僕に出来る事












ただ通り過ぎていくだけの一日













その筈だった







































「29日、空けといてな」





11月も後一週間で終わりと言う頃。
就寝前の暗い部屋で、悟空が言った。

何の為にと問えば、内緒、と言われ。
続けて「絶対に空けてな」と詰め寄られる。
だが、それを簡単に了承できるほど、三蔵は暇ではなく。



「……知るか」



三蔵の素っ気無い台詞。
悟空は布団から出て、三蔵のベッドによじ登り。



「ぜーったい、ぜったいだぞ! 絶対空けてよ!」



煩く何度もそう言うのだ。
黙って寝ろと押しのけても、退かない。

29日に何があると言うんだか。
どうせ下らない事だろうと、三蔵は無視して眠る事にした。


無視を決め込んだ三蔵に、悟空は。
しつこく「空けといて」と繰り返す。
それは、睡眠の邪魔以外の何でもない。

煩い、と一度怒鳴ってベッドから落とし。
額に手をやりながら、溜息を吐いて。



「……午後だけならな」



仕事が絶対に入ってこないとは限らない。
だから丸一日空ける事は難しい。

だが午前中に仕事を終わらせてしまえば。
午後だけでも、時間は空けられるだろう。









悟空を拾ってから、5年。
何故こんなに甘いのか、何度考えても判らなかった。


そんな三蔵の横では、悟空が機嫌良く笑っていた。









































三蔵はふと、執務室の窓から外を見た。
ここ数日曇り空が続いていたが、今日は快晴。

その快晴の空の下で。
寺院の庭で走り回る一人の子供がいる。
虫を追いかけたり、鳥を追ったりして。



ガキ、と三蔵は呟いた。


走って転んで、何が面白いのか笑って。
ころころとよく変わる表情。
#落ち着きもなく動き回って。

……子供と言わず、なんと言おうものか。




そして何故。
そんな煩い子供を、傍に置いているのだろう。

聲が煩かったから、殴って黙らせようとして。
見つけてみれば、間抜け面で見上げてきて。
連れて帰ってしまって、今に至る。










さっさと手放せる筈だった。
何処にでも行けと、突き放したのに。

結局悟空は、ついて来るのだ。


煩いし、仏具は壊すし、言う事は聞かない。
仕事の邪魔はするし、安眠妨害も多い。
それなのに何故、まだ傍に置いているのか。

悟空が離れないのも理由の一つ。
そして、自分が最後まで突き放さないのも、理由の一つ。


他人なんて、容易く切り捨てられた筈なのに。
無遠慮に人の領域に踏み込んで。
勝手に居場所を作って、其処に収まっている。






不快感を覚えない自分が、未だに判らない。

真っ直ぐ見上げてくる金瞳が、嫌いじゃなかった。















29日は空けておいて、と。
何故そう言い出したかも判らないのに。
しつこさに辟易して、了承した。

そして今日が、その29日。
一体何がしたいんだか。



窓から見える、養い子の姿。
いつの間にか、地面に座り込んでいた。
何か手元をごそごそと動かしている。


三蔵は最後の一枚だった書類を片付け。
筆を置いて、執務机を立つ。

締め切っていた窓を開ける。
冷たい空気が、室内に滑り込んでいった。



「……よくもまぁ外で走り回れるな、あの猿は」



空は晴れていたが、季節は秋と冬の変わり目。
吹き抜ける風は、既に冷気を持っていた。





「悟空!」





窓辺から読んでみれば。
手元を睨んでいた悟空は、ひょいっと顔を上げた。

三蔵が窓辺にいるのを見つけて。
手に何かを持って、こちらに駆け寄ってきた。



「さんぞー、おわったのか?」



期待に満ちたような声で言いながら。
悟空は軽い足取りで、執務室へ辿り着く。
僅かな距離を走った所為か、頬が少し赤い。

駆け寄ってくるその手には、何かが握られていた。



「終わった?」
「……一応な」



三蔵の言葉に、悟空はまた嬉々とした顔をするが。
仕事を詰め込んだ三蔵は、疲れていて。
ついと窓辺から離れようとする。

しかし。
法衣を握る手に、それは阻まれた。


振り向いてみれば、やはり。
悟空が法衣の裾をしっかりと掴んでいて。
じっと三蔵を見上げてきている。



「三蔵、ちょっと頭下げて」



悟空の申し出に、三蔵は嘆息する。
何故こんな訳の判らない事に付き合わされるのかと。

ハリセンで叩いてやろうかとも思ったが。
仕事詰で疲れているので、それも面倒臭い。
仕方なく、悟空の言う通りにしてやった。



「えへへ……」
「…何がしてぇんだ、てめぇは」



悟空の顔が近い。

其処まで来ると、悟空は背伸びして。
それでも、目線の高さは同じにならない。


何をしているのかと思ったら。
何かが、三蔵の首に引っ掛けられた。




それは、歪な形の花飾り。




「………なんだ、これは」
「花の首飾り」



