爆裂純愛物語


友情のカタチ

かづみが半ば強引な形で武則と雪菜をくっつけたあと、その余韻に浸る間もなくどうしても次の授業は出ると言う雪菜に付き添って、武則も一緒に教室に戻っていった。

屋上に残された誠司とかづみはお互いに相談するでもなくこの場に留まり、授業開始のチャイムが鳴っても動こうとはしなかった。

憎らしいほど青く晴れ渡る空。

それをかづみはフェンスに寄りかかりながら仰ぎ見、誠司はその傍らに座り込んでどこを見るでもなくボーっと視線を宙に漂わせて暫しの時間を過ごす。

つい数分前にこの場所で、一組のカップルが誕生したとは思えないほど静かな空気が流れている。

居るだけで場を賑やかにする男がこの場からいなくなったのも一つの原因なんだろうが、それぞれに抱いているものがより一層この場を静かなものにさせていたのかもしれない。

「あの二人、ようやくくっついたなぁ…」

沈黙を破り独り言のように呟くかづみの言葉に、もちろん誠司の反応はない。

かづみは軽くため息を漏らし、自分の隣りに座り込んでいる誠司の姿をそっと見おろした。

普段は口数が少なく、仲間内でさえ何を考えているのか表情では読み取れないと有名な彼ではあったけれど、かづみだけは何となくでもそれを感じ取ることが出来ていた。

なんと言っても、5年間傍で見つめ続けた彼の姿。 そこらの俄かファンとは年期が違う。

だから誠司の雪菜に対する微妙な心の変化もすぐに気がついたし、今現在彼がどんな心境なのかもわかっているつもりだ。

「なあ、誠司…よかった? タケと雪菜をくっつけて」

今度ははっきりと誠司に向けてかづみは言う。

きっと他の女に対してなら、こんなつまらない質問に返事はしないだろう。

しかし誠司はほんの少し間をあけてから、かづみの顔を見ることなく短く返してきた。

「なんでやねん」

「誠司…雪菜のこと気にいっとったやろ?」

躊躇いがちに漏れたかづみの言葉。 ほんの少しだけ誠司の眉がピクリと動く。

彼の心が何故それを?と、動揺した証拠。

その僅かな変化を見逃しはしなかったけれど、かづみは敢えて指摘はしなかった。

「はっ?アホけ…何をワケのわからん事、言うてんねん」

「あれ。もしかして、バレてないと思ってる? 甘いなぁ〜。ウチにはバレバレやで?」

彼の隣りにしゃがみ込み、努めて明るい声を出してみたけれど、内心は少しショックだった。

“違う”と否定はしないんだ…

やっぱり自分の勘は間違っていなかったんだ。

誠司の心は雪菜に向いている…それを今、リアルに突きつけられた気がした。

かづみの言葉に、アホらし…。とでも言うように深いため息を漏らしながら、無言で学ランの内ポケットからタバコを取り出す誠司の姿に、彼女もまた小さくため息を漏らす。

ずっと告白し続けているのに、自分の心はこんなにも誠司に向いているのに

どうして彼の心は自分に向いてくれないのだろう。

どうしてこの思いは彼に届かないのだろう。

どんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけても、決して受け入れてもらえないこの思い。

それでも誠司を諦めることが出来ない自分は、一体どうしたらいいのだろうか…

「まさか雪菜みたいな子がタイプやとは思わへんかったわ」

「………」

「そら、ウチが何ぼ頑張っても無理やわな? 全くの正反対やねんもん」

「………」

「やっぱり、あれ?大人しくて従順そうで、頼りなさそうな所がええんかな。 雪菜って勉強以外はホンマに何も知らんもんなぁ…控えめやし、お嬢様って感じやし?そういう部分が男心を擽るんかな」

「………」

「まあ、ウチも雪菜やったら納得できるわ。あの子はお世辞抜きにしてホンマに真っ直ぐでええ子やと思うし。 何気にウチも本気で気に入ってるし?誠司が惚れてしまうのも無理ないかなぁって思う」

