- analias -W















We can make it through




If we hold on to ourselves







when times are hard, you have my shoulder







I believe in you








Because I know you were there,














From way before ...





































































宿に戻ってからも、悟空の意識は戻らなかった。

瞳は開いているのだが、輝きはなく。
ぼんやりとして身動ぎ一つしない。


医者にも見せたが、特に外傷は見られなかった。
やはり暗示の類にかかっているらしく。
時間の経過と共に回復を待つしかないと言われた。

しばらくは町の宿屋に滞在する事を決め。
出来るだけ悟空を一人にする事を避ける事にした。



悟空が目覚めるまでは、出立も諦めた。
別に誰がそれを言い出した訳でもなかったが。
三蔵も出立を促す事はしなかった。

なんだかんだ言って、悟空がいなければ駄目なのだ。
あの無邪気な笑顔が、傍らになければ。


誰もそれを言葉にする事はないけれど。



八戒は消化のいい流動食を作って。
悟浄は定期的に、悟空を負ぶって外に出た。
三蔵は何か用がある時以外、殆ど悟空の傍らにいる。

集まる時は、悟空のいる部屋で。
何かあったらすぐ対応できるように。






悟空が、いつ目覚めても良いように。









































先へ進む為の段取りをしないまま。
悟空が意識を取り戻さないまま、時間は過ぎる。
既に七回は陽が上って降りていった。

思ったよりも暗示の効果は強かったのか。
しかし、時折何かの物音には反応するようになった。
ほんの少し、肩を揺らす程度ではあったけれど。


助け出したばかりの時に比べれば、回復した方だろう。
呼びかけにも答えなかった事を思えば。

頬に触れると、ゆっくりと見上げてくるようになった。
手を握ると、緩く握り返すようになった。
手間取った食事も、自分で飲み下すようになった。



「まだ意識は戻ってねぇけど、良い傾向だよな」



悟空に食事をさせている八戒を見ながら。
悟浄はテーブルに頬杖をつきながら言った。

機械的に覚えた事を繰り返しているようにも見えるが。
状態が何も変わらないよりは良いだろう。



「そうですね……食べる量も増えましたし」



空になった皿を見て、くすりと笑って。
八戒は悟空の癖っ毛の髪をくしゃくしゃと撫でる。

その手が離れると、悟空がゆっくりと顔を上げた。
笑いかけても、いつもの笑顔はなかったが。
今はそれだけでも、十分だった。


三蔵は開け放った窓辺に立って煙草を吸っている。
一応、あれでも気にかけているのだ。

ささやかではあるが、煙草の本数は減ってきている。
あちらも、もう問題はないだろう。
悟空がいない時に比べれば、落ち着いているようだ。



「でも、やっぱ元には戻ってくれねぇんだな」
「何か切欠でもあれば良いんですけどね」



それなりに強い暗示にかかっているのだ。
ちょっとやそっとでは元に戻らないだろう。

ゆっくり療養するのも、まぁ悪くはないのだが。
あまり時間のロスをするのも良くないし。
今この瞬間、妖怪が襲って来ないとも限らない。


今の状態の悟空は、危険でしかない。



「切欠ねぇ……」



ふーむ、と悟浄は考える素振りをした後。
窓辺で煙草をふかす三蔵へと目を向けた。



「やっぱ三蔵様の出番じゃねぇの?」



三蔵は、悟空の絶対的な存在だ。
何をすればもとに戻るか迄は判らないが。
自分達が何かするより、結果は期待出来るだろう。

