「何やねん、女同士の話って一体何じゃいっ、誠司っ!!」
武則は屋上に繋がる階段の最上段に落ち着きのない様子で座ったり立ったりを繰り返しながら、横に座る誠司に問いただす。
問われた誠司は呆れたように一つ息を吐き出してから、膝に肘をついてその上に顎を乗せた。
「んなもん、知らんわい。 そんなに気になるんなら、何を話してんねんて聞いてこいや」
「アホけ、お前。そんな事をしたら、俺が約束を守れん男やってことになってまうやんけ。イコール後藤さんの信用を失ってまうって事や。 それはあかん、絶対あかん!俺にはできん!!ってことで誠司、お前が聞いてこいや」
「はぁっ?!何、言うてんねん。アホかお前。何で俺が行かなならんのじゃ。 気になってんのはお前やろうが。 大体、俺までなんでこんなとこにおるのかわからんっちゅうのに…」
誠司はまた一つため息を漏らし、あ〜ぁ、アホらし。と呟いて、横の壁に背中を預ける。
その言葉に若干眉間にシワを寄せて、武則は不貞腐れたように腰を下ろした。
「アホらしいことあるかいっ。 お前は気にならんのか、あの二人がどんな話をしてるんかって」
「何で俺が気になんねん。 大体想像がつくやろうが…あいつらの言う女同士の話なんてもんは」
「俺は全然想像がつかんっ!一体なんやねんっ!! お前知ってんのけ?教えろや、誠司っ!!」
あまりにも武則ががっついてくるものだから、誠司の口から思わず苦笑が漏れる。
…ったく、この男は。 色恋沙汰に関しては全くの初心者だから笑えてくる。
大体、女同士の話なんてものは大抵が男絡みの話だ。 先ほどの流れからして、今回も例外なくその類の話に違いない。
大方かづみが今一歩押しの足りない武則に代わって雪菜の背中を押してやろうって魂胆なんだろう。 二人を交互に見ていたあの時の表情を思えば大体想像がつく。
仮にも過去に何人もの女と関わっていたはずなのに、この男はどうしてそこに思考回路がまわらないのか…
誠司は真剣な眼差しで自分の言葉を待っている武則に視線を流し、フッと笑って短く答えた。
「自分で考えろや」
「ぬぉぉっ!なんやと、お前っ!!教えへん気かっ?! ムカつく言い方しやがってからにっ。なんか、無性に腹立つやんけっ!!」
武則は誠司の言葉に憤慨したように、ダンダンッ!と、床を足で強く踏み鳴らす。
…自分で考えろやと?
スカした顔しやがって。 何かめっちゃムカツクやんけっ!
武則は自分だけが把握していないらしい今の現状がもどかしく、そしてまた苛立たしくもあった。
つい数分前、本当に、ほんと〜にいい感じになった気がした雪菜との間に流れる空気。
涼子がしでかした事を知った時にはかなりびっくりして体から血の気が引く思いがしたけれど、返ってそれが二人の距離を近づけたようで複雑な気分にもなる。
いや、近づいたと感じたのはただの思いあがりで、実際はそうじゃないのかもしれない。 雪菜のほうから抱きついてきたのも、衝撃的な出来事のあとでショックを隠しきれずに単に支えを必要としただけとも考えられる。
だけど、あの時武則は確かに感じた。
“誰か”ではなく、雪菜は“俺を”必要としている…と。
雪菜の華奢な体を強く抱き締め、再び伝えた自分の気持ちの返事を聞くことは出来なかったけれど、
あの瞬間から二人の間に流れる空気がどことなく変わって、グッと距離が近くなった気がした。
あのままもう少し誠司がかづみを連れて戻ってくるのが遅かったら…もしかしたら、何かが変わっていたかもしれない。
いや…きっと何も変わっていなかっただろう。
不覚にもあの時、武則はあの雰囲気に酔いしれてしまって、もう一歩前に進もうという気持ちをド忘れしていたのだから。
最大のチャンスだったのに…
もう一押しさえできればもしかしたら今頃…
今更ながらに自分の不甲斐なさを実感し、大きな大きなため息が口から漏れる。
だから武則は、その扉の向こう側にいる二人の会話の内容が、気になって仕方なかったのだ。
かづみと雪菜で武則との事を話し合っているのか、はたまた全くの別件なのか…
そう考えると、やはり居ても立ってもいられなくなる。
なんやねん…なんやねん、なんやねんっ! 女同士の会話って一体なんやねんっ!!
