ストレート















きっと真っ直ぐにしか生きれない




それが潔いのかそうでないのか知らないけれど

きっと俺もお前も、真っ直ぐにしか生きれない















捻くれた振りを繰り返しながら格好つけて







結局バカみたいに真っ直ぐにしか生きれない


































大好き、と。
唐突に悟空が言ってくるのは、時折ある事だった。



本当になんの前触れもない。
二人で歩いていて、偶然目線がぶつかった時。
食事を終えて、二人でじゃれ合っていた時。

とにかく、本当に突拍子に告げられるのだ。


お陰で一体何度、あの子供に間抜け面を見られたか。
数回、咥えていた煙草を火を点けたまま落とした気がする。

あまりに急だから、何を考えているのかと訪ねたこともある。
しかし悟空は、相変わらず真っ直ぐに悟浄を見詰め。
「言いたくなったか言っただけ」と言ってのける。








全く、子供の思考回路にはついていけない。
































正午頃に街に辿り着き、宿を取った。
それからすぐ、備えられている食堂で朝食を取る。
それが今から、約一時間ほど前の事だろうか。

悟浄は悟空の部屋を訪れ、カードゲームに興じていた。
戦績は悟浄が12勝と、悟空が3勝だった。



負けが込んでいる悟空は、膨れ面でカードを睨んでいる。
どうやら良いカードが回ってこないらしい。
数分前から、ずっとこんな表情だ。


対する悟浄は飄々として顔色一つ変えていない。

旅に出る前は、一応コレで食っていたのだ。
多少カードの良し悪しはあれど、表に見せる事はない。


最初から悟空の勝ち目は薄い。
判っていても、悟空は勝負を繰り返していた。



「よし、ストレート!」
「残念だったな、フルハウスだ」
「あーっ! 畜生、またかよ〜!」



ようやく良いカードが回ってきたと。
悟空は意気高揚として、持っていたカードを見せる。

それを見た悟浄は、シニカルな笑みを浮かべる。
悟空が置いたカードの上に、自分のカードを乗せた。
そして上がったのは、批難に近い悟空の声。



「また俺の勝ちだな」
「う〜……」



カードと悟浄を睨みつけてくる金瞳。
どれだけ睨んだところで、結果は変わらない。

悟浄はそんな悟空の視線を受けながら、何処吹く風。
散らばったカードを集めて、整えた。
それさえも悟空は疎ましげに見ている。


じっと見つめる金瞳は、いつも強気なものだ。


しかし負けず嫌いはある意味良い所ではあるのだが。
ポーカー等では、悟空の勝率は極めて低い。

何よりも表情の豊かさがネックになるのだ。



「もっかいやるか?」



悟空を見返し、挑発するように言ってみる。
乗ってくるかと思ったが、悟空は首を横に振った。
負け続けていい加減に白けて来たらしい。

それでも膨れっ面は直らない。
気分は白けたものの、悔しいものは変わらないのだろう。



「じゃ、次何どうすっかなー……」



整え終わったカードをケースに入れる。
それを備え付けのテーブルに置き、悟浄は煙草を取り出した。

悟空はベッドの上でうつ伏せになっている。
両足が不満を表すように、ぱたぱたと動いていた。
腕に抱いた枕に顔を半分埋めて、やっぱりまだ膨れている。


悟浄はベッドに腰掛けて、煙草に火を点けた。
そして上半身だけをベッドに倒す。



「寝煙草いーけないんだ」
「火事にゃしねぇから安心しな」
「八戒に言いつけてやろー」



やる気の無さそうな悟空の声。
これなら、言いつけられる事はないだろう。

悟浄は一旦起き上がり、テーブルにあった灰皿を取った。
ベッドの端に置くと、悟空はまた言い付けようと言う。
適当な返事をして、悟浄は灰を落とした。



吐き出した紫煙が空気を濁らせ、そして消える。


僅かに残った白煙は、開けていた窓から外に出た。
それをなんの気もなしに、悟浄は目で追った。
ふと視界に入った悟空も、煙を目で追い駆けている。

別になんでもない光景なのに、なんとなく。
他に何もする事がないから、そうしていたら。



金瞳がこちらへ振り返る。
爛々としたその光は、太陽よりもずっと明るくて。






「悟浄、外行こ」








子供の行動はいつも突然始まるものだ。

最近はそれに振り回されるのに、慣れて来ている自分がいた。































