over brood















むずかしいコトなんて よく解らないんだホント

常識とかルールとか 言葉で縛り合うナンデ?





ここにキモチがあって それがゼッタイなら良くて

ありのまま動ければ どこに理屈なんてあるの











誰もが違った想い抱いて過ごしている

混ざり合わなくてもいいんだ

まっすぐに前を向いてるなら




胸に嘘をつかなければ――――………











































「なぁ、なんなのかなぁ」





無邪気な顔で聞いて来る子供が、心底愛しかった。
けれど、問われた言葉をそう簡単に返す事は出来ない。
敵に塩を送るほど、おろかな真似は出来ない。

けれど悟空は、答えを期待する瞳で待っている。
まっすぐにこちらを見詰めて、じっと黙って。


真っ直ぐ向けられる金瞳が。
いつまでも己に向いていれば良いと思うけれど。

それは叶わないものだと、ずっと前から知っている。




だってこの子の隣はとっくの昔に決まっている。


自分たちが出会ったときから、そのずっと以前から。




―――――ずっと。






























あの太陽を見ていると、なんだか胸が痛くなる。

悟空がそうを言ったのは、夕刻を迎えた頃だ。





夕食時が近付いて、いつもなら悟空が騒ぎ出す時間帯。
いつになく静かな悟空に気付いたのは、悟浄だった。

三人部屋のベッドの上で、悟空は胸元を抑えて俯いていた。
とくに落ち込んでいるような空気ではない。
何か、不可解なものに頭を巡らせているような顔をしていた。


部屋にいたのは、悟空、悟浄、八戒だ。
三蔵は一人部屋を勝ち取って、既に自室に入っていた。


揶揄の言葉さえも、聞こえているのかいないのか。
「落ちてるもんでも食ったか」と声をかけたのに。
悟空はしばらくの間を置いてから「え、なに?」と言った。

全く何も聞こえていなかったと示すその素振り。
これには悟浄も八戒も、何かあったかと心配になる。





元来、隠し事が苦手な少年ではあるけれど。
肝心なことはどうしてか、隠すのが上手い一面がある。

…今回は、隠しているつもりではないようだったが。






些細な事に落ち込んでいるなら、それはすぐ表に出る。
そうでなくとも、片鱗を見せて来る。

けれど、落ち込んでいるような表情は何処にもない。
胸元を抑えて俯いているときの顔は、考え込んでいるようで。
時折首を傾げて、不思議そうな表情をする。



「なんかあったか? お前」
「へ? なんで?」



悟浄の問い掛けに、悟空はきょとんとして言った。



「さっきから静かでしたから」
「……オレが静かだと、そんなに変?」
「そういう事じゃないんですけど」



八戒の言葉に、悟空は拗ねたような目を向けた。
その瞳に、八戒は軽く手を振って弁明する。



「悟浄が揶揄っても反応しないし、聞こえてないようでしたから」
「……悟浄、なんか言った?」



本気で全く、なんの音も耳に入っていなかったようだ。

今度は悟浄を見て、不思議そうな顔をする。
悟浄は「大した事じゃねぇから」と流した。


けれど。



「でも、マジでなんかあったか?」
「別になんもないけど?」



隠している様子は一切ない。
けれど、いつにない様子は、どうにも気になってしまう。

隠しているのでなければ、気付いていないのか。
自分がしている仕草、表情に。
それは有り得るかも知れないと二人は思う。



「なんにもないように見えないんですよ」
「無い脳ミソ使おうとしてるみたいだしよ」
「何か考え事ですか?」



悟浄の一言に悟空が憤慨しないうちに。
八戒は矢継ぎ早に問い、悟空へと歩み寄った。

悟空はそんなふうに見られていたと初めて知り。
驚き半分で歩み寄って来る八戒を見詰めていた。
それから、ちらりと悟浄の方も。




「何か悩みがあるなら、教えてくれませんか?」




力になれるかも知れないから、と。
見下ろしてくる翡翠の瞳は、穏やかで優しかった。




「俺らの方が、お前よか経験豊富だからな」




茶化すような言葉を使う悟浄。
けれど向けられる赤い瞳は、温かくて。



その二つの色を、悟空は交互に見ていた。
目線の高さを同じにして見詰める八戒と。
少し遠くからこちらを真っ直ぐ見詰めてくる悟浄を。

悟空の負担を軽くしようとしてくれている。
優しくて、暖かくて、穏やかな二つの色。