再びフツフツと湧きあがってくる何か。 武則はそれを振り払うように、金色に染まった自分の髪をガシガシと大きく掻き毟った。
「浮いたり沈んだり…忙しいヤツやのぉ。 何、一人でおもろい遊びしてんねん」
壁に背中を預け、呆れたような視線を向けてそんな言葉をかけてくる誠司に対し、武則は気恥ずかしさも混じって、うるさいわいっ!と悪態をついた。
それに誠司は、クククッと忍び笑いをして見せてから、また膝に肘をついてその上に顎を乗せた。
「どーでもええけど、制服に着替えて来いや。 いつまで体操服でおるつもりやねん」
未だに体操服姿のままの武則に、だっせぇなぁ。と付け加えて指摘すると、彼から思わぬ返事が返ってきた。
「制服に着替えに行っている間に、後藤さんが出てきたらどないすんねん…」
ボソッと呟かれた武則のその言葉に、誠司は一瞬の間を置いてからお腹を抱えて笑い出した。
「あははははっ! おまっ、どんだけ“後藤さん命”やねん。 出てきたから言うてどないやねん。お前がおらなあかんのけ?ぶははははっ!! あかん…腹痛ぇ…」
誠司は込み上げてくる笑いを抑えきれず、床に倒れてまで尚も笑い続けた。
あ〜ぁ、コイツには参るわ。
武則と知り合ってから12年近く経つけれど、こんな姿は誠司さえ見た事がない。
まるで火を吐く龍が、突然主人を待つ忠犬ハチ公になってしまったように見えて、本気で笑い死にしそうなくらいに笑えてくる。
何気にコイツ、尽くすタイプの男やったり?
そう思うとまた笑いが込み上げてきて、どうにも止まらなくなってしまった。
「お前…いつまで笑い転げるつもりじゃっ! 失礼にも程があるやろうがっ!!」
武則はいつまでも笑い転げている誠司に対し、顔を真っ赤に染めながら軽く彼の足を蹴り上げる。
それでも尚も笑い続ける誠司に、本気で蹴り倒してやろうかという気分になった。
誠司にここまでバカ笑いされる理由は、なんとなく察しがついた。 おおよそ、そんな姿はお前らしくない。とでも言いたいのだろう。
自分でもそれは自覚しているつもりだ。 今の自分が自分らしくないことを。
だけど、雪菜の事となると自分が自分でなくなってしまうのだから仕方がない。
クソッ。と、短く吐き捨てて髪をまたガシガシと掻き毟る武則に、一頻り笑って満足したのか、誠司が咳払いをしてから声を改めてきた。
「お前さ…あいつのどこがええねん」
「は?」
「ごとーさん」
「どっどこって…」
また何を突然聞いてくるのかと、不意を突かれた武則の顔が先ほどとは違った意味合いで、また赤く染まる。
それに誠司は小さく笑っただけで、今度は何も突っ込んでは来なかった。
「どこって…何で言わなならんのじゃ。 お前には関係ないことやんけ」
「まあ、関係ないけど? ただ、あいつはタケがずっと探していた運命の相手なんやろ? どこにそれを感じたんか、ちょっと気になったからな…」
誠司は少しだけ武則から視線を外し、そのまま瞼を伏せるように床に落とす。
それを聞いてどうなるものでもないけれど、少しだけ本人の口から聞いてみたくなった。
そんな秘められた思いがあることを当然知るよしもない武則は、誠司の言葉に少しだけ首が傾いた。
「運命の相手って…なんでそれ知ってんねん」
「は? お前が自分で言うたんやんけ、中学の時によ」
「あれ…俺、言うたっけ?」
「やっぱ、忘れとったんかい」
誠司の呆れたような声を聞きながら、え?え?と、武則は自分の記憶を辿るのに必死になっていた。
だが、いくら考えても記憶が出てこない。 他人に喋った記憶もまるでない。
しかし、誠司が言うからにはそうなんだろう。
武則よりも遥かに記憶力に長けている誠司の言葉は納得せざるを得ないところなのだ。
と、言うことは…だ。
運命の相手のことを話していたということは、自分が今まで貫いてきた信念を知られているという事。
それは即ち…自分が守りぬいてきた事もバレているという事?!
え…ちょっと待って。 俺、ホンマにいつ言うた??
