第2話

 シャワー、止めたけど、なーんも解決してへん。酔いも、やっぱ醒めてないし。ひとつだけちゃうのは、ドキドキが、耳に聞こえるほど大きくなってること。うわあ、どないしょ!

 こういう時の無音って、いやや。わたしの体から落ちる水滴の音しか聞こえへんもん。将史は、今どんな顔してんねやろ?

 やけど、やけど、フツーの顔して出たらエエよね?別に、別に、何するわけやないんやから。出て、酔い醒まして、しばらくして、この部屋出てったら、ね。

 ドアを開けてみた。ベッドのほうから、テレビの音がちょっと聞こえる。

「ま、将史?」

「ん、どうした?」

 あれ?なんかいつもと声のトーンが違わへん?まあ、ええけど。

「出るけど、ええ?」

「あ、ああ。いいよ」

 なんや、もう!いつも通りアホみたいな感じで返事してや!なんやこっちがドキドキしてまうやんか!

「あ、着るもの、そこ置いといたから」

「うん」

 バ、バスローブって、ハダカのまま着るんやったよね?着かたわかれへん。

 うわあ、ヘンな感じやぁ。タオルそんまま着てるみたいやし。

 あれ?またドキドキしてきたやん!このまま、ベッドんほうに行かなアカンの?ウソやん!

 歩き出した。一歩、二歩、三歩。ああ!もう姿見えた!

 なんや将史、こっち見てへん。ベッドに座って、ボケーっとテレビ見てる。なんでこっち、見いひんねん。

あ、いや、別にこっち見て欲しいわけやないよ!

「将史」

 うわ、わたし自分から声かけてもた!

「あ」

 こっちをちらっと見て、すぐに視線をテレビに戻した。うーん。この空気、どうしたらええ?

「なに、見てんの?」

「ん?別に」

 あかん、会話が続かへん。ラブホ内の男女の会話しかた、誰か教えてっ。

 テレビにはおもろないコンビがおもろないコントしてる。これじゃ愛想笑いもでけへんやん。

「なあ、これおもろい?」

「ん?いや、別に」

「ならなあ」

「ん」

 リモコンをふんだくって、カチャカチャとチャンネル変えてみた。

「他のチャンネルで、ええ番組やってるかも」

 って、いってみたけど。

 うわ。他のチャンネル、エッチな番組ばっかや!

 な、なに?えらい身体が熱なって来た。

「て、テレビ消すな」

「ああ」

 プツッ。ああ、静か。なんも聞こえへんようになった。だからまた、気まずいやん。

「えーと」

 なんやおもろい話題、話題、っと。

「座って、ええ?」

「あ、いいよ」

 なら、座る。生まれて初めてのラブホのベッドは、なんやふわふわしすぎてて余計落ち着かれへん。

「なあ、将史?」

「うん?」

 しゃあないから、この話題でいく。

「将史はこういうとこ、よう来るん?」

「え?」

「さっきもいうたけど、あんた顔もそこそこやししゃべりもまあまあやし。何度もフラれたなんていうからには、ラブホなんかよく来るんちゃうん?」

 ああ、ちょっと落ち着く。将史相手なら、こんな軽口のほうのほうが言いやすい。

「ははは。うーん」

 ほら、やっぱ将史もそうやったんや。またすぐにいつもの顔に戻って。

「さすがアキだ。やっぱ見破られちゃったな」

 え?

「なるべくアキには知られなくなかったんだけど」

 な、なに言うてんの?

「最近さ、なんだか女の子に声かけられることが多くなってきちゃってさ。大阪の子は、なんか積極的だから」

 うわ。

「ふつうに会社いるときでも、なんか当たり前のように声かけてきて。『食事に連れてって』なんて誘ってきて」

 うわわ。

「それで結構かわいい子だったりしたら、こっちもいいかな、と思って誘いを受けちゃうわけさ」

 うわわわ。

「それで何度かご飯食べたりして、まあデートらしきものもやって。そしたらさあ、向こうも盛り上がってくるわけ。そういう、雰囲気?」

 うわわわわ。

「俺もさ、別に嫌いなのに付き合ってるわけじゃないから『行こ』っていわれたら、それなりに行動しちゃうことになる。だから、こういうとこに入る」

 うわわわわわ。って、もういい?