ありったけの気力をかき集め、精一杯陽気に振舞ってみる。

だけど誠司は黙り込んだまま、聞こえていないような顔をして何も反応を返してはこなかった。

思わずかづみの眉尻が垂れ、ため息が一つ口から漏れる。

「なあ…さっきから黙ってんと何か喋ってぇや。 ウチ、一人で喋ってアホみたいやんか」

「……どーでもええ事に返事をする必要ないやんけ」

「どーでもよくないやん…誠司にとっても重要な話やろ?」

いつの間にか真顔になっていた。

誠司はそんな表情のかづみをチラリと横目で流し見て、何が重要やねん。と、面倒くさそうに呟く。

「雪菜…タケと付き合うんやで?」

「だから?」

「だから…誠司はそれでええんかなって…」

「なんでそこに俺が出てくるねん。 俺、関係ないやんけ」

「ホンマに関係ない? 誠司はそれでええの?」

「さっきから何が言いたいねん、おまえ。 ええも何も俺は関係ないって言うてるやろ。意味不明なこと言ってんちゃうぞ」

しつこいと言わんばかりに眉間に深くシワを寄せ、誠司は口から紫煙を吐き出す。

その顔は、これ以上その話題に触れるなと警告を発しているようで、かづみの心が切なさで沈む。

今は雪菜のことに触れて欲しくないんだ…そこまであの子のことを…?

直感的にそう感じたかづみはそれ以上追求することが出来なくなった。

いつもと同じ態度、いつもと変わらぬ口ぶり…だけど、彼自身からは今まで感じたことがないくらい切なさが溢れ出している。

誠司のことならどんな些細な変化でも感じ取れたかづみだったけれど、こんな彼の姿は出来ることなら知りたくはなかった。

今までは、どこか安心している部分があったと思う。

どんな子と付き合っても誠司は誠司のままで、中学の頃から変わらない彼の姿だったから。

“女と付き合うのは性欲のため”その言葉どおり誰が相手でも心は閉ざしたままだったから。

だからきっと何度告白を断られても、彼に告白し続けることが出来ていた。

もしかしたら、いつか自分にチャンスが巡ってくるかもしれないと思えたから。

だけど今の誠司は違う。 誰も踏み込ませなかった彼の心が雪菜を招き入れてしまった。

たとえ雪菜の方に気持ちがなくともその事だけで焦燥感を感じてしまう。

これが最後のチャンスかもしれない。

今は彼に行動を起こす気がなくとも、この先どう転ぶかなんてわからないのだから。

かづみは一旦口を噤み、意を決して再びそれを開く。

「わかった、関係ないねんな? ほな…ウチと付き合ってぇや。今、特定の彼女いてないんやろ?
やっぱり誠司のこと好きやもん、ウチ。だから誠司と付き合いたい」

何度目かわからない誠司への告白。

断られることも、断る台詞ももうわかりきっているけれど、やっぱり口にせずにはいられなかった。

誠司は無言でタバコの煙を肺に吸い込み、ゆっくりとそれを吐き出す。

それから、なんでその展開になんねん。と、ポツリと呟いた。

「おまえとは付き合えへん…何度も言うてるやんけ」

「……なんで?……ツレやから?」

「そや」

「わからへん、なんでなん? なあ、あれからもう5年近くなるで?それやのにウチはまだツレ以上にはなられへんの? ウチの気持ちもちょっとは考えてくれてもええやん?!」

いつもそうだ。 こうして誠司と話していると切なくて涙が溢れ出しそうになる。

どうして受け入れてもらえないのか。

何が自分には足りないのだろうか。

考えても考えても答えを見出すことが出来なくて、まるで出口のない迷路をグルグルとひたすら歩き回っているように思える。

どうすればいいのかわからなくて、切なくて泣きそうな顔をしているのに、誠司は昔から決して慰めたり宥めたりしようとはしてくれない。

表向きの優しさは絶対に見せない誠司。

それが彼なりの優しさだとわかっていても、やっぱり心は寂しかった。

ごめんな…。の、一言ぐらい言ってくれてもええやん。

そうしたら少しは救われるかもしれないのに…。

「ウチの気持ちはいつになったら届くんよ…」

かづみの口からポツリと零れた言葉。

いつもは聞こえていないふりをして何も言ってこない誠司だけれど、今日は珍しく言葉を返してきた。

「俺にはツレ以上なんてもんはないし」

「え…?」

「俺にとっては、ツレかツレじゃないか。その二種類しかない。 俺の中ではツレが一番で、それ以上の存在なんてないんや。 おまえがどうしてもと言うのなら、別に付き合っても構わへん。 ただし、その時点で友達というカテゴリーから外れて二度と修復できひんけど…」