誰にも知られていないと思い込んでいただけに、なんとなく急激に焦燥感のようなものに襲われた。
「なあ…それってお前にだけ言うたんけ?」
「あ?あぁ、あん時は俺だけやったなぁ」
「もしかしてその事、他のヤツに喋ったりしたけ?」
「あぁ? お前が実は童貞やって事をか?」
「ぬぉぉっ! おまっ、何言うてんねん!ハッキリそういうことを声に出して言うなやっ!!」
「ぶははっ!何、焦ってんねん。 安心せえや、誰にも言うてないから」
「マジでか?」
「あぁ、マジや」
「誰かにバラしたらぶっ殺すからな」
そんな物騒な台詞と共に、一先ず、ふぅ〜。と安堵のため息を漏らした武則だったが、出来る事なら誠司にも忘れておいて欲しかったと切に願った。
クソッ。誰にも知られていないと思っていたのに…なんか、めっちゃ恥ずかしいやんけ!
「ほんで? どこに運命感じてん」
誠司の問いかけに、まだその話続いとったんかい。と思いながら、武則も観念したのか誠司とは反対側の階段の手摺部分の壁に寄りかかって、少し遠くを見るように視線を上の方へ飛ばした。
「どこって…言葉では上手く説明できん。 ただ、後藤さんを見た瞬間、こいつや!って思ったんや。 多分、どこが?やないねん…後藤さんそのものがやねん。 見た目もそう、醸し出す雰囲気もそう…全部が全部、俺の理想にぴったりと当てはまったっちゅうかなんちゅうか…」
照れくさそうに頭を掻きながら、言いたい事わかるけ?と、武則が少し顔を歪める。
それに誠司は、あぁ。とだけ返し、短く息を吐き出した。
どこに運命を感じたんだなんて、愚問にしか過ぎなかった。
武則にとって、雪菜との出会いこそが運命で、その他のことは彼の直感を裏付けていく小さな理由でしかないのだ。
武則が言うように、どこが?でも、どこに?でもない…後藤雪菜そのものとの出会いが彼の運命。
自分はその運命を、雪菜を初めて見たときには感じることは出来なかった。
なら、今はそれだけの強い思いがあるのかと問われると、正直言って答えることはできない。
その時点でもう既に、大きな差が出来ている。
改めて武則との差を思い知らされた気がして、誠司の口からは自嘲気味な笑いが洩れていた。
こんな事を知って、俺はどうしたかったんや…
「まあ…頑張れや。 もうあと一押しってとこちゃうんけ?」
「あ〜、まあ…そんな気がしなくもないけど、正直言うてどう押したらええかわからんねん。 押し過ぎて嫌われでもしたら、俺一生立ち直れへん気がするし、押さんかったら前にも進めへん。 俺はこの先どうしたらええねん、誠司!」
「知るか。 んなもん、自分で考えろや」
「なんやねん、冷たいヤツやのぉ…。 そやけどな?もし、仮に上手い事いってやで?万が一でも後藤さんと付き合える事になったらやで? それはそれでまた問題が出てくるねん」
「は?なんの問題が出てくんねん」
「いや、ほら…俺にとっては後藤さんは…」
そこまで言いかけて、武則は一旦口を噤む。 それから、絶対に笑うなよ?という念押しをしてから、再び口を徐に開いた。
「俺にとって後藤さんは…その…お姫さまやねんか…でな、そのお姫さまをどう…」
お姫さま…お・ひ・め・さ・ま……?
まさかそのような言葉が武則の口から出てくるとは予想だにせず、誠司は思わずその顔を見てしまう。
そこにはほんのりと頬をピンク色に染めながらも真剣な顔つきの武則がいた。
みるみる崩れはじめる誠司の顔。
絶対に笑うなよ。という念押しをされたけれど、それはどう頑張っても無理な話だった。
お嬢様までは連想できたけれど、まさかその上を行くお姫さまが出てくるとは…
最大限に我慢はしてみたけれど、抑えこむことは出来ずに誠司はそのまま噴き出してしまった。
「ぶはーーーーーーっ!! お姫さまって…ちょぅ、勘弁してくれや…そのツラでお姫さまって…」
ヒィ、ヒィと、目に涙まで浮かんでいそうなほどに笑い転げる誠司に、武則の顔が瞬く間に真っ赤に染まっていく。
そのツラって…どのツラじゃいっ!!
