will your wish.


別に、特別な事を期待していた訳ではなかったのだ。
今日がクリスマスであるからと言って。


仏教である寺院にクリスマスなど、まるで関係のない事だと言わんばかりに、寺院の中は常と変わりない。
いや、いつもよりも慌ただしい、と言う違いがあった。
しかし、それは所謂年末進行と言う奴の所為で、クリスマス云々とはやはり関係のないものである。

悟空にも、クリスマス云々と言うものは、特に関わりのない話だった。
そもそもクリスマスを知った事自体がつい最近の事で、去年までの今日は、そんな行事があるなど露知らず、冬の寒さに暖を求めて包まっているばかりであった。


だが、知ってしまった以上、やはりその単語はふとした折に脳裏を過ぎる。



「…でも、やっぱり関係ないよなー」



一人きりの部屋の中で、悟空はベッドに倒れた格好で呟いた。


三蔵は朝早くから(と言っても重役出勤なので、他の修行僧に比べると遅いのだが)仕事に出ており、恐らく夜まで帰って来ない。
此処の所、三蔵は忙殺されるかのように忙しくしており、悟空と一日顔を合わせない事もあった。
面倒臭がり屋だが、真面目な性質でもある三蔵は、やれる仕事は一通りこなすようにしている(出来はともかくとして)。
その結果、年末特有の仕事量に埋もれかけた状態になっていた。

悟空は特にやらなければならないような義務がないので、只管暇を持て余している。
裏山に遊びに行っても良いのだが、冬山は動物達が皆巣篭りしているので、何処か心寂しく、いつまでも其処で遊んでいる気にはなれなかった。
何より、寒い。
三蔵や悟浄は、悟空の熱量が高い事を理由に、寒さなんて感じないのだろうと言うが、そんな訳がない。
動き回っているから体が温まり易いだけで、じっとしていれば寒さに蝕まれるし、北風に晒されてすやすやと眠れる程に気温の低下に鈍い訳でもないのだ。

だから悟空は、此処数日、部屋の中でごろごろと転がってばかりと言う不精な生活を続けていた。


本当は外で遊びたい気持ちがない訳ではないのだ。

真冬に入り、降り積もる雪に対する恐怖は、既に消えているから、寒さ以外で悟空を外界から可惜に遠ざけるものはない。
だから外に出る事に抵抗はないのだが、遊び相手────動物達────のいない冬山で、一人駆け回って過ごすのは、流石の悟空とて無理があった。
最終的に冷え切って暖を求めて下山するのであれば、最初から外に出ない方が良い気がする。


けれど、悟空は元々、外遊びを好む性質だ。
いつまでもゴロゴロと過ごしてばかりでは、エネルギーが有り余って仕方がない。

せめて何か、暇潰しが出来るものでもあれば良いのに─────と、思っていると、



「なんだ、随分辛気臭ぇ面してるじゃねえか」



聞き慣れない声と共に、突然視界を埋め尽くした、見慣れない顔。
悟空はぱちぱち、と金瞳を瞬かせ、目の前の“それ”を見つめ続けた。

そうしてたっぷり、数十秒。



「うわっわっ!!誰だよ、あんた!!」



一気にベッドの端へ逃げた悟空の反応に、“それ”はからからと快活に笑った。



「なんだ、元気じゃねえか。そーそー、お子様はそんだけ元気にしてる方がいいぜ」
「ガキじゃない!っつか、誰だって聞いてんの!」



前触れもなく現れた“それ”は、悟空の視界に入ってくるその瞬間まで、僅かもその気配を感じさせていなかった。
正に降って沸いたように、“それ”は悟空の前に現れたのである。


じりじりと軽快するように後退しながら睨む悟空に、“それ”は随分とのんびりした口調で言った。



「俺が誰かなんてのは、どうでも良い話なんだよ」
「良くねーよ……」
「別に俺が悪い奴には見えないだろ?」
「…うー……それは、まあ、うん…」



両手を腰に当てて、泰然とした態度で言う“それ”からは、確かに悪意や敵意は感じられない。
じっと見ていて、ただ佇んでいるだけなのに、一部の隙も見当たらない事や、音も気配もなく突然現れた事が悟空には引っ掛かるが、それだけだ。
今直ぐ“それ”が襲い掛かってくるような気配はないし、何故か、根拠はないが『大丈夫』な気がする。

そして何より、──────



(なんだろ。なんか、懐かしい匂い、する。ような気がする)



懐かしい匂い。
懐かしい。

何がどう『懐かしい』のかは判らない。
どうしてそのように感じるのかも。


違和感のような、それ程でもないような、奇妙な感覚に囚われて首を傾げていた悟空だったが、ずい、と触れそうな程に近付いた顔に気付いて、目を丸くする。



「な、何だよ?」
「いや、な。随分退屈そうにしてんなぁと思ってよ」



退屈─────していたのは、確かだ。

特にやるべき事も、する事もなく、寒いので外に出る気もせず。
ごろごろとベッドの上で虫になって、早く三蔵帰って来ないかなあ、悟浄と八戒遊びに来ないかなあ、とぼんやり考えていたばかり。
これにもそろそ飽きていて、いっそのこと寝ようかな、でも今寝たら夜が寝れないな、と言う思考にシフトしつつあった所だった。