 あー。

 ねえ、今わたしどんな顔してるん?

 ちゃんと笑えてるん?

「でもさ」

 え?

「女の子って、結構鋭くてさ。分かっちゃうんだよ、向こうが」

「なに、が?」

「『心ここにあらず』ってことがさ」

 意味、分かれへん。

「だから結局、なんにもしないで終わる。そして、フラれる」

「はあ?」

「分かんないかなあ」

「なにが?」

「だーかーらー」

「分かれへんよ。なに?ホテル入って、なんもできんで、フラれる?全然理由が分かれへんやん」

 なんかフンイキが元に戻った。そうか。何もしてへんのや。ふふっ。

「アキってほんと、物分かりの悪い奴だなあ」

「なにい?あんたがホテルでHでけへんのとわたしが物分かりが悪いんと、何の関係があんねん!」

「あー、じゃあいうよ!」

「よし、言え!」

「アキのこと、好きなんだよ!」

 はあ〜!?

 な、な、な、な、な、なんて!?

「あーもう!」

 ちょ、ちょっと待って!

「アキのこと、前から好きだったから、他の女の子とは本気で付き合えないんだよ。分かった?」

 う、わ、あー。どうしよっ!

「あーあ。こんなとこじゃなくて、もっとスマートに言うつもりだったんだけどなあ」

 頭、かいてる。わたし、ドキドキがぁ。

 あかんって!将史、そんなこというたらあかんって!

「これでもさ、いろいろ悩んでいたんだぜ。倫ちゃんとか、わっちんとかにも相談したし」

「え。倫子にも絵美にもなん?」

「ああ」

 あ、れ。倫子も、絵美も?なんで?

 あのこと、知ってるはずやのに。

「なんも、言うてへんかった?」

「なにを?」

「いや、あの」

「ただ、『がんばってね』って言ってたけど」

 あれえ?

「あと『将史くんなら』とも、言ってたような」

 あれれれえ?

「あの」

「な、なに?」

「俺じゃ、だめか?」

「え」

「まだ返事、聞いてないんだけど」

 焦りすぎやて、将史!

 ちょっと、落ちつかな。将史も、わたしも。

 あーもう!そんなマジな顔して、こっち見るな!

 はー、ふー、はー、ふー、ひーひー、ふー。あ、これラマーズ法やわ。

 はー、ふー、はー、ふー、はー、ふー。これ、心の中で深呼吸してる声ね。

よし、落ち着いた!落ち着いた思わな。

「あ、あのな、将史」

「ああ」

「ちょっと聞いて欲しいこと、あるんやけど」

「ああ、なに」

「わたしなぁ」

 言うよ。

「わたしなぁ、レイプされたことあんねん」

「え」

「レイプ。知らん男に、中学ん時」

 将史、黙る。

「それが、初めてやってん。だから、それから」

 黙ったまま。ずっとこっち、見てる。

「それから、男の人が、怖いねん。好きにはなれるけど、それ以上は、あかんねん」

 言ったった。

「だから」

 うん。

「だから」

 うん。

「だから将史とも、好き、好きにはなれるかも知れへんけど、あかんねん。恋人同士って、そんなんじゃあかんやろ?」

 わたし、ムリして急いでしゃべってる。自分で分かる。

「だから。だから、将史もこれ以上わたしを好きならんとっ」

 好きにならんとって。そう言うつもりやった。でも、言えんかった。

 自分の声がどんどん涙声になってる。将史を見てる目が、もう。

「あ、あれ?なんでわたし泣いてんねやろ?おもろいな、ホント。あはは」

 ホント、なんでやろ?なんかでごまかさんと。

「まあ、ホレるのもしかたないけどな。こんな美人でナイスバディの女やから」

 こんなこと言うてても、涙とまらへん。あれえ?

