くのいちハガネ忍法帖特別編 女忍者無残
第七話「覚悟の夜」
躰が揺さぶられているのだけは分かった。おそらく、誰かの肩に担ぎ上げられて、どこかへ運ばれているのだろう。しかし今のウスラには、それを確定させる自我はほとんど残っていない。現状がどうなっているのかを探るよりも、固く瞼を閉じて身を任せることのほうが易しく思える。忍びとしては、下の下であった。
「なりませぬ倉田殿、まだその娘の調べは全て終わってはおりませぬ!」
「えーい、理由は先ほど申した通り。これは殿直々の仰せで、我らにこの娘を連れて参れということじゃ」
「しかし倉田殿、その娘の事で殿に何かあった時には、我らが咎を受ける事に……」
「いいかげんになされい、桔梗どの。殿に何か申し上げたいのならば、まずはそのぶざまな格好を正してからにするがよかろう!」
全裸に着物を一枚羽織っただけの女官は、男の一喝に立ち止まり、他の女官たちとともに、その男たちが背負った裸の幼き少女の姿を見送るしかなかった。
あろうことか、脚の指を舐められている。夢とはいえ、あまりに突飛過ぎるのではないか。
躰には相変わらず力が篭らない。脚の指の奇妙な感触も、自分の修行不足から来たのではと思うと、情けなくなってくる。
ならば頭の中だけでも、美しき想像をしていよう。ウスラはその美しき想像に、ジンライとの厳しい修行の日々を選んだ。
『ジンライさま、もう少し稽古をつけてくださいませ』
『ならん。見よ、その体中の傷を。無理をして技を覚えようとしても、身にはならん』
『いいえジンライさま。わたしは、まず体中に傷をつけたいのです。つけなければならないのです』
『何……?』
『……わたしの体は、汚れています。父に汚され、下忍たちに汚され……これ以後、それを思い出し心までも汚したくないのです。全身についた傷が多ければ多いほど、わたしは実父や闇に消えた彼らの事を思い出さなくて済みまする』
『……馬鹿な』
『馬鹿でかまいませぬ。さあジンライさま、稽古を、稽古を!』
そう、自分の躰は汚れていた。憎んでも憎んでも、父や下忍たちが触れた感覚は肉体に刻み込まれている。それを一時でも忘れるためには、躰に現実に刻み込まれる傷が一番良い。その時わたしはそう思っていた。
でも、違った。ジンライさまは、そんな汚れたわたしの躰を優しく、そして激しく抱いてくれた。全ての汚れを、その逞しい身体で洗い流してくれた。
その後の厳しい修行も、それがあったからこそ耐えて来られた。様々な技を身につけ、今では重要な任務さえ任せてもらえるようになった。
重要な……任務?
「ん……っ」
少しだけ、頭の霞みが晴れた。瞼は未だ重く開かないが、今まで眠っていた感覚は、そのしなやかな全身に様々な情報を得ようと働き始める。しかし唯一、甘美な夢から続けて残る感触があった。そう、あの脚指を舐められている感触。神経が、夢から醒め、現実を悟り始める。
誰かが、脚指を舐めている。丹念に舐めている。親指から舐めて、小指まで舐める。ウスラの素肌の脚を持って、それはもう熱心に舐めている。ウスラには、やっとそれが異常な事だと気づいた。
「ん、ん……っ」
たった今、この気味の悪い感触から逃れるためにウスラができることは、瞼を開く事だけだった。
最初に視界に入ってきたのは自らの下半身だった。少し目を開けただけで、自分の細腰や尻のふくらみが見える。また先に視線を送れば、その腰から左脚が暗い空間に伸びているのが見える。感触の通り、何者かがウスラの脚を抱えているようだ。
脚の先に視線が移る。そこに見えたのは、唇のみ、だった。……女?女のように紅を塗った唇が、脚の親指を含んでしゃぶっている。その紅い唇の持ち主を探ろうと、ウスラは目を凝らす。
その紅の唇の持ち主は、真っ白な肌をしている。美しいおなごのような、透きとおるような白さではなく、生き物の精気をまるで感じさせない、ただ、真っ白な。
「う、んっ」
いつぞや、いずこかでこの気味の悪いほどの白い肌を、見た記憶がある。まだその正体に辿り着けてはいないが、ウスラの心は何故か急激に沸き出でる冷たい不安に支配されようとしていた。
「……くふっ」
ウスラの全身に悪寒が走る。唇の主が、その唇の端で、笑ったのだ。その鈍い振動は、まだ咥えられたままのウスラの足指に直接響いた。ウスラの目覚め始めた鋭い五感は、辿り着きたくもない結末に辿り着こうとしていた。