しかし、面白がっているような悟浄の台詞に、三蔵の方は思いっきり顔を顰めるのだった。



「ほら、童話でよくあるじゃん。なんだっけ、あの……」
「眠り姫の物語とかですか?」
「あ、それそれ」



調子に乗らせるような八戒の台詞。

三蔵は短くなった煙草を窓枠に押し付けて火を消した。
その眉間には、くっきりと皺が三本浮かんでいる。



「呪いにかけられたお姫さんを救う騎士の話、だっけ?」
「ええ。そしてお姫様は、騎士のキスで目覚めるんです」
「おーい三蔵、やってみればー?」



なんで俺が、と言いながら睨み付けると。
悟浄はささっと八戒の陰に隠れてしまう。

悟空はベッドの上で、そんなやりとりを眺めるだけ。



「囚われのお姫さん助け出したのは三蔵様だしー」
「悟浄、あんまり言うと鉛球が飛んできますよ」



確かに、枷を外して運び出したのは三蔵だ。
悟浄が運ぶと言ったが、譲らなかった。

ジープでの移動中も、悟空を抱いていたのは三蔵で。
蒸し返された自分の行動に、三蔵は銃を構える。
八戒が「壁には穴あけないで下さいね」と笑った。
















































「ちっ、あいつら……!」



切れた煙草を買いに出て戻ってみれば。
悟浄と八戒は、買出しに行って不在だった。
ジープまでしっかり不在となっている。

悟空の枕元には、ご丁寧に置手紙まで添えており。
其処には「夜まで帰りません」と記してあった。



三蔵は置手紙を破いて、ゴミ箱に捨てた。



悟空はベッドに横になって眠っている。
相変わらず、身動ぎ一つしていない。
静かな室内に聞こえるのは、小さな寝息だけ。

衣擦れの音さえ、なかった。



(……いつもこれ位静かなら良いんだがな)



いつもの寝相の悪さは欠片も見られない。
しかし、その様も正直見ていて落ち着かない。
常に煩いのに慣れているからだろう。

起きている時も寝ている時も、呼んでばかりで。
この小猿が静かな時と言ったら、殆ど思いつかない。
どんなに離れていても、聲が聞こえたから。



ベッド横に立って、悟空を見下ろす。
頬に触れると、確かな温もりが感じられた。

牢屋で見た時の血色の悪い色は、もう見られない。
見慣れた子供の薄ピンクの頬。
腕についていた鬱血の痕も、殆ど消えた。


頬から手を離し、力の抜けている悟空の手を取る。
いつもなら、此処で僅かでも反応するのだが。
今は意識のない間は、なんの返しもない。

それを少し物足りなく感じながら。
三蔵は、悟空の手の甲に口付けた。






今、目覚めたら。
この状況を見て、どんな顔をするだろうか。

いつもキスだけで、顔を真っ赤にしていた。
自分から抱き着いたりするのは平気な癖に。
相手からのスキンシップに、悟空は弱い。


最もそれは、三蔵が滅多にして来ないから。
常と違う状況に戸惑っているのもあったのだろう。



キス以上の事だってしているのに。
何時まで経っても、羞恥心に苛まれて。
真っ赤な顔をして、潤んだ瞳で見上げてきた。

その表情を見るのは、嫌いじゃないから。
口付ける度、じっくりとその顔を見ていた。




そうすると、悟空は益々赤い顔をするのだ。







握っていた手をベッドに下ろしてやると。
三蔵は、ベッドサイドに腰を下ろした。
スプリングが僅かな悲鳴を上げたが、気に留めない。

眠る悟空の顔の横に手をついて。
見下ろす悟空の唇は、誘うように半開きになっている。



(……沸いてんな)



そう思いながら、触れるだけの口付けを落とし。
ふと、悟浄の言っていたことを思い出す。

別に酒を飲んだ訳でもないのに。
試してやろうか、などと思った。
なんとなく、二人に嵌められたような気もするけれど。


名前を呼んで、今度は深く口付けて。












さっさと起きろ。


………置いていかれたくねぇんだろ?













