母と美佐江 6

「んなら、そこん柱に手ぇつけ。股開かしておめこ突いちゃるけんの」

「あ、あぁん」

 野崎の股間の母の顔は、まるで笑ったように見えました。私がイメージする笑顔とはまるで違いましたが。
そしてその表情のまま、母はまるでお礼の合図をするように野崎のちんぽの先端を舌先でちろちろと舐めました。

「そげんちんぽ好きになったんかよい。これからも俺んおかげち、感謝しよな」

「……うん、うんっ。野崎さんのちんぽ、大好き。愛しちょん、よぉ……」

 母はそう言いながらようやく股間から顔を離しました。しかし、手の一方はちんぽから離しませんでした。
野崎に言われたとおり、少し離れた柱のほうに裸の躰を動かしましたが、ちんぽを握る手は離しませんでした。
まるで野崎を「早くしろ」と引っ張っているようにも見えました。

「ちんぽに礼すんのがあるんか。よい待てっちゃ美佐江」

 母にとことことついていく野崎は滑稽で、自分のちんぽを握りながら少し笑いそうになりましたが、
そんな野崎も相変わらずニヤニヤといやらしい笑いを浮かべていて、多分母をそういう女にした事を時間しているのだと思い直しました。

「は、はあんっ……したよ野崎さんっ、柱に手ぇついたよ。だけん、な?な?」

 少し上半身をかがめて、左手だけ柱に手をついて、母は後ろの野崎に語りかけました。ちんぽを握り、
そのちんぽを前後にゆっくり擦り上げる母。いやらしくてたまらない母の姿です。

「……なあ、なあ美佐江、よい」

「……ん、んっ」

「俺ん事、好きやの」

「うんっ、好き」

「愛しちょんの」

「愛しちょん、よぉ」

「美佐江、なあ美佐江」

「野崎、さん……っ」

「……んなら、おめこにちんぽ入れるぞ」

「うん。入れて、入れてっ……野崎さんのおっきいちんぽ、美佐江んおめこに、ぶち込んでぇ……っ」

 奇妙な野崎の問いかけのあとに、2人の体勢が変わりました。母はちんぽから手を離し柱に両手をつき、野崎はそんな母のすぐ後ろに立ちました。
母の離したちんぽを自分で支えながら。

「ほんとに、入れるぞ」

「あ、ああんっ……早く、おめこ、してっ」

「……知らんぞ、美佐江」

 珍しく何度も繰り返す野崎。そんな野崎に向かって尻を振り続ける母。

「よい、しょと」

「あん、んっ!」

 野崎が母の右足を抱えました。かなり力を込めて、母の足を広げさせます。私の見てる階段から、母の股間がはっきりと見えるのです。
まるで私に見せ付けるようにしていますが、もちろん野崎は私には気づいていません。

これまでも母と野崎の結合部を何度も覗いてきましたが、はっきりと母のおめこの部分が自分に向けられたのは初めてでした。
もちろん自分の距離からは黒い陰毛とその下の肉っぽい色の部分がわずかに見えるだけでしたが、先程の野崎のニヤニヤと同じように
「ここまでするようになったのか」と驚いてしまう格好でした。

今思い出すと、この格好は初めて野崎が家に来て母を犯した時の格好そのものでした。しかし、母の姿や態度があまりに違った事で、
その時は全然気づきませんでした。

「……おりゃ」

「は、あ、あううう、んっ!」

 そのめいっぱい開かれたおめこに、野崎の太いちんぽが入れられました。さっきまですでにずぼずぼと入れられていた母のおめこは、
あっさりとそれを飲み込み、そして母はすぐに激しくあえぎ始めました。

