- realaize -W











もう二度と君を喜ばせることが


僕にはできないと判りたくないよ
















諦める事でしか伝えられない



………遅すぎたよすべて








―――――………幻が残る





















































痛い。
痛い。
痛い。

気を抜いた瞬間に走る痛み。
傷口から広がる、鈍い感覚。



気付かずにいられた良かったのだろうか。
自分の置かれた状態に、気付かずにいれば。
何も知らずに、一緒にいられただろうか。

けれど、仮定は仮定でしかなく。

傷口の腐敗は、今でも進んでいる。
痛覚だけを残したままで。


傷口を抱えて、蹲る。
そうすることで、痛みを遣り過ごす。
けれど痛みは、過ぎ去る事はない。

それでも、彼らには知られたくない。
なんともないのだと、思っていて欲しい。



痛みに引き摺られそうになりながら、必死に己を現実に縛る。




あの時、何故避けられなかったのか。

自分の過失である事だけが明確で。
それ以外の事項は曖昧だった。



それにしても皆、気付いているだろうか。

いつになく、暗い顔をしている事に。
いつもの顔をしていない事に。
きっと気付いてはいないんだろう。


だから、気付かれてはいけない。
己の身体を食い潰す、この痛みを。
知られてはいけないのだ。



けれど。
隠してはいるけれど。

自分の身体の事ぐらい、よく判っている。
このまま行けば、直に保てなくなる事は。
痛みが現れるほど、突き付けられたから。







痛みが憎いと思ったのは、初めてかも知れない。








悟浄も。
八戒も。
三蔵も。

悟空の体内の毒がどんなものか、知っているだろう。
あと少しで、それが全てを食い潰す事も。


けれど、あんな顔はして欲しくないから。
……確かに、置いて行かれたくもないけど。




今は、そんな事よりも。




足手纏いにはなりたくない。
迷惑はかけたくない。
置いて行かれたくない。

でも、それよりも。
お願いだから、いつも通りに戻って欲しかった。



その為に、痛みを隠す。

見せたら、また嫌いな顔をするから。
いつもの顔にならないから。




…………だから。




八戒が食事を食べさせてくれる時。
悟浄が寝付くまで、傍にいてくれる時。
三蔵がただ、隣にいてくれる時。

いつも通りに、煩く騒いで、我儘を言って。
もうなんともないんだと、何度も言って。




なのに、皆はいつも通りに戻ってくれない。
















「いっ………ぅ……!」




身体を走り抜ける痛み。
思考に耽っていた脳が、現実に返る。

幸いなのは、この宿の防音の壁。
多少痛みに声を上げても、外には聞こえない。



「う……うぅ……!」



今は、誰にも頼れない。
頼ってはいけないから、一人で耐えるしかない。

………終わる瞬間まで。



でも。
やっぱり。

終わるだなんて、思いたくない。
最後だなんて、考えたくない。
だって、まだこんなに一緒にいたい。



最後の瞬間まで、変わらずにいようと思うけど。
その後、無償に涙が出てくるのは。
本当はまだ、諦めきれていないから。

まだ、一緒にいたいと思うから。


悟浄と遊びたいし。
八戒の料理も食べたいし。
三蔵に「大好き」って言いたい。

こんな痛みがなかったら。
そしたら、きっとまだ続けられるのに。














「やっぱり………やだぁ…………っ…!!」
















言葉は、暗い部屋の中で、反響せずに消える。













「何が、嫌なんだ?」














耳に馴染んだ低い声に。
顔を上げて、部屋の出入り口を見れば。

金色の太陽が、其処にいて。


気付かなかった。
三蔵の気配には、いつも気を張っていたのに。
知られたくなかったから、だから。

痛みと思考に、捕らわれていて。
よく知っていた気配に、気付けなかった。




「………三蔵………」




やっぱり、怒られるだろうか。
隠していた事を、なんと取られただろう。

無言で歩み寄ってくる三蔵の顔は。
無表情だけれど、やはり感情に揺れていて。
それが大嫌いな表情だというのに。


自分に終わりの時間が来なければ。
こんな顔をさせなくて済むのに、と思うけど。

痛みがまた、さっきより酷くなっているのが判る。



ベッドの傍まで来た三蔵は。