それは、明らかに男の声だった。明らかな男の声が、わざと高く歪められて発せられている。田舎武士が、上洛して京言葉にかぶれるごとく、その声は笑ったのだ。
悪寒はさらに全身を侵食していく。たった今見た気味悪い紅唇と、誰かの影がおぼろげに像を結び始めたのだ。紅の唇。眉のない荒れた肌を、醜く隠した白粉顔。京かぶれの言葉遣い。
あいつ、だ……。
「ほっほっほっ……目が醒めたようじゃの」
ウスラの動揺を、その醜き男は咥えた足指から悟ったらしい。自分が出した唾液で、その口の周りは紅が乱れている。まるで、錦絵に描かれた蝦蟇の化け物のように。
「そなたの躰はよい味じゃ。何より若い……わしは若いおなごが大好きじゃが、そなたほどに幼いおなごとはまぐわったことがない。クックックッ……楽しみじゃ楽しみじゃ」
舌先で、ウスラの脚の親指と人差し指の間を丹念に舐めながら、醜猥な男は自分の目的を語る。城の台所で、現われただけでその場にいた者たちの全てを不快な気分にさせた、男。
若殿と呼ばれていた、この城の、主。
もっと早く気がついていなければならない事実だった。女官たちがウスラをよがり狂わせようとした理由は、この城主にウスラを近づけたくなかったからだ。しかし、その女官たちの巧みで歪んだ愛撫によって、ウスラはいくさ忍びとして鍛えたはずの鋭さを全て失い、このような重大な事象を悟ることができなくなっていたのだ。
「さあ、もっと楽しませてやるぞ……脚の指でこれほどじゃ。乳房やホトはさぞかし美味であろうな……」
赤く汚れた唇を足指から離し、不快極まりない笑みを浮かべながらウスラの上に身体をのしかからせて来る。醜猥な雰囲気に呑み込まれたウスラは、全身を凍りつかせて身動きすらとれないでいた。任務を果たすために鍛えられたしなやかな筋肉は、今全く機能していない。
「ほっほっほ……これはまた見事な乳房じゃのう。見ているだけでわしのココが張り裂けそうじゃ……」
ぐっ、と顔を近づけて城主はウスラの若々しい乳房を凝視する。その視線さえ、ウスラには痛く突き刺さる。
「い、や……っ」
ウスラが、喉奥から弱々しく抵抗の声を洩らした。その声は、憎々しき父や下人四人組や幼き色くのいちたちに凌辱されていた時に上げた声と同じ響き。ウスラは今、厳しい訓練を耐え抜いたいくさ忍びではなく、昔のか弱い少女に戻ってしまっていた。
「さあて、舐めるぞ舐めるぞ……ひっひっひ」
「い、やあっ!」
後引くような悲鳴。白い顔から突き出された赤い舌は、ウスラの薄桃色の突起を紅で汚しながらいやらしく動き始めた。
「ほーれほれ。気持ちよいか?もっと舐めるぞもっと揉むぞ……」
「ひ、い……っ!」
城主は、幼き少女の発展途上の乳がいたく気に入ったようだ。小ぶりだがしっかりと張りを湛えたその乳を弄っていると、今まで抱いて来たどのような女よりも、力ずくの征服感が得られて興奮する。子供がぐずりしゃくりあげるような、高く連続する娘の呻きは、股間の珍棒をいきり立たせて仕方がない。
間違いなく乙女であろうこの娘を、後先も考えずに犯し尽くしたかった。
愚かな田舎侍どもが我らに降伏を迫って参った。ご丁寧に将軍の書状付きでだ。それをばかばかしいと撥ね付けると、今度は怒りに任せてわが近江国に攻め寄せて来たが、国境には父上が一万の兵をもって巨城に拠っている。上洛など出来得るはずもないのだ。国の主たるこのわしは、この幼く美しい娘を思う存分弄くり玩びよがらせていればいい……。
「……乳はいい揉み具合じゃ。わしがこのまま飼ってやれば、もっともっと大きく柔らかい乳に育つであろうよ」
淫猥な笑みが、自分の胸と胸の間から覗く。その表情はまさしく、自分を喰い尽くそうとする淫獣の貌。ウスラの心中が、また少し濁った冷風に吹かれる。
「さあ今度は……おお、ココじゃココじゃ!わしのモノをもうしばらくで入れて悶える綺麗なホトじゃ……」
片手を片乳に残したまま、城主はでっぷり肉付いた身体を下方に移動させ始めた。白塗りの顔はウスラのまだ若き女陰に停止し、その部分に生暖かい息を浴びせ掛け始める。
「いやぁ……いやっ」
わずかに力のこもってきた躰も、いまだに力強い躍動を起こしてはくれない。
なんと情けないことか。これまでの激しく厳しい修行は、このような男への怖れ程度で消えてなくなってしまう程度のものだったのか。
それは、ジンライさまへの想いを否定することになりはしないか……?
