Everlasting promise











時々無性に寂しくて

時々無性に逢いたくて




呼んでいいなら呼びたいのに

呼びたいから叫びたいのに

叫びたいから泣きたいのに


















なんで、わかんないんだろう








































































「なにやってんだぁ? お前」



地面に寝転がって、ぼんやりと空を見ていたら。
急に、鮮やかな紅が視界の殆どを遮ってしまった。
その視界の紅の隙間から、蒼が覗く。

それを特に何か思うこともなく。
そのままじっと悟浄を―――空を見上げていた。



「おい?」



ひらひらと目の前で手を翳される。
流石にそれは鬱陶しくて、悟空は片手でそれを退かせた。

じっと見下ろしてくる赤い瞳が見えない訳ではない。
けれど、それに答える気も起きなかった。



「おい、マジでどうしたんだ?」



かけられる声は、いつになく優しいもの。
これ以上返事をしなかったら、どう思うだろうか。
そんな事を考えながらも、悟空は動かなかった。

それより、もっと別の事が頭の中を占めていて。
他の事なんて気にする余裕も無くて。


と。



突然、肘が顔面向けて落ちてきた。



見事な反射神経で、落とされたそれを避けると。
悟空はようやく起き上がり、悟浄に怒鳴りつけた。



「何しやがんだ、バ河童!!」
「おめーがぼけっっとしてるからだろうが」



避けなかったら、恐らく顔面にめり込んでいただろう、肘。
寸止めして貰えるとは到底考えられなかった。

毛を逆立てた猫のように、悟空は悟浄を睨み付ける。
それを受けた悟浄は、いつもなら揶揄の言葉が出てくるのに。
今日は睨み付ける悟空を黙って見ているだけで。


妙な空気の沈黙が落ちている。


悟空は悟浄を睨み付けている一方で。
悟浄は咥えた煙草に火を点けることもせず、悟空を見て。

風が吹くと、悟空の大地色の髪がふわふわと揺れ。
対して悟浄の紅は、風の流れに乗ってなびく。




「二人して何を睨み合ってるんですか?」




優しい声に、二人がほぼ同時に顔を上げると。
微笑みながら自分たちを見下ろす翡翠の瞳があった。

その少し後ろで、紫闇がじっとこちらを見ている。



「悟浄が急に肘落としてきたんだよ」
「オメーがぼけっとしてっからだって言っただろうが」
「してねーよ! 考え事してただけだ!」



ようやく悟浄が煙草に火をつけながら言えば。
悟空は噛み付くような勢いで、悟浄に反論した。

まぁまぁ、と八戒が二人を宥めすかす。
うー、と喉で唸る悟空の頭をくしゃくしゃと撫でると。
拗ねたような金瞳が、八戒へと向けられる。



「猿が考え事ねぇ」
「どうせ晩飯のことでも考えてたんだろ」



珍しいこともあるもんだ、と悟浄が呟くと。
すぐさま、三蔵が割り込んできて言った。
その言葉は、常の悟空を知る者なら当然の発想と言えるか。

八戒も同意見だったが、それを言っては悟空は益々拗ねるだろうと踏んで、曖昧に笑って見せるだけにした。
その視線の先では、悟空が剥れたような顔をしている。



「そうなんですか? 悟空」



とにかく、機嫌を直してもらおうと八戒は考えて。
剥れた悟空の隣にしゃがみ、同じ視線になって問う。

すると。





「………違ぇもん」





それならどんな事を? と。
聞こうとして、八戒の声が空気を震わせることはなかった。

それを不思議に思った悟浄が、悟空の顔を覗き込み。
同じく、彼まで黙り込んでしまった。
それまで傍観していた三蔵も、悟空の傍らに膝を折ると。




「……そんなじゃ…ねぇもん」




消え入りそうな程の声で呟く悟空。
何故だか、それは酷く儚く、切ないものに見えて。


















その表情に痛みを覚えたのは、誰だっただろうか。








































































なぁ、誰?

オレの中で笑ってるのは



なぁ、誰?

オレの中で頭撫でてくれてるのは



なぁ、誰?

オレの中で手を引っ張ってくれてるのは





……なぁ、誰?


「約束な」って

そのまんま

別れたの
















…………なぁ、誰?



