三蔵と八戒には言わずに、二人で宿を出た。
単独行動は控えろと口酸っぱく言われてはいるが。
面倒臭い事と、二人だから単独じゃないという屁理屈で。

大体、控えろという三蔵が一番協力姿勢がない。
彼に生来からそんなものが備わっているのかも疑わしい。


それに比べたら、自分も隣にいる少年も良い方だ。
どうしても必要とあれば言うだけ言って行く。

けれど、5歳6歳の子供ではないのだ。
逐一、何処其処に行くなど報告していられるか。
自分の隣の、歳に似合わない精神を持つ少年は知らないが。





夕飯までに帰ればいい、そう決めて。
悟浄はきょろきょろしながら歩く悟空に目線を移した。


本当に忙しない子供だと思う。
本当に18歳なのかと、何度も疑ったものだ。

初めて出会った時は15歳だったけれど。
無邪気に笑う様は、とてもそうは見えなかった。
あれから背丈だけは伸びたものの、中身は以前変わらない。



「おい、はぐれるんじゃねぇぞ」



周りばかり見ている悟空に、悟浄はそう言った。
悟空は聞いているのかいないのか、おざなりに頷いた。

どうやら声は聞こえているらしい。
しかし果たして、言葉の内容を理解しているのか。
多分、判っていないのだろうと結論付ける。

足許も疎かになっているから、いつ転ぶか。
別に一度二度転ぶ程度、なんでもない事だが。



ふと何かを見つけたのか。
悟空の表情が、ぱっと明るいものになる。



「ちょっと待て、悟空」
「へ?」



そのまま走って行きそうな悟空の腕を掴む。
進行を妨げられた悟空は、きょとんとして悟浄を見上げた。

周囲はかなり人通りが多かった。
此処で離れたら、悟空は多分はぐれてしまうだろう。



「なんだよ、悟浄」
「離れるな、はぐれたら捜すの面倒臭いんだよ」
「じゃ悟浄は此処で待っててよ。オレ戻ってくるから」
「……お前じゃ無理だ」



きっぱりと言う悟浄に、悟空は憤慨した。
が、腕を捕まれているままなので、暴れる事もできない。



「おら、行くぞ。どの店だ?」



悟空の手を引きながら、悟浄は歩き出した。
手を引かれる悟空は不満そうに悟浄を見上げていたが。
すぐに目当ての方向を指差した。

視線を向けて、その先にあったのは。
やはりと言うか、食べ物を扱っている露天。


悟浄は、手を引いている手と逆の手でポケットを探った。
煙草を買う為に入れっぱなしにしていた金が幾つかあった。

此処でこれを使ってしまうとなると。
次に追加の煙草を買えるのは何時だろうかと考える。



手元にないとどうも落ち着かない煙草。

あとどれぐらい残っていたかな、と頭を捻る。
心許ない数であったことが漠然と思い出された。


思案し、ちらりと悟空を盗み見た。
悟空はその視線に一切気が付いていない。

金色の瞳はじっと露店の方へと向けられている。


大した金額でないなら、一つ二つぐらい。
少々高いようなら、可哀想だが我慢させよう。
悟空も今のところ「買って」とは言っていない。

興味があるから覗きに行きたい、そんな所か。
一先ずそう結論付けた。



小ぢんまりとした露店には、砂糖菓子が売られていた。



甘い香りが漂い、悟空の表情がきらきらと輝く。
やっぱり子供は甘いものが好きなのだ。

此処にいるのが自分ではなく八戒なら。
恐らく間を置かずに、強請っているだろう。


悟浄はポケットの中の小銭を取り出した。
露店に目を奪われている悟空はそれに気付かない。

それから悟浄は、表示されている値段を見た。
高いというほどの値段ではない。
手持ちの金でも数個は買える。


買ってやれば、きっと諸手で喜ぶだろう。



「悟浄、これすっげーキレーだな!」
「キレー……かぁ?」
「キレーだよ、きらきらしてる」



どうやら、砂糖菓子を見たことがなかったらしい。
八戒が作れたと思うが、まだ食べていないようだ。


砂糖菓子は陽光に当たって七色に光を反射している。
悟空はこれが食べ物だとは思えないと呟く。
悟空は結構、綺麗なものが好きなのだ。

どうやら悟空は、この砂糖菓子が気に入ったようだ。
甘い匂いのする、綺麗なお菓子が。





「……買ってやろうか?」





聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。
五感の鋭い悟空は、それをしっかり汲んでいた。

普段でさえ大きな瞳を、更に開かせて。
太陽のような金瞳が、真っ直ぐ悟浄を見上げてくる。