「……ああっ」
ウスラの思考は、確固たるものに変化した。脳裏に蘇った師の、ジンライの姿を省みて、ウスラの肉体もまた、任務のためのものへと再び移った。
たった今上げた艶やかな呻きは、目の前の男を謀る為に上げられた合図だった。
「ん?いかがしたのじゃ……」
色に歪んだ笑みで、城主はウスラの股の間から眺め見た。
「お、との……さまぁ」
幼き娘の口から発せられたのは、まるで似合っていない熱い呼び声。
「お、おお……?」
城主が情けない声を出したのも無理は無い。今まで力無く投げ出されていた娘の両脚が、男の頭を挟み込むようにして閉じられたのだ。たるんだ両頬に、張りのある肉の感触が痛いほど感じられる。
「お殿さま……わたしの、わたしの、ああんっ!」
次第に高くなっていく声。城主のほうはまだ、娘の変貌について行けないでいる。今までまるで無垢であったのに、組み敷いた娘は突然、淫らな物言いを始めた。その物言いと同じように、瞳にも淫らな色がはっきりと映る。
「わたしのホトを……っ、な、舐めてください、ませ……っ」
続いた言葉は、この娘が色事を何も知らぬ田舎娘ではないことを、はっきりと知らせていた。
「……そちは、まさか、乙女ではないのか……?」
自分が今成そうとしていた事など棚に上げて、城主は少しの怒気を込めて娘に問うた。このような幼き女を、一体誰が抱いたのか、と。
「は、い……わたしは、実の、父に……」
嘘で紡いだ告白。しかし、そのわずかな言葉は城主、そしてウスラにも奇妙な感慨を与えた。
「実の父親に、弄ばれたと……?」
怒気の薄らいだ声で、白塗りの城主は美しい娘に問うた。自分の事は棚に上げ、この幼き女が男に、それも実の父に貫かれている光景を思い浮かべ、股間にあらぬ力を漲らせた。
「はい……何度も何度も、父はわたしを無理矢理……やがてわたしも、あんっ、その悦びに……っ」
濡れた瞳の輝きが、城主の心にわずかに残っていた疑念を晴らして行く。
「そちは……まさか……それを、悦んだなどと」
怒気は完全に消え、この幼き娘から醸し出されるあまりにも淫靡な色気に、城主は全身を震わせ始めていた。淫らな告白に耳を傾けつつ、娘の赤い唇から発せられた願いを叶えるように、舌を差し出して柔肉を舐め始めた。
「あんっ……そこ、そこでございますぅ……淫らなわたしは、毎夜毎夜、母の目を盗んで父と……い、いいっ!」
汚らしい舌先が、自分の裂け目にじとじとと這う。
「父親と……なんと乱れた娘じゃ。ひ、ひひっ」
時より舌の運動を止め、幼き娘を嘲る。しかしその代わりに、差し込まれる舌は次第に深くなっていく。
「はいぃ……父の逞しいモノを、お殿さまが舐めているそこに毎日……ひ、いいっ!」
汚らしい男を欺くために紡ぎ始めた嘘の淫業。しかし、ウスラの脳裏に浮かぶ架空であるはずの父親は、あの恨んでも恨み切れないはずであった、実の父親の姿をしている。
一所懸命畑を耕し、疲れて眠りにつく母の側で、あの男を咥え込んでくねる自分。
以前なら思い浮かべるだけで反吐が出そうだった光景。しかし今の自分は確かに、あの日思い切り噛み千切った肉柱を思い、乱れている。
「おうおう、やはり淫乱なおなごじゃ。ここからどんどん蜜が溢れて来るぞ……んー、甘露甘露、ヒッヒッヒッ……」
「お、お殿さまの、いう通り……わたしは、父のモノで悦ぶような、あううんっ……悦ぶような淫乱で、ございま、すぅ……っ!」
ますます艶を帯びてくる、ウスラの喘ぎ。あの女官達が聞いたなら、まさに歯軋りで答えたであろう声。若いだけでも恨めしいのに、今まさに淫らさによって城主の心を捉えようとしているのだから。
「あ、あいいっ……!お殿さま、の、舌が、したが……たまりませぬっ……ん、あっ、ホトが、おかしくなり、まするっ……!」
暗い部屋で高く声を荒げ、その声を発する喉は強く反り、幼くも瑞々しい乳房は震え、そして腰は、舌を差し込まれている女陰はその舌をさらに深く導き入れようと白い醜顔に押し付けられる。
城主は言葉を発せられなくなった。言葉よりも、娘の中にある自分の舌で娘を乱れさせたいと思ったのだ。
