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僕があの日見つけた太陽は

今もまだ、手の届く場所にあります











どうか奪わないでいて下さい


そのヒカリがないと、僕はもう、耐えられなくなったから……



































暗い暗い場所で。
ただ、生き続けていた。

何も食べていないのに、空腹感はなくて。
刻は流れていくのに、爪一つ伸びなくて。
生きているのか、死んでいるのか判らないまま。


空の光へと、恐る恐る手を伸ばした。
何度も、何度も。

それは届く筈もなく。
手は、力なく下ろされる。
見えるのに、届かないのが悔しい。

届く筈の無いものだと、判ってはいるけど。



どうして、此処にいるのかも判らずに。
どれだけ、刻が経っているかも判らずに。

ただいつもの様に、空を見上げていた日。







『俺を呼んでたのはお前か?』







憮然とした声。
不機嫌な表情。

それから強い紫闇と、眩い金糸――――……



言われた言葉に、否定の意を唱えれば。
嘘だと、はっきりと言い返されて。

仕方ねぇから、と差し出された、手。
それをしばらく、呆然と見つめて。
来ねぇのか、と後を押すような言葉。


この手も、届かないんじゃないだろうか。
何度も焦がれた、空の光のように。

それでも、恐る恐る、手を伸ばして。
………触れた温もりは、確かなものだった。











―――――今、あの日のように、その太陽に触れている。















































「………思い出しちゃった」



悟空の呟いた言葉に。
煙草を吹かしていた三蔵は、目線を向けた。



二人、寺院裏の山の上で。
木々の根元に座って、何も言わないまま。
寄り添って、ただ穏やかな時間を過ごしていた。


悟空は、朝から三蔵に構ってくれとせがみ。
仕事詰だった三蔵は、いい加減に休みたくて。

寺の坊主には当然、知らせないまま。
二人で寺院を抜け出して。
悟空がよく遊んでいた、この山に来ていた。



「何を思い出したんだ」



悟空の先の言葉に、三蔵が問えば。
悟空は小さく笑い、三蔵へと身を寄せ。



「三蔵に初めて逢った時の事」
「よく覚えてたな」



茶化すような三蔵の台詞に。
悟空はむっと頬を膨らませた。



「三蔵は覚えてんの?」
「お前の間抜け面はよく覚えてるな」
「なんだよ、それ」



不貞腐れた悟空の台詞に。
三蔵は見たままをだと告げる。

何事か言おうとした悟空だったが。
言葉が結局、見つからなかったのか。
三蔵の肩に頭を乗せただけだった。



「オレだってちゃんと覚えてるもん」
「どういう風に?」
「すっごい、眩しかった」



悟空の言葉に、三蔵は紫煙を吐いて。
結局そんなもんか、と呟いた。

三蔵はその一言で片付けるけれど。
悟空は、本当に眩しかったのだと覚えている。


それは悟空にしか判らない事だろうけど。



「ほんとに眩しかったんだよ、三蔵」



暗い暗いあの場所で。
ずっと太陽を見続けていて。
あの光も、確かに眩しいものだったのに。

初めて三蔵の姿を見た時。
目を射抜くほどの輝きを、見つけた。



「眩しかったし…あったかかった」



差し伸べられた手に、触れた時。
これは幻じゃないんだと、安堵した。

連れて行ってやるといわれて。
ついて行けば、何故ついて来るのかと言われたけれど。
このヒカリの傍にいたいと、思ったから。


空の光よりも、眩しいヒカリ。
このヒカリの傍に在りたいと。



「なぁ、三蔵」



名を呼ばれた三蔵は、悟空を見下ろして。
悟空は三蔵の肩に頭を乗せたままだ。

透明度の高い金色の瞳が、真っ直ぐに紫闇と絡まる。



「オレ、三蔵のこと大好きだよ」
「んな事は何度も聞いた」



悟空の次げた言葉に、素っ気無い返事。
それはもう、慣れたもので。

返事が返って来るだけで、悟空は嬉しかった。
機嫌が悪いと、相槌すら打ってくれないから。



「大好きだからね、三蔵」



悟空は三蔵の法衣を掴んで。
ぎゅ、と抱きついて。



「大好きだから、離れないでね」



告げた声が、僅かに震えていた事に。
悟空自身は、気付いていない。

三蔵の紫闇に、悟空の顔が映って。
淡い笑みの中、孤独の色が消えていない事に。
三蔵は、何も言おうとしなかった。



「大好き、大好き。大好き」



同じ言葉ばかりを繰り返して。
法衣を掴む手に、力が篭って。

音を持つ声に伴って。
音を持たない聲が、三蔵の頭に響いていた。
その聲は、ほとんど泣いているものと同じで。




「……だいすき……」




少しずつ、声は小さくなるけれど。
響く聲は、少しずつ大きくなって行っていた。