「……いいの?」
「おう。これぐらいならな」



背の低い悟空の頭を、くしゃくしゃと撫でる。

いつもならそれを「子供扱いすんな!」と払い除けるのだが。







向日葵のような笑顔が、其処にあった。





























両手で大事そうに、砂糖菓子の入った袋を抱いて。
悟空の顔には、笑顔が張り付いて離れない。

少々寂しくなった自分の懐を思い出す悟浄。
しかし、傍らには満足そうな子供がいて。
その表情に、まぁいいかと思ってしまう。



「食わねえのか?」



ずっと袋を抱き締めている悟空。
開ける様子もないので、悟浄は訊ねてみる。



「きらきらキレーだから、後で!」
「砂糖菓子だからな。早くしねーと虫が来るぜ」
「それまでにはちゃんと全部食べる」



袋の中身を思い出しているのか。
悟空は笑いながら今後を楽しみに答えた。

綺麗なものをもっと見ていたいらしい。


笑みを絶やさない悟空を、悟浄は見下ろしていた。
勿論、前方への注意も怠らないように。

そうして、ふと進む道を確認し。
再び傍らの、頭二つ分ほど背の低い子供に視線を戻すと。





真っ直ぐに見上げてくる、混じり気のない金瞳にぶつかった。





一体どうしたのかと思う。
また何か強請られるのかとも考えた。

けれど悟空の手には、まだ砂糖菓子があるし。
悟浄の手持ちが少ない事も判っている筈だ。
悟空の好きな食べ物を扱う店も、この周囲には見当たらない。


見上げる金瞳を、じっと見返していたら。










「悟浄、大好き」











唐突に告げられた言葉に。
悟浄は自分の思考回路が停止するのを感じていた。



「……あ?」



思わず、そんな間の抜けた声が出てしまう。
悟空は悟浄を見上げ、へへ、と小さく笑う。

往来の真ん中で悟浄が立ち止まってしまう。
それにならって、悟空も立ち止まる。



「だいすき」



よく聞こえなかったと思ったのだろうか。
悟浄を見上げ、悟空は同じ言葉を繰り返す。




「………………はぁ??」




しばしの時間を開け、再び間抜けな声。


多分、いつもなら悟空から揶揄の言葉があるのだろうが。
機嫌のいい悟空は、また笑顔を見せた。

僅かに見開かれた紅い瞳。
其処にくっきりと映り込む、笑う子供。



(…単純なガキだぜ)



そう思うと、悟浄の口元も緩んだ。
悟空は嬉しそうに袋を抱き締め、悟浄の服裾を掴む。

逸れないように、と思ったのだろう。
その動作は、本当に小さな子供と同じ者。



求めていたものを与えてくれたから。

それだけで、こんなにも笑ってくれる。
そんな台詞を聞かせてくれる。



くしゃくしゃと大地色の髪をかき回した。
子供扱いされているのに、くすぐったそうに笑っている。

いつもは嫌がるくせに。
きっと犬の尻尾があったら、千切れんばかりに振られている。


服裾を掴む悟空の手を外させて。
悟浄はその手をしっかり掴んで、歩き出した。

八戒ならば、悟空に合わせて歩くだろう。
三蔵は置いて行くけれど、途中で待っている。


自分は。
引っ張っていってやる。



「帰るぜ」
「うん」



遅れる悟空が早足でついて来る。
判っていながら、悟浄は歩調を緩めない。

袋を落とさないよう気をつけながら。
悟空の視線は、前じゃなく悟浄に向けられて。
手を掴まれていれば、転ばないし迷わないから。



「手ぇ離すなよ、迷子になっから」
「悟浄こそ離すなよ」



思いも寄らぬ返事に、悟浄は笑った。

繋いだ手のひらから伝わる温もり。
子供体温だから、少し熱いぐらい。


半歩後ろを早足で進む子供の顔は、嬉しそうで。
それを見ていると、こっちも頬が緩んでくる。



雑踏の隙間を、二人ですり抜けていった。








不意に、小さな声が聞こえた。
振り向いてみれば、見慣れた笑顔。



確かに聞こえた。


また、突然に。













―――――………「だいすき」、と。
























きっと真っ直ぐにしか生きれない




思ったとおり思うままに感じるままに




きっと俺もお前も真っ直ぐにしか生きれない
















どんなに言い訳つけて自分自身を誤魔化しても








結局バカみたいに真っ直ぐにしか生きれない
























FIN.


後書き