ただ、じっと悟空を見下ろしている。

悟空は、それを見返せなかった。
顔を見れば、泣いてしまうだろうから。
そんな弱さは、見せてはいけない。







………一緒にいたいと、言ってしまうから。








いつも通りにしたいのに。
見られてしまったら、もう出来ない。

だから、気を付けていたのに。
知られないようにと、気を張っていたのに。
必死になって、隠していたのに。



「………痛むか」



降ってきた言葉に、身体が震えて。
気付かれていないだろうかと、思う。

三蔵の右手が持ち上がり。
やっぱり、殴られるんだろうなと思う。
寺院にいた頃、痛みを隠すたびにそうだったから。


けれど。





「俺に隠し事なんざ、お前には無理なんだよ」





呆れたような言葉とともに。
くしゃ、と頭を撫でられて。

こんな時だから、いつも通りに怒鳴ってほしいのに。



身体はまだ、痛いけれど。
乗せられた手のひらが、優しくて暖かくて。
痛みなんて、どうでもよくなってしまう。


意思とは関係なく、涙が零れてきて。
握った拳の中で、爪が皮膚を破りそうになる。

それに気付いたのか、三蔵は悟空の手を取って。
力任せに引っ張り、自分の腕の中に拘束する。
白い法衣が、悟空の涙の跡を残す。



「………ガキが」



抱き締めてくれる腕が強くて。
包んでくれる存在が暖かくて。
視界で煌く金糸が眩しくて。

耐えようと思っていたのに、出来なくて。
しがみ付けば、強く抱き返される。


それだけで、身体中が酷く重くて痛いけど。
毒が廻ったって構わない。
傷が開いたって構わない。

この太陽を手放すぐらいなら、平気だから。










ああ、やっぱり。
やっぱり、もっと一緒にいたい。

これが最後になるなんて思いたくない。
これで逢えなくなるなんて、思いたくない。
もうこの人に触れないなんて、思いたくない。












「泣くな、バカ猿」



この期に及んで無茶を言う。
バレてしまったのに、今更笑えない。



「あんだけバカ面してただろうが」



それは、知られたくなかったから。
皆にいつも通りにしてほしかったから。
大嫌いな顔を、見たくなかったから。



「……笑ってるんなら、最後まで笑ってろ」






……どうやったら、ちゃんと笑えるか。
正直言って、判らない。


どうしたらいいのか判らない。
どうしたら笑えるのか、判らない。

どうしたら、いつも通りに戻ってくれるか判らない。






笑えば、いつも通りに戻ってくれるなら。
笑い方を教えてほしい。

今はもう、涙しか出て来ない。



「……悟空、顔上げろ」



名を呼ばれて、そう言われて。
涙でくしゃくしゃになった顔を、上向けると。

何かが、長い前髪に触れ。
なんだろうと見上げたままでいれば。
呼吸を塞がれる。












息が出来ない苦しさじゃなく。
身体が痛む悲鳴じゃなく。

涙がまた、零れてきて。
口付けられたまま、形のいい指が涙を拭う。













解放されて、足りなくなった酸素を取り込み。
潤んだ目で見上げれば、深い紫闇とぶつかる。

………いつもの顔だ。
素っ気無いくせに、ちゃんと優しい。
知ってる顔が、大好きな顔がある。



「泣くなってのが判んねぇのか、てめぇは」



いつもの表情に戻ってくれたのが嬉しいのか。
また涙が零れてきて。

三蔵は笑えというのに。
勝手に出てくる涙は、止まらない。
笑わなければいけないのに。



「…………悟空」



溜息混じりに名前を呼ばれ。
しゃっくりで声が出ないかわりに、見返せば。

また、その腕の中に抱き締められた。


いつもなら、此処で笑っているんだろう。
素っ気無い三蔵が、こんなに接してくれるから。
嬉しくて、三蔵の名を呼びながら笑うんだろう。

けれど、今は笑えない。
………これが最後になるから。



三蔵は「生きろ」とは言わなかった。
だからこのまま眠ってしまってもいいのだろう。

それが嬉しいか、寂しいかは。
正直言って、よく判らない。
「生きろ」と言われても、終わらずにいる自信がない。


西への旅もまだ途中だ。
悟浄にカードで負けた借りを返してない。
八戒の料理のレパートリーも、全部制覇してない。

それに。









三蔵から、なんにも言ってもらっていない。









大好き、といつも言っていたのは自分の方。
その返しを、まだ一度も貰っていない。



「……さ…、んぞぉ……!」



やっと捻り出した声は。