何処かが痛い。
何処だか判らないけれど。

何処かが、痛い。



時折見る夢がある。
いつも同じシーンを繰り返している夢を。



最初は、真っ暗な場所にいて、それから突然明るくなる。

次は、とても冷たい場所にいて、それからそっと温かくなる。


隣で笑う誰かがいて、

隣で頭を撫でる誰かがいて、

隣で手を引っ張ってくれる誰かがいて、




それから、






それから。










































































くしゃ、と悟空の頭を撫でる手。
それに気付いて、悟空が顔を上げると。
悟浄の自分よりも大きな手が、大地色の髪を撫ぜていて。

感じる視線に振り返れば、じっと見詰める翡翠。
揺れる瞳は、困ったように笑っているように見えた。




「何を考えていた?」




すぐ傍らから聞こえた声。
見なくても、その声の主ぐらいすぐに判る。

けれど、問いの返答をすぐに返すことが出来ない。


何を考えていたのか。
何を思っていたのか。
判ってはいるのだけれど。

今ほど、自分の言葉足らずを憎いと思った事は無い。
返事を待っていてくれているのに、言葉が見付からないから。





何を。





なにを。












…………何を考えて――――…………












































































夢は、いつも半端な所で終わってしまう。
最後まで見ることが出来ずに目が覚める。

それは、起こされてしまう事もあるけれど。
殆ど、自分で―――勝手に目が覚めるのだ。
まだ起きては駄目だと思っていても。



例えば、笑っている人の方を見たり。

例えば、頭を撫でる人の方を見たり。

例えば、手を引いてくれる人の方を見たり。



それらを見ないようにしても、必ず中途半端で夢は終わる。
一番最後に、前方に立って手を伸ばす誰かを見つけたら。

その誰かを確かめたいのに。
遠くに見える時はぼんやりとした影にしかなっていなくて。
形になっても、陰になって見えなかった。
やっと見える距離まで近くなったと思っても。



目が、覚める。

夢が、終わる。












―――――見るなと、まるで言っているように。















なぁ、誰?
そこにいるのは……

なぁ、誰?
そこで待ってるのは……


なんか言ってるんだ。
なんか言ってる。

「約束だ」って。
なんのことだか判んないけど。
「約束だ」って言ってる。


それから、

「行こう」って。
「連れてくよ」って。


ヤな感じじゃない。
そう言われると、凄く嬉しくて。

気付いたら、誰かと繋いでいた手が離れて。
気付いたら、誰かに肩を押されて。
気付いたら、背中を軽く叩かれて。



歩き出して。






それから。












































































「………なんも考えてない」





はぁ? と悟浄が間抜けな声を漏らした。
八戒が驚いたのか、目を見開いていた。
三蔵は、特に何も変わらない。

膝を抱いて俯いた。
顔を覗かれたりしないように。


悟浄の罵声が飛んでくるかと思ったが、静かだった。
言おうとして、八戒に制されたのかも知れない。

三蔵にハリセンで叩かれるかと思った。
けれどなんの衝撃も来ずに、沈黙の帳が落ちる。
どうしたのかと思ったけれど、悟空は顔を上げなかった。


ズボンの裾がじんわりと濡れたのが判る。
何故そんな事になるのかは、あまり考えないようにした。
頭の中がごちゃごちゃだからだ、と無理に結論付ける。










何故。



何故、判らないのだろう。






何故――――………













































覚えている。



向けられる笑みも、

撫でてくれる手も、

繋いだその温もりも、



交わした“約束”も。







今持っている、呼べる名前じゃなくて、

きっと失くしてしまった、呼べる名前を、


どうして、思い出せないのだろう。



呼んでいた筈なのに。

何度も、呼び続けていた筈なのに。



“約束”、


したのに、




なんで―――――…………










































『連れてってやるよ』




『木苺が沢山なってるとことか』


『誰も知らない隠れ家とか』



『俺が案内してやるよ』



『なぁ』



『行こうな』






『二人で』































あそこに立っているのは、誰だろう。
きっと大切な人だった筈なのに。

その大切な誰かを、どうして呼べないのだろう。


呼びたくて、呼べなくて。
それは今でも、辛くて寂しくて、悲しくて。
きっと大事なことだったのに。

どうして自分は、肝心なことばかり忘れているのだろう。
記憶の波に埋もれさせて、見つける事が出来ないのだろう。



大切なものは、抱き締めていたいのに。
大切なものは、手放したくないのに。
大切なものは、ずっと覚えていたいのに。

思いとは全く違う方向へと向かっていくばかりで。
思えば、何も思い出せないまま、生きている事に気付く。






でも、もし。

今と引き換えにすれば、思い出せると言われたら。












どうするだろう。












































『悟空』





『ほら』

『そっちじゃない…こっちだって』





『ほら』



『そこの木の』

『うえのほうの』

『とこ』




『とりの巣』

『が』

『あるんだ』













『見えるだろ?』









































































「…………見えないよ」




呟かれた言葉に、三人が子供を見詰めれば。
俯いたまま、膝を抱えたままで。
肩を震わせて、泣いている子供が其処にいて。

全てから隠すように。
三蔵が、その小さな体を腕の中に閉じ込める。


悟空が何を言いたいかなど、判らない。
きっと判れるようなものではないだろう。

500年の孤独とは、きっとまた違う、何か。
誰も踏み入れないであろうと思う、それ。
いつか悟空が、自分で区切りをつけなければならないもの。


踏み込むことは、許されない。
だから、せめて。

誰かが踏み込むことの無いように。












「………見えないよぉ………」






































































『あのなぁ』

『誰だって聞いてんの』





『なんか判んねぇけど、すげぇな』

『お前は、世界に一人っきゃないんだろ?』

『お前の代わりはいないって事じゃん』

『それって凄くね?』





『案内してやるよ』

『木苺が沢山なってるとことか』

『誰も知らない隠れ家とか』












『いいから』




『ここにいろよ』


















































なぁ、誰?



“約束”って



いつになったら






いつになったら



もっかい





なぁ










呼んで





くれるの………――――?



























FIN.


後書き