅する光とその主に、知らず笑みが零れた。

ふわり、とその光が手の中から離れ。
蛍は悟空と三蔵の周りを、くるりと飛んで。
もといた岸辺へと、還って行った。









無数の光は、その一つの光を受け入れ。


悟空は三蔵に寄り添ったまま、ただ見つめていた。































ふわり ふわり ふわり

川辺で光の魂が遠い空へと還っていく









キミと二人で

この光舞う空間の中で



キミと一緒にいることで、現実にあるものと判るから





















FIN.



後書き