※これは無料配布本として作成した後「スプレーナ」様のデビコーナーに
掲載して頂いたものと同一作品です。また、99年作ということもあり
USB外付けCD-Rドライブとか、今見ると古すぎるPCの仕様が登場しますが
あえて修正せずそのまま掲載しております。ご了承下さい)
掲載して頂いたものと同一作品です。また、99年作ということもあり
USB外付けCD-Rドライブとか、今見ると古すぎるPCの仕様が登場しますが
あえて修正せずそのまま掲載しております。ご了承下さい)
◇ MERRY X'MAS! ◇
遺跡にも似た瓦礫の中から、ようやく自宅に帰りつき、何とか人心地ついた頃、イオスは自室でソードに尋ねた。
「ソード、さっき学校で手帳を落としましたか?」
「手帳って何だ?」
「‥‥解りました、あなたのじゃないんですね」
「どーゆー意味だ、そりゃあ!」
魂のかけらを全て奪われ、悪魔に戻ること叶わなかった苛立ちのままにソードが叫ぶ。
イオスはそれには取り合わず、机の上に置いてあった黒い手帳を取り出して見せた。
「名前でも書いてあれば届けようがあるかと思って拾ってきたんですが――」
「‥‥けっ、くそ真面目なこった」
「‥‥そう云うことじゃ、ないんですよ」
ソードの悪態を後目に、パラパラと中をめくって見せる。
「神無の拾い癖が感染ったんじゃねえのか、てめえ。‥‥あ?」
吊り上がっていたソードの目が、不意にきょとん、と丸くなった。
「何だぁ?‥‥そりゃあ、悪魔文字じゃねえか」
「そうなんですよ」
困ったように答えながら、イオスは手帳をびっしりと埋めている独特の文字に視線を落とした。
「しかも、以前私が教養学科で習ったような、通常の悪魔文字ではなくて、魔法障壁のかかった高級言語です」
「みたいだな」
ところで天使がそんなもの習うのか、と変な顔をしたソードに対し、一応は、と曖昧に笑い、
「‥‥だからあなたの手帳じゃないのは、何となく解ってはいたんですが――」
「ますますどーゆー意味だそりゃあ!!」
遠い目をして言ったイオスに、ソードはブチ切れて怒鳴り返した。
「チクショウ貸せ、読んでやる!」
「おや、読めるんですか? あなたに??」
「馬鹿にすんじゃねー! このくらい、昔シバんとこで散々鍛えられたぜ!」
「‥‥あなた、この前も追試でしたよね」
「?‥‥だから何だってんだ」
「いえ‥‥シバも苦労したんだなと思って」
「だ――っ!! いちいちムカつくぜ畜生!!」
目頭を押さえる仕草のイオスから、ソードは手帳をひったくった。
「こうなりゃ初志貫徹だ! 何か呼び出してオレ様の部下にして、この場で決着をつけてやるぜ!!」
「‥‥何となく懐かしい台詞ですねえ、それも‥‥」
全く取り合わないイオスを前に、空回り気味のソードはそれでも、バラバラと手帳をめくり倒すとある位置でピタリと手を止めた。
「よし、この『赤の召喚円』ってのを試してやる!」
「何が出るんですか? それは」
「呑気に聞いてんじゃねー! すげえモンが出てから吠え面かくなよ!」
「だから、何を召喚するんですか」
「‥‥解んねーけどよ」
「‥‥は?」
その一言で、多少怒りのボルテージが下がったらしく、ソードは何となくバツが悪そうに言った。
「書いてねーんだよな、コレだけ。‥‥何か名前も書けねえくらいスゴイもんに違いねえ」
「‥‥名前も書けないくらいの小物かも知れませんよ」