退屈そうと言う言葉に、うん、と頷いた悟空に、“それ”はにやりと笑って見せた。
人を食ったような、楽しそうな、それでいて何処か優しさが滲むその瞳に、悟空はあれ?と首を傾げた。
何処かで見たのかな、と考えてみるが、記憶は薄靄がかかっていて、いまいち判然としない。

ぐしゃぐしゃと、大きな手が悟空の大地色の髪を掻き撫ぜる。
突然の事に驚いて固まる悟空に、“それ”は頭に置いた手をそのままに、再び悟空に顔を近付けて言った。



「今日はクリスマスってぇ日だからな。良い子でご主人様を待ってるお前に、プレゼントだ」



ぱちん、と指の鳴る音が響く。
まるで何かに合図を送ったかのよう。

それからしばしの沈黙があって、悟空は何が起きたのだろうときょろきょろと辺りを見回した。
しかし、特に変わった所は見当たらない。
今の何?と問おうとして前に向き直ると、其処にいた筈の人の姿は何処にもない。



「……?」



窓は閉じている、ドアも開いていない。
人が出入りしたような気配は、何処にも残っていなかった。

音も気配もなく突然現れて、音も気配もなく、消えて行った。
ひょっとして起きたまま夢でもみていたのではないかと思う程、部屋の中には、悟空以外がいた形跡がない。
一体何がどうなったのか、どうにも釈然とせず、狐に化かされたような気分で、悟空は眉根を寄せた。


しばらく、今し方自分に起きた出来事について考えていた悟空だったが、元より頭を使うのは苦手な方だ。
十分もしない内に考える事に飽きて、慣れない考え事をした所為か、いつの間にか悟空は夢の世界に落ちていた。



……それから、約一時間後。

荒々しい音とともにドアが開かれる。
ばたん、と壊すのかと思う程の勢いで開かれたドアに、悟空は思わず目を覚ました。



「ったく、なんだってんだ」
「……さんぞ?」



苛々とした口調で愚痴を吐きながら部屋に入って来たのは、金糸の僧侶─────玄奘三蔵。

もう仕事が終わったのか、と思って窓の外を見れば、まだ外は明るく、彼の仕事終わりの予定時間としては早過ぎる。
おや、と悟空が首を傾げている横に、三蔵が腰を下ろし、懐から取り出した煙草に火を点けた。
ふ、と煙が空気を燻らせているのを見つめながら、悟空は疑問を口にした。



「三蔵、仕事は?もう終わったの?」
「いいや。だが、今日はもう仕事にならん」
「なんで」
「向こうの都合だ」



何を指しての“向こう”なのか、悟空には判らない。
三蔵は其処まで説明をするつもりはないようで、悟空の方も特に確かめようとは思わなかった。
三蔵が今日はもう仕事に行くつもりない、と言う事だけが判れば十分だ。


ばす、と窓の方で何かが崩れる音が聞こえた。
何かと思って窓を見ると、何か白いものが窓ガラスに当たってバラバラになって行くのが見えた。

ベッドを降りて窓辺に駆け寄れば、いつから降っていたのか、一面の白い雪景色の向こうに立つ、二つの影。
冬の最中だからか、全体的に抑え目の配色の中、赤色だけが酷く映えて見える。
──────悟浄と八戒だった。


悟空は窓を開けて、二人に届くように声を大きくする。



「二人とも、何やってんのー!」



窓から顔を出し悟空を見て、悟浄は手に持っていた雪玉をぽんぽんと投げて遊ぶ。
その傍らで、寒そうにマフラーに口元を埋めていた八戒が顔を上げ、



「お鍋、これからやろうと思いまして。悟空と三蔵もどうですか?」
「来るよなぁ?折角俺達が誘いに来てやってんだからよ」
「クリスマスケーキもありますよー」
「お前らが来ねえなら、犬のエサになるけどな」



二人の言葉に、悟空は「だめー!!」と反射的に叫んだ。
しんと静かであった雪景色が、俄かに賑々しさに包まれる。

くつくつと笑う二人の、冗談なのに、と言う言葉など知る由もなく、悟空は踵を返してベッドに寝転んでいる三蔵に駆け寄った。




保護者の手を引き、早く早くと急かしながら、寺院を出て行く子供。
水面に映るそれを見つめて、気紛れな神は小さく微笑んだ。





2012/12/26

神様からのクリスマスプレゼント。
うちの菩薩様はかなりの悟空びいき。

三蔵の面倒臭い仕事とか、色々神様権限でドタキャンさせたようです。
後で三蔵の仕事が大変な事になるんだけどw、チビが嬉しそうなので、これで良し。
一応、その所為でまた悟空が寂しい思いしない程度には、配慮はしてくれると思います。多分。