◇ 金と命とナナシとダグザ ◇
話し掛けただけの野良悪魔でさえ、何かのアイテムをくれることがある。
契約した仲魔はなおさらだ。戦闘の後に呼ばれたと思ったら「ダグザには内緒ですよ」なんて言いながら、傷薬だの石だのをこっそり渡してくる(何で内緒なのかはよく解らないが)。
中でも高位の悪魔ともなると、宝玉輪とか物反鏡のような、銀座では目の玉が飛び出る値だった高額アイテムをひょいひょいくれる。二束三文の遺物拾いにアサヒと二人で血道を上げていた数週間前の日々は何だったんだ‥‥と遠い目になることもしばしばだ。
YHVHの宇宙に踏み込んでからは、その貰いものラッシュに拍車が掛かった。
仲魔の数も増えているところにきて、連戦に次ぐ連戦だ。毎回誰かがパワーアップしてはスマホの中から呼び掛けてくる。
そのうえ新たな同行者のフリンが、
「――あげるよ、受け取ってくれ。君の役に立つといいんだけど」
なんて優しげに言いながら、7000マッカとか10000マッカなんて大枚のお小遣い(?)を気軽にくれる。
なんでこんな大金を。天井の上の人って金持ちなのか? と最初のうちは目を白黒させていたが、果てしなく続く極彩色の空間でファンドを試みる余裕が出来た頃、理由は何となく察しがついた。
ファンドと言えば聞こえはいいが、要は魔力で縛り上げての追い剥ぎだ。
「金のために人間はここまでするのか!」
と悪魔にすら嘆かれる凶行だが、ダグザの言い回しを借りるなら「見たか、悪魔。これが人間だ」なんてところだろう。‥‥などと思いながら悪魔の懐を探っていると、
「――それだけかい?」
後ろからひょいとのぞき込んできたフリンが、にこやかに悪魔に脅しをかけた。
思わず何事かと振り向くと、フリンはいつもと何ら変わらぬ好青年の表情のまま、
「まだあるんじゃないか?」
と駄目押しした。
穏やかな声音とは裏腹な圧力に、悪魔は息を詰めて震え上がり、結果、出てきたマッカは普段の五割増しという恐るべき金額を叩き出したのだった。
なるほどいつもこの調子ならば、持て余すほどに金が溜まる訳だ。勿論、いくら悪魔から剥いだ金とはいえ、それを気前よく分け与えてしまうのは、ひとえにフリンの人徳なのだろうと思うが。さすが救世主にして元祖・希望の星は、やはり俺とは育ちの違いすぎる天上人だったという訳だ。
そんな話をふとハレルヤにしたら、
「あー、フリンって天井の上から来た人だしな」
とか妙に納得した様子で頷かれてしまった。
‥‥いや「天上人」って多分そういう意味じゃないと思うぞ。大丈夫か二代目。
それはさておき。
それやこれやのいきさつを経て、ある時突然気がついたのだ。高額なアイテムをやたらとくれる強い仲魔ばかりが居並ぶ中、頑なに傷薬しかよこさない奴がたった一人だけいたことに。
勿論、錦糸町の周辺をうろちょろしているのがせいぜいだった頃は、傷薬だって十分ありがたかった。自分もくれる仲魔の方も大して強くはなかったし、それが彼らの最大限の好意であることは明白だったからだ。
だが、アプリに表示されるステータス画面の「Lv91 魔神クリシュナ」が毎度傷薬しかよこさないのには、そこはかとない悪意というか、嫌がらせめいたものを感じてしまう。
そもそも社に再封印されたクリシュナをあえて仲魔にしたのは、かつての敵にいいように使役される屈辱を味わわせてやろうという、嫌がらせ十割の発想からだった。向こうがささやかな意趣返しを考えるのは、当たり前と言えば当たり前かも知れない。
契約した仲魔の常として、何か贈らないと格好がつかない。しかし多神連合をぶっ潰した相手にいい物をくれてやるのは腹が立つ。じゃあ一番安い傷薬でも渡しとけ、って感じだろうか。‥‥そう考えると激しくみみっちい。小物すぎないか、多神連合の親玉。
とか考えているうちに、また思いついた。
親玉がまずこれなのだ。クリシュナの一党だった他の悪魔はどうなんだ? と。
幸いというか何というか、YHVHの宇宙は無駄にだだっ広い。ただただ走って戦って、を延々と繰り返す訳にも行かず、相応の休憩を取らなければ身が持たない。
そうした時間の合間を縫って邪教の館を検索し、まずはムカつくド派手な馬面・アドラメレクを作ってみることにした。
こいつはクリシュナの手下ではなくルシファー勢の方だったが、俺を恨んでいそうな悪魔はどれだ?と考えた時、真っ先に浮かんだのがこの馬面だったのだ。
一人で仲間の輪から離れ、ひっそりスマホを弄っていると、アサヒがいつの間にか様子を見に来ていた。
「‥‥ナナシ。そいつ、作るの?」
画面内の派手な馬面に気付き、アサヒはあからさまに嫌そうな顔をした。
スキル選びに熱中している体で「ああ、うん‥‥」とか何とか生返事で流していると、
「‥‥まあ、ナナシが必要だと思うんなら、それでいいけど」
全然いいとは思っていない、拗ねたような声でそう言って、ぷいと向こうに行ってしまった。
それからまた戦闘を繰り返し、仲魔がガンガン強くなっていく中、問題の馬面の悪魔はと言えば、言葉面だけは丁寧だったものの、よこすのは傷薬のみだった。
アドラメレクをさっくり合体で処分した後、次にはイナンナを作ろうと思い立った。
すると今度はトキが忍び寄ってきて、
「‥‥主様。そいつを仲間にするのか」
と、やっぱり嫌そうに言ってきた。
アサヒの時と同じだな、と適当な生返事でごまかしていると、
「わかった。‥‥戦力として考えるなら、主様が必要だと言うのは理解出来る。多少の不愉快は我慢しよう」
不愉快という言葉とは裏腹に、何故か赤くなって走り去っていった。
そしてやっぱりイナンナも、傷薬だけをよこし続けた。
ここらで何だか意地になり、今度はオーディンを作ってみた。
何とはなしの予想の通り、今度はガストンが寄ってきて、
「君はそんな奴を仲魔に加えようというのか!」
嫌そうを飛び越えて激昂されてしまった。‥‥因縁の悪魔、お一人様につき各一体。
ていうかそもそも何でお前ら、俺の仲魔を逐一チェックしてるんだ‥‥とさすがにちょっとぐったりしたが、この場合ガストンが一番簡単だ。クリシュナを作った理由をそのままオーディンに置き換えて説明してやると、
「ふん、なるほどな。‥‥よかろう、せいぜい見せつけてやることにしよう、グングニルの槍を手にした私の活躍を!」
と意気揚々と戻っていった。ある意味微笑ましい解りやすさだ。そういうところは妙にナバールっぽいな、と今さらながら感心してしまった。血の繋がりってすげえ。
そして結果から言えば、オーディンは遺恨には固執しないたちだったようで、ソーマだの宝玉輪だの香だのといった結構なレアアイテムをほいほいくれた。そういえばガストンにも気前よく槍を遺していