RUN full speed!








はみ出した気持ちつながらなくて
君の手をぎゅっと握り返すよ

一人でも僕は歩き出すから
遠くまでずっと見つめていてね










駆け出した気持ちつかまえたくて
自分さえもう追い越して行くよ

飛び出した夢を抱き締めてたい
一緒なら僕は走って行ける









































「那托! 那托ー!」





聞こえた声に、那托は心が温まるのを感じた。


その思いのまま、顔を上げて前方を見れば。
手を振りながら駆け寄る少年がいて。

那托も、その少年に向かって駆け出した。



「悟空ーっ!」
「那托、久しぶりーっ!!」



那托が少年の名を呼ぶ。

二歩ほどの距離になった所で。
少年―――悟空は強く床を蹴った。
軽い小さな躯が飛んで、那托に重みが覆い被さる。



「バッカ、重てぇよ!」
「へへへ〜」



那托の咎めの言葉も、悟空は意に介さない。
それは那托もよく知っている事だった。

そして。
この重みも、温もりも。
嫌いじゃないから、退かせようとは本気で思っていなかった。


冷たい床の上で、子供が二人でじゃれついている。
まるで仔犬のようにも見えた。



「こんな所でどうしたんだ?」
「金蝉に仕事の邪魔だって追い出されてさー」
「ブラブラしてたら入り込んだか?」
「んー……そんなとこ。気が付いたら那托がいた」



なんだ、迷子か、と。
那托が笑って言うと、悟空は違うと反論した。


けれど悟空は、此処が何処だか判っていない。
那托の記憶によれば、金蝉の城は別館の筈。
どう考えたって迷子だろう。

それを言ったら不機嫌になるから、那托は思うだけに留めた。


悟空が那托の体の上からどいて。
那托はようやく、重みから解放される。
それでも、触れていた温もりはまだ残っている。

通路のど真ん中に、二人は座っていた。
通行人なんか滅多にいない。



「追い出されたんじゃ、帰ってもしょうがないな」
「うん。どうしようかなって思ってたんだけど」



那托の言葉に、悟空は頷いた後で。









「那托、俺と一緒にどっかで遊ぼう!」









暇なんだろ、と言って。
満面の笑みで言われては、断れる筈もなく。
何より、那托も断るつもりは無くて。

けれど、少し。
意地悪してみようかと、思ってみる。



「俺は暇潰しかぁ?」
「違う違う、那托と一緒に遊びたい」
「どーだかな。俺がたまたま此処にいたからじゃねぇの?」
「違うー! なんだよ那托、嫌なのか?」



那托の言葉を本気に取ったか、悟空は真髄な目になる。


真っ直ぐに見つめてくる金瞳。
誰より綺麗な、深く透明な光。

大好きな、悟空の、光。



「じょーだん、大歓迎!」
「あーっ! なんだよ、那托の意地悪!」
「本気にするかぁ?」



単純だな、と思ったままを口にすると。
悟空は真っ赤な顔で、那托を叩く。

なんだか可笑しくて、那托が笑い出すと。
悟空はますます、顔を赤くしたのだった。

























咎める保護者が何処にもいない。
そうすると子供は、調子に乗っていくものだ。




那托は悟空の手を引いて、まずは天蓬の部屋に行った。
宮殿の中からではなく、外から。

木を昇り、二階にある天蓬の部屋の窓に飛びつく。
金蝉が見たら、怒鳴られるだろうなと悟空が言い。
今はいないからいいんだ、と二人で笑った。



天蓬の部屋は、やはり本の山に埋もれていた。
那托は、そんな部屋は始めて見た。

部屋の主は何処にもいない。
いや、おそらく何処かにいるのだろう。
この本の山に埋もれて。


無用心な事に、窓の鍵は開いていた。
子供の行動に拍車をかけた引き金は、それかも知れない。


二人揃って、断りなくお邪魔して。
本の隙間にある床を、器用に飛んで渡る。

秘蔵の本なんですよ、と。
貴重な本を、天蓬は大事にしているから。
なるべくそういうものを踏まないように。



「じゃあ、ちゃんと片付けりゃいいのに」
「天ちゃん、そういうの苦手なんだって」



ともすれば、埃と一緒に落ちてきそうな本の摩天楼。
それを見上げながらの那托に、悟空が笑って言った。



「まさか、ずっとこうって訳じゃないんだろ?」
「時々ケン兄ちゃんが片付けしてるよ」
「自分じゃやらないのか……」
「片付けてる間に読み初めて、進まないんだって」



悟空の台詞に、那托はダメじゃん、それじゃ、と呟いた。

悟空が、埋もれていた天蓬を見つけた。
二人で突付いてみたが、起きる様子はない。





――――これが元帥?





那托は首を傾げる。

こんなだらしないのが、天界軍の元帥。
不思議な事もあるものだと思う。



天界軍随一の策士だと聞いたことがある。
今は、そんな風体は微塵もない。

そう言えば、上司はあの無鉄砲な男だったか。
いつだったか、天帝に無謀にも進言した男。
天帝の生誕祭、悟空と一緒に大立ち回りした男。


あの男は、嫌いじゃない。
あれとは旧知の仲らしい。
だから多分、目の前の軍師も、嫌いじゃない。


隣にいる悟空を見ながら、そう思った。



「起きないな、天ちゃん」
「…すっげー熟睡してるみたいだな」
「またずーっと本読んでたのかなぁ」



天蓬の胸上に置かれている、一冊の本。
それを那托は手にとって見る。

どうやら、下界で仕入れた本らしい。
古い書物なのか、題字は掠れて読めなかった。



「読める?」



横から悟空が覗き込んできた。



「お前、読めないのか?」
「だって難しい字がいっぱいあるんだもん」
「……そうだな、俺も読めねぇや」



パラパラと頁を捲ってみて。
つらつらと綴られている、何やら難しい文字。
那托の知らない字もあった。


那托は本を閉じて。
何処に置けばいいのだろうと部屋を見渡した。

どっちを向いても、本、本、本。
よく此処まで集めたものだと思うほど。
ちゃんと整理すれば、もっと良いのに。



「なぁ、悟空」
「なに?」
「この本、何処置いたらいいんだ?」



もとあった場所―――天蓬の上か。
それとも、本棚に戻して置いた方がいいのか。

悟空は判んない、と言う。
那托は少し考えて、天蓬を見遣って。
部屋の一角を占めている摩天楼の上に、無造作に置いた。



と。



グラリ、と本の摩天楼が揺れ。
那托と悟空が、なんだろうと摩天楼を見上げた瞬間。








――――大量の本が崩れ落ちてきた。









「うわって、いててて!」
「わーっ! 痛い、重いーっ!」



小柄な子供が二人、大量の本に埋もれる。


その僅かな間、捲れた頁が二人の腕を掠めるわ。
次から次へと落ちる本の角が体を打つわ。
総数千頁はありそうな辞書が頭の上に落ちてくるわ。

おまけに、一体どれ程の時間、放置されていたのか。
埃まで一緒になって舞い落ちてくる始末。



「俺…絶対、こうなる前に片付ける…」
「オレも…読んだ本、絶対もとのとこ戻す……」



本の雪崩が収まり、二人はそんなことを漏らす。
本を退かして、本の山から脱出する。

そして部屋の主はと言えば。
昨晩、一体何時に寝たというのだろう。
騒動に動じぬまま、未だに夢の中だった。


那托と悟空はそんな天蓬を見下ろして。



「…なぁ、悟空」
「なに?」
「…こんだけ酷い目にあったんだからさ」



本に埋もれたのは、天蓬が片付けをしないから。
そんな、屁理屈を頭の中に浮かべて。

悪戯っ子の笑みを浮かべて。
那托は足元の本を手にとって。





「ちょっとイタズラしたって、大丈夫だよな?」





那托の誘いに、悟空は。
しばらく、逡巡する表情を見せたけれど。

たまにはいいか、と満面の笑みで頷いた。




部屋の入り口を塞いでいた大量の本。
それを退かせて、スペースを開ける。

部屋のドアは、外へ開くタイプ。
那托はドアノブに三本の紐を結びつけた。
悟空はドアの開き側に、本の塔を作る。



「起きてないか?」
「…うん、起きてない」



時々、天蓬の方を気にしながら。
廊下から聞こえる足音を気にしながら。

小さな子供の幼稚な悪戯の準備は続く。


一つ本の塔が出来上がり、二つ、三つと増える。

那托はドアノブに結んだのとは反対側の紐先を持って。
塔の一番下と、中心、天辺周りに紐を通す。
天辺を通す時は、肩車をした。

塔を倒さないように、慎重に囲う。



コツ、と足音が聞こえてきた。



「あの足音、ケン兄ちゃん」
「部屋に来る?」
「多分」
「逃げる準備しとこうぜ」



悪戯の準備は出来た、と。
那托は悟空の手を引いて、窓際に駆け寄る。

足音は部屋の前で止まった。




「天蓬、入るぜ」




ノックの音が聞こえてきた。
悟空の言った通り、来訪者は捲簾大将。

二人は顔を見合わせる。
揃って心中はドキドキしていた。
ドアが開くのが、ゆっくりに見える。


ドアが開き、紐が引っ張られ。
本の塔のバランスが崩れ、入り口へ倒れて行き。