それでもええんけ?と、誠司が静かに言う。

友達というカテゴリーから外れる…それは即ち友達以下の存在になるということ。

誠司にとって“付き合う”ということは、それほどまでに意味のないことなのだ。

特別な感情を持っていない相手と付き合うのだから、当然と言えるのかもしれないけれど…

「けど、友達みたいなカップルもいっぱいいるやん? 付き合うようになったから言うて、友情まで無くすことないやろ?今の関係の延長戦上で…」

「それは無理や。俺には考えられへん」

「なんで…」

「ツレはツレやからや」

「そんな、答えになってないやんか」

「それになあ、かづみ…お前は俺と付き合うだけで、それで満足できるんけ? 手ぇ繋いだりキスしたり、その先に進んだとして、それだけでお前の気持ちは満たされるんか? そんな一方的なもんで済むんけ?絶対済まへんやろ?」

誠司にそう問われ、かづみは何も言えなくなる。

確かに誠司と付き合っても、満足出来るのは最初のうちだけだろう。

そのうちそれだけでは満足できなくなって、彼の気持ちまで欲しくなる。

自分に気持ちがあって付き合うのだから、そういう欲が出てくるのは必然だ。

誠司の言いたいことはわかる。 そういう欲を出されても応えられないし、迷惑なだけだと。

だけど、人の気持ちは変わるもの。

付き合うことが出来れば、もしかしたら彼にも振り向いてもらえるかもしれない。

その僅かな可能性に自分は賭けてみたいのだ。

「もし仮にかづみと付き合うことになっても、俺はお前の気持ちには応えてやれない。お前の言うような“友達みたい”な付き合い方も俺には出来ん。付き合ってしまったら、今までのように友達に戻すことも出来ひん…そういう男や、俺は。それでも付き合いたいけ?こんな俺と」

「でも、付き合ってみなければ気持ちに応えられるかどうかなんてわからへんやん。まだ付き合ってもいないのに、そうやって決め付けんといて欲しい。 もしかしたら、友達みたいな付き合い方が出来るかもしれんし、あかんくても友達にまた戻れるかもしれへんやろ?」

「まあ、そう考えられるヤツもおるやろうなぁ。 でも、俺は無理や」

「なんでよ…」

「それが俺の通す筋やからや」

そうきっぱりと言い切られ、かづみは思わず言葉を飲み込んだ。

誠司は静かに煙を口から吐き出し、ゆらゆらと立ち上るそれを目で追いながらため息を一つ零す。

そして、今まで語ることがなかった決定的な言葉を口にした。

「大切な仲間やと思っている人間に、なんで手ぇ出せんねん。結果がわかりきってるのに、中途半端なこと出来るわけないやんけ。 おまえは付き合ってみなければわからんて言うけど、俺ら一体何年の付き合いやと思ってるねん…わからんわけないやろ」

「誠司…」

確かに、誠司や武則と中学1年の時に知り合ってから、着飾ることなくありのままの自分で今日まで接してきた。

バカなことをしてふざけあったり、大声で笑いあったり、時には殴りかからんばかりの喧嘩をしたりして。 でも、いつも何事に対しても本気だった。彼らに嘘をついたことはなかった。

彼らと友達になって6年…その間、誠司に片思いをすること5年。

ある意味誰よりも自分のことをわかってくれている存在。

わかりきっていて当然かもしれない。

「俺はかづみの事を大切なツレの一人やと思ってるよ。困っている時はどんな事をしても助けてやりたいと思うし、何か目標があるなら全力で応援もしてやりたいと思う。けど、かづみの気持ちには応えてやれない。 おまえは俺にとって大切な仲間の一人やから…中坊の頃からずっとな」

