peceful childe
















どうかキミに





……安らぎを――――――……





































後部座席がやけに静かだと。
ふいに気付いたのは、八戒だった。

バックミラー越しにそちらを伺ってみれば。
悟浄が手持ち無沙汰気味に煙草を弄んでおり。
けれどその口元は、心成しか緩んでいた。


何故だか穏やかなその空気を壊す気にもならず。
一体何の気紛れかと思いながらも、八戒は問わず。
明日は雨か雪か、はたまた槍かと考える。

それからバックミラーに映り込んでいる人物が、一人足りない事にようやく気付いて。


脇見運転は危険と重々承知していながら。
そっと、後部座席へと首を巡らせて見れば。







丸くなって眠る子供が、いた。






やけに静かだなと思っていたら。
騒ぐ片割れが、夢の世界に旅立っていたのだ。
それは悟浄でも静かになろうというものか。

持っていた煙草が火点かずだったのはその所為か。
眠る子供の睡眠の妨げになるのを危惧してだろうか。


日頃から悟浄の煙草を、悟空は煙たがっていた。
下らない言い合いの合間、悟浄が揶揄うようにして吸った煙を、悟空に向かって吐き出す事もしばしばある。
その度、気管が弱い訳でもなかろうに、悟空はムセて。

「ケムい!」と言われる都度、そうして遊ぶのに。
本人が眠っている時、悟浄は煙草を吸わない。


遠回しに労わっているのだ。
言えば恐らく、不貞腐れた顔で火をつけるだろうが。






なんだかんだ言って、悟浄は優しい。
甘いと言われれば、そうかも知れない。
誰も気付かないような些細な事に、彼は気を使う。

普段が大雑把なだけに、それは片鱗も見せないが。
何気ない所に、それはちらりと垣間見える。






ガタン、とジープが大きく揺れた。
横になっていた悟空の体が、その弾みに揺れる。

おっと、と小さな声が聞こえて。
ミラーに映るのは、シートから落ちる直前の悟空と。
片手でそれを支えている悟浄だった。




(妬けますよねぇ)




これは、同じ後部にいる悟浄でなければ出来ない。
三蔵の場合は、多分、落ちてから拾うと思う。
八戒だったら、最初から抱えてやっている。

三人揃って、接し方が見事にバラバラだ。
まあ、いつもの事なのだが。





ちら、と八戒が隣の三蔵を伺うと。
煙草を加えて、明後日の方向を向いていた。

………紫煙は、なかった。










































気が付いたら、悟空は丸くなって眠っていた。
仔猫か仔犬のように、揺れるジープの上で。

次の街まで遠い上、ここ数日刺客もない。
悟空にしてみれば、退屈で仕方がなかったのだろう。
トランプゲームも飽きてしまった頃合だった。

同じく悟浄も暇を持余し、どうしたものかと思案し。
単純で面白い小猿で遊ぼうかと思ってみて。


ようやく、その小猿が眠っている事に気付いたのだ。


いつもなら、此処で遊び半分で起こすのだが。
今日はなんとなく、そんな気分になれず。

眠る子供の顔を、じっと見ていた。







出逢った頃から変わらない、子供の横顔を。







癖の様に取り出した煙草を、手の中で弄ぶ。
吸おうと思って手に取ったのだが、どういう訳かライターの方に手を伸ばす気にならなかった。

それは多分、目の前で眠る子供の所為。


多分、気管が弱いということはないと思う。
けれど悟空は、いつも煙草の煙を嫌がった。
保護者に対しては、どういう訳か何も言わないが。

揶揄って煙を吹きかければ、いつも大袈裟なほど咽た。
三年前はその苦しさで泣く事さえあった。


健康な分、害を及ぼすものに過剰反応するのか。
そんな事を考えて、判り易い奴だと小さく笑った。

取り敢えず、今は火を点けるのは止めておこう。
眠っている時位は、勘弁してやろう。
その健やかな寝顔を、小さな苦痛に歪ませるのは。





そういえば、いつだったか。
旅に出る前、三蔵が仕事で、悟空を家で預かった時。
悟空が眠っている横で、煙草を吸っていた事があった。

寝息と一緒に、悟空は煙を吸い込んだらしく。
派手に咽ながら、飛び起きた事があった。


あの後、八戒にはこってりと絞られた。
眠る悟空の前で煙草を吸う気がしないのは、その所為もあるかも知れない。






ガタン、とジープが一度、派手に揺れた。
その所為で、眠る悟空の体も軽く弾んだ。

悟空の体が傾いて、シートからずれ。
悟浄は半ば慌てて、その体を下から掬い上げた。
それからゆっくりと上へと戻してやると。




(―――――あ、煙草……)




