twins












初めて出来たともだち

なんでも言えるともだち




話が出来て

一緒にイタズラが出来て

一緒に広いとこ走り回れて














またなって

やくそくできる


ともだち
























































一人遊びにはもう慣れた。
一人遊びをする事にも、多分慣れた。

だけどやっぱり、一人でいるのは嫌いだった。






三蔵に拾われてから、何度目かの春。
桜が散るのを3回見たから、多分、三年は経っている春。

数週間前に、4回目の桜が散るのを見た。
だから今日は、4年目の春になると思う。
既に桜は葉桜となり、新緑の色を見せている。


拾われたばかりの頃は、いつも三蔵の傍にいた。
今でも、寝る時はなるべく三蔵と一緒にいる。
一人きりの暗闇は、未だに不安だった。

けれど、昼日中、一人でいる事には少しずつ慣れて。
動物達と遊んだり、昼寝をしたりして。


最近は三蔵も、どうも仕事が忙しいらしく。
朝早くに出て、夜遅くに変える日々が続き。
悟空は、三蔵とまともに会話した覚えがなかった。




傍にいたいと思う。
一緒にいたいと思う。

けれど、仕事の邪魔をして怒られたくはない。




だから、三蔵の傍に行きたい思いを我慢して。
三蔵にワガママを言いたいのを我慢して。

終わった後なら、少しのワガママは許してくれる。
放って置いたからと、少しだけ甘えさせてくれる。
もうしばらく我慢すればいいだけの事。



でも。



やはり、誰かと一緒にいたくて。
誰かと話がしていたくて。

動物達と戯れるのもいいけれど。
植物達に包まれるのもいいけれど。
誰かと話がしたくて、寂しくて。


動物の友達は、沢山出来たけれど。
人間の友達がいないことに気付いた。

別に動物と一緒にいるのが不満という訳ではなく。
同い年の友達が一人もいないのが、なんだか寂しかった。
無理もない事だとは思うけど。



寺院にいる限り、傍にいるのは僧侶ばかり。
稚児と呼ばれる子供がいるのを見た事もあるけれど。
悟空を見ると、腫れ物でも見るように睨み付けてくる。
話しかけようものなら、汚らわしいと罵られた。