かづみは誠司の言葉に暫く口を噤んで黙り込む。

何よりも友情を重んじる誠司。 自分はまだそのカテゴリーの中にいる。

それを捨ててまで彼女の座を射止めたいのだろうか。

自分の気持ちだけを押し付けて付き合っても、惨めな思いをするだけじゃないだろうか。

いくら頑張っても彼の気持ちまで手に入れることは出来ないのだと、身をもって思い知らされるだけなのだから。

彼女になることは出来ても恋人になることは出来ず、友達に戻ることも出来なくなる。

だからこそ誠司はこの約5年間、頑なに拒否し続けたのか。

彼の中で一番だという友達の一人だから。

彼にとって大切な仲間の一人だから…この関係を壊したくなくて?

これって究極の友情? そう思うとなんだか切なくて泣きたい気分になる。

「どう頑張っても、ウチの気持ちには応えてもらえへんの?」

「あぁ…」

「どうすればいいか言ってくれたら、それに近づけるようにウチ頑張れるで?」

「誰かに言われて変わるのなんて、本当の姿じゃないやろ? かづみはかづみやからええんやんけ。俺は今のお前がええよ、最高にな?」

そう言われてしまっては、もう何も言えなくなる。

どう頑張っても無理なんだ

結局自分は、友達というカテゴリーに納まるしかないのだと思い知らされた。

二人の間に夏の訪れを感じさせるような少し生暖かい風が静かに流れていく。

かづみは自分の膝を抱え込み、そこに顔を埋めながら小さくため息を漏らした。

「ずるいなぁ、もう…」

「はぁ?何がずるいねん」

吸い終わったタバコを地面に押し付けて、誠司が小さく笑う。

それを耳にしながら、かづみは少し顔を上げて視線を遠くに飛ばした。

もしもこれが雪菜だったら…きっとまた違う答えなのだろう。

友達でもなくそれ以下でもなく、恋人というカテゴリーに納めてもらえるのだろうな、と。

でも、それが叶わないから今は彼にとって友達が一番なんだろう。

ほんの少し雪菜に嫉妬した。 彼女に嫉妬しても意味がないことぐらいわかっているけれど。

「あ〜ぁ、ウチも雪菜みたいに生まれたらよかったのになぁ。 そしたらまた違う展開やったかもしれへんのに」

「何を言うてんねん…どんな風に生まれてもお前はお前やんけ」

「そやけど、ちょっとぐらいしおらしくなってたかもしれへんで?」

「ぶはっ!お前がしおらしくなったらキモいやんけ。 今のお前やからこそツレになったのに」

「ツレ…ねぇ…」

中学の時に彼と友達になっていなければ、こうして仲良く言葉を交わすこともなかっただろうし、こんな風に声を出して笑う姿も見ることが出来なかっただろう。

普段見ることが出来ない素に近い彼の姿を、自分はずっと間近で見せてもらっていた。

だからこそ好きになったのだ。 安西誠司という男の事を。

彼と付き合えればそれだけで特別になれるような気がしていた。

今まで付き合っていた女たちとは違い、自分だけは別格で扱ってもらえるような気がしていた。

気心が知れた相手だからこそ、誰よりも特別になれるのだと思い込んでいた。

だけど彼の特別は友達という存在で、それ以上はないと言う。

そして、自分はその特別な仲間の一人だからこそ付き合うことも出来ない、と。

長年思いを寄せていたかづみにとってはある意味酷な言葉。

どこにこの切なさをぶつけたらいいのかわからなくなる。

いっそ、“嫌いだから”と、こっ酷くフられたほうが綺麗さっぱり諦められるのに。

「はぁ…なんか切なくなってきた。 ちょっと肩貸して」

そう言いながら、かづみはゆっくりと体を倒して頭を誠司の肩に乗せる。

誠司は特に嫌がる素振りを見せずに大人しくかづみに肩を貸した。

彼に擦り寄る過去の“彼女”たちを邪険に扱っていた様子を思い出す。

ほんの少しだけ優越感に浸れた。

これも友達…だから許してくれるの?