そんなに長く口付け手はいないと思ったが。
呼吸を塞がれた悟空には、そうではなかったのだろう。

閉じられていた瞼が、ふるりと揺れた。
本当に起きたりしてな、と思いながら一度開放し。
悟空が呼吸したのを見て、また口付けた。


顎を片手で捉えて、少し上向かせた。
反応のない舌を絡めて、口内を貪る。
すると無意識なのか、それに応えて来る。

そんな悟空に、三蔵はシニカルな笑みを浮かべ。
角度を変えながら、更に深くを貪る。



時折、息苦しそうなうめき声が聞こえた。
目尻に浮かんだ涙を、親指の腹で拭う。

このまま窒息死するかも知れない。
そう思いながら、三蔵は開放しようとは思えず。
声にならない聲で、悟空を呼ぶ。




すると。
小さな手が、三蔵の背中に触れて。
金色の輝きが、ゆっくりと姿を見せる。

まだぼんやりとした光ではあったが。
最後に見たものとは、明らかに違っていた。
















「さ……ぁん…ぞ……ぉ……」

















口を離した僅かな時間に呼ばれて。
その瞬間、自分の中に燻っていた苛立ちが消える。

肩に触れた手を取って、指を絡めて。
口付けると、今度はちゃんと応えてきた。
まだ意識半分だから、そう出来るのだろう。


赤い顔をして、ぼんやりと見上げて来る金瞳。
呼吸の為に唇を開放すると、その都度呼吸に艶が出て。

まるで誘っているようにも見えるが。
今日は流石にまずいだろうと思い、留める事にする。
変わりに悟空の舌をちゅっと吸ってから開放した。




「起きるのが遅ぇんだよ、この寝坊助猿」




そう言いながら、小さな体を抱きしめると。
それまで全く動いていなかった腕が、三蔵の腕を捉え。
呼吸を整えながら、こちらを見上げて来る。

呆けた面で見上げてくるのは、どうも悟空の基本らしい。
出逢った頃と変わらないまろい頬をそっと撫でる。


頬に触れた手に、悟空の手が添えられ。
ぼんやりとしていた金色が、明確な光を抱く。



「さん…ぞ……さんぞぉ……?」
「ああ。それとも、俺が他の何かに見えるか?」



三蔵の言葉に、悟空はゆるゆると首を横に振った。

まさか、本当に目覚めるとは思わなかった。
彼らが帰った時に妙な疑いをかけられなければ良いが。


そんな事を考えながら、悟空を見下ろしていると。
途端に大きな金瞳から、涙が溢れた。

突然の事に状況が判らずにいると。
悟空は体全体で、三蔵に抱きついた。
とは言え、やはりいつもの力強さはなかったが。



「おい、猿」



呼びかけても、返事らしい返事はなくて。
しがみついてくる小さな体は、僅かに震えていた。



「悟空、少し離れろ」



言うと、悟空はいやいやと首を横に振った。
胸に顔を埋められている為、悟空の表情は判らないが。
恐らく、泣いているのだろうと言う事は判った。

震える悟空の肩を抱き寄せると。
小柄な体は、腕の中に綺麗に収まった。



「さんぞぉ…ちゃんと、……三蔵、だ……」
「今更何言ってんだ、バカ猿」
「…だって…って……だってぇ……」



赤ん坊をあやすように、背中を軽く叩いて。
大地色の髪を、いつになく優しい手付きで撫ぜてやる。
すると、悟空はどういう訳か益々泣き出した。

けれど、そうされるのが嫌な訳ではなくて。
安心しているから、涙が止まらないのだろう。


しがみつく体をほんの少しだけ離すと。
くしゃくしゃになった悟空の顔が其処にある。

涙が零れ落ちて行く頬をそっと撫でる。
そうすると、悟空は益々泣き出してしまい。
今日ばかりは気の済むまで、このままでいよう。



「さんぞっ……っく…ひぅ…っ……」
「なんだよ」



呼ぶ声と一緒に聞こえてくる、聲。

その煩さに、辟易しながら安堵する自分がいる。
矛盾した己の感情に自嘲するように笑った。


悟浄と八戒が帰ってくるまでは、まだ時間があるだろう。
帰って来たとしても、多分、今は入って来ない。
悟空が落ち着くまでは、二人きりのままだろう。

悟空は二人の不在に気付いていないのか。
いや、三蔵の事しか今は頭にないのだろう。



法衣を掴む小さな手が、震えている。

唇は何かを言おうとしているものの。
音が詰まったように、呼吸を繰り返すだけで。




「言いたい事があるなら、全部吐き出しちまえ」




自分でも珍しいと思うほどの台詞を告げると。
悟空はしゃっくりを繰り返しながら、口を開いた。




























怖かった。
寂しかった。

置いていかれたと思った。


置いて行かないと約束してくれたけど。
一人で暗い場所にいると、どうしても怖くて。

ゆっくりと消えていきそうになった記憶に。
思い出したのは、呼べる名前を持たなかったあの頃。
またあの日に戻るのは、絶対に嫌だった。

だから、必死になって名前を呼んだ。
消えて行かないように。


時間が過ぎるにつれて、色んなものが消えていった。
その感覚が判るのが、酷く嫌だった。

旅を始めて出逢った、優しかった人達や。
隣で笑っていてくれる人達の事が消えて。
襲い来る虚無感を、必死になって拒んだ。




名前を呼んで。
叫んで。

置いて行かれたりしない。
一人にしたりしない。
きっと迎えに来てくれる。