「いちいちうるせーんだよ、てめえは!」
ソードは何度目かにブチ切れて叫び、手帳を片手にブツブツと呪文を唱え始めた。
「あんまり巨大なものは出さないで下さいね。見ての通り、人間の住居はそんなに広くは――」
「俺の部屋の倍も広いくせしやがって、ゼイタクぬかすんじゃねー!」
本当に魔物を召喚出来るとは、まるで信じていないイオスの言葉に、詠唱の合間に怒鳴り返す。
こうなればソードも意地である。何がなんでも何か呼び出してイオスの度肝を抜いてやる、と云う本末転倒な怒りのままに、意識と魔力を集中する。
傍らで見ているイオスはイオスで、先のサタンとの戦闘で、魂のかけらを失った上、体力的にも限界のソードに大したことが出来るとは、全くもって思っていない。
せいぜい二匹目の猫でも出ればと高を括っているものだから、収束していく魔力を感じても、至極のんびりしたものだった。
が、詠唱につれて赤い光が導火線のようにするすると伸び、フローリングの床の上に複雑な方陣を描き出すにつれ、流石にイオスも顔色を変えた。
本体が完全に現れる前から、召喚円から沸き上がってくる、凄まじい魔力とその圧迫感は、並の魔物のものではない。
『‥‥赤き方陣の盟約により召喚されし定めのものよ、我が詠唱に応え――』
「ソ、ソード、ちょっと待って下さい――」
『――来たれ!!』
止めようとした時は既に遅く、ソードが召喚の最後の言葉を呪力をこめて唱えると共に、風圧にも似た力を含んだ赤い光が室内で弾けた。
目を射るような強い光と打ちつける強大な魔力に押され、二人は思わず手を翳し、後ずさる。
‥‥瞬刻ののち光は消え、現れたものの強烈な魔力が重く満ちる室内で、二人はゆっくりと手を下ろし――そこに現れた予想外のものに、茫然と目を丸くした。
二人の様子を気に留めた風もなく、
「やあ」
と口を開いたそれは、至極朗らかに挨拶した。
「僕は魔王、名はサタン。今後ともよろしく」
‥‥‥そして沈黙が室内に満ちた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ふ‥‥ふ、ふふふ‥‥」
しばらく対処のしようが無く、愕然としていたソードとイオスだったが、やがて、
「‥‥‥ふざけるなぁぁッッ!!」
血管の切れそうな勢いで、ソードが思いっきり怒鳴り返した。
「なんでこんなトコに居やがるんだてめえ!」
「召喚しておいて何を言うんだ」
サタンは口をへの字にして、流石にムッとした風に睨み返した。
「一介の下級悪魔の分際で、失礼な口を利くんじゃない。さっき見逃してやった恩をもう忘れたのか?‥‥全く、君の頭の悪さときたら、犬にも劣るお粗末さだね。三つ頭なだけケルベロスの方がよほどマシなレベルだよ」
「何が恩だ、途中で逃げたくせしやがって!!‥‥大体なんなんだ、そのイカれた格好は!!」
「イカれたとはまた失礼な」
おどけたようにサタンは言ったが、その姿は、比較的冷静なイオスから見ても、確かに、明らかに、変だった。
半日前に対峙した時の、魔界の衣装とは全く違う。
赤い生地の縁に白い毛のついた、暖かそうなショートコートと、同じく赤いダブダブのズボン。やはり飾りに毛のついた、雪国仕様のモコモコしたブーツ。
ご丁寧にもボンボンのついた三角帽子までかぶった姿は、白いひげこそないものの、どこからどう見てもまぎれもなく、年末に町中を闊歩する、サンタクロースそのままだったのだ!
