be alive prove




そっと触れた時に感じる

お前が今、生きているということを









……触れられた時に感じる


…………俺が今、生きているということを












「焔ぁ!」


呼ぶ声とほぼ同時に、背中に重みを感じた。
軽くぶつかる衝撃と一緒になって。

肩越しに振り返ってみれば、其処には眩しく笑う子供。
一面の花畑の中に座った、焔の背中。
嬉しそうにぴったりとくっついている。


太陽のような笑顔。
細められた瞼が開けば、其処には綺麗な金色。

全て、焔の焦がれるもの。


そっと手を伸ばせば、子供はその手に擦り寄った。
この温もりをいつも求めている。
どんな時でさえ。

自分は、冷たいから。
だから余計に、求めたくなるのかも知れない。




この、暖かい子供を。

誰よりも。





昨日こんなことがあった。
一昨日こんなことがあった。

悟空は絶えず喋っている。
自分はそれを、じっと聞いているだけだ。
正直、なんと返せば良いか判らないから。


それでも、悟空が不満を言うことは無い。
これで本当に話を聞いていなかったりしたら。
その場合は本気で怒るのだろうけれど。

時折相槌を打つように頷いているからか。
悟空の不満げな顔を見たことはない。


保護者がどうした、友達がどうした、と。
焔には到底、縁の無い話。

特に自分には意味の無い話だけれど。
悟空が楽しそうに話すのを見るのは好きだから。



笑顔を見るのと、同じぐらいに。




話の合間合間で、悟空は焔に触れてくる。
殆ど、前触れもなく、だ。

最初の頃は、驚いて振り払うこともあった。
触れることにも、触れられることにも慣れていなかった。
触れれば、全て失ってしまうと思っていたから。



けれどこの子供は、躊躇いもなく触れてくる。

そして触れられれば、花が綻ぶように笑う。



それを見るのが嬉しくて。
少しずつ、焔も悟空に触れるようになった。

初めて焔が悟空に触れた時。
悟空は一瞬、驚いたような顔を見せた後。
全身で焔に抱き着いて来た。


その時、思った。

この子供は、決して弱い存在ではない。
触れられただけで、消えたりなどしない。



その温もりを、失ったりしない。



最初は焔の背中にくっついていた悟空。
いつの間にか、隣に移動したその後は。
焔の膝の上から、彼を見上げる格好になっていた。


「そんでさぁ、ケン兄ちゃんがね、ひでーの」


大きな金瞳には、今、焔しか映っていない。
周りの一面の花畑すら、見えていない。


「まだまだガキだなって」


優越に浸るのは、許されないことか。
何処までも広がる空さえも見えていない事に。
僅かでも感じることは。

いつも何かを、別の誰かを映す金瞳に。
今は自分しか見えていないということに。


「オレ、そんなにガキじゃねぇもん」


そうだよな、と同意を求める瞳にさえ。
今その世界には、たった一人の存在しかない。

不貞腐れる悟空に、優しく微笑んでやれば。
それを同意と見たのだろう、嬉しそうに笑う。


「焔は判ってくれるんだな!」


言って、悟空は焔に抱きついた。
小さな体を、焔もそっと抱き締め返す。

そのままの体勢で大地色の髪をくしゃりと撫ぜれば。
嬉しそうに笑う声が、すぐ耳元から聞こえてくる。


「オレ、子供なんかじゃないもんな」


そういう悟空に、何も言わない自分。
本当は、子供なんだと思っている。
だってそうでなければ、こんなに真っ直ぐに触れてこない。

この汚れきった世界の中で。
こんなにも綺麗に輝けない。



けれど言わない。
悟空が笑ってくれるから。





「ちゃんと大人だよ」


それが、背伸びしたがる子供の台詞だと。
判っていないから、やはり子供なんだと思ってしまう。

少し拗ねたように唇を尖らせたりして。
かと思えば、太陽のように笑う。


「好きな人、ちゃんといるもん」


きっとその意味を違う意味で取っているということも。
この素直で純粋な子供は、気付いてもいない。

まだまだ幼いから。
何も知らずにいるから。


けれど、知らなくていいと思う。
ずっと幼い、素直で純粋で、綺麗なままでいい。
『好き』の意味を知らないままで。

この温もりが消えなければ。
それで、あとはもうどうでも構わないから。





――――昨日の事だと、悟空は言った。

夜中にいつもの四人で酒を飲んだ。
勿論、悟空一人だけは飲ませて貰えないが。
大人三人は、かなりの量を飲んでいた。


一人仲間外れが気に入らない悟空は、保護者に酒をねだり。
拒否されると、今度は天蓬にねだり。
それもやんわり断られると、捲簾へとねだった。

既に酔っ払っていた捲簾は、悪乗りして。
保護者が止めるにも関わらず、悟空に酒を飲ませた。


飲んだ感想は、やっぱり「マズイ」。

10歳前後の悟空には、酒はあまりにも苦かった。


ほんのちょっと舐めただけで、悟空は顔を顰めた。
それから「やっぱいらない」と言って捲簾に返すと。