「とにかく、こんな女、好きになったらあかんってこと。将史も、さっさとわたしなんかほっといて、他のカワイイ娘見つけてな、それからちゃんとした付き合いして、ちゃんと愛し合って」

 涙、どんどん出てくる。どーしょ。

「アキ」

「え」

 あ。

 そんな。

 なんで、ここで抱きしめるん!?

「まさ、し?」

「何も言うな。とにかく、このまま」

 え?え?え?

「俺、俺が知ってたアキのことを好きになった。なってた」

 耳のすぐ横で聞こえる、将史の声。

「でも、俺の知らないアキが本当はいたんだ。悲しい秘密持ってたり、泣いたりするアキが。俺、それにずっと気付かなかったんだよな」

 将史の声。

「だから、ごめん」

 将史の、

「そんなアキも、これからちゃんと好きになっていくから」

 声。

 そして、

 顔が離れて。

 顔が近づいて。

「怖かったら、『怖い』って言ってくれ」

 あ。

 キス。

 震えてる?わたしの口?

 キス。

 枕のそばのバカでっかい時計の秒針の音が、いやに大きく聞こえる。

 だから、そのキスがあんまり長い時間やなかったのも、すぐ分かる。

「アキ」

 あっ。

 口、離れた。

「ごめんな」

 なんで、あやまるん?

「今日は、キスだけ、な」

 あ。

 そういうことやね。

 うん。

 それがええよ。

 うん。

「服乾いたか、見てくる」

 将史が、立ち上がろうとした。

 えっ。

 なんで、わたし、

 将史の裾、ひっぱってんの?

「ま、さ、し」

「どうした?」

 あ。

 またあのドキドキや。

 わたし、なんかこれから、おかしなこと言うかも。

「あの、な、将史」

 あ、やっぱ言うみたいや。

「ええ?」

「なに、が?」

「将史のこと、嫌いになってしまうかも知れんけど、頼んでええ?」

「なに、を?」

 本心?本心?

「わたしを、抱いて欲しい」

「あ?」

「だから、このまま」

 うわあ、なんか乙女ゴコロやん。他人事みたいやけど。

 アタマと言葉がちゃう時、あるやん!いま、まさにそれなんよ!

「抱いて、ほしい」

 将史。そんな顔で見んといて。

 その言葉しか、浮かんでけえへんかったんや。

 だから。

「ア、キ」

「将史」

 な?

「嫌いに、なればいいよ」

 将史。

「好きだ、アキ」

 うん。

 きっと、

 わたしも。

 え?

「まさ、しっ」

 近づいてくるのがもどかしくて、唇がゆっくりすぎて。

 キス。

 将史に。

 そうなんや。

 きっと、

 わたしも。

「あっ」

 舌。

 ふうん。こんなん、なんや。

「あっ」

「んっ」

 ヘンな、声。口と口が、重なってるから。

 あれっ!?

 もう、肩のあたりにバスローブないよ!?将史、あんまりうますぎやない?

 うん。

でも、ええよ。そういうことがうまくても、ええよ。

 わたしが、望んでるんやから。

「アキ」

 また、将史が囁きかける。なんか、もう。

 ポーッ、と。

 だから、胸が見られてるんも、気づかんかった。恥かしくなかった。

「あ、んっ」

 えっ。やっぱ、触んの?うわあ、ダメやって!

「アキ、きれいだよ」

 どきっ!

 どきどきっ!

 そんなん言うの、反則やぁ!

「ホント、きれいだ」

 そんなふうに囁きながら、ふぁっと、ふわっと。

 きっと、わたしのドキドキも、将史は気づいてる。なんでって、ずっとわたしの胸に触れてるもん。まるで、なにかを確かめるようにして。

「う、んっ」

 確かめられてるようにされてるから、わたしも、ヘンな声。口閉じても、洩れる声。やからいつからか、口閉じんの、やめる。

「んっ、うんっ」

 するっと、肩からバスローブが落ちたんを感じた。さっき着たばっかやのにね。また、ほんの少し体温が上がった感じやけど、もう、いい。気になれへん。

 わたし、いつからか目閉じてた。ふいに将史の息が顔にふわっとかかったから、目開ける。そこには、わたしをじっと見る将史の顔。それがまた顔に近づく。また、キス。長くて、舌つきの、キス。