そう思うと、やっぱり切なくなった。

鼻を擽る誠司の香りに目を閉じながら、頬に彼の感触を感じるとほんのり胸が熱くなった気がする。

諦めるしかない…かなぁ。

頭ではそう思っていても、心がどうしてもついていかない。

かづみはゆっくりと流れる白い雲を眺めながら、独り言のようにボソッと呟いた。

「なあ、誠司…一度だけキスしてよ。 そうしたらあんたのこときっぱりと諦めるし」

自分でも相当往生際が悪い女だと思う。

こんなことを言っても返ってくる言葉はわかりきっているのに、まだ何かを求めようとするなんて。

「それも無理や。俺には出来ん」

やっぱり、ね。

間髪いれずに返ってきた予想通りの回答に、かづみの口から思わず自嘲気味な笑いが漏れた。

あーぁ。もう、どうしようもないなぁ…完璧に玉砕かぁ。

もう、何をしても望みはないのだとようやく自覚し、この時かづみの中で何かが吹っ切れた気がした。

今は誰よりも近くにいられる友達という存在。

もしかしたらそれが自分にとって幸せな場所なのかもしれない。

「ははっ。そう言うと思ったわ。 ええやん、キスぐらい減るもんでもないのにさぁ…ケーチ」

「何がケチじゃ、どあほう」

「なあ…そしたら最後に聞かせてよ。 雪菜のこと、どう思っているのか誠司の口から聞きたい」

「そんなん聞いて何になるねん」

「別に?…どうもならへんけど…」

それを聞ければ、きっと心の終止符を打てる…

その覚悟が誠司にも伝わったのか、彼は暫くの沈黙のあとゆっくりと口を開いた。

「あいつは…」

誠司はそこで言葉を区切り、一瞬視線をほんの少し地面に落とす。

無意識にそうしたのだろうが、かづみはそれを見逃さなかった。

「……あいつは、タケの女や」

その誠司の声がとても切なげなものに聞こえた気がした。

そして、その言葉に色んな思いが込められているような気も。

結局雪菜のことをどう思っているのか本人の口から聞くことは出来なかったけれど、その言葉だけで十分だと思った。

きっと、彼なりの精一杯の言葉だっただろうから。 それを聞けただけでもいい。

かづみはフッと笑って体を起こすと、うーん。と腕を天に突き上げ伸びをした。

「そっか。うん…ありがと。 ようやく5年の片思いに終止符打てそうやわ」

「かづみ…」

「ふふっ。 ウチな、もう誠司のこと諦めるわ。どう頑張ってもウチには無理やってようやくわかったし、イジイジしてんのってウチらしくないやん?だから、これからもずっと親友ってことで、宜しく!!」

ニッと笑って敬礼をして見せるかづみの姿に、誠司は小さな笑みを零す。

それから、かづみの髪をクシャクシャッと撫でてから、一言ポツリと呟いた。

「……ごめんな、かづみ」

その言葉に途端に目頭が熱くなり涙が溢れだしてきそうになった。

今さらごめんなんて言わんといてよ…。 決心した心が揺らぎそうになる。

かづみは唇をかみ締めてグッと涙を堪えると、誠司の整った顔に真っ直ぐに目を向け、少し意地悪めいた表情を作った。

「今さらごめんって言うな!謝るのが遅いねん!!大体、もっと早くに今日聞かせてくれたことを言うてよっ。ウチ、アホやから今まで気づかへんかったやんか。 あんたみたいな変人にバカみたいに5年も片思いしてやったんやから、敬意を表して誠司くん…あたしに何か奢りなさい」