悪びれた風もなくサタンは言った。
「伝統行事なんだから仕方がないだろう。‥‥ああ、それとも、君の生活レベルでは知らないのかな? 無知と貧困は、あの忌々しい唯一神と天界の支配の故だ。全くもって同情するよ」
「やかましい!!」
「ま、まあまあ、落ち着いて下さい、ソード」
浮かれた服装のせいもあり、戦闘に突入しそうにはないことを何となく察知したイオスは言った。間に割って入るようにして、今にも飛びかかりそうなソードを抑え、間を取ってサタンに向き直る。
「大体、何で魔王サタンともあろう者が、召喚円なんかで呼び出されてるんですか。しかもその格好は一体何なんです? それはあなたが敵対している天界関係の行事じゃありませんか」
イオスの穏やかな物言いに、どこか感心したような顔で、ふむ、とサタンは頷いた。
「なるほど、流石は噂の天使イオスだ、そこの馬鹿と違って、少しは頭が回るらしい」
「何だとォ?!」
「落ち着いて下さいってば」
「まあいい、今日は魂のかけらも集まったことだし、ちょっとだけ機嫌がいいから答えてあげよう。‥‥その前にそれは返してもらうよ」
ひょいとソードから手帳を取り上げると、サタンはそれをポケットにしまい込んだ。
「‥‥あなたのだったんですか」
「でなきゃ僕を呼び出す召喚魔法なんか、メモしてある訳がないだろう」
「‥‥どうして魔王サタンが、コクヨの99年版・週間スケジュール帳なんか使ってるんです?」
「‥‥細かいことは気にしないでくれたまえ」
「いちいちメモに書いとかねえと、どれで呼び出されるのか覚えてねえの――ぅぐッ!」
毒づくソードの口を塞いで、イオスは汗を飛ばして笑った。
「そ、そうですね、細かいことはこの際置いておきましょう」
「そうそう、君は頭がいいね。‥‥まあ、今日のところは、君に免じて教えてあげよう」
どうやら機嫌を直したらしく、サタンは鷹揚に頷いた。もっとも、サンタクロースの姿では、いかなサタンとて可愛いだけで、威厳もへったくれもなかったのだが。
「この行事はもう、ずいぶん前から魔界の管轄になっているんだよ」
「そ、そうだったんですか!?」
「大体にして天界では、この時期何もしていないだろう」
「‥‥そう言えばそうですね」
「そ、そうなのか?」
「ええ、公式には‥‥せいぜい、下級天使が学生時代にアルバイトでミサに出掛けて、祝福を与えるくらいのものでしょうか」
「‥‥なんかやけに現実的だな」
嫌そうな顔でソードが呟く。全くね、と深々と頷き、サタンはしたり顔でイオスに言った。
「君たち天界の住人は、人間界から無造作に信仰を吸い上げるばかりで、ロクな見返りも与えないからね。‥‥古来、人間に知恵だの文明だのを施してきたのは、僕を初めとする魔界の住人の側なのさ」
イオスは眩暈をこらえる仕草で、よろりとベッドに手をついた。
「何てことだ‥‥『日頃いい子にしていると、サンタのおじさんがプレゼントをくれる』と言うのは、人間界の俗説だとばかり思っていたのに、実際はサタンのおじさんだったなんて!」
「‥‥なにショック受けてんだよ、てめえ」
「おじさんとはまた失礼な」
「だってあなたはミカエル様より年上じゃありませんか」
「あんなじじむさい奴と一緒にしないでくれたまえよ」
そう言いながらも、まだしも機嫌は悪くないらしい。面白そうにサタンは笑い、
「じゃあ、いい加減本題に入ろうか。魂と引き換えに三つの願いを――」
「ブッ殺す!!」
「ふふ、冗談だよ」
「絶対殺す!!」
「ソ、ソード、落ち着いて下さい」
「天使イオスの言う通りだよ。ほんのささやかな冗談じゃないか。‥‥全く、シバはこんな馬鹿のどこがよかったんだか‥‥」
「何だとォ?!」
まあまあ、とイオスは逆立ったソードをなだめた。溜息をついてサタンを見る。
「あなたもあなたですよ。ソードの情緒レベルからして、そんな冗談が通じる訳がないじゃないですか」
「テメーも馬鹿にしてんのかオレを?!」
「き、気のせいですよソード」
口を開くたび混迷の度合いを深めていくようなやりとりを、しばし面白そうに眺めていたサタンは、やがて呆れたように肩をすくめた。
「まあいい、僕もそれほど暇じゃないんだ。さっさと用件を済ましてしまおうか」
サタンがパチン、と指を鳴らすと、ボワン!と云う擬音が出そうな白い煙が吹き上がると共に、イオスとソードの目の前に、三つの箱が現れた。
「さて、質問だ。君たちが落としたのは、この金の箱と、銀の箱と、鉄の箱のうちの一体どれ――」
「何にも落としてねーよ!!」
「ま、まあまあ」
「大体手帳を落としたのはテメーだろーが!!」