街に下りれば、もっと違うのかも知れない。
けれど悟空は、なんとなく、それをするのも怖かった。


友達が欲しい。
でも、話をするのが怖い。

矛盾した思いばかりが膨らんで。
結局、今のように一人で時間を潰している。




去来する寂しさを、拒むことが出来ないまま。





友達が出来たら、この寂しさは消えるだろうか。
いつでも話が出来る、そんな事がなくても。

“友達”と呼べる存在があったら。
少しでも、この寂しさは消えるだろうか。
胸に潜む、孤独の闇は消えるだろうか。


一人は嫌で。
三蔵の邪魔はしたくないし。
僧侶達に好かれたいとは思えないし。

友達は欲しいけど。
話しかけるのが、なんとなく、怖い。


寺院内で、自分が好まれているとは思っていない。
詳しい理由はよく判らないが、嫌われていると知っている。
三蔵が仕事でいない時、嫌がらせをされた事もあった。

修行僧の子供達からは、そう言った事はないけれど。
向けられる瞳は、大人の僧侶と大差ないものだった。



三蔵だけが、傍にいることを許してくれる。
でも、今は傍にいられない。



泣きそうになっている自分に気付いて。
誰もいないと判ってはいるけれど。
泣き顔を見られたくなくて、悟空は顔を伏せた。

膝を立てて、抱え込んで。
蹲るようにして、じっとして。













「こんな所で何してんだよ」














突然聞こえた声に、悟空は顔を上げた。




「らしくねぇなぁ、そんな格好してるなんてさ」




其処にいたのは、自分と同じ年頃の少年。
見下ろす瞳の色は、悟空と同じ色をして。
陽光に照らされた髪は、銀色に光っている。

少年はくすくすと笑っていて。
悟空に向かって、その手を伸ばした。



「どーせ遊ぶ相手がいなくて拗ねてたんだろ」



楽しそうに、嬉しそうに笑う少年。
その少年の顔と手を、悟空は交互に見た。

三蔵とは違って、大きくはない手。
まだ子供特有の丸みを残している手。
多分、悟空と同じか、ほんの少し大きいぐらいの手。







「俺と一緒に遊ぼうぜ」









この手を、知っている。


















































銀糸の少年に手を引かれて、悟空は走る。

少年が時折、こちらを振り返って笑うと。
悟空も釣られたように、走りながら笑った。


あまり遠くに行くなと言われているけれど。
帰ってこれる範囲なら問題ないだろう。

三蔵にばれたら、しこたま怒られるだろう。
それでも悟空は、今は別にいいかと思った。
怒られるのは嫌だけど、今この瞬間がずっと楽しかった。



ただ走っているだけだ。
何処に行くとも、行きたいとも言っていない少年に。
手を引かれながら、山の中を走っているだけ。

それなのに、どうしてこんなに楽しいのだろう。
一人で走っていても、こんなに楽しいことはないのに。


小石に足元を取られたり。
周りの茂みが腕に引っかかったり。

痛いし、痒いし、くすぐったい。
時々転びそうになって、少年を巻き込んで。
それどころか二人揃って地面に転がったりして。

それなのに。
それだけのことなのに。








―――――――どうしてこんなに、楽しくて嬉しいんだろう。














































「お、兎だ兎!」
「ダメだよ、怖がらせるから」



数匹で戯れている兎を見つけて。
傍に行こうとした少年を、悟空が留めた。



「ダメなのか?」
「兎は怖がりだから」
「ふーん……」



悟空の言葉に、少年は声を漏らすと。
しばし二人で立ち止まって、兎を見ていた。

二人の手は繋ぎあったままで。


兎は二人の存在に気付いていないのか。
一際大きな兎を取り巻いて。
小さな兎達がくるくると跳ね回っている。

少年がそっと近付こうとして。
悟空が引き止めたが、逆に手を引っ張られる。



少年が口元に人差し指を立てる。
静かに、という意味なのだと知っている。

なんだか楽しそうな顔をした少年を見て。
少しぐらいならいいかと、悟空は口元に手を当て。
少年と一緒に兎のいる方へと足を動かした。


兎に気付かれないように足音を隠して。
悟空と少年は、木の陰から兎達を伺った。

どうやら一際大きな兎は、親兎らしい。



兎なんて初めて見た、と。
少年が小さな声を漏らす。

聴覚の優れた悟空は、しっかりそれを聞き留めて。
どういう意味だろうかと隣を見やると。
少年はじっと兎達を見詰めていた。


なんとなく、理由を問うことを躊躇ってしまい。
悟空は少年を見詰めたままになっていた。




そういえば、少年は悟空の名前を呼んだけど。
自分はこの少年の名前を知らない。

今まで一緒にいて気にしなかったけれど。
思えば、それさえも不思議な事だ。
逢ったこともない少年と、普通に一緒にいるなんて。


其処まで考えて。
違う、と思った。





「いいな、あれ」





少年が兎を指差し、悟空に向いて言う。
悟空は一瞬驚いたものの、小さく頷いた。

すると、悟空の変化に気付いたのだろうか。
少年は不思議そうな顔をして、悟空を覗き込む。



「………どうした? 悟空」



何気なく、普通に呼ばれる自分の名前。

互いに見詰め合う姿勢になって。
意識がないと思ったのか、少年が悟空の目の前で手を振る。








何気なく名前を呼ばれて。
別に何も変なことなんてないと言うように。

悟空も、別に嫌な感情は何もなくて。
それどころか、ほんの少し、嬉しくもあった。



名前を呼ばれるのは、好きだ。
自身のことを認めてもらえるようだから。

だから、三蔵に名前を呼んでもらうのはもっと好きだ。
安心できて、暖かくなれる。
本気で怒っているときに呼ばれるのは、怖いけど。


それとは違う。

安心とは、違う。



名前を呼ばれて。
嬉しくて。

何故か。







胸の奥に、痛みがある。



















少年の手が、悟空の頬に触れた。

三蔵の大きくな手とは違う。
それでも伝わる温もりは確かなもので。



「そんな顔すんなよ」



少年の言葉に。
どんな顔をしているんだろう、と思った。

少年の金色の瞳に映りこんでいるのは。
泣く一歩手前、そんな顔をした子供がいて。