ドアと本の隙間に、捲簾の顔が見えた。






「天――――どわぁあああっ!!!?」






叫び声と同時に、本の雪崩。



「やっりぃ!!」
「成功ー!」



パンッとハイタッチの音が響く。
捲簾はすっかり本の波に埋もれている。

が、慣れているのだろうか。
思いの他、復活は早かった。
本を退かしながら起き上がる。



「っててて…なんだぁ?」



自分に襲いかかって来た大量の本を見回す。
また天蓬が散らかしたのか、と。


捲簾の声を聞きながら、子供二人は笑い出した。
捲簾がそれに気付いて、こちらを見る前に。
二人は窓を開けて、部屋から飛び出した。

二階の部屋から、外へと飛び出て。
身の軽い二人は、無事に地面に着地。







「天蓬ーっ! テメ、読んだら片付けろっつってんだろーっ!」







聞こえた天蓬の怒鳴り声。





「寝てんじゃねーよ、起きろ!」
「…いったいなぁ…なんですか、気持ちよく寝てたのに」
「少しは部屋片付けろよ!」
「あなたが片付けてくれるでしょ?」
「此処はお前の部屋だろ! なんでいつも俺がやるんだ!」
「悟空も片付けてくれてますよ」
「そもそも、お前が散らかさなきゃいいんだよ!」





止む様子のない怒鳴り声。
大して天蓬はのびりしている。

悟空と那托は、地面に座りまた笑い出した。





「今度は一体どうしたんですか?」
「ドア開けた途端に本が倒れてきたんだよ!」





部屋の様子が伺えないのが少し残念だ。
怒鳴る捲簾と、飄々とした天蓬。
お互い、どんな顔で相手を見ているのか。

那托は初めて知った、捲簾が意外と怒り易いと言う事を。
それも、こんな些細な出来事で。



「面白かったー、次何する?」
「うーん…」



上の喧騒など、何処吹く風。
怒鳴り声をBGMに、悟空と那托は考えて。



「そうだ、秘密の隠れ家、教えて!」
「いいけど、此処から遠いぜ?」



それでもいい、と悟空の言葉に。
那托は嬉しくて、笑った。


上からはまだ話し声が聞こえてきた。





「入り口ですか? そんなに本置いてたかなあ」
「あったから倒れてきたんだろ」
「変ですねぇ………」
「お前、窓の鍵開いてるじゃねぇか。無用心だな、閉めるぞ」





捲簾の言葉に、天蓬のおざなりな返事。

けれど、窓は閉まる様子がなく。
不思議に思って、悟空と那托は部屋を見上げる。





「どうかしたか?」
「いえ………紐が…」
「紐?」





「やべ、バレる!!」
「へ? え?」



聞こえた会話の内容。
那托は悟空の腕を掴んで立ち上がった。
悟空がしっかりと地面を踏みしめる前に駆け出す。

部屋の窓が音を立てて開け放たれた。






「くぉらガキども! お前らかーっ!!」






捲簾の怒鳴り声に、二人は一瞬、身を竦ませた。
その一瞬の間に、捲簾は窓から外に飛び降りていて。

我に返ったのは、悟空が先立った。
今度は悟空が那托の腕を引っ張って駆け出す。
そして二人並んで、走った。



「見付かったー!」
「待たんか、悪ガキども―――っ!!」
「うわ、大人気ねーっ!」



本気の形相で追い駆けてくる捲簾。
数メートルを開けて、必死で走る子供二人。



「捲簾ー、大人気ないですよー!」
「あのな! お前が毎日片付けしてりゃこんな…って待てこらー!」



後方からの天蓬にの台詞に、捲簾が言い返す間に。
悟空と那托はスピードを上げ、距離を開ける。

負けじと捲簾も追い駆けてくる。



「これからどうする!?」
「隠れ家行きたい!」
「じゃ、そこでやり過ごすか!」



那托が悟空の手を掴んで。
その手を、悟空が握り返す。










「待てっつってんだろうが、ガキども―――――っ!!」


『待たないよ―――っだ!』










二人が振り返って、あかんべぇをする時も。




繋いだ手が離れる事は、なかった。
























いつの日かこの思い届くと信じてるよ








はみ出した気持ち抱き締めたまま
風の中ずっと走り続ける

飛び出した夢は立ち止まらない
突き抜ける思い呼び覚ましたい











はみ出した気持ち繋がらなくて
君の手をぎゅっと握り返すよ

一人でも僕は歩き出すから
遠くまでずっと見つめていてね














FIN.


後書き