こめかみに切れそうなスジを浮かべて、噛みつかんばかりに怒鳴るソードを、イオスは必死で押しとどめた。
その様子にまた、サタンが咽喉を鳴らして笑う。
「ふふ、頭は悪いが正直だね。じゃあご褒美に、大きな箱と小さな箱をおまけにつけて、三つの箱を全てあげよう」
「いらねーよ!!」
食ってかかるソードを抑えながら、イオスはげんなりと溜息をついた。『金の斧・銀の斧』とか『舌切り雀』と云う不可解な単語が、脳裏でくるくると回っているが、それは神無の知識らしく、イオスには今ひとつ解らない。
「と、取りあえずありがたく受け取っておきますから」
「よしよし、君はいい子だね」
「と言われましても‥‥」
「でえい、離せ! 離しやがれイオス!! このままコイツを帰してたまるかぁー!!」
「あああ、頼むから今のうちに帰って下さいー!」
天使と悪魔のドツキ漫才を、ひとしきり笑いながら堪能すると、サタンはひらひらと手を振った。
「じゃあ、今日のところはこれでおいとまするとしようか。復活したら、また会おう。それまでせいぜいクリスマスを楽しむといい」
「あっ! 逃げる気か!? 待ちやがれー!!」
イオスに羽交い締めにされながらも、飛びかかろうとするソードに手を振り、サタンは赤い召喚円に沈んでいくようにして消え失せた。同時に召喚円自体も、役目を終えて光を失い、やがて跡形もなくかき消される。
あとには茫然とする天使と悪魔、そして金・銀・鉄の箱と、大小の箱が残るばかり。
「‥‥どうしましょうか、これ‥‥」
「‥‥いーからいい加減離しやがれ!」
ソードは今度こそイオスを振り払い、目の前の箱にずかずかと歩み寄った。
「‥‥‥ぐあああ! ムカつく!! 捨ててやる捨ててやるこんなモン!!」
「ま、まあまあ、待って下さいソード。中を確かめてからでも遅くないですよ」
「除爆虫もねえのに爆発したらどーすんだよ!?」
「『バロック』のしすぎですよ、あなた‥‥」
「サタンのこった、ネコの死体くらい入ってるかも知れねーじゃねーか!!」
「それなら庭に埋めればいいじゃないですか」
問題はそう云うことではないのだか、イオスもやはり多少は混乱していたらしい。
今にも暴れ出しそうだったソードが、その言葉に茫然と目を丸くした隙に、手近な箱を取り上げて、まずは子細に見聞する。
「あれ?‥‥よく見たらこの金は、ラッピング用のツヤ紙ですよ」
「なに?‥‥じゃあ、こっちの銀もか?」
二人は顔を見合わせた。
「‥‥開けてみましょう」
「‥‥おお」
頷いたソードは、まずは金の箱を開けてみた。
金の箱から現れたのは、組み立てると50センチほどになる、小さな可愛らしいクリスマスツリーだった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
無言になってしまったまま、二人は銀色の箱を開けた。
何の変哲もない、しかしやけに美味しそうな、チョコクリーム仕様のクリスマスケーキが入っている。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
鉄(っぽい色のラッピング)の箱を開けてみる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
クリスマス仕様のローストチキン(以下同文)。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
二人は大小の箱を次々と開けてみた。
大きな箱には、双魔のパソコンに丁度よさそうな、内蔵可能のCD-Rドライブ(USB対応)、小さな箱には、何だか神無の好きそうな、シルバーのアクセサリーが入っていた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
言葉を失ってしまったまま、二人は茫然と顔を見合わせた。
しばらくの間の後、イオスがぼそりと呟いた。
「‥‥天界と魔界って、何で戦ってるんでしょうねえ」
「さあ‥‥そう言や聞いたことねえな」
「‥‥人間界って、結構いいところですね」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
こうして、複雑な立場の天使と悪魔は、豪華なプレゼントに囲まれて、さらに複雑なクリスマスを、困惑と共に過ごしたのだった。
サタン様の真意は、神様も知らない。
―― 「MERRY X'MAS!」 END ――
(発行・1999.12.24 再録・2005/05/16)