 もうまるで、私という存在が2階どころかこの世に存在しないかのように。

「おお、美佐江……いいぞ、ほらもっと締めんか」

「はい、はいいっ、締めます……おめこ締めますっ」

「……おお、そうや。もっと締めて俺んちんぽ喜ばせろや」

「うん、うんっ……あ、あう、ちんぽ、深い……まんこの奥、好きいいい……っ!」

 もう入れた直後から遠慮なく、野崎は腰をガツガツと振り、母はその白い尻をいろんな場所を引きつらせながら振り立てていました。

「さあ、もっとケツ振れ。息子も旦那ん事も忘れち、俺んちんぽを楽しませえよ。おい、おいっ」

「は、いっ……野崎さんのちんぽ、だけぇ……あう、あうんんっ!」

「嫁さんやに、母親やに、人ん旦那のちんぽに悦んじょんのやな、美佐江は」

「はい、美佐江はっ……ちんぽ好きすぎて旦那も子も忘れちょん、ダメな女ですぅ……あはあっ!」

「これからもずっと、旦那や息子ん事忘れち、大好きな俺んちんぽに奉仕するんやな」

「するっ、します……あんっ、野崎さんのちんぽ好きやけん……ずっとずーっとおめこしま、すうっ!」

 家族を裏切り続けると高らかに宣言し続ける、母の声。叫んでるほどではないですが、もう我慢している雰囲気は全くない感じでした。

 股をめいっぱい広げ、その黒い陰毛の中心に野崎のちんぽを奥いっぱいに突き入れられ、その場所から
(窓から入る光に照らされて)たくさんのいやらしい汁を床に飛び散らしているのが、私の実の母である美佐江なのです。

「ほらインラン美佐江、見ちみい……柱ん上」

「あ、あうっ……?」

 そんな乱れた行為に没頭していた母も、そんな光景を覗く事に没頭していた私も、同じタイミングで野崎が指し示す柱の上を見ました。

「……いい絵やのお。俺なんか感激で涙出そうになるわ」

「あ、あ、ああ……っ」


おとうさんおかあさんなかよくてありがとう


 それは私が幼稚園の頃に描いたクレヨンの絵でした。確か題は「ありがとうといいたいひと」みたいな感じだったと思います。
幼稚園児なのでくしゃくしゃな絵でへたくそでしたが、考えてみればあの絵はこの家に越してくる前からずっと、
色が褪せ切ってしまうくらい長い間家族の姿を見てきたのです。

 なのに今、その絵の下ではありがとうと感謝した一人の人物が、他人の野蛮で猥褻な男に尻や脚を抱えられながらあんあんと善がっているのです。

 そして。

「なあ、どげえか……息子が一生懸命描いた家族ん絵を見ながらおめこし……」

「ああんっ……いいけん、もっと突い、ち……しんちゃんもひろしさんも大事やけど……今は、野崎さんのちんぽが、大事やけん、
愛しちょんけん……っ!」

 一瞬も戸惑う姿を見せず、むしろもっともっと激しく尻を振りたくり、母は柱の上に飾られた私の絵を見ながら、相良のちんぽを求めました。
家族の絵に見下ろされてる自分が淫乱である事を感じながら、更に気持ちよく乱れようとしたようでした。

 だから私も、母親が家族の事を忘れてセックスに狂っているという悔しさより、生々しいおめこの光景を焼き付ける感じで
自分のものを更に激しく擦り始めました。射精感も急激に高まって来ました。

 なのに、不思議な事に、私は目から涙を流していました。この辺は不思議な感覚で、自分でも説明ができません。

「もういいか……今日はいつもより中が締まるけん、たくさんおめこん中に出すぞ。よい」

 最初からもっと絵の事で煽ろうとしていた野崎は「しかたがない」みたいな表情で少し笑い、そして母の尻振りに合わせるように
もっと激しく腰を繰り出し始めました。

「あん、いいっ、いひいっ!……野崎さん、ちんぽがいいっ!」

「なんでんいいわ。俺んちんぽで美佐江んまんこ突き殺しちゃるけんな……」

「う、んんっ、まんこ、ちんぽで突き殺しち……っ!奥でいっぱいいっぱいちんぽで殺しち、いいい……っ!」

「インランまんこ持ちん美佐江!旦那も子も忘れち、狂いながらちんぽで死ね、よいっ!」

「あんっ、あんんっ!死ぬ、死ぬ、野崎さんのちんぽでインラン美佐江のまんこ、死ぬ、う……っ!」

 片足で立ってるはずなのに、母 美佐江は全身を使って野崎のちんぽに縋っていました。自分で尻を振って汁を撒き散らし、
自分の絶頂に向かって駆け上っていました。

「よい、もうすぐ出すで美佐江……俺んちんぽ汁で、またまんこん奥をいっぱいにしちゃんけんな……おお、おおうっ」

「うん、いっぱい欲しい!ちんぽ汁、好き好きっ……美佐江んまんこの奥にいっぱいいっぱい、来て……えっ!」

「もう聞かせちゃれ2階におるガキに。母親んお前がどげな感じでちんぽに殺されそうなんか……ほら、よいっ!」

「あああっ、ひああ……しんちゃん!母さんちんぽでイクけんっ!あんたん真下で、まんこ気持ちよくして、野崎さんのおっきいちんぽでイクけん!
ああ、ごめんね、しんちゃんごめん、ね……っ!ああ、イク、イク、イクうっ!」