「三蔵いなきゃ、オレいやだからね」



何が嫌なのか、なんて。
明確なことは、三蔵には判らない。

一人でいることが嫌だとか。
置いていかれるのが嫌だとか。
まだ悟空には、嫌なことが多いから。


時折、悟空はこんな風に言う事がある。
離れないで、置いていかないで、と。

あの暗い場所から離れ、数年経ち。
未だにその闇は、払拭されていない。



「三蔵と……ずっと一緒にいたいんだよ」



三蔵が説法で遠方へ赴く時。
私用でふらりと町へ出かける時。
悟空はいつも、自分も一緒に連れて行けという。




三蔵と一緒にいたいから………





泣き出す一歩手前。
感情の起伏が激しい所為か、悟空は少し涙腺が緩い。

肩に乗っていた悟空の頭が離れて。
今度は、横に座ったまま、三蔵に抱きついてきた。
しがみ付いた、と言った方が正しいかも知れない。



「………ガキだな」
「ガキでいい。一緒にいて」



いつもなら、子供扱いすれば剥れるのに。
こんな時は、反論してこない。
それでもいいから、と。

応えを待っているかどうかは、知らない。
ただしがみ付く華奢な肩が、小さく震えて。






「……離さねぇよ……どうせまた、煩く呼ばれるだろうしな」






悟空の頭を抱きこんで、胸に押し付けて囁いた。


悟空の後頭部に、三蔵は左手を添えて。
そのままで、悟空は見上げてきた。

大きな金瞳の端に、浮かび上がる透明な雫。



「連れて行ってやるっつっただろうが」
「………うん」
「お前はついて来ればいいんだよ」



三蔵の言葉に、悟空は小さく頷いて。
ゆっくりと、悟空は三蔵の首に腕を回す。

少しと間を置かずに、愚図る声が聞こえ。
それとほぼ同時に、肩がしゃっくりを上げて跳ね。
回された腕に、ほんの少し力が篭った。



「さんぞ……いなくなっちゃヤだよ……」



悟空の言葉に、三蔵は「知ってる」とだけ。
小さな声で、囁き返す。













泣きじゃくる子供の身体は、小さくて。
あやすように背を軽く叩けば、益々泣き出して。




置いていかれる事への恐怖。
一人になる事への畏怖。

あの暗い場所にいた時間に比べれば。
光の下にいる今の時間は、露ほどのもの。
暗闇に侵食された心は、そう簡単に光を取り戻せない。


無邪気に笑っていても。
些細な事が、恐れるものへと繋がる。

今のこの生活の中で。
子供が頼れる存在は、ただ一人だけ。
だから尚更、突き放されるのが怖くて。







何度も何度も繰り返す―――――離れないでと………




















首に回っていた悟空の手が、するりと落ちて。
悟空は涙の零れる目元を、ごしごしと擦る。
それでも、まだ涙は止まらなかった。

そんな悟空の大地色の髪を撫で。
不意に、その頬に朱色が差している事に三蔵は気付く。


空は少しずつ、茜色を持ち始め。
高かった太陽が、西へと沈み始めていた。



「陽が沈む……悟空、もう帰るぞ」
「ん………判った…」



声を上げて泣いていた所為か。
従う悟空の声は、僅かに掠れていた。

三蔵が立ち上がっても、悟空は座ったまま。
引っ切り無しに、目元を擦っていた。
その仕草は、先刻までの姿と何処か一変していた。


悟空がようやく、手を止めると。
金色の瞳は、少し充血していた。



「目、痛い……」
「当たり前だろうが」



ヤケになったように擦って。
涙が止まらないからと、それをやめずに。
充血しても、可笑しくない事だ。

悟空は座ったまま、三蔵を見上げてきた。
涙の後が、夕焼けの光に浮かび上がる。




「さっさと来い………悟空」




重力にしたがっていた右手を。
三蔵は、悟空へと伸ばした。

悟空は伸ばされた手を見つめてから。
見下ろす三蔵の紫闇を、また見上げ。
緩慢な動作で、その手に、小さな手が重なった。


初めて出逢った時のように。
重なった手は、確かに現実にあるもので。

涙の後を残したままで。
悟空が、ふわりと笑みを浮かべた。



「……間抜け面だな」



三蔵の言葉に、悟空は目を細めて。



「三蔵も、やっぱすごい眩しいや」



悟空は繋いだ手に、僅かに力を入れ。
三蔵は、それを好きにさせていた。

悟空がしっかり立ち上がるのを待ってから。
三蔵は握った手を、そのままで歩き出し。
それを追うように、悟空も歩き出した。








繋がれた手は、確かな温もりを互いに伝えていた。






































僕があの日見つけた太陽は

今も変わらず、僕の世界を照らしています









どうか奪わないでいて下さい

そのヒカリがないと、僕はもう、何も見えなくいから



………僕に全てを与えてくれた、そのヒカリをどうか………




















FIN.


後書き