◇ 2011残暑見舞いSS/改変旧世界シバソード編 ◇
※Brilliant World~BELIEVEその後編。
取るに足らない書類仕事を、執務室で片付けていた昼下がり。「―――なぁ、よォ、シバ」
手伝いも出来ない・邪魔にしかならないと、色々あって思い知って以来、執務中は部屋に近寄らないソードが、珍しくひょいと顔を出した。
「? どうした」
「仕事中で悪いけどよ。‥‥これ」
言って、隠すように持っていた皿を差し出す。
卓上の書類を大雑把によけてやると、ソードはその皿をシバの前に置いた。
甘い香りがふわ、と漂う。
盛りつけた白いクリームと、ひときわ目を引く赤い果実。
大きく作ったものを切り分けたらしい。クリームの塗られていない断面からは、パンよりきめ細かい三段の生地と、挟まった赤い実の断片がのぞいている。
「‥‥人間界の菓子か?」
「ああ。何って言ったっけか‥‥何とかのケーキ、だったかな」
首を傾げ、記憶を探りながら言う「この」ソードは、実のところ魂のひとかけらだ。
そのため、分かたれた後の「ソード」が見聞きした人間界での記憶は曖昧だ。元のソードが覚えていなかったのか、こちらに伝わっていなかったのか、それはシバには解らない。
「これ見たら思い出したんだよな」
ソードがついと赤い実を指す。
よく陽の当たる、肥沃な地でだけ実をつける草だ。統治と手入れの行き届いた、ほんの一部の魔族の領地でしか、目にすることはないものだろう。
「食ってみたら味も似ててよ。‥‥そんで、厨房に頼んで作ってもらった」
言いながら、ついと皿をシバの方に押し出す。
シバは少しだけ目を丸くして、真顔のソードを見返した。
「‥‥私にか?」
「オレは先に厨房で味見した。‥‥結構、それっぽいぜ」
机の端に腰掛けて、添えられた匙を差し出してよこす。
「‥‥‥‥」
ソードの意図は分からねど、断る訳にもいかず、匙を取った。
三角の角を切り崩し、生地とクリームを口に運ぶ。
「‥‥美味いか?」
こくりと喉仏が動くのを見計らい、やけに真摯にソードが聞いた。
何がそれほど気になるのやら、と口の端が緩みそうになるのを堪えて、答える。
「‥‥少し、甘いな」
「ああ、それな。こっちにあったやつの方が、人間界で食った実よりちょっと酸っぱいんだよな。料理人がそれに合わせて他んとこを甘くしたんじゃねえか?」
「‥‥なるほど」
「人間界じゃその実が一番美味いところ、ってことになってた気がする。‥‥食ってみろよ」
言われるままに、上に飾られた大きな実を、クリームの台座ごと掬い取り―――獣の子のように目を輝かせ、それを見詰めていたソードに、ふいと問う。
「‥‥元の世界が懐かしいか?」
「へ?」
何の話だ、と言いたげに、一瞬、ソードが目を丸くした。
一拍遅れて、ようやくその意を理解したらしい。口の端に僅かな苦笑いが浮く。
「サタンが全部持って行っちまったんだろ? イオスも、人間界の知り合いも、何もかも」
「‥‥ああ」
「なら、懐かしんだってしょうがねえだろ」
「‥‥それでいいのか」
「今だって、そこそこ似たもんは作れるし―――お前がいるしな」
「―――‥‥‥‥」
シバの眸が、僅かに、揺れた。
‥‥目の前のソードは、本来のソードの魂のかけらだ。
元のソードが切り捨てていった、己に対する執着の具現。
そうまでして忘れてしまわなければ、到底生きてはいけなかったほどの―――
「‥‥ソード」
「ん?!」
シバは手にしたままだった匙を、ソードの口元に押し当てた。
ソードはほとんど反射的に、差し出された赤い実をぱくりと食んだ。
唐突な成り行きに目を白黒させながらも、律儀に咀嚼してごくりと飲み込み、
「‥‥食っちまったじゃねーかよ!」
それからようやく目を吊り上げて、怒鳴った。
「てめえに食わそうと思って、一番でっかい実のとこ持ってきたんだぞ! なのに―――ッ?!」
ソードの言葉は中途で切れた。
身を乗り出して食ってかかるのを、勢いのままに抱き寄せたからだ。
そのまま膝の上に抱き込んで、少し見上げるようにして、口接けた。
‥‥柔らかな甘みに包まれた、血の色に似た果実の味。
「っ‥‥‥‥」
思うさま貪ってから抱く手を緩めると、潤んだ眸に困惑を浮かべ、ソードがはふ、と息をついた。
文句がその口をついて出る前に、ほんのりと笑って、低く囁く。
「‥‥甘いな」
「ッ‥‥」
一瞬、ソードは言葉に詰まった。
「‥‥や、だから、甘いとこと一緒に食わないと、酸っぱ―――」
「私には、甘い。‥‥このくらいが丁度いい」
「―――‥‥‥‥」
再びその身を抱き寄せて、笑う。
見返すソードの赤い瞳に、泣きたいような切ないような、名状し難い歓喜が浮かんだ。
ソードはもはや何も言わぬまま、噛みつくようにシバに口接けた。
腕の中で緩やかに溶けていく身体を、シバも固く抱き締める。
この僥倖を、二度と、決して、離さぬように。
(2011/08/26 内輪用暑中見舞い)
(※ピクシブにあるランさんの小説とネタがかぶっているのは、この時のコミケ帰りに二人でお茶してる時、同時に受信した話だからですよ)