弄んでいた煙草が何処にもない。
悟空を支えた時、そのまま何処かに飛んでいったか。

ちょっと惜しい気もしたが、まだ残りはある。
摂取量が増えない限りは、次の街まで持つと思う。
貧乏性か、勿体無いと思うのは止められないようだが。


取り敢えず、悟空が落ちないようにしてやろう。
眠る悟空を腕に抱えてやると、僅かに身動ぎしたものの、目を覚ます様子はなかった。







くしゃ、と大地色の髪を掻き撫ぜてやれば。


子供はくすぐったそうに、小さく笑った。







































珍しく、ジープの上が静かだった。
常に後ろからしている筈の喧騒が、微塵もない。

静寂は嫌いではないから、その現状に満足している。


静かな理由も判っている。
後ろを見なくても。

常に煩く呼ぶ聲がない。
聞こえてくるのは、安心しきった聲と。
僅かに鼓膜を掠める、穏やかな寝息。


退屈だったのか。
疲れていたのか。
まあ、どちらでも構わない。

静かなのは良い事だ。
普段が普段なだけ、尚更。







爛々とした瞳は、今しばらくは見えない。







日差しはそうキツいものではない。
そして吹き抜ける風は、温もりを含んでいて。
時刻は昼食を終えてから約一時間後。

胃袋を満たされ、暇を持余した子供は夢路へ。
だからいつもの喧騒が欠片もなかったのだ。


悟浄と八戒がそれに気付いたのは、つい先刻。

三蔵が気付いたのは、悟空が眠る直前から。



悟浄が悟空を揶揄って遊ばなかったのは偶然だろう。
トランプをしなかったのは、いつも負けが込んでしまう悟空が拗ねて、飽きたと言ってしまったからか。
刺客もなく、ただ暇を持余すばかりだった。

ふと気紛れに、三蔵がバックミラーを見ると。
シートに腰掛けて船を漕いでいる悟空がいた。


悟空が完全に眠ってしまったのは、それから数分後だ。
その瞬間を見た訳ではないが、判る。
既に朧がかっていた聲が、霞となったから。


初めは直に起きるか、悟浄が起こすかと思ったが。
自力で起きる様子もなければ。
悟浄がふざけ半分で起こす事もなかった。




珍しいこともあるものだ。
……色々と。




ガタン、とジープが一度、大きく揺れた。
それと同時に、シートに寝転がっていた悟空の体が跳ね、あわやそのシートから体が離れてしまった。

そのまま落ちるかと思ったが、そんな音はなく。
おっと、と言う小さな声が聞こえ。
悟浄が拾い支えたのだと窺い知れた。


なにやら体勢を整えてやっているらしい音がする。
それを気に留める事もなく、三蔵は煙草を取り出す。
流れのままに火を点けようとして。

やめた。


ちらりと後ろを見れば、眠る子供がいて。


ふと脳裏に過ったのは、悟浄の煙草に咽る悟空。
悟浄には文句を言うのに、同じヘビースモーカーの三蔵に何も言わないのは、保護者への遠慮か。

いつもならそんな事を思い出したりなどしないが。
何故だか、今日は思い出してしまったから。









本当に、今日は珍しいことがよく起こる。






(―――――たまには………いいか)













































なあ、八戒


はい?


今日は随分、安全運転なんだな


そうですねぇ
お二人は禁煙でも始めたんですか?


ん、期間限定で


短そうですね…その期間


おう


否定なしですか


お前だってどうせ期間限定だろ、その安全運転


いつもしてますよ、安全運転


……やけにゆっくりじゃねぇか、俺達は急ぐんだ


いいじゃないですか、たまには


いつも遅いだろうが
此処までの予定も大幅に狂ってんだぞ


そう堅い事言うなよ、三蔵様


そうですよ、景色を楽しみながら行きましょう


……何処まで行っても荒地しかねぇよ


我侭の多い人ですねぇ


もうちょい寛容になれねぇの?


殺すぞ……









……あ?


どうかしました?


猿が起きたか


いや、寝てる
動いたから起きたかと思ったけど


…紛らわしい


こりゃしばらく起きそうにねぇな


あはは、そうですね


静かでいい


たまにはこんなのもアリだな


ですね
じゃあ、僕らもそろそろ黙りましょうか


ああ……起きると煩くなる


捻くれた事しか言わねぇよな、お前…


なんだ?


いや、別に


はいはい、静かにしましょうねー




















































どうかキミに





……安らぎを――――――……




































FIN.


後書き