 ごめんという言葉を聞いて。私はまた目から涙が流れました。

 そして、その瞬間、私は射精しました。階段の上から何段目かに、大量に。

「出すぞ、出す……美佐江んまんこに、出すぞ……おおおおお、出、るっ!」

「イクイクイクっ……まんこ、ちんぽで、野崎さんのちんぽでっ……あ、ひい、まんこ、があっ!」

 放出した精液の事などまるで気にせず、私は野崎と母の絶頂の光景を見つめていました。

 2人は同時に激しく躰をぶつけ合い。そしてほんの少しだけずれて停止し。そして。

「お、おおお……出した、ぞ」

「のざき、さんっ……まんこ、し、ぬ、う……っ」

 はあはあと荒い息を交わし。ゆっくりと目を開けて。その顔を近づけ。そのまま口づけました。当然のようにいやらしい音を立てる、舌を絡ませるキスでした。

「ん、むう……美佐江、愛しちょん、ぞ」

「ん、んうんっ……好き、好き、野崎、さん……っ」

 まるで愛し合う恋人同士のような野崎と母。その光景を見た瞬間、私は放出の余韻も悔しさも消え失せ、袖口で顔の涙を拭き、
そしてそのままそこで階段に落ちた精液も拭いて、ゆっくり立ち上がりました。音も立てず、不思議なほど落ち着いて、
私は自分の部屋のドアを開け、入り、そして閉めました。

 最後に一瞬だけ、1階の様子をチラッと見ました。

 2人は床に崩れ落ちていて、でもやはり、舌を絡ませてちゅっちゅとキスし続けていました。



その年の秋。母は妊娠しました。ある夜、いきなり父が2階へと上がって来て驚いた顔で「おい、お前に弟か妹ができるぞ!」と
喜んで叫んだからです。少し遅れて上がって来た母が、少し困ったような笑い顔で「そういうことなの」というのを見て、
私は一瞬のうちにいろんな思いが頭の中に浮かんでは消え、そしてなぜか「よかったね」と母に向かって笑いました。
その夜は、気持ちよく酔っ払った父と隣に座って相変わらず困った笑顔を見せ続ける母を、私は眺め続けました。
いろんな意味で私の気持ちは母から離れていましたし「父が喜んでいるのなら」みたいな子供にしてはすごく冷めた気持ちでいたような気がします。

ですが、その父の喜びはすぐに消えてしまいました。その瞬間の詳しい事情はわかりませんが、1ヶ月ほどたったある日に突然、
父と母の大ゲンカが始まりました。理由はもちろん、母のおなかの中の子の事でした。多分ですが、血液型か何かがおかしかったのだろうと思います。
大ゲンカといっても、父が一方的に叫び、母が泣くといった状況です。私ももちろん心が痛かったですが、そんな激しい日々がしばらく続き、
なぜかある日突然静かになりました。

その日、朝起きて居間に行くと、父と母が座っていました。それまでの激しいケンカがウソのように、静かに2人で食事を取っていました。

「野崎の事はちゃんとしたから。他にもあいつは、いろいろやっていたようだ」

「はい」

「だけど、そのおなかの子はもちろん、お前ももう愛せない。これは正直な気持ちだ」

「はい」

 そんな会話が、私の目の前でぼんやりと交わされていました。そして父が、私のほうを向いて、

「お父さんとお母さんは、離婚する事になった」

と静かに告げました。それと同時に、母が立ち上がって私に近づき、

「ごめんねしんちゃん。ごめんね」

 と泣きながら私を抱きしめてきました。その瞬間初めて、私も号泣してしまいました。母と別れることは、子供心になんとなく予想していたのですが、
ただあの時は「自分を形作っていた大事なものが今からなくなる」という奇妙な寂しさみたいなものを感じて、ただひたすら母の胸の中で泣き続けました。