自分に言い聞かせて、何度も何度も呼んだ。






大好きな名前を。






呼んだらいつも来てくれたから。
どんなに離れた場所にいても、どんな時でも。
何処にいたって、見付けてくれたから。

足手まといにはなりたくなかった。
でもそれよりも、一人になりたくなかった。



泥沼と化していく意識の中で。
この人だけは、忘れたくないと思った。

見付けてくれた強い光を。
連れ出してくれた暖かい掌を。
傍にいることを許してくれた、あの声を。



手放したくなかった。



暗闇に一人ぼっちで。
冷たい枷に繋がれて。
寂しい空間にいて。

それでも、大丈夫だと自分に言い聞かせた。
きっと迎えに来てくれると、言い聞かせた。












繋いだ手は絶対に離さないと、


誓った。











それでも、やはり不安は拭い切れなくて。
虚ろな意識の中で、何度も思った。

このまま置いて行かれるんじゃないかと。
捨てられてしまうんじゃないかと。




本当は、これは、夢で。
本当は、自分はまだ、あそこにて。

全部、幻だったんじゃないか。


誰も否定してくれる人がいなくて。
少しずつ、心の中が冷え切って行って。

温もりがないのが、怖くて。
光がなくて、真っ暗なのが、嫌で。
心の中まで鎖に締め付けられるような気がして。



温もりを知っているから。
光を覚えているから。

あの頃よりも、ずっとずっと怖くなった。
何も持っていなかった時よりも、ずっと。
何度も何度も、名前を呼んでいたけれど。













………怖かった。




























溢れる感情のままに告げる悟空を。
抱きしめながら、三蔵はじっとそれを聞いていた。









「怖かった…怖かった……!」
「…………ああ」




「…なんで……なんでもっと早く来ないんだよ…!」
「………悪かった」




「ずっと、ずっと呼んでたじゃんかぁ…!」
「……煩かったな」




「なのに…遅いし……っ…!」
「…早かった方だ」




「…やだ、遅かった!」
「…ったく……」




「もっと…早く……やだ………」
「…我侭な奴だな」




「…っく……ひ…ふ……」
「……………」




「ほんとに……ねぇ……ねぇってばぁ……」
「……聞こえてるよ…」








顔をくしゃくしゃにして。
時折声が引きつって。
それでも、法衣を掴む手は離れない。

法衣が流れる涙で濡れたけれど。
今日は咎める気分にもならない。



「ほんとに…オレ……ひくっ…う…うぁ……」



泣いている悟空の額に口付けを落とし。
後頭部に手を添えて、今度は唇にキスをする。

しょっぱい味が舌に触れた。
泣き過ぎだ、とも思ったりしたが。
それすらも今は愛しかった。


他の全てを忘れても。
あの二人の事さえ、消されても。

手放さなかったと言う唯一無二の呼び名。
他の何をなくしても、呼び続けた名前。
8年前に、悟空が最初に覚えた自分以外の名前。


何があっても。
それだけは、手放したくないと。

泣きながら言うのが、酷く愛しい。






両手で頬を包んで見下ろすと。

見上げてくるのは、透明な雫に揺れる金瞳。






もっと早く来て欲しかった、と。
小さな子供のような我侭を言う。

それは、寺院にいた時から同じだった。


一人でいるのが寂しいから、早く帰って来て欲しいと。
悟浄や八戒と出逢ってからも、それは同じで。
一日帰りが遅れただけで、泣いていた悟空。

いつまで経っても、この子供は成長しない。
別にそれに対して、不満はなかった。




「もう泣くな、悟空」




駄々を捏ねる子供を宥め空かすように言う。

悟空の小さな手が、三蔵の手に触れた。
また溢れた涙を、零さないように悟空は口を噤む。



……迎えに行くのが遅くなっても。
直ぐに迎えに行く事が出来なくても。

悟空はいつも、三蔵を呼び続けていて。
それは迎えに行くまで、止む事はなくて。
三蔵が迎えに行くまで、悟空はずっと待っている。


500年間もあんな場所にいたと言うのに。
いや、いたからこそ、かも知れない。

悟空は、少しだって一人で待っていられない。




だから。










手放したりなどしないから。
置いて行ったりしないから。

もしも、どちらかが逝く事になるのだとしたら。
その時は一緒に連れて逝くだろう。
約束したし、手放すつもりもないのだから。



嫌だと言っても連れて逝く。

永遠に手放すつもりなどない。


















「お前は、俺を信じてろ」
















繋いだ手を離すつもりなど、ないのだから。




























































一緒に歩いてゆけば







のりこえられるよ きっと










つらすぎる時には 二人で泣けばいい(私はここにいるから)










あなたを信じている









だって あなたはそこに居てくれたから――






















ずっと前から………
























FIN.


後書き