+2003.ゾロ誕+



 とある島に停泊中の羊船の船長は、片腕の剣士に『船長命令』を下した。

「欲しいもん言え!誕生日だからな!!」
「・・・特に欲しいもんなんかねぇぞ」

 それに誕生日祝いなんか必要ねぇと、ゾロらしいといえばらしい答えに不満を表明したルフィは、それならばとゾロを街に連れ出した。




[勝手な出来心]




 これではどちらがどちらの願いを叶えているのかわからないと、ゾロの心中は微妙だ。
 ルフィは祝い事が大好きだ。なにかにつけ宴だ何だと、皆で騒いで飲んで食ってをしたがる彼にとってこれほど好都合なことはない。しかもプレゼントをすると後で倍になって返ってくるとナミに吹きこまれ、実際にそれを先の彼女の誕生日で目にしてしばらくの間、『プレゼントをする』という行為をしたがっていたのだ。
どうやら忘れてはいなかったらしいと、ゾロは嘆息する。もっともこれは現実に、倍返し程度の誕生日プレゼントをそろいもそろってしてしまった男連中にも責任の一端はあるのだが。


「この犬、ゾロみてぇ!」
 少々ファンシーな佇まいの店先に飾られているヌイグルミがルフィの目を引いたらしい。ケラケラと笑いながら楽しそうに、特大サイズのものに抱き着いている。
 深緑のバンダナにご丁寧に服まで着た犬のヌイグルミだ。よく見れば、様々なポーズで携えている小物の種類が違う。
 その中の、ひとつがゾロの目を引いた。

「・・・ルフィ、こいつで、いい」
「ん? あ、こいつなんか食ってらー。ゾロ、この犬気に入ったんか」

 さきほどまで抱き着いていた特大サイズが気に入ったのか、「あれくらいデカイのないんかー?」とヌイグルミの山をゴソゴソ掘り出す。そんなところにはないだろうとゾロが言う前に、山を崩してしまったのを見咎めた店員が営業スマイルで飛んできた。


「ヌイグルミってけっこう高いもんだったんだな・・・あーびっくりした」
 結局店員に選んでもらった、予算内で買えるいちばんデカイやつ、にリボンとバースディカードまで付いた彼曰く「ゾロ似」の犬のヌイグルミを抱えて戻ってきたルフィは汗を拭う仕草をした。
「来年、倍返しさせられる身としては一番ちっせぇので良かったんだけどな」
「しし、デカイ方がゾロっぽいからいいんだ。・・・ほいっ、誕生日プレゼント♪」
「・・・・・それ、おまえが持ってろ」

 返ってきた、普通でならありえない返事にルフィは目を丸くする。

「は?なんだよ、おれが持ってちゃプレゼントになんねぇだろ。
 もしかしてコレいらねぇんか? ちっせぇ方がよかったんか?」
「そうじゃねぇ。
 ・・・なんつーかな、おれが持ってても仕方ねぇっていうか・・・
 おまえが、預かっておいてくれ、その方が、いい」

 いまいち要領を得ないゾロの申し出に、ルフィはヌイグルミとにらめっこしながら首をかしげる。
 ゾロにはヌイグルミを持つことで生じる不都合でもあるのだろうか?

「預かっとくのかー・・・あんま意味ねぇと思うけどなぁ、一緒にいるんだし」
「だから構わねぇだろ。いつでも見れるしいつでも触れる。
 第一、おれがヌイグルミなんか持ってても気持ち悪いだけじゃねぇか」
「そうかー? ・・・面白いぞ」
 ヌイグルミを掲げてゾロの顔と並べ、至極真顔でルフィは言った。

「らしくないのが似合ってるってカンジだな!」

 確かに、自分らしからぬことをしている。
 ルフィの抱えるヌイグルミを眺めてゾロは思う。
 ルフィはその犬の、眉間にしわを寄せた表情やバンダナがゾロに似てると思ったようだが、ゾロはそのヌイグルミ自体が自分に似ているとは思わなかった。

 その、今ルフィが持っている、そのものだけは除いて。

「とにかく、それはおまえが持っててくれ」
「・・仕方ねぇなぁ。でもプレゼントした気しねぇな、これじゃ」
「別にいいだろ。おまえに何をして欲しいわけでもねぇし」
 これは、自分の勝手な出来心なのだ。
「まとめて預かっておいてくれりゃ」
 それをわかっていながら望むことを止められず、自分ができる唯一の在り方で彼が理解してくれる時をただ待ち続けるだろう自分を、カタチだけでも許容してくれるならば。
「おれとしては、すこし、助かる」
「・・・・・」

 はたと、ルフィの足が止まる。
 なにか正体不明の、飲み込めない何かがルフィの歩みを妨げた。

 ルフィにとってゾロは、少なくとも仲間の中では明解な存在であった。
 サンジは本心を見透かされるのを嫌ってすぐ誤魔化すし、ウソップの話は嘘が多い。チョッパーはまだわかりやすいと思うが、女性陣には女性特有の不明さがある。

 しかし今、これまでゾロからは感じたことのなかった不明さをルフィは感じている。
 ゾロの、もしかしたら唯一の不明さが、今ここに存在している。

ルフィは、その手にあるものをみつめた。

 ゾロに、似ていると思った。でもそれは深緑のバンダナや不機嫌そうなしかめっ面が似ていると思っただけで、ヌイグルミ自体に取りたてて何かを感じたわけではない。
 ゾロに似ていなければ気付きもしなかったかもしれない。ルフィにとっては、お菓子の入った包みをくわえておとなしく座っている犬のヌイグルミでしかなかった。しいて感想をあげるなら、お菓子が贋物なのがちょっとつまらないと思ったぐらいだ。

(そういえば、こいつ何かいろいろちがってたよな)

 その中からゾロが自分で選んだのだ。
 他でもないこのヌイグルミに、ゾロは何かを見たということなのか。
 ゾロはこのヌイグルミから自分とは別の意味を見出したのだろうか。
 ルフィは改めてみつめる。ゾロの見た何かをみつけるために。


 ―――やはり何かはわからなかった。






 離れてしまったゾロの前に回り込んで、ルフィはヌイグルミをむぎゅっとゾロに押しつけた。

「ゾロがちゃんとおれに渡せ。でないとやっぱり預かる気にはなれねぇ」

 少し怒ったふうなふくれた顔で、ぐいぐいと押しつける。
 たぶん自分に、預けられるのはヌイグルミのカタチをした『何か』だ。何かはわからないけども、何かを渡されるならちゃんと渡して欲しい。
 その意を解したゾロは、その手に馴染みのない感触に落ちつかない気持ちを抱きながらルフィの手にあったものを受け取った。

(わからねぇくせにまちがえねぇんだよな、おまえは)

 だから厄介なのだ、と何度思ったかしれない言葉に、おもわず苦笑をもらす。
 しかしこの場合いちばん厄介なのは、己の心にある出来心だと自覚している。

 こんな日にはちょっとぐらい苛めても許されるかと、「少しはおまえも苦労してみろ」とゾロは厄介ごとをルフィに預けた。


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2003剣豪生誕祝いに書いたゾロルもどき。
ゾロルはカプ成立一歩手前ぐらいがいちばん萌え。

初めて書いたに等しいだけあって拙い文章ですがその分思い入れはあるのです。