entise a person out

















泣いては膝抱えている あの日を自分を










手を取り自由にさせても いいさ



































































ちょっとした気紛れ。
多分それ位の事だったのだと思う。






















普段通りの日常だった。





ギャンブルに勝って、そこそこの金を稼いで帰宅。
同居人は買い物に行っていたのか、不在だった。

数日前から預かっている小猿は、リビングで暢気に夢の中。
昨晩は遅くまで起きていたから、その分寝ているのだろう。
まだ覚えていないトランプに付き合ったのは記憶に新しい。



空は西の方がうっすらと橙色が滲んでいた。
こんな時間に、同居人が子供一人を残して外出とは珍しい。

しかし、麦酒を飲もうと冷蔵庫を開けて納得した。
中に入っていたのは、麦酒缶が二本と、食料が少々。
大食漢の子供に食わせる晩飯には、足りない。

オマケに、同居人はこの子供を猫可愛がりしている。
お菓子を作ってやるのは頻繁なことなのだ。
なので、余計に食料の減りが早い。





働かざるもの、食うべからず。

が、この子供に何か仕事をさせようものなら。
きっと大惨事になるであろうと悟浄は予想したのだった。





仕事で遠方に行くから、預かれと押し付けられた。
ここ二年で既に珍事でもなくなったので、何も言わず。
剥れた顔をしていた小猿を置く事を了承した。

けれど悟空は、一向に納得が行かなかったらしく。
八戒が腕を振るった夕飯を食べている間も拗ね顔をしていた。



此処最近、三蔵は遠くに出向く事が多い。
一人が嫌いな子供は、それについて行きたがる。
しかし、金晴眼を持つ悟空に当たる風はかなり強い。

なんだかんだと言って、三蔵は悟空を大事にしている。
それを本人に言えば、間違いなく弾丸が飛ぶのだが。

悟空も自分が行く事で、面倒になるとは思っているのか。
三蔵が連れて行かないと言い切ったら、もう我儘は言わない。
言わない代わりに、ずっと膨れ面をしている。


いつにも増して酷いな、と思っていたら。
三蔵の滞在期間が長いことが原因だった。
長いといっても、一週間程度だ。

けれど、悟空にとっては一週間“も”、なのだ。
傍から見ればすぐだろうと思えるが、本人はそうは行かない。




悟浄達と出会う前まで、三蔵は長期の仕事にはなるべく連れて行くようにしていたと聞く。
不在の間に、悟空が謂れもない事をされることがあったのだ。
それは些細なものから、直接的な暴力もあった。