けれど、悟空には判らなかった。
自分が何に悩んでいるのか―――何を考え込んでいるのか。
一応、思い当たる節はあったのだけれど。

言っていいものかどうかが判らない。
揶揄われそうだとかじゃなく、本当に判らない。







………ヘンな事だと、なんとなく思うから。







けれど悟浄も八戒も、引き下がる気は無さそうだった。
なんでもない、と言おうとすれば、優しい笑みを向けられる。
言ってしまえ、と赤い瞳が言っている。

けれど、本当によく判らないのだ。
何が、と言われると、またそれも判らなくなるのだけれど。



―――――でも。
言ってしまえば、少しは楽になるのだろうか。

今だったら、何か判るのかも知れない。
悟浄も揶揄うつもりはないようだし。
八戒の見詰める目も真髄なものだし。










判るかも知れない。




ずっと前から感じている、この変な蟠りが。










「……あのさぁ」



恐る恐ると言った風に悟空が口を開けば。
二人は小さく相槌を打って、次の言葉を待つ。

悟空は考え込んで、言葉を捜した。
何をどういう風に言えば、ちゃんと形になるだろうか。
元来、説明というものは大の苦手だった。



「なんか、ヘンなんだよ」



何が、とは聞かれなかった。
苛々するだろうに、催促はされなかった。



「なんか…えっと……なんか、この辺が」



言って悟空は、さっきまで抑えていた胸に触れる。
そこをぐっと握れば、そこを中心に皺が出来た。


この“ヘン”は大抵、決まった時に訪れる。
どういう瞬間に、どういうタイミングで、どんな風に。
決まった時に、決まった形で感じる。

なんだか、ざわざわするのだ。

いや、それも的確な表現ではないと思う。
けれど、どれが正確なものなのか判らない。


それを一番最初に感じたのは、一体いつだっただろう。
最近のことではないけれど、そう遠い昔からでもない。
曖昧な感覚の中で、自覚を持ったのはいつからか。

最初は気の所為かと思っていた。
けれど時間が経つ毎に、それは明確なものになって行き。




今では、いつも。
決まった時に訪れる。








あの光。

あの光を見ていると。



何故だろう。


………判らないけれど。





……何か、感じる。








あの光を。
あの存在を。

三蔵を。



見ているだけで、何故かヘンになる。
ふとした瞬間に目が合えば、もっとヘンになる。
知らないうちに見られていたことに気付けば、もっと。

日に日に強くなって行くそれが、なんなのか判らない。
嫌なものではないから、余計に判らない。





「オレ、やっぱ可笑しいのかな」





悟空の小さな呟きに、二人の反応はなかった。
それを見て、やっぱり可笑しいのか、と思う。

幾ら考えてみても答えは出なかった。
こんな感覚は知らないし、判らない。
どんなものなのか、見当もつかなかった。



「ヤな感じじゃないんだけどなぁ……」



嫌なものであったら解ったのかなんて、其処までは知らない。
けれど、不快なものじゃないから、持て余すばかりで。
日に日に増していくばかりで。

……なんにも判らないまま。



「なんかな…なんだろ……痛いのかな」



上手く掴めない感覚を探り当てながら。
悟空は少し俯いて、小さく言った。

そして目の前にいる二人に向かって。



「なぁ、なんなのかなぁ」



問い掛ければ、二人は一瞬言葉に詰まったようだった。
けれど、やや間を置いて顔を見合わせた二人は。
何故だか判らないけれど、微笑んでいた。

その意図が読めなくて、近い位置にいる八戒を見上げれば。
くしゃ、と八戒が頭を撫でた。


それから悟浄も歩み寄ってきて、くしゃくしゃ頭を撫ぜる。
益々意味が判らなくて、けれど振り払う事も出来ない。

一体、この二人はどうしたのだろう。
悩みを打ち明けた途端、面食らったような顔をして。
かと思ったら、今度は嬉しそうな顔をする。



「ね、ちょ、教えてってば!」



いつまで経っても終わりそうに無くて、悟空は急かした。

悟空の声に、二人はようやく手を離す。
それから悟空が顔を上げると、穏やかな瞳とぶつかる。




「あーあ、やっぱそうだろうなと思ったけどよ」
「そうですねぇ……ま、仕方ないですよ」
「けど納得できねぇなぁ、だってアレだぜ!?」




納得できない、と言って置きながら。
悟浄は楽しそうな、嬉しそうな顔をしていた。

余計に意図が読めなくなった悟空は、八戒の服を引っ張り。
