◇ アイスとイオスと双魔の憂鬱 ◇



(冒頭の引用は電撃文庫刊・古橋秀之「ブラッドジャケット」より)
「わたしたち、屋根裏に住む子鼠の兄妹みたいだね」
 ミラは時々、こんなふうに、変に詩的なことを言う。
「ずっと、こうしていられると、いいね」
「うん」
「明日も、明後日も、明明後日も」
「うん」
「ぱっと死んじゃうのも、いいかもね」
「うん」

 ‥‥この前読んだ小説の、こんなワンシーンを思い出したのは、多分、ちょっと浮き世離れしたイオスさんのせいだ。

「サーティーワンのラムレーズンって、何だか月の写真に似てるよね」
 丸くスクープされたアイスを前に、何とはなしに呟いた僕に、ああ、とイオスさんは頷いた。
「言われてみれば、似てますね。‥‥それで思い出しました」
「え?」
「さっきメニューを見ている時、何かに似ていると思ったんですが、その何かがどうしても思い出せなかったんですよ」
 店外のベンチから立ち上がって、イオスさんはそのすぐ隣、入り口の脇にあるお品書きスタンドに歩み寄った。
「ほら、これ」
 と僕を見て指差したのは、季節限定のフレーバー「クリームソーダ」の写真だった。
 涼しげな水色のシャーベット(?)と、クリームの白がゆるやかに混ざり合う、丸いフォルム見て、僕も解った。
「地球儀だね」
「ええ。‥‥天界からはこんな風には見えませんから、なかなか気付けなくて」
「そうなんだ‥‥」
 天界からはこっちの世界が一体どんな風に見えるんだろう。そもそも天界はどこに、というか、どういう位置関係にあるんだろう―――と、僕が根源的な疑問に駆られていると、
「おかげで疑問が解けてすっきりしましたよ。次はこれとラムレーズンでダブルにしてみましょうか」
 イオスさんはほんのりと笑い、楽しげにお品書きをのぞき込んだ。‥‥どうやら本物の天使様にとっては、世界の構造の謎なんかより、ささやかな人間の営みの方がよほど興味深いことらしい。
「ロシュの限界越えに挑戦だね。ちょっと比率的に月が大きすぎるけど」
 いつになく子供っぽいイオスさんの思いつきに、下らないことを言って、僕も笑った。
 下らないけど、楽しい。これが神無なら、アイスが月に似ているなんて言った時点で、呆れたように溜息をつかれるに決まっているのだから。

 ‥‥イオスさん(とソードさん)の観点は、人間の感覚とはちょっと違う。
 だけど時々はこんな風に、妙にノリが合うこともあって、それが僕にはとても楽しい。
 オカルト的な興味だけでなく、まるで兄弟が増えたように思えて。
 そして、昔からずっとこうだったような気がして。
 でも―――

「‥‥ずっとこのままなら、いいのにね」

「え?」
「何でもない」
 振り返ったイオスさんに、かぶりを振って僕も立ち上がった。

―――ぱっと死んじゃうのも、いいかもね。

 という、ミラのセリフがリフレインして、慌ててそれを振り払った。
 僕の考えていることなんか、神無どころかイオスさんにさえ筒抜けなのは、とうに思い知っていたのだけれど(なにせ、イオスさんには魂の色が見えるのだ)。
 それでも―――
 気のない笑いをへらへらと浮かべて、もの言いたげな表情を向けたイオスさんの追求をやんわりと拒む。
 そうして何も考えていない風を装い、それを自身にも刷り込む他に、今の僕に出来ることはなかった。
(2013/09/05日記)

(2013夏コミ新刊「淡い心だって言ってたよ」からこぼれた隙間ネタ。双魔はイオス&ソードとずーっと一緒にいたいんだよね‥‥)

(↑の中身とは全く関係ないけど、私が妙に双魔とネコという組み合わせが好きなのは、 多分冒頭に引用したブラジャケのキャラ・アーヴィーとミラの影響だと思う。 ブラジャケが97年の初夏で、デビが秋に始まってて時期が近いのだ。 そんで四巻初登場時の鬱双魔とアーヴィーのぼんやり鬱のイメージが重なっちゃったんだよなあ、多分‥‥)