「ん、んふっ。んん」

 ホント、変な声やね。こんな自分の声、今まで聞いたことないから。初めての、あの、あの時は、ずっとただ泣いてたから。

 あっ。

 唇と、胸にある将史の手に、ほんのちょっと力がこもるのが分かった。だからわたしと将史の体は、あたりまえのようにベッドに、倒れる。ふわふわのベッド。倒れても、男が自分のからだの上にいても、全然痛くないベッド。

 将史、やっぱ巧すぎやん。

 

 

 カチコチと耳に聞こえる枕元のバカでかい時計の針の音。わたしの吐息。あとこんなに静かやと、こんなにゆっくり触れ合ってる肌と肌の擦れる音も聞こえる。なんか不思議や。

 さっきからずっと、キスしたり、胸触ったり、してる。

 わたしも、してる。

「アキ」

「うんっ」

「アキ」

「ん、んっ」

「アキ」

「んふ、ううんっ」

 そんなアホみたいなやりとり。でも、熱くて、めちゃめちゃ大切なやりとりやと思う。

「あっ」

 そして、将史の体が離れた。不思議なことやけど、わたしの体もそれを少し追った。不思議。

 将史の体がまたちょっとずれた。斜めになってたのが、正面に。

 うわ。

 うわ。

 うわ。

 うわ。

 将史?

 ふとももにね。

 当たってるよ?

「アキ」

 また、わたしの名前をしっかりと呼ぶ将史。その影が、ピンクがかった照明をさえぎってわたしの顔にかかる。

 その瞬間、思い出してもた。中学の時の恐怖の出来事。明るさも、雰囲気も、ぜんぜんちゃうけど、今の将史と、あの時わたしをレイプしてった男の姿が重なった。ゴメンやけど、ホントに。

 だから、震えた。怖なって、目閉じた。

 すぐに、将史は気づく。そらそうやわ。

「ア、キ?」

 ゴメンな将史、やっぱ、怖いねん。将史に、もっと近づきたいけど、ダメやねん。

「アキ。やっぱり、怖いのか?」

 問いかけに、答えられへん。ただ小さく首振って、自分でもよくわからへん気持ちを味わってる。

「そう、か」

 将史がそう言って、少し黙る。

「でも」

 え?

「俺は、アキを抱きたい」

 え?

「さっき『抱いて』っていわれた時、思った」

 うん。

 少し、目を開けてみる。

「俺の知らなかったアキのために、なにかしてあげたいって」

 将史の、瞳。まだほとんど影やけど、瞳だけが光ってる。優しい光。

「そしてこれからも、アキのためになにかしてあげたいって」

 うん。うん。

「だから」

 う、ん。

「アキを、抱きたい」

 う、ん。

「ゴメンな」

 将史、あやまらんで。

 ありがと。

 うん。

いいよ。

「アキ」

 目開けたわたしに、将史が気づく。わたしは、わたしは、小さく、うなずく。

「嫌いに、なってもいいよ」

 まさ、し。そんなに優しいこと、いわんで。

 将史の顔が、降りて来て。また、キス。さっきまでと一緒みたいで、さっきまでとは全然ちゃう、キス。

 忘れてたけど、そのときまでずっと、ふとももに当たってたものが、ちょっと動いた。

 怖くないわけやない。怖い。けど、わたしもちょっと前に進みたい。

「んっ」

 触れた。きっと将史も、迷ってる。舌も、気づかんうちに止まってる。でも、熱いまんま。

 将史。

 進も。

 前に、いこ。

 わたしはもう、大丈夫やから。

 将史のこと、めちゃめちゃ好きやから。

 きっとこれからも、将史のこと、嫌いになったりせえへんから。

「う、んっ」

 ちょっと、だけ。怖いよ、ホンマは。痛いし。

 でも、将史がいるんよ。わたしの中に。それって、今のわたしを変えられるきっかけや思わん?だから、だから。

「んっ、く」

 またちょっと進む。裂け、る?素でこんなことされてたら、目の前の相手思い切りはたいたる!