「だからっ、笑うなって言うたやんけっ! おっお前にやから正直に言うたんやぞっ!? あー、思い出した。たった今、思い出した! 中学の頃、運命の相手の話をしたとき、そうやってお前は笑い転げやがったんや。 あー、思い出した。思い出したぞ? 一度ならず二度までも、俺の純粋な心を笑いやがって!! 恥を忍んで暴露った俺の勇気を2倍で返せっ!!!」
「ぶははははっ!! まあ、そう怒んなや…何もバカにして笑ってるわけちゃうねんし…」
「ほな、何で笑っとんのじゃ…」
「え? コテコテのヤンキーが乙女になってる…って?」
「おまえなぁ〜〜〜っ!!」
それをバカにしていると言わずして何と言うんじゃいっ!!
武則は耳まで真っ赤に染め上げながら、恥ずかしいやらムカつくやらで、誠司の胸倉を掴もうとして立ち上がったその時…
ブルルッ…ブルルッ…
と、ポケットに忍ばせておいた携帯が震えた。
眉間にシワを寄せながら誠司を睨みつつ携帯を開く。
そこには愛しの雪菜からのメールが一通届いていた。
トクン。と一つ高鳴る胸の鼓動。 つい一秒前までの事はすっかりと消え去り、一瞬にして武則の表情が柔らかいものに変わる。
「後藤さんからメールや…」
無意識的に出してしまった武則の声を聞いて、誠司の顔からも少し笑みが引いた。
画面に集中する武則。
それを何となく眺めている誠司。
ほんの少し、無音の時間が流れた。
「え…意味がわからん…」
ボソッと呟いた武則の言葉に、誠司が、何やって?と、問いかけてくる。
それに少しだけ視線を向けて、武則の首が斜めに傾いた。
「いや…OKです。って…」
「なにが?」
「わからん…」
誠司と言葉を交わしながら、武則は器用に親指を動かしてボタンを弄る。
最後のボタンを押し終えると、パコンッと音を立てて携帯を閉じた。
携帯を持ったまま再び武則は座りなおし、雪菜からの返事を待ってみる。
しかし、待てど暮らせど雪菜からの返事が返ってくる気配がしない。
実際には然程時間は経っていなかったけれど、武則にとっては充分に痺れが切れる時間だった。
「あかん、待てん。 電話して聞いてみよ」
言うや否や既に携帯を耳に当てていた武則。
誠司はその様子を壁に背中を預けた状態で静観する。
なんとなく…なんとなくだけど、ある予感が誠司の脳裏を過ぎっていた。
武則にとっては喜ばしく、誠司にとってはある意味喜ばしくない知らせ…。
電話口に出たらしい雪菜と会話を交わす武則の姿を遮るように、誠司はゆっくりと目を閉じる。
耳に届く武則の声。 目を閉じていても、その表情が窺えるようだった。
戸惑ったような声からはじまり、暫くの沈黙を経て今度は窺うような声に切り替わる。
この時にはもう既に、自分の予感が的中したことを誠司は確信していた。
徐々に上がりだす武則の声のテンション。
最終的に鼓膜が破れるかと思うほどのボリュームになった。
「嘘や…マジで?マジでかいな…やった…やった!…やったぁぁっ!!!遂にやったぞ、チクショー!めっちゃ泣きそうや、俺っ!うおぉぉぉっ!!!」
頭上から落ちてくる武則の溢れんばかりの歓喜の雄叫び。
それは、誠司の中で白黒ハッキリと決着がついた瞬間だった。
なんとなく、この瞬間を待っていたのかもしれない。と、誠司は心の中で思っていた。
これで綺麗さっぱり吹っ切れて、応援側にまわれるのだと。
ゆっくりと誠司は目をあける。
そこには思わず立ち上がり、携帯を耳に当てたまま反対の手で強く拳を握り締めている武則の姿があった。
「おめでとさん」
そう、武則に向かって言った祝福の言葉は、自分の世界に入り込んでしまった彼の耳には届かなかったようで、誠司は一人小さく笑った。
それから今度は武則が気付くように、うるさい。と言わんばかりに顔を顰め、両耳に人差し指を突っ込んで見せてやった。
「うひひ…すまん、すまん。 ちょいテンション上がってもうた…」
「上がりすぎなんじゃ、ボケ。鼓膜が破れるかと思ったやんけ」
携帯を切り、照れくさそうに頭をかきながら隣に座る武則の姿に薄っすらと笑みを浮かべて、よかったやんけ。と、誠司が呟く。
武則はそれに、おぉ。とだけ返し、暫く手に持った携帯を感慨深げにじっと見つめた。
遂にやったで、俺! ようやく、ようやく後藤さんと付き合える!!