汗と唾液とこの乱れた娘の淫汁に、厚く塗られた白粉は唇の周りで溶け流れ出す。子供の頃から嫌いだった自らの田舎臭い顔を隠すため、京を支配してからずっと塗りたくって来た化粧。女と交わる時も、その乱れを許した事がなかった。
だが、目の前の女は、別だ。今まで抱き散らして来たどんな女より若く、美しく、そして淫らだった。荒れる家内を讒言する家臣たちを切り捨て、意に沿う者たちだけを近くに置き、すでに天下を手に入れた気分の男にとって、今日という日にこの娘が現れそれを抱ける事は、この先に待つ輝かしい未来を暗示する物に思えた。
醜く田舎者の俺でも、天下は取れるのだ。どんな敵も追い散らし、将軍さえ意のままに操り、そしてこのように美しいおなごを抱きつくせるのだ、と。
「……も、もう辛抱ならぬ。おなご、そちを抱くぞ……父とのまぐわいで汚れ切ったそちのホトに、ま○こにわしのを、入れるぞ……」
その白粉の溶け切った無様な顔をウスラの股間から上げ、城主は宣言した。そのまま白い両脚を強く抱え、腰を進めて来る。
「あ、あ……っ!」
刹那、ウスラは逡巡した。任務のために演じた痴態、生み出した父との妄想。しかしそれは全て、ジンライの恩に応えたいからこそ。ウスラの気持ちに縁るならば、恩を愛に言い換えてもよかった。この男に抱かれてしまえば、また汚れてしまうのではないか……?
「……っ」
一度唇を噛み、ふたたび開けた。同様に、脚にこめた僅かな抗いの力を、抜いた。
「入れて、下さいませっ……おとのさまの、逞しいモノを、私の汚れたホトに、ま○こに、どうぞ入れて、くださり、ませ……っ!」
覚悟、した。それもまた、ジンライのため。また抱いてくれるか分からぬ、愛する男のため。
許して下さい、ジンライ様。私はもう一度、汚れまする……その汚れを、また……。
のしかかる男の圧力を感じ、眼に浮かんで来そうになった涙を、ウスラは瞼をゆっくり閉じる事で、隠した。
この速さはなんだ。いくさ激しい都の近くにいて、いくさという物を他の誰よりも知っていたはずのジンライでさえ、この軍勢の速さは尋常ではなかった。速さだけを重視して軽装で進んでいるわけではなく、まさに臨戦態勢で全軍が完璧に統率され、兵士達の士気も恐ろしく高い。
動き出したとの報を受けたのがゴンザを送り出した3日前。ジンライは里を出て、すぐに軍勢が攻め懸けるであろう甲軍支城 和田山城に潜入しようとした。甲軍の精鋭もまた、ジンライの読みと同じく和田山に布陣していた。ところが乙の軍勢は、進軍経路から最も離れた城 箕作城を攻撃したのだ。昼過ぎに攻めかかり夜更けには占領するという迅速さで。
甲軍本体は慌てた。和田山城後方に拠っていた彼らは、敵に後背を突かれた事になったのだ。主城であり当主のいる、観音寺城を間に挟んで。そして、その当惑はジンライも同じであった。
ウスラを送り込んだ時の自分の心情はまだ消化出来てはいなかったが、そのウスラをゴンザに頼み、そして自分が和田山に向かった時点で、このいくさの趨勢を見守る準備は出来たと思っていた。しかし、優劣を見得て勝つ方に付こうとした目論見は全て、目の前に進む軍勢の常識外れの強さによって霧散したのだ。和田山から抜け出たジンライはやっと、陥とした箕作城に入り陣を張ろうとする乙軍本体に追いついたのだ。
「……あれ、か」
すでに足軽の装いで茂みに隠れていたジンライは、軍勢の中で明らかに異様な馬上の武将を見出した。混乱の中、唯一ジンライが判断できた事。それは、「この軍勢が勝つ」という事だ。まだ趨勢も帰せず、ここまで全て後手後手であったが、この軍勢を見れば分かった。
ならば、機は今しかなかった。ジンライは茂みから出、誰にも気づかれずにあの馬上の武将のすぐ後ろに忍んだ。
まずは、自分らの忍群 黒装衆を売り込まなければいけない。近江国から都に至る地を誰よりも知っているのは我等だと。
しかしそれ以上に、ジンライは知りたかった。この完璧と表現してもよい軍勢を率いて進む、この男の事を。
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