悟空を拾ってから、今年で7年だと言うが。
懲りない連中は懲りないのだなと思う事がある。
三蔵に絞られたにも関わらず、未だ嫌がらせは止まないのだ。


それは遠方先でも起こる事がある。
三蔵が仕事中、悟空が一人で居る時に。

古い厳格な場所を訪れれば、それはもっと顕著になり。
仕事を終えた三蔵を迎えた悟空の顔が、痣だらけだったこともあったのだと言う。



悟空が三蔵以外の人物を頼る事が出来る筈もなく。
二択しかない選択肢で、被害の少ない方を選ぶとすると。
手元に置いておける方を選ぶ事になった。

しかし、悟浄や八戒に出会ってからは。
悟空は二人を気に入り、一緒に遊びたがるようになり。
丁度いいと言いながら、三蔵は悟空を預けるようになった。



悟空も最初の頃は喜んでいた。
三蔵に迷惑をかけないで済むし、二人と遊べる。

しかし、それでも子供は保護者と一緒にいたがるようになり。
今までずっと傍にいたからだろうか。
元々一人を嫌がるのが、更に表に出るようになった。


一応、過ぎた我儘は言わないものの。
はっきりと顔に出るその感情はといえば。
不満不服以外のなにものでもないのだ。

よって、ここしばらく、悟空を預かった時は。
第一に小猿の機嫌を直してやらなければならくなった。




預かってから数日。
流石に悟空の機嫌は持ち直してくれた。

八戒手製の菓子で釣ったり、トランプを教えたり。
特に八戒の菓子の効果は抜群だった。
二日目などは、自然と緩んだ頬を慌てて膨らせたりしていた。


けれど、機嫌が直れば、今度はホームシック症候群。
飼い主の不在は、やはりいつまでも慣れないのか。
寂しさを誤魔化すように騒ぐ。

ああ見えて過保護な三蔵は、夜更かしを禁止している。
けれど悟空は、眠るのが嫌なのか、夜中まで遊びたがる。
同じく過保護が保父が寝かしつけようとしても聞かない。

だから昨晩も、遅くまで悟浄とトランプに興じていたのだ。


夜寝ない分、昼間は静かだ。
窓とカーテンを開け放って、日当たりの良い場所で。
悟空は仔猫のように丸くなって眠っている。

ちょっと教育に悪いですかね、と。
同居人がぽつりと漏らした言葉を思い出した。




けれど、夜更かしの一つや二つ、構わないだろうと思う。
こんな子供に寂しい思いをさせる保護者が悪いのだから。




そんな事を考えて、悟浄は笑う。
自分もかなり、この子供には甘いらしい。

野郎に抱きつかれるなんて御免だと思うのに。
この子供にだけは、何故だか抵抗はない。
弟みたいで面白いと思っていることもある。





弟。

自分で考えたその言葉に、不意に思い出す。
幼い日、傍で笑っていた存在を。









………あいつも、同じだったのかな。









正直、あまり思い出さないようにしていた過去。
優しい思い出もあるけれど、悲しい事も多過ぎて。
煙草の味はいつ覚えたのだろうか。

可愛げのない子供だったと思う。
彼に対しては、無茶な我儘ばかり言っていた気がする。


そんな手のかかる、血の繋がらない弟を前に。
彼も、今の自分のような気持ちになっていたのだろうか。
ああもう、しょうがない奴だな、と。

じゃれてくる悟空を見て、構ってやるか、と。
気紛れを装って、本当は少し嬉しかったんだと。


何かと兄貴風を吹かせて、子供扱いされた。
実際子供だったけど、それに気付かず、ガキ扱いするなと。
そう言う度に、ガキだと言っていたあの兄。




思い返せば、同じような会話を悟空とした気がする。

ガキ、と揶揄ったら。
ガキじゃない! と真っ直ぐな瞳で睨まれた気がする。











と。
視界の下端で、悟空が身動ぎした。

起きたかと思って様子を伺っていると。
小さなクシャミを一つして、ゆっくり瞳を開ける。
金色の瞳は柔らかく光っていた。


すぐ傍から陽光が差しているとは言え、布団もかけずに眠ってしまったのでは、クシャミの一つも出ようというものだ。

毛布でもかけてやれば良かったかな、と。
心中思いながら、悟浄は悟空の大地色の髪を撫ぜた。
その感触に、悟空の意識が覚醒する。



「あれ……帰ってたの?」
「おう、ついさっきな」



撫ぜた所為で乱れた髪を手櫛で解いてやって。
悟浄は徐にジャケットのポケットから煙草を取り出す。



「……八戒はぁ?」
「買いモンだろ。冷蔵庫の中が空だったし」
「…ぅ〜………」



ごしごしと手の甲で目元を擦る悟空。
まるで猫だな、と思う。

悟空は横になっていたソファから降りた。
薄手のお気に入りの服は皺くちゃになっている。
明日になったら、八戒がアイロンをかけるだろう。


悟空が八戒の行方を聞いて来るという事は。
眠ってしまってから八戒が出かけたと言う事。
これもまた、珍しい事だなと思う。

それと、目覚めた途端の第一声がいつもと違う。
呆れ返る程聴き慣れた言葉がなかった。


だから、思わず聞いてしまった。



「お前、腹減ってねぇの?」



いつもは開口一番、空腹を訴えるのに。
二言三言、話をしても、いつものフレーズだない。
寝惚けている所為もあるのだろうか。

と、思っていたら。
悟空は悟浄の言葉に、小さく頷いた。


病気か? と思ったが。
見ている限り、何処にも以上は見られない。
寝惚け眼以外は、至って健康そのものだ。

ならば、眠る前に八戒が何か食べさせたのか。
悟空の消化スピードを思い出し、それも無いかと考え直す。

思い当たるものはそれぐらいしかなかった。


と。
不意に、服裾を軽く引っ張られる。