 それが将史の、やから。そうせえへん。むしろ、もっと欲しいって思う。

「うんっ」

 ながい。

 ながい。

 ながい。

 ながい。

 ながい。

 時間がアホみたいに、長いし。

 やから、痛みも同じくらいに長く続くし。

 自分のノドのどこいらからでてるか分からんマヌケな声も。

 とか何とか思ってたら。

「アキ」

 ん?

 ゴメンな将史、痛いからちゃんと声出せへんねん。

「動かすよ」

 え?

 動かすの!?

 いや、なんとなくは分かるんやけど、そんな、痛ない?

 わっ、やっぱ痛いやん!

「アキ」

 な、なに?

「好きだ」

 そんなん、もう。

「好きだ」

 反則。

 その反則を許してまう、わたし。ヘンやね。しょうがないけど。

 それからは、そのまま。

「アキ」

「ん、くうっ」

「ああっ」

「んっ、んっ」

「あ、アキ」

「ん、ふ、うんっ」

 いろんなとこが動いてる。からだも、舌も、唇も、手も、足も。わたしも、将史も。動いてるから、感じられる。将史の熱さ、わたしの熱さ。

 キス、したり。舌を合わせてみたり。やっぱり痛いけど、他の気持ちも、将史とつながってるから、感じられる。

「まさ、し」

「ア、キ」

「まさ、しっ。んっ」

「あ、ああっ」

「す、きっ」

「アキ、俺も、好きだ」

「んっ!」

 わたし、泣いてるかも。なんか知らんけど、今までのことがぜんぶ思い浮かんできて。ううん、レイプのことやなくて。将史と出会って、いっぱいバカ話しゃべって、笑い合って、そんなこと。そんなこと思い出して、泣いてんねんわたし。なんかよう分からへん。

 けど、幸せかも知れん。将史と逢えたこと。それが分かったから、泣いてるんかも。

 将史が、荒い息になった。キスも長くなる。抱きしめる力も、動きも、めちゃめちゃに。

 あの場所から、熱いのんが抜けた。少しうめいて、将史のがわたしのおなかの上に、ぺちょぺちょ、って。あれ、ヘンな表現やった?

「ア、キ」

「まさ、し」

 わたしも負けんくらい荒い息やって気づいた。名前を呼び合って、また、キス。キス。

 

 

「まだ、ちょっと酸いいかも」

「ばーか」

「あはは」

「帰る頃には、乾いてるよ。カゼ引いたら大変だからな」

「うん」

 真夜中の風はホンマ冷たい。でもな将史。わたしなんか、めちゃめちゃあったかいねん。

「あ」

 もう着いてもうた。わたしと将史が飲んだ時、互いの家に帰るために、別れる路地。なんか、すごく。な、分かるやん?

「じゃあ」

「うん」

 待って、将史。ふり帰って遠くの道に消えそうなんを、止めて。

「あ、の」

「ん?」

「こういう時、『うちに寄って行かへん?』っていうほうがええの?」

 わたし、まじめにきいたんよ?そしたら将史の奴、笑ったまま下をちょっと向いて、そして。

「どうでも、いいよ」

「どうでもええって」

「アキがそうしたければ、どうでも」

「え」

「俺は今まで通りのアキも、変わりたいって思うアキも、どっちも好きだから」

 また笑った。そこで笑うの、反則。

「じゃあ、今日は、帰る」

「そうしよう」

「あの、また」

「ああ。また、飲も」

「うん。じゃあ、ね。将史」

「じゃあな。気をつけろよ」

 振り向いて、軽く手を振った将史。今まで見てたより、ずっと大きく見える背中。

 将史、好きや。

 どーしようもないほど、将史のこと、好きになってもた。

 うん。

 また、しばらくしたら、将史と飲みたいな。

 今日よりちょっと、ほんのちょっとだけおしゃれして。

 んでまた梅田の紀伊国屋ん前で待つねん。

 将史を。

 またいつものアホみたいな笑顔して走ってくる、将史を。

終わり。そして、続く。

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