leave me .... W








ただ一緒にいたいと願って

ただ傍にいたいと願って


弱い自分が、強い貴方の傍にいれるか不安だった









ただ一緒にいたくて

ただ傍にいたくて


たったそれだけを願う事が、すごくすごく怖かった













だから傍にいても良いと告げるこの手を離さないで












































聲が聞こえた。
大好きな、あの聲が。





まどろみもなく、意識は覚醒し。
暗闇が続く空間で、視線を巡らせて。
呼ぶ声の主を探した。

この空間にいないと、判ってはいたけど。
何処から聞こえるのかと思ったから。



蹲っていたその場に立ち上がって。
何処にいるの、と小さな声で呟いた。


あの声と一緒にいられるのか不安で。
傍にいていいのか判らないのが怖くて。
耐え切れなくて、一時逃げていたけど。

やっぱり、逢いたかった。
やっぱり、傍にいたかった。








…………あの光の場所に、帰りたかった。








小さく名を呼んでみれば。
呼応するように聲が聞こえた。


帰って来いと。
言っているように聞こえて。
それが独り善がりだとしても。



嬉しかった。

必要としてくれているから。
傍にいていいと言ってくれるから。



よく判らないけど嫌な感じの言葉とか。
よく判らないけど気持ちの悪い視線とか。

しょっちゅう、それは感じられるけど。
それに不安を掻き立てられる事も多いけど。
ただ一人が傍にいる事を赦してくれるなら。


後はもう、どうだっていい。







あの光の傍にいたい。


ただそれだけ。
















『やれやれ、あの男の相手は疲れるな』




うんざりと、けれど何処か楽しそうに。
聞こえた声に、悟空は顔を上げる。


悟空の立つ場所よりも少し上から。
暗闇の中から、淡い光を帯びて降りてきた者。
自分と同じ、違う魂を持つ存在。

それはふわりと、悟空の前に降り立って。




『お前をさっさと出せと煩いのだ』




自分で泣かせたくせに、と。
侮蔑するように呟くけれど。

悟空を見つめる瞳は、穏やかで。
小さな子供を見守るようで。



抱き締めてくれて。
逃げてもいいのだと、言ってくれた。

ただ悟空が笑っていればいいと、告げて。


くしゃ、と頭を撫でられて。

背の高さはまったく一緒の筈なのに。
生きてきた長さは、多分、同じぐらいなのに。

悟空よりずっと大きく見えて。




『帰りたいか?』




理由も聞かないまま。
問われた言葉に、悟空は頷いた。

帰りたい。
あの光の場所に。
大好きな温もりのところに。




『なら、来い』




何処へ、とは聞かずに。
悟空は、差し出された手を躊躇わず掴んだ。

本当に帰れるのかは判らないけれど。
帰してくれると、信じている。




掴んだ手は、冷たかった。
自分の手が熱いと思うぐらいに。








思えば。
自分は、全て奪ってしまったのだ。

本当に、何もかも――――存在する事さえも。




悟空には、温もりをくれる人がいるけれど。
この半身には、誰一人としていない。




きっと目覚めたら。
悟空は、忘れてしまうんだろう。

たった一つの、己の半身の、本当の姿を。
こんなに優しい存在だという事を。
多分、きっと……忘れてしまうんだろう。



覚えていられたらいいのに。
この魂が存在する事を。

でも、多分。
金鈷が外れた時の事を覚えていないように。
目が覚めたらもう、覚えていないんだろう。




この優しくて孤高の半身が、本来の姿で。
それを封じて、自分が現れたなら。
どうして誰も、本来の姿を愛してくれないのだろう。

歪められて形成された自分だけを見て。
誰も、この魂の存在を赦してくれないのだろう。


自分だけでも、覚えていられたら。
知っていられたら。

自惚れだと言われるかも知れないけど。
誰か一人でも、知っていられたら。
それだけで、在る事を赦されると思うのに。





こんなに優しいのに。
誰も、それを知らない。


こんなに優しいのに。

一人でいるしかなくて。
誰かの温もりを感じる事も出来なくて。














掴んで、繋がれた手に力を篭めると。
強く握り返されて。




『不安か?』




短く問われて。
確かに、帰る事に不安がない訳ではないけど。
それでもやっぱり、帰りたいと思うから。

不安だと、頷く事はしたけど。
帰りたいから。




『そうか』




短い言葉。
繋がれた手は、やはり冷たくて。

このまま、ずっと手を繋いでいたら。
自分の熱が、少しは伝わるのかなと思う。


そう言えば、あの太陽の手も冷たかった。
優しい人は、皆、手が冷たかった気がする。

……よく、覚えていないけど。






――――不意に。
抱き締められた。

なに、と小さな声で言葉が漏れて。
自身と同じ長い髪にくすぐられて。