「三蔵、まだ?」







そっちだったか。
投げかけられた言葉に、悟浄は少し合点が行った。

保護者の不在からくる寂しさの所為だ。
いつも傍にいる人物がいない為に、食欲が落ちているのだ。
見上げてくる瞳は、少し不安に揺れている。


こういう時に、なんと言っていいのかは判らない。
子供の相手が得意であろう八戒は、今はいない。


黙っているのも妙な気分になるので。
取り敢えず、悟浄は悟空の頭を撫でてやった。

服裾を掴む手は、自分の手よりかなり小さい。
確か、今年で17になったと聞いたが。
自分が17歳の時は、もう少し大きかったんじゃないかと思う。



「ま、いー子で待ってろよ」
「………うん…」



返事にも覇気が無い。

ああ、八戒早く帰って来ねぇかな、と。
適材適所という言葉を思い出していた。


悟空が寝こけていた古ぼけたソファ。
未だ其処から動こうとしない悟空の隣に腰を下ろした。
二人分の体重を受けて、ソファがささやかに悲鳴を上げる。

くしゃくしゃと大地色の髪を掻き撫ぜる。
いつもなら子供扱いするなと言うのだが、それもない。



「トランプ、するか?」
「んーん……いい……」



ふるふると首を横に振る悟空に、悟浄は歎息する。

悟空は投げ出していた足を寄せると、膝を抱いた。
小さな子供のそのまま姿に、どうしたものかと思案を巡らす。


こういう状態の悟空の扱いは、専ら八戒の役目だ。
自分の役目は、精々遊び相手ぐらい。
それ以上のことを望まれてもどうしようもない。

けれど。




(………ちっちぇえなあ)




蹲る悟空を見下ろしながら、そんな事を思う。
ただでさえ小柄なのだが、今は尚更思ってしまう。

心細さからなのか。
それとも、泣きそうな顔をしているからな。



それとも―――――………










見たことがある、気がした。
こんな風に蹲っている子供を、何処かで。

膝を抱えて、俯いて。
泣きそうな顔をして、ずっと虚ろな目をして。
真一文字に口を噤んだままで。


違うのは、傍に誰かがいること。
自分がいること。

記憶の中にある子供は、いつも一人で。
暗闇の中、いつ差し出されるか判らない手を待ち続けて。
静かな空間で耳を塞いで、静寂に背を向けていた。


子供が抱える孤独。
それは、“寂しさ”。

求めるものが届かない場所にあること。
求めるものが見えない場所にあること。
温もりが傍にないこと。

















「外行くか?」








悟空が驚いた顔で、こちらを見上げた。


ずっと部屋の中にいても仕方がないから、と。
八戒は未だに帰って来なくて。
空はまだ橙色が混ざり始めたばかり。

少し歩くぐらいなら問題無いだろうから。
遠出するような気もない。



見上げる悟空は、突然何言い出すんだ、と。
目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。
悟空ならば、目を見なくても大抵の感情は判るのだが。

悟浄が意図している事は、子供には判らなかったようだ。
けれど、教えようとも思っていない。


教えるほどの事でもない。
どうせ他愛もない事なのだ。



ぼんやりとしている悟空の腕を掴んだ。
軽く引っ張り上げると、悟空は掴まれた腕と悟浄を見て。

見上げてくる瞳が、少しずつ笑って。








ただ。
ずっと蹲っている子供を。

外に連れ出したくなっただけだ。









そのまま勝手口へと向かい。
開けようとした直前、それは勝手に開いた。

正確に言えば、外側からの力により開いたのだ。




「あれ? 何処に行くんですか?」




眩しい夕焼けに目を居抜かれ、悟浄は少し目を細めた。
傍らにいた悟空は、悟浄の影に当たっている。

帰ってきた同居人は、すぐに食事だと言う。




「ちょっと其処まで」




だから、問題はない、と。
それだけ言うと、悟浄は悟空を引っ張った。

食事が出来る頃には、帰る気分になるだろう。
勝手にそう想像付けて、悟浄は歩き出す。
一歩後ろを歩く悟空が戸惑っているのが判る。


西日が眩しい。
自分の紅は、今どんな色をしているのだろうか。

紅は紅以外の何者にもならないと知っている。
けれど、いつも些細な変化を見つける子供の瞳には。
どんな紅に見えているのだろうか。



立ち止まって、振り返る。



慣性の法則に習って、悟空が悟浄にぶつかった。
小さく「ぶっ」と言う声が聞こえた。

急に立ち止まられたのが不服だったのだろう。
悟空はぶつけた鼻を抑えて、悟浄を睨み付ける。
さっきまでの気落ちした顔は其処にない。



「じゃ、ちょっと遊んで帰っか」



睨んでいた瞳が、きょとんとしたものになる。


忙しい子供だと思う。
泣いたり拗ねたり怒ったり、笑ったりして。

それが、嬉しい。














この子供も、いつの日か。

庇護を必要としなくなる日が来るだろう。



いつの間にか、子供の手を引くようになった自分のように。































泣いては膝抱えている あの日の自分を

手を取り連れ出してみても







怯えて膝抱えていた 小さな自分を

抱きしめ連れ出してみても いいさ











あがいて生きてる意地も 時には必要さ


変われることもあるから……
















…………悪くない























FIN.


後書き