◇ 暗黒魔闘術修行中・積雪編 ◇



(既刊「Brilliant World」以降の、シバソード改変旧世界です)
「積もったな‥‥」
 前庭を見回して、シバが言った。
 石造りの城さえ軋むような、冷え切った嵐が吹き荒れた翌朝。
 夜半に雨音が止んだと思っていたら、黒い森も蒼き丘も、全てが厚い雪に覆われて、一面の銀世界と化していた。
「おい、この状態でも外で修行するのかよ?‥‥うおッ?!」
 後ろで不満げに呟いていたソードが、不意に頓狂な声を上げて雪の中に消えた。
 どうやら雪に不慣れなため、滑った際に受け身を取ることが出来ず、全身で雪中に転がり込んでしまったらしい。
 悪態をつきながら起き上がり、全身を震わせて雪を払い落とすさまは、その図体とは裏腹に子犬のようだ。
「どんな場であろうが戦えなくては困る」
 口の端をゆるめ、シバは言った。
「雪ならむしろ怪我も減る。‥‥それに圧縮魔力を自在に操れば、足下の不確かさは関係ない」
「そんなこと言ってもよ‥‥うぉわ!」
 臆した風に言いながら、一歩踏み出そうとして、また転倒する。
「‥‥お前はまず、雪の中を普通に歩く練習から始めた方が良さそうだな‥‥」
「しょーがねえだろ、雪なんてもんは初めて見たんだからよ!」
 牙を剥いてソードが吠えかかった。それだけでは気が納まらなかったのか、ピュウ!と口笛を吹いて背後を顧み、「ケルベロス!」と呼ばわった。
 大門の辺りに佇んでいた、ソードの使い魔たる炎の魔獣が、のそり、と三つのこうべを上げた。
 雪中に脚を踏み出すたび、纏う炎気でじわりと雪が解け、ぽかりと穴が開いたような足跡が出来る。
「よーし、ちょっとここら辺に炎を吐けファイアブレス!」
 ソードの命に従って、三つの頭が一斉に、轟、と蒼白い炎を吐いた。
 加減しての一息だろうが、膝下まであった雪が見る間に解け、露出した石畳が湯気を上げ始める。
「よくやったぜケルベロス!――おし、始めようぜ、シバ!」
『‥‥コンナ用ナノカ?‥‥』
 気炎を上げるソードの横で、グルル、とケルベロスが不満げに言った。
 ‥‥お前も大変だな、との意を込めて、思わずその背を撫でてやる。
 ケルベロスはルゥ、と咽喉を鳴らし、大人しくシバにこうべを垂れた。気位の高い獣だが、それゆえ他者の意を読むことに長けているのだ。
「‥‥てめえらナニ解り合ってんだよ!!」
 常には有り得ない使い魔の行動に、地団駄を踏んでソードが叫ぶ。
 ‥‥シバと獣は顔を見合わせ、同時に深く溜息をついた。
(2012/12/29 冬コミペーパー)

ケルベロスの溜息ってやっぱり燃えているのだろうか、とふと思った。