フツフツとこみ上げてくる実感と喜び。 先ほどの雄たけびだけでは納まりきらず、この湧き上がってくるものをどうすればいいのかわからなかった。
────付き合うって話…なん…だけど…
────それがその…OKです…って意味…です
一語一句間違うことなく完璧に脳にインプットされた雪菜の言葉。
それを思い出すだけで、嬉しさのあまり目頭がグッと熱くなる。
後藤さんと付き合えることになるなんて…どうすればええねん、俺…嬉しすぎるやんけ。
「ホンマ信じられへん…めっちゃ嬉しい。 あかん…俺、泣きそうや…」
「なんやねん、急にしんみりしよってからに…って、おまえホンマに泣いてるやんけっ!」
携帯を握り締めたまま瞳を潤ませている武則の姿に、一瞬ギョッとした誠司だったけれど、その表情はみるみる崩れて笑い声まで響かせた。
それに瞬時に反応した武則は、耳まで真っ赤に染めながら慌てて目元を拭う。
「しゃっ、しゃーないやんけっ!嬉しすぎて泣けてくるんやしよっ。 なんやねん…俺が泣いたらそんなにおかしいか。腹抱えて笑うほどおかしいかっ!!」
「別に?…ええんちゃうけ?…泣くほど嬉しいっちゅうことやろ?…そこまで本気になれるおまえが羨ましいわ…ぶはっ」
「目に涙が溜まるほど笑いながら言うなや、おまえはっ!! クソッ…腹立つわぁ」
「まあ、まあ。そう怒んなや…ようやく運命の相手と付き合えることになったんやろ? そんな眉間にシワを寄せとったら幸せが逃げんぞ」
誰のせいでシワが寄ってると思ってんのじゃ。と不貞腐れながらも、誠司の言葉が若干気になった武則はシワを指先で広げてみる。
せっかく雪菜と付き合えることになったのに、幸せを逃してなるものか。
そんな武則の様子に小さくクスクスと笑いながら、誠司がまた壁に背中を預けた時だった。
「こらーっ! お前らそこで何をしてんのじゃーっ!!」
と、遠くのほうから怒鳴り声と共に教師が血相を変えて走ってくる姿が見えた。
誠司はその姿を眺めながら、面倒くさそうに呟く。
「あーぁ、お前のせいで見つかってもうたやんけ」
「なんで俺のせいやねん…」
「お前がアホみたいに喚くしやろうが」
「それはお前がアホみたいに笑ったからやろうが」
「まあ、どっちゃでもええけど、どーにかせなあかんのちゃうけ?」
「あ?」
「お前のお姫様が見つからんように、ここで食い止めろってかづみに言われたんやろ?」
「おぉ、そうやった! ついいつものクセで適当にあしらおうとしとったわ」
あかん、あかん。と呟きながら武則は立ち上がって、階段を2,3段下りたところでふと足を止める。
それから後ろを振り返り、誠司に向かって指をさした。
「軽く受け流そうかと思ったけど……お前が後藤さんのことをお姫様って言うな」
「は…?」
「後藤さんは、俺の!お姫様や。 大体、お前が“お姫様”なんて言うたらキモイやんけ。 ようそんな小っ恥ずかしいことを言えるのぉ」
「………」
その言葉、そのままそっくり丸ごとお前に返してやる。
恥ずかしげもなく、そんな事を真顔で言っているお前のほうがキモイだろう。と、誠司の口から思わず苦笑が漏れた。
「どーでもええし、早く止めに行って来いや」
「は?俺一人で行けってか」
「当たり前やろ。 俺は別に見つかっても何ら支障はないからなぁ」
「おまえなぁ…」
「早くせんとヤバいんちゃうけ?」
「わかっとるわい。まあ、これは俺がどうにかせなあかんもんやもんな。 おしゃっ!そんじゃあ、俺のお姫様のためにいっちょ頑張ってくるかぁ!」
腕まくりをしながら階段を下りていく武則の後姿を眺めながら、誠司は、やれやれと言うようにため息をひとつ漏らした。
きっと武則は気づいていないんだろう。
何気に“俺のお姫様”と連呼しているけれど、聞いているこっちが小っ恥ずかしんだってことを。
- end -
今回は、本編10ページ目のお話になります。
タケサイドと誠司サイドの両方を組み入れた形にしてみたつもりです(苦笑)
笑うところあり、切なさもあり…な、仕上がりになっていたらいいなぁと思うのですが…
一応、拍手お礼としてアップしていたものですが、若干ラストに手を加えています。
神楽的には、拍手の終わり方でも良かったかな?とも思っているんですが(笑)
さて…いかがでしたでしょうか。
神楽茉莉