それに気付いたら、益々その顔が歪んで。



「……なぁ、泣くなよ」



少し困ったような顔をして。
頬に触れていた手が、大地色の髪を撫ぜた。



「俺、お前の泣く顔見たくないよ」



銀糸の少年の額と。
悟空の金鈷がぶつかりあって。
小さくこつん、という音がした。

笑ってよ、と小さな声が聞こえたけれど。
どうしたらいいのか、悟空には判らなかった。





触れ合った箇所から伝わる温もりが、酷く切なかった。





まだ成長途中の腕に抱き締められる。

身長差は、さほどないはずなのに。
包み込む腕が、なんだかとても大きく思えた。


くしゃくしゃと髪を撫でる手も。
時折、悟空を慰めるように見詰める目も。

知っている。
思い出せないし、判らないけれど。
知っていると、本能が告げている。



「……久しぶりに逢ったのにな」



泣かせちまった、と苦笑いする少年は。
自分の方こそ、泣きそうな顔をしていた。

どうしてそんな顔をするのかと聞きたかった。
けれど、喉が引きつって声が出なくて。



「……俺…やっぱり、お前を泣かしちまうんだな」



悟空をその腕に閉じ込めたままで。
呟いた少年の頬に、透明な雫が流れる。

それが悟空の頬へと落ちて、流れ、地面にしみを作り。
誘発されたように、悟空の目尻に涙が浮かび上がる。
それが溢れ出すのに、時間は掛からなかった。






声を上げて泣き始めた悟空を、少年はずっと抱き締めていた。





















兎はとっくに巣に帰ってしまったらしく。
それから二人は、黙って手を繋いでいただけで。
お互いの顔を見ようとはしなかった。

顔を見たら、また泣いてしまう気がした。
だから悟空は、ずっと俯いたまま歩いている。


あんなに楽しかったのに。
なんだか今は、酷く切ない気持ちだった。

一緒に走っていた時の楽しさは何処にもなくて。
目が合った瞬間の嬉しさも感じられなくて。
繋いだ手から伝わる温もりが、胸の痛みを助長させる。


それでも、繋いだ手を離すのはもっと嫌で。
悟空は少年の手を握る手に、力を篭めた。

すると直ぐに、握り返す力があって。
また泣きそうになって、視界が歪んだ。
俯いたまま、空いた手でそれを拭う。

視界の端で、少年が同じ事をしているのが見えた。


二人とも、何処に行こうとは言わないまま。
指し示す場所もないのに、並んで歩いていた。

少しずつ、影が長くなっていって。
少しずつ、影が見えなくなっていく。
自然と悟空の思考は、帰らなきゃ、という事に行きついた。



けれど。

繋いだ手が離れる様子はなくて。
















「………悟空」




呼ばれて、思わず顔を上げようとして。
繋いだ手が、一際強く握られる。

それは、こっちを見るなと言うこと。


悟空がまた俯いたまま歩き出す。
少年はそれに習うように、隣を歩いて。



「俺、呼んだぞ」



唐突な言葉の意味を、理解できなくて。
聞きたかったけれど、握る手の力が強くて。

黙って聞いていてくれと。
まるで願っているようなのが、伝わるようで。
今はそうるすべきなんだと、思った。



「ちゃんと、呼んだから……」



最後の言葉を言いあぐねているのだろうか。

手を離すまいと握る少年の手が、痛かったけれど。
悟空は何も言わずに、少年の言葉を待つ。



「時間…かかったけど………呼んだから」



痛いくらいに握っている手。
それなのに、温もりが薄れていっている気がした。

少年が其処にいると、確かめたかった。
握れば、握り返してくる力がちゃんとあるけど。
もっと、自分の瞳ではっきり確認したかった。


けれど握った手から伝わってくるのは。
このまま顔を背けあったままでいると言うこと。

少年の視線は感じないから。
振り返ろうともしていないから。
ただ二人とも、本当は顔を見たくて。




「まだ……約束…そのまんまだから」




繋いだ手が震えたのは、どちらが先だっただろう。

悟空の瞳から、今まで我慢していたものが零れて。
堰を切ったように、それはまた溢れ、流れ落ちる。







「俺はお前を……呼んだから」

















今度は――――――…………
















































寺院には似つかわしくない足音が聞こえ。
三蔵は舌打ちして、扉の方を見た。

仕事はつい先程終えることが出来て。
開放された余韻も含め、煙草を吸っていたのだが。
また疲れるものが帰ってきた。


いつも静かにしろと言うのに、返事ばかりで。
拾って4年経つのに、子供は未だに幼い。

これはまた躾を厳しくしなければならないか。
そう思いながら、子供が部屋に辿り着くのを待って。





「―――――――さんぞぉ!!!」





扉を壊さんばかりに開いた子供は。
頬を流れる涙を拭うこともせず、三蔵に抱きついた。

そのまま、子供は大声を上げて泣き始めて。
どうしてか、それを叱る気にはなれずに。






小さな体を、何も言わないまま抱き締めた。


































「気は済んだか?」





少年を見やる事もせず、観世音菩薩は問う。
予想通り、返ってくる言葉はなかった。


彼女の見下ろす蓮池に映りこんでいるのは。
金糸の青年にしがみ付き、出る限りの声を絞って泣く子供。
抜け殻となった少年の、たった一人の友達。



「まだ……思い出しちゃあ、いけねぇんだよ」



交わした約束を果たせぬままで。
引き裂かれた二人は、今は交われぬ場所にいる。

友達に会いたい気持ちは、理解出来ない訳ではないけれど。
まだ思い出させる訳には行かないのだ。
子供が受け止めるには、まだ辛すぎる。









少年の空ろな瞳から零れ落ちた雫が、地面に落ちて消えた。


































話が出来て
一緒にイタズラが出来て
一緒に広いとこ走り回れて




交わした約束を
どうか今度こそ忘れないで

ずっとずっと待ってるから
今度逢えたらその時は








もう一度手がつなげたら、その時は




















一緒に名前を呼び合おう






一番好きな、友達の名前を



















FIN.



後書き