このお話を、10年以上経って書こうと思い立ったのには理由があります。父と母が離婚し、母は子供を身ごもったまま私の前から姿を消しました。
父は意図的にだと思いますが母の情報を私に隠し、私も父に母の事を特に聞いたりはしませんでした。

 野崎も、奥さんと離婚しました。父の何らかの動きによって(友人の弁護士、だとか裁判、といった言葉を離婚前後の時期によく聞いていました)、
なんらかの痛みを野崎も受けたようです。ただ父と私が九州を離れ地元に戻った後に聞いた風の便りでは、
しばらく野崎は強がるように近所の女の人や飲み屋の女の人たちにちょっかいを出し続けていたところ、
近所に大きな電気店が開店し野崎電気店自体がつぶれてしまったようです。店は夜逃げしたみたいにそのままの状態で放置され、
野崎の消息もわからないままだそうです。うわさを届けてくれた小学時代の友人は「自殺したという話もある」と言っていましたが、
それは不確かな情報のようです。いまさら野崎を恨んでもしようがありませんから。

 私は、高校を出て東京で働き始めました。今から1年前の事です。ちょうどその頃、取手の叔母が病気で亡くなり、私は埼玉に久々に戻りました。
その叔母のお葬式の最中に、他の親戚が話していた事を聞いてしまったのです。

「さすがに美佐江は呼べなかったか」「いろいろあったから」「こないだ広志さんと1度だけ会ったらしい」「今は都内に住んでるそうだ」……。

 正直、母の事は自分の中で終わっている事だと思っていました。事実、この話を聞くまで私は葬式に母が呼ばれていない事など
全く思い浮かばなかったのです。

 でも、その話を聞いてなぜか急に「母に会わなきゃ」と思ったのです。不思議ですが、説明できないけれど事実です。

 私はその親戚たちに、母の居所を聞きました。皆が一様に「知らないほうがいい、会わないほうがいい」と言いましたが、
私はとにかく猛烈に食い下がって母の居場所を尋ねました。

「父には内緒にする」という約束をして、ようやく1人の親戚が母の住所を教えてくれました。
「こんなふうになってもお前の親だからなぁ」と言いながらです。

 メモに記された住所は、驚く事に今私が住んでる場所と近かったです。私はもちろん父には内緒で葬式が終わるとすぐに東京へと戻り、
数日間考えて、やはり母を訪ねる事を決意しました。

 平日の昼間がいいと考えた私は、職場に休みをもらってその場所にやって来ました。前日から緊張で眠れませんでした。
それこそ、最悪の別れかたをしてしまった実の母親を、少なくとも久々に見る事が出来ると思っていたからです。

 そこは古いアパートでした。とりあえず何も考えずに、そのアパートの前の路地でうろうろしながら、教えてもらった部屋の様子を眺めていました。
1
時間、2時間……やがて夕方近くとなり、まるで変化のないその部屋のドアを見続けている自分も少しつらくなって来ました。

「教えてもらった住所が間違っていたのではないか」「たまたま運悪く出かけていたのではないか」。

色々考えたあげく、急に心がしぼんでしまい空腹も増して来たため、その日は諦めて帰ろうと決めました。
収穫のなかった長い時間を振り払うようにそのアパートに背を向け、道へと歩き出しました。

でも不思議な事に、帰ろうと決めた途端「会わなきゃ」という気持ちが急に沸いて来ました。
腹も減っているのなら、すぐに母の顔を見るという用事を済ませて食事しなきゃ、といった理由付けも自分の中でしました。
もちろんそれは、本当の理由ではないのでしょうが、自分では判断できません。

アパートの前に再び立ち、そのままゆっくりと部屋の前に進みました。その時はもう迷う気持ちなどなく、
部屋の前に表札がかかっていなかった事で「全く無関係の名前を出して訪ね間違った事にしてすぐに帰ろう」といった
言い訳も準備できていました。

ブザーを押そうと手を伸ばした時、部屋の中から音が聞こえました。大きな音とかじゃなく、例えばコップをテーブルに置くような小さな音で、
それに続いて足音のようなものも聞こえました。

 誰かがこの中にいて、住所もアパート名も部屋番号も間違いない以上、それは自分の母親である可能性が高い。
そう思った時突然、私はあの頃の母の姿を思い出してしまいました。