『酒飲めねぇなんて、やっぱガキだなぁ』





楽しそうにそう言った。
それから。



『しょーがねぇか。好きな奴もまだいないもんな』



その台詞の後、捲簾は他の二人にお叱りを受けたのだが。
その間、悟空はずっと拗ねていたのだった。

一通りのお説教が終えてから、金蝉がそんな悟空に気付き。



『拗ねるな。実際ガキだろうが』



呆れたような台詞に、むっとして。
金蝉の金糸を引っ張りながら反論した。



『ガキじゃない! 好きな人ならいるもん!』

『へぇ、誰なんですか?』



興味津々と聞いてきたのは天蓬だった。

多分、三人ともその答えは判っていたのだろう。


「誰なんだ?」


好きな人が誰なのか。
天蓬と同じように、焔は問う。

悟空は焔に抱き締められたままでいる。
多分、このまましばらく、動くことはないだろう。


焔が少し首を動かすと。
すぐ近くで、金瞳とオッドアイがぶつかって。

その唇から紡がれたのは。










――――――皆、大好き。













気付けばいつの間にか、悟空は眠っていた。
焔の膝の上で、背中から抱き締められたまま。

触れた部分から感じられる温もりが愛しくて。
不精に伸ばされた長い髪が、焔の腕に触れ。
爛々と輝いていた金瞳は、今は閉じられて見えない。


無邪気な子供。
無防備な子供。

だからこそ、大人達の頑なだった心を溶かし。
くすんでいたその心に、光を呼び。
温もりを分け与えることが出来るのだろう。


愛されて。
慈しまれて。
包み込まれて。

守りたいと思う。
子供を怯えさせるもの、全てから。



薄汚いものは、この子供には何一つ、要らない。



眠る悟空の頬に、そっと触れてみれば。
くすぐったそうに笑った後、その手に擦り寄った。

触れた箇所から感じられる温もり。
どんなものよりも、この温もりがいとおしい。
この無邪気な子供が持つ温もりだけが。


「皆…大好き……か」


隠そうともしない、その心。
いつも全身で示している、その言葉。



……いつか。

…………いつか。


その『皆』が。

『焔』になることは、あるのだろうか。




この温もりが、自分だけのものになる日はあるのだろうか。




変わるかも知れない。
変わらないかも知れない。

どちらでも構わない。
この子供が、輝きを失わずにいるのなら。
ただ、出来る事なら、願ってみたい。


腕の中の小さな存在が、何処にも行く事もなく。
他の誰かを求める事もなく。
ただ己だけを見てくれたら、それは。

きっと何者にも勝る、至福だと思う。



変わらない世界で、この子供は変わるから。
変わらなかった世界で、この子供の周りは変わるから。
灰色の世界に、この子供は色を付けてくれるから。

いつか、変わる日が来るかも知れない。
『皆』が『誰か』に変わる日が。



―――――『子供』が『大人』に代わる日が。







願わくば。
その変わる日に。

自分が傍にいられたら良い。



今、この時間のように。
腕の中で眠る存在が、この瞳を開けた時。
自分だけがその瞳に映り込むように。

この子供が少年になった日も。
少年がいつしか、大人になった日も。


傍に、いられたら。
この笑顔を、見ていれたら。

……この温もりに、触れていられたら。




きっとそれは、何者にも勝る、


―――――己が生きている、瞬間。






悟空といる時だけ、焔の周りには色がある。

花の黄色、空の青、木々の緑。
悟空の傍にいる時だけ。


己の冷たい手に、与えられる温もりが愛しい。
その温もりが片時でも離れてしまうのが、酷く嫌で。

こんな感情は持った事がなかった。
鈴麗と接していた時でさえ、そんな思いは抱いた事がない。
嫌な感情は、一つもなかったが。

けれど、この子供に対してだけは。



鈴麗は、優しかった。
優しくて、そして儚かった。


悟空は、違う。

暖かくて、力強い。
何も知らない、その代わりに。



腕の中の存在をそっと抱き締める。
悟空は僅かに身動ぎしたが、瞼を開ける事はなかった。

大地色の髪を撫でた後、そこにキスを落とし。
壊れ物を扱うように、ゆっくりと頬に触れれば。
触れた手に小さな手が添えられて、握られる。


「………悟空」


今は呼んでも、返事はない。
けれど代わりに、握った手に僅かな力が篭もる。

小さな手から与えられる、その温もりを。
何があっても、決して失いたくなかった。
他に大切なものなんていらないから。







この冷たい腕に、

温もりを与えてくれる小さな手のひらを、



………失うことのないように………――――









そっと触れた時に感じる

お前が今、生きているというその証を



……触れられた時に感じる

俺が今、生きているというその証を









護りとおすと誓うから


どうか、消えていかないように――――……









FIN.


後書き