※原作最終回直後の夏が舞台の、イオソの正体&存在が
まだ父バレしていない(と四人は思っている)頃の一コマ。
以前、猫様のデビ本「おつかれSUMMER」に寄稿したもの。
2011年08月12日発行。許可を頂いて再録いたしました。
まだ父バレしていない(と四人は思っている)頃の一コマ。
以前、猫様のデビ本「おつかれSUMMER」に寄稿したもの。
2011年08月12日発行。許可を頂いて再録いたしました。
◇ 最終回後の微妙な日常 ◇
幼少期、双子の取り合いを懸念した父が、プリンやアイス、スナック菓子などにも名前を書くことを教えたのだ。
漢字の書けない小さな頃は、○に平仮名で神無の「か」、双魔の「そ」と書いていた。
長じてからはアルファベットでシンプルに「K」「S」と書くようになった。
もはやおやつの取り合いなどはしないであろう歳になっても、その風習は何となく続き、そして現在。
「暑かったー」
「この暑さじゃ魔界より地獄だぞ、人間界」
「ていうか地獄って暑いんですか?」
「悪魔のくせに仏教用語を使いこなすな‥‥」
父が不在のキッチンで、買い物から帰った神無と双魔、手乗りサイズの魂イオスとソードは、保冷エコバッグの中身を広げた。
「あ、オレ様バニラな」
「お前がバニラか。じゃあこれから下級悪魔バニラと呼んでやる」
「そういう意味じゃねー!」
「はーい、バニラはソードさんの、っと」
神無とソードの漫才をよそに、双魔がアイスの蓋の部分に手にしたマジックで「俺」と書く。
「前から言ってますが、持ち物に名前じゃなく『俺』と書くのはちょっとどうかと‥‥」
「しょうがねえだろ、人間界じゃ双魔もオレも同じ『S』だってんだからよ」
「それは単に俺印を押すゲームにはまった名残でしょう」
「僕、ラムレーズンもらうねー」
少し困り顔のイオスを後目に、双魔が今度は「僕」と書き込んだ。続いて、
「クッキー&クリームは神無のだよね。イオスさんはグリーンティーでいいんだっけ?」
「ああ」
「はい‥‥」
確認ののち「K」「私」とそれぞれ書き、
「しろくまと練乳小豆がお父さん、ピノがナナちゃん、と」
父の分にはそのまま「父」、コウモリネコの分には「7」と書く。それを見てソードが怪訝に言った。
「『ネコ』じゃねーのかよ」
「それじゃバレバレじゃん」
「7でも十分バレバレだろ」
「これなら七海ちゃんが来た時用って偽装が成立するし」
「本当に七海が来た時の分はストロベリーでいいか‥‥」
と呟いて、神無がマジックで「七」と書いた。
そうして、今食べる分を卓上に残して、他を冷凍庫に片付け始める。
「ところで、猫がチョコレートの入ったアイスを食べても大丈夫なんでしょうか?」
「ただの猫じゃなく悪魔だから平気だろう」
「そして何故、私の分に『私』と書くのがさらっと定着してるんですか‥‥」
「あァ?天界最強の武将イオスとでも書いてほしいのかよ」
「それはちょっと長すぎて書ききれないなあ」
「いやあの、別に天界最強でもないですし。‥‥多分」
「ていうか『天界最強』だと本多忠勝みたいだしね」
「‥‥どこまでギャグでどこまで本気なんだ、お前ら」
そして夕方帰宅した父は、
「あ、お帰りなさいー。冷凍庫にお父さんの好きなアイス入ってるよ。二種類あるから、好きな方食べてね」
と双魔に言われ、感涙しながら冷凍庫を開けて、
「‥‥じゃあしろくまをもらおうかなー」
俺・僕・私・K、と蓋に書かれたアイスを見ながら、遠い目で口調だけは能天気に呟く。
‥‥薄々、何となく、解ってはいたが、うちには息子が四人いる。
そしてあんまり解りたくはないが、多分この7と七は別物だ。もしかしたら娘も一人いる、のかも知れない。
食卓でしろくまの蓋を開け、先割れスプーンでガリガリしながら、続き間のリビングで何やら揉めている二人の息子(今はヤンキーの方と頑丈な方だ)をチラリと見やる。
「何だかねえ‥‥」
「あ? 何か言ったか、ジジィ。じゃねえ、親父!」
「いや、何でもないよ。暑い日はアイスが美味しいねえ」
「だよなー!」
やたらと頑丈な方の「双魔」が、満面の笑顔で頷き返す。
その頭を、呆れた風に神無が小突いた。
「だからって一度に三個も食うな。腹壊すぞ」
「いいじゃねえかよ、二つはちゃんとオレの分だぜ」
「お前の心配をしてる訳じゃないと何度言えば解るんだ」
という、何とも微妙なやり取りを見ながら、父は小さく溜息をついた。
‥‥一体いつになったらば、二人の息子と+αは事実を告白してくれるのだろうか。
「‥‥少しばかり変わった子供が増えても、父は今さら気にしないんだけどねえ」
聞こえぬように呟いて、ほんのちょっぴりの寂しさと共に、父はシャクシャクとアイスを食べた。
―― 「最終回後の微妙な日常」 END ――
(初出・2011/08/12 猫様発行「おつかれSUMMER」に寄稿/再録・2015/06/26)