見上げてくる悟空は、上機嫌に笑っていて。
遠目に見た時、手元を睨んでいたのは。
どうやら、これを作っていたようだった。

自分の髪もろくに結べない、不器用な悟空。
それはこの花飾りにも反映されていた。



「頑張ったんだぞ、オレ!」



自慢げに言う悟空。
誉めて誉めて、とでも言うように。

三蔵はかけられた花飾りを外して眺める。
白の花で作られた、正直言ってただの輪っかだ。



「……で?」



花飾りを手に持って、三蔵は悟空を見下ろした。
言われた悟空は「え?」と言うような顔で。



「なんでこんなもんを俺に渡す?」
「渡したかったんだもん」
「何の為にって聞いてんだ」



渡したいから、渡す。
自分がやりたいから、する。
行動の根元は、誰でもそんなものだ。

三蔵が聞きたいのは、何故そう思ったのか。
花飾りなんてものを、三蔵に渡したいと思ったのか。



「だって………」
「別にこんな物、今日じゃなくてもいいだろ」



これだけの為に、今日という日を空けさせたのか。
そう思った三蔵は、知らず溜息が漏れる。



「今日じゃなきゃダメなの」



悟空の言葉に、視線を落とすと。
拗ねたような顔で、見上げてくる養い子。

悟空は窓辺の桟に腕を乗せて。
背伸びして、上目遣いで。



「…今日…渡したかったんだもん」
「何の為にって聞いてんだろうが」
「……だって………」



ぼそぼそ、と小さな声で。
「聞こえねぇ」と言うと、悟空は顔を上げて。
警戒するように周囲を見渡してから。

悟空は三蔵の法衣を引っ張って。
三蔵が仕方なく屈んで顔を近づけると。








「さんぞ…の…たんじょーびだもん………」









小さな声でそれを言うのは。
自分達以外に、知られたくないから。

知ったら寺の坊主は多分、挙って形式に則って祝いたがる。
先日知り合った青年二人は、祝いに託けて騒ぎに来るだろう。
どちらも、三蔵が煩わしがると判っていながら。


悟空はただ単に、秘密を持っているのが嬉しいのだろう。
三蔵に関する事で、自分だけが知っている事が。



「あんね……誕生日だからね…なんかお祝いしたかった」



小さな声で言う悟空の頬は少し赤い。
それは寒さの所為か、それとも。



「オレ…なんも買えないし…持ってないし…」




………だから。




「こんなのしかなくて……何か形悪いけど…」




プレゼントなんて買えない。
料理なんて出来ない。

三蔵が何が欲しいかなんて、正直、判らない。


手の届く場所にあるのは、これ位のもの。

それから三蔵に無理を言って、休んで貰う事。
悟空が言ったって、寺の人達は聞かないから。




「もう仕事終わったし……オレには構わなくていいから…」






やる事が幼稚だな、と。
思っていた三蔵だったが、それでも。
悟空なりに考えたのだろうと思えば、知らず頬が緩む。

やはり、悟空にだけは甘くなっている。
多分、こんな幼稚な考えと行動の所為で。







三蔵は持っていた花飾りを手に持って。



「………ヘタクソだな」



その言葉に、悟空は俯いて。
三蔵が笑っている事に、気付いていなかった。

そんな悟空の頭に、花飾りを引っ掛けた。
悟空はきょとんとして、顔を上げる。



「俺の持ってても似合う訳ねぇだろ」
「………ふぇ?」
「お前が持ってろ」



悟空は、花飾りを手に取って。



「でも、これ三蔵の……」



言おうとした悟空の両脇に、手を入れて。
外にいた悟空を、部屋の中へ入れる。


三蔵は唖然としている悟空を抱えたまま、踵を返し。

三蔵は椅子へと腰を降ろして。
膝の上に悟空を乗せてやる。


普段、其処まで甘やかす事はしない。
だからか、悟空は不思議そうに三蔵を見上げる。
花飾りをしっかり持ったままで。



「………さんぞぉ?」
「俺は寝る。お前は此処にいろ」
「え?」
「放っとくと何処で何するか判らんからな」



此処で大人しくしていろ、と。
三蔵の言葉に、悟空は数瞬してから。



「……此処、いてもいいの?」
「だからいろって言ってんだろうが」



言えば、悟空の表情が明るくなって。
ぎゅ、と膝に乗ったまま、三蔵に抱き付いた。

くしゃりと頭を撫でてやれば。
悟空は機嫌良く、笑みを漏らして。



「お祝いって、喜んで貰える事だよね」
「……………」
「えへへ……なんか、オレの方がお祝いして貰ってるみたい」



そう言う訳でもないと思うが。
見下ろせば、上機嫌に笑う悟空がいて。
訂正を言うのも面倒だから、放って置く。

悟空は持っていた花飾りを見て。
自分の首にかけて。







「たんじょーびおめでと、さんぞ」








悟空のそんな声を聞きながら、目を閉じた。




























別に何が変わったと言う訳でもない

ただ過ぎていくだけの日々だったのに












いつもと変わらない筈の日が


少しだけ、変わる


















FIN.



後書き