◇ リップクリームに関するエトセトラ ◇



※前提:ムルムルバターとは。 その一  その二
(とうに廃盤なので@コスメの商品ページより。当時こういうリップが売っていたのさ)
 影サタン様はいつものように、人間のふりをして街に出た。
 さしたる用もなくドラッグストアに入ってみると、沢山のハンドクリームや、リップクリームが並んでいる。
 前はこれほど無かったのに、と改めて外を眺めてみると、なるほど人間界は秋景色だ。寒さに弱い人間達が、薄い皮膚を守ろうとしているのだろう。
 さして困ってもいないけど、僕も何か用意しておこうかな、と、サタン様は思い立った。
 ロートの「メンソレータム」と近江兄弟社の「メンターム」は中身が一緒のはずだから(※)、どうせならライセンス料が無い分だけ安い「メンターム」の方がお得だよね、なんて思いながら、ずらりと並んだ沢山のリップをつらつらと眺めて吟味する。
 と――サタン様はぴたと立ち止まった。
 見覚えがあるような商品名を、眉根を寄せて凝視する。

『ムルムルバター』

 リップクリームとリップバーム、二種類あるらしいその商品は、可愛いんだかキモいんだか、いまいち解らない謎の生き物が嘴で木の実をくわえている、妙なイラストが付いていた。
 口にしている木の実というのは、裏の説明書きをよく見ると、椰子の実の一種であるらしい。が、生き物の大きさとの対比からすると、コーヒー豆かピーナツか、という極小サイズにしか思えない。
 本当に小さい椰子の実なのか、それともイラストの謎の生き物が妖鳥ルフ(ロック鳥)のように巨大なのか?――とか、そんな疑問は置いといて。
「‥‥ムルムル」
 と、サタン様は思わず呟いた。
 何かというと、魔界の宮廷では古株であるソロモン72柱の悪魔の中に「堕天使ムールムール」というのがいたからだ。
 何だろう。ムルムル椰子、というその木の実は、ムールムールと何か関係があるのか。それともムールムールがこっそり副業して、人間界でリップを売っているのか?<そんなはず無いだろう。

 とか何とか、セルフ突っ込みを入れながらも、サタン様は手にしたリップクリームを迷わずレジに持っていった。
 説明書きを見たところ、サタン様が好きなタイプの天然成分配合らしいし、「ミルクの香り」という惹句も気になった。パッケージにある奇妙な生き物も、こうしてしばらく眺めていると、何だか可愛いように思えてくる。
 勿論普通に使うだけではなく、堕天使ムールムールをからかって、話の種にするつもりだ。あるいはこれをシバ(新)に使って、彼の唇をしっとりつやつや・ミルクの香りにしてみるのも、ちょっと嫌がられそうで面白いかも知れない――
 なんて下らない計画を立てながら、サタン様はちょっと浮かれて魔界に帰っていったのだった。
(2008/09/30日記)

※‥‥元々「メンソレータム」は、近江兄弟社が同名の外国製品のライセンスを取得して製造販売していたのだが、 当時類似品がいっぱい出て(大塚製薬の「メンタム」とかね)、裁判に訴えるも近江は敗訴。社長悔し涙に暮れる。 その上近江は経営難でライセンス返上。そのライセンスをロート製薬が新規取得して「メンソレータム」の製造・販売開始。
 しかし後日、復活した近江はライセンス時代の「メンソレータム」と全く同じ製品を、パッケージと名前を「メンターム」と変えて堂々販売。 しかもライセンス料&リトルナースのイラスト使用料とかがない分、「メンソレータム」時代より格段に安価で販売したため、当然近江製品大ヒット。現在「メンソレータム」を販売しているロートが文句言っても無駄なのは、かつて近江が敗訴した裁判で証明済み。
 ――という、「以前裁判で負けたのを、後日逆手にとって大成功」というすごい話。<何故魔王様がそんな話を知っているのかは謎ですが。