『目覚めたら、お前は我を忘れるだろう』




鷹揚なく告げられた言葉に。
やっぱり、と悟空は思う。

こんなに優しい半身なのに。




『だが、我はそれで構わない』




その言葉に、悟空は眉根を寄せる。

何故そんな事を言うのか判らなかった。
忘れても構わないなんて。


悟空だったら、きっと嫌だ。
たった一人で、全てから忘れられて。

それでも存在し続けなければならないのは、もう嫌だ。



半身の身体に、抱きついたら。
幼子をあやすように、背中を叩かれて。




『構わない……お前が我を忘れても』




悟空は首を横に振った。
半身が纏う空気が、柔らかになり。




『いいんだ』




悟空はやはり、いやいやと首を横に振り。

忘れたくなんていないと。
こんなに優しいのだから。




『お前が我を知らなくとも、我がお前を知っている』




見上げれば、警戒の意図のない金瞳があって。
その金色の中に、泣き顔の自分がいた。










『お前が我を知らなくとも、我はお前を愛している』










触れた身体は、熱を持っていないけれど。
確かに、其処に存在していた。




『だから我は、それでいい』




そして、悟空が笑っていてくれれば。
在る事を赦されていなくても、構わないと。

真っ直ぐな瞳に、悟空は俯いて。
もう一度、強く抱き付いた。
今はまだ、この存在を覚えていたかった。


知らないうちに、涙が零れて。
理由は、よく判らなかった。




『泣くな…悟空……お前の涙は好きじゃない』




笑った顔が見たいのだと。
その声に、悟空は顔を上げて。

目尻から零れる涙を、必死に拭う。
どんな風にすれば、笑えるのか判らなかったけれど。


そっと身体を解放されて。
悟空も、ゆっくりと身を離し。



聲がはっきりと響いてくる。




『ほら、呼んでいるぞ』




促す言葉に、悟空は頷いて。

多分、覚醒しようとしているのだろう。
悟空の視界がうっすらと、霞み始める。


半身の姿も、徐々に見えなくなって。

完全に、見えなくなってしまう前に。
言いたかった。















―――――――――ありがとう









…………それだけを。







































意識は波に呑まれ。

そしてすぐ、覚醒が訪れる。














最初に見つけたのは、やっぱり、金色で。
手を伸ばしたら、簡単に届いた。

そしてその手を掴まれて。
決して高い温度ではない、伝わる温もりが。
確かなもので、心地良かった。






「――――寝坊助猿」






第一声が、そんな憎まれ口。
でも見下ろす紫闇は、何故かとても優しくて。

どうかしたのかな、と悟空は思う。
仕事先で何か嫌な事があったのかな、と。
悟空が思うのは、そんな事で。




「床で寝てんじゃねぇよ」



床?


悟空は不思議に思って、手で地面を探る。
手が触れたのは、確かに冷たい床だった。

三蔵はその床の上に座って。
悟空の小さな身体を、膝上に乗せて。
じっと、見下ろしていた。



記憶を手繰る。


ベッドの上にいた筈なのに。
三蔵が仕事に出て行った、その後、直ぐに。

そう言えば、三蔵はいつ帰ってきたんだろう。
数日間はかかる筈だったのに。
自分はそんなに眠っていたのだろうか。






……だからこんなに懐かしい感じがするのか。





掴まれていた手が解放されて。
ちょっとだけ、残念な気がした。

もっとその温もりを感じたくて。
膝の上に乗せられたまま、悟空は三蔵に擦り寄った。
小さな子供が甘えるのと同じように。



「おい………」
「……だめ?」



諌めるようにかけられた低い声に。
悟空は擦り寄ったまま、呟く。

ハリセンかな、と思っていたが。
痛みと呼べる感覚は一向に訪れず。
かわりにくしゃ、と頭を撫でられた。



「………?」



どうしたのかと思ったけれど。
甘えさせてくれているのが嬉しくて。

知らず、悟空の口元が綻んだ。


大好きな温もり。
大好きな声。
大好きな光。

触れた場所が心地良い。
触れた場所が暖かい。



「いつ帰ったの?」
「……ついさっきだ」



帰された言葉に、そうなんだ、と呟いた。

また優しく撫でられて。
珍しい事もあるんだな、と思いながら。












「おかえんなさい」














触れあったまま、離れないで。


呟いた声は、静かな空間に溶けていった。




























ただ一緒にいたいと願って

ただ傍にいたいと願って


その思いだけは、他の誰にも負けたくないと思うから









ただ一緒にいたくて

ただ傍にいたくて


大好きだから、大好きだから、他の誰より、ずっとずっと














だから傍にいても良いと告げるこの手を離さないで

















END.


後書き