明るくて、朗らかで、愛想がよくて、優しくて、たまに厳しくて、よく笑って、父と仲がよくて。

野崎とあんな事になる前の母 美佐江は、私にとってまさしく理想の母親でした。離れ離れになってかなり長く経っていましたが、
その時思い出した母の姿は、まさしくついさっきまで現実であったかのようにはっきりとしたものでした。

さっきまで思っていた言い訳など吹き飛んでしまい、私はブザーを押しました。


とにかく母に会いたい。

できる事なら母にすがりつきたい。

次々沸いてくる感情を我慢できずに、私はブザーを押し続けました。


その時間が長かったのか短かったのか。中でしばらく無音の状態が続いて、そしてまた小さな足音が聞こえました。
それがドアに近づいて来て、私は遂に母に再会できると、思わず泣き出しそうでした。


 ドアが少しだけゆっくり開き。

 誰かがそのドアのノブを握っていました。

「あの」

 そう声をかけた時、ドアから顔が覗きました。

 それは、母ではありませんでした。

「……誰、ですか」

 顔を出したのは私より若い、多分123歳の子でした。

 髪の色が茶色がかっていて、女の子のような顔立ちをしていました。



 私は母親に会いたいと思うあまり、母が子供を生んでいた事を完全に忘れていました。母と別れてからの時間は、
まさしく目の前の子のように育っていても不思議ではないのです。

 私は完全に混乱してしまい、次の言葉が全く出てこなくなりました。そんな私をその子はじーっと眺めていました。

「何か用ですか?」

 スリッパか何かを履く音がしたあと、その子がドアをまた少し開けながら続けて言葉をかけて来ました。
相変わらず何も返事はできませんが、その結果これまで見えなかったものがいくつか見えました。



 その子の上半身が裸だった事。

 下半身はトランクス1枚だった事。

 その上半身に汗の粒が浮いていた事。

 彼が立ってる場所の後ろに見える部屋は、少し散らかっている事。



 その光景を見て、ようやくその子が男の子だと気づきました。

 そしてなぜか、なぜか分からないけれど、その瞬間嫌な気持ちが沸きました。

 そして、それに続くように、もうひとつの人の気配が動きました。



「ユウ……誰が来たん?」

 彼の奥から足音が聞こえました。ゆっくりとした足音。

 スリッパも履かず、ぺたぺたと傷のついたフローリングを歩いて来る、女性の足。

 その女性も、また、私にとっては衝撃的な姿をしていました。



 下半身は黒いパンツだけを穿いて。

 上半身は薄手のタンクトップで、豊かな胸の乳首さえはっきりと浮き。

 そのタンクトップには無数の汗のあとが見えて。

 ゆっくりとした動作でかき上げられた髪は、男の子と同じくらい茶色で。



 今思えば、2人ともおおよそ来訪者を迎える格好ではありませんでした。ただ私はそんなことで嫌な気持ちが沸いたのではありません。

 奥にいた女性が動いた事で、2人の姿よりもずっとずっと衝撃的な事に気づいたのです。

 それは、匂いでした。

 ドアの前にいる私が、男の子と奥の女性から嗅いだのは、あの匂いでした。

 野崎と母 美佐江が自宅でセックスに狂っている時に部屋に充満していた、生々しい匂い。

 私の嫌な記憶に直結する、男と女の性の匂い。

 ならば。

 この男の子と。

 奥の女性は。



「ユウの知ってる人やないん?……じゃあ」

 私がその女性の顔を見た時と、その女性が絶句したのは同時でした。

 しかし、私は、その後どうなったかほとんど記憶していません。次の瞬間、私は衝動的にその部屋から逃げ出したからです。

 そして私はいつの間にか自室に辿り着き、その日はただひたすら吐き、そして泣き続けました。



 最後の視界に入った、驚いた女性の表情。美しいけれど、年相応にくたびれた女性の表情。

 それは結果的に、私が小さい頃見た、色に犯された母の姿にひとつ加えられただけになりました。

 女性が、どうなって、あのユウという男の子と今どう暮らしているのか。

 もう私は知りたくもありません。

 書いて少し楽になるかと思いましたが、それは無理な話でした。

 私の嫌な話はここで終わりです。読んで下さりありがとうございました。

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