泣き声と混ざって震えていた。

一緒にいたいと思うのに。
身体を襲う痛みが、それを許さないと言う。
こんな痛みは、いらないのに。


どうでもいい、いらない痛みに食い潰されるぐらいなら。
このまま、腕の中で終わった方がいい。

それが弱いということでも。
身勝手極まりない我儘でも。
三蔵に、ふざけるなと言われても。




いらない痛みに食い潰されて終わるなら。
大好きな人に終わりを渡される方が、ずっといい。




法衣を握り締める手に。
三蔵の手が重なって。

いつもは、自分の方が体温は高いのに。
どうして今は、三蔵の方が熱いんだろう。


そんな事を思うけれど、この温もりは好きだった。


重なる手とは反対の腕で。
悟空の小さな身体を、三蔵は抱き締める。







「……一緒が……いぃ………!」







痛みはいらない。
震えもいらない。

欲しいのは、時間。
「大好き」と言って、返事をもらえるだけの時間。


なんにも言ってもらえないままで。
全部終わりだなんて、嫌だ。

せめて最後ぐらい、言って欲しい。





「……ああ………」





重なっていた手が離れ。
今度は、くしゃりと撫でてくれて。









「―――――……そうだな………」









一緒がいい。
今も、これからも、ずっと。
愚かな願いだとしても。



けれど、どんなに願っても。
もう、叶えられない。

叶えてくれない、信じていない神を怨んだりしない。
顔の知る神は、いつも見届けているだけだ。
今もきっと、じっと見ているだけなのだろう。


縋るつもりは、悟空も三蔵も、ない。
悟浄も八戒も、ないだろう。

これから起こる事も、きっと全て覚悟して。




そっと、解放されて。
悟空の身体に、温もりだけが残る。

やはり、諦めきれなかったけれど。
諦めなければ、いけないから。





「下らん毒なんぞで、死ぬのは許さねぇ」





銀に光る凶器に、悟空は何も言わない。
それを、自分の心臓に向けられても。





「……今、それ全然怖くない」





悟浄と騒いで。
八戒に宥められて。
その後撃たれる時は、怖かったのに。

何故か今は、少しも怖くなくて。
三蔵は悟空の言葉に、眉一つ動かさない。


涙は、まだ止まっていなかった。
最後の最後まで笑えないのかな、そんな事を思う。


でも、言いたい事が一つだけある。
最後に、もう一回だけ。








「……さんぞー……」







涙が零れ落ちて。
雫の線が、頬に残る。

トリガーに手をかける音が聞こえ。
それでも、心は揺らがなかった。
一緒にいられないのは、悲しいけど。


でも。


























「大好き」































銃を持ったままの手が、重力に従い。
力を失った小さな身体が崩れ。

何の気もなしに、その身体を支えれば。
意識がないというのに、身体は軽く。
勝手な事に、微笑んでさえいた。


銃声とともに紡がれた言葉は。
はっきりと、三蔵に聞こえていた。
“聲”とともに。

それが相手を縛り付けると。
子供は、知らないままで終わった。




何も湧きあがらないのが不思議だった。
悲しみ等と言う感情は、必要ないとは思うけれど。


八年前に拾って以来、ずっと。
すぐ傍で、煩く纏わりついていたのに。
なんの感慨も沸かないのは、何故だろう。

あの子供は確かに、三蔵の中を占めていたのに。


そして、何の感慨も沸かないのに。
頬を伝う雫は、一体なんだろう。

もっと言ってやれば良かったか。
それとも、言わないままが良かったか。
それは判らない。




名前を呼ぼうとして、止めた。
もう返事は帰って来ないのだ。
名を呼んだだけで破顔することも、もうない。

それでも、紡がれた言の葉だけは。
間違う事無く、三蔵の中に勝手に居場所を作っているから。



























「………連れてってやるよ……仕方ねえから――――――」





































昨日までの幸せな日々が嘘のよう滲んで見えない


………空っぽのこの胸をどう埋めればいい?

















………溢れるものは涙じゃなくて、伝えきれない想い






……夢が切なくこぼれ落ちて


――――…………足元で踊る……………


























FIN.


後書き