「はぁぁっ?!おまえ、ふざけんなや…なんで俺が奢らなあかんのじゃ」

「あたりまえやん。 あんたの傷心度に比べたら、ウチのほうがずっとずっと深いねんからな? 誠司が奢るのがとーぜん。って、事で…よろしく〜♪」

「あ〜、アホらし。やってらんねぇ…俺、帰るわ」

「ちょぉっと誠司、待ちぃやっ!あんた、逃げる気かーっ!!せいじーっ!!!」

ギャーギャー喚くかづみの様子にクスクスと声を立てて笑いながら、誠司は立ち上がって歩き出す。

それからふと足を止めて振り返ると、ニッと口の端を少しあげてみせた。

「うっさいのぉ、おまえ。そんなに騒いだらサボってるのバレるやんけ。 せっかく今晩店に招待してやろうと思ったけど、喚くならやめるぞ?」

「え……」

「今日、18時からバイトやからその頃に店来いや」

「え、店って…知り合いのおっちゃんが経営しているって言ってたバー? そこは高校生が気安く来れるような場所じゃないから、絶対来んなって言ってたのになんで?」

「俺が奢らなあかんのやろ? しゃーないし、今回だけ特別に入店を許可したるわ。ただし、他のヤツに絶対言うなよ。ミッチーやモモなんかが知ったらうるさいし面倒やから。 まあ、来るか来ないかはおまえ次第やけど」

「嘘…え、いいの?ウチが行っても…」

「今回一回限り、絶対秘密厳守が守れるならな」

「も、もちろん守るけど…でも、なんで…」

「別に?…気が向いただけや」

で、どーすんねん?と、ズボンのポケットに手を突っ込んで首を傾げる誠司の姿を見ながら、フツフツと湧き上がってくる喜びを抑えきれずに、かづみの表情が瞬く間に崩れていく。

「いく…もちろん、行くよ。行くに決まってるやん!」

「ほな、18時頃にな」

「うん、わかった。 とびっきり美味しいお酒用意してな!」

「アホか。おまえにはオレンジジュースで十分やんけ」

「は…なにそれ、意味ないし!なんでバーにまで行ってジュース飲まなあかんねんさっ!!」

「知らんのけ? 未成年は酒を飲んだらあかんねんぞ?」

「知ってるわ!ってか、それをあんたに言われたないわっ。 酒もタバコも呑むくせにーっ!!」

「ぶははっ!俺はええんじゃ。元々、ふりょーやしこれからもそやし?」

「何をわけのわからんことを言うてんのよ」

と、頬を膨らませるかづみに、誠司は声を立てて笑いながら、まあ精一杯背伸びして来いよ。と、言葉を残して屋上を去っていった。

気が向いただけや。なんて誠司は言うけれど、きっとこれは彼なりの気遣いだと思った。

決して慰めたり宥めたり誰にでもわかるような表向きの優しさは見せない彼だけど、こんなふとした優しさにいつも心を打たれてしまう。

冷たくぶっきら棒に見えても、実は優しくてフォローはちゃんとしてくれる誠司。

そんな彼のことがやっぱり好きだと、かづみは心の中で再確認していた。

もう、彼に振り向いてもらえなくてもいい、彼と付き合うことも諦める。

だけど、彼を思う気持ちまではやっぱり諦めたくない。

この気持ちが誠司に届くことはこの先永遠にないだろうけど、ずっと彼を思い続けていたいと思った。

誠司が秘かに雪菜を思い続けるように、自分もまた誠司のことを静かに思い続けよう、と。

そして、一番近くにいられる友達としての空間をめいっぱい楽しもうと心に決めた。

かづみは誠司への思いを大切に心の奥にしまいこみ、真っ青な空を仰ぎ見た。

- end -

今回は、本編10ページから11ページ目の間のお話になりますかね。

ちょっぴり切ない系?で(笑)
まあ、いらないっちゃーいらないシーンなので、ばっさりカットしちゃっても良かったんですけれど…
冒頭の、誠司とかづみが屋上に二人で佇んでいる様子がずっと以前から浮かんでいたんですよ。
で、せっかくずっと前から浮かんでいたので書きたいなぁと思って書き始めたはいいけれど…
これがまた動かねえの!(涙)
止まってはちょっと動き、動いてはすぐ止まり。。。
もう書くのをやめて、次の武則サイドを書いちゃおうかとも思ったんですけどね。
やっぱり頑張って仕上げてみました(笑)
ハッピーなお話でもないですし、読みたくなかったなぁと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
でも、まあ…これもひとつの流れとして、サラリとお目を通していただけたら幸いです。

神楽茉莉