ようやくこちらを見た八戒を真っ直ぐに見詰めた。
その瞳は、答えの催促をしている。


自分の感情を持て余すばかりの悟空は、まだ子供で。
けれど、その感情は一時のものではない。
ただ一つを見詰めている事さえも、気付いていないけれど。

嬉しいような、少し寂しいような。
二人は、そんな感情を覚えていた。









それは、この少年の知る由ではないけれど。





















…その感情が指し示すものを。
はっきりと言葉にして教えてやることはしなかった。

ただ、こういうものなんだと、曖昧に告げただけで。


これぐらいの意地悪は赦されるだろう。
でなければ、割に合わない。
これでも大マケしている程だ。

ささやかな抵抗ぐらいは黙認して貰わなければ。
一人で簡単に幸福になんてさせてやらない。


ずっと見守ってきた子供がほんの少し、前に進むのだ。
自分にとって唯一無二の存在を、今以上に想って。
まだまだ幼さの抜け切らない心に、ただ一人を迎えて。

他の誰の想いにも気付かないままで。
けれど、それでいいと思う。
気付いたらきっと、あの優しい子供は気にするから。



気付かないままでいい。

自分の心に正直でいてくれるなら。



































三蔵の部屋の前で、悟空は考えていた。

八戒と悟浄に教えてもらった。
この胸の中にある、蟠りの正体を。
はっきりとではなかったけれど。


でも。
あれこれ考えるのを止めて。
二人の言葉をそのままに受け取ったら。

なんとなく、判る気がして。
なんとなく、判った気がして。



…迷惑かも知れない。
そうも考えた。

……嫌われるかも知れない。
それも考えた。


でも。





言いたい。


































吐き出した紫煙が、空気を燻らせて消えた。
そうして短くなった一本の煙草。
八戒の存在を判っていながら、空き缶にそれを捨てた。

すぐさま、翡翠が非難の色を帯びたが。
今日ぐらいは見逃してくれと、手を振る事で示す。


―――――聞かなければ良かった、と。
全く思っていない訳ではなかった。

聞かなければ、もう少し先延ばしに出来たと思う。
適当に言葉を繕っても、きっと誤魔化せたと思う。
もう少しの間、無邪気な子供を見ていられたと。



でも。


あんな瞳を見てしまったら。










たった一人だけを一心に、真っ直ぐに。


全てをかけて想う、眩しく輝く瞳を見たら。











「考え込んでなかったら……」




聞こえた八戒の声に目を向ければ。
窓辺に立って、遠い目をしている彼がいた。

黙って続く言葉を聞く。



「きっと、自分で気付いたんでしょうね」



理屈じゃなくて。
言ってしまえば、本能で。

八戒の言葉に、悟浄は小さく笑った。
確かに、そうかも知れないと思うから。
あの子供には、説明なんて不要なのだ。



「でも、ま、良かったじゃねぇか」
「そうですね。僕らにとっては」
「知らねー間に、なるよりは、な」



お互いに浮かべる笑みが、嘲笑を含んでいるものだと。
気付いている。

でも、これで良かった。
未練がましい事を口にしながら、後悔はない。
惜しかったな、とは思っていても。


付き合いませんか、と。
八戒が一本の酒を持ち出してきた。

いいね、と。
朝まで飲み明かしてしまおう。
出立に支障が出る位、思い切り。






今頃。
何をしているだろう。

それを思うのは野暮か。


笑っているか、泣いているか、どちらかだろう。
彼があの子供の想いを拒否するとは思えない。

だって、知っている。
彼も同じ想いなのだと言う事を。
相手が相手という事もあって、隠しているけど。












―――――理屈じゃなく。































頭で考えると グチャグチャになるんだ余計


大事なコトは一つ「強くなりたい」ってだけさ




成りたい自分に成れないはず捕らわれてちゃ


他人の目かり気にするから


素直に信じられるものは
外になんか有るわけない








蒼い空の向こう側 何が起こるかは


見えるはずもないけど 焦らずに進もう




瞳 映る この場所をキモチが選んだ


余所には無い全てが


ここには在るからさ いつも
















――――――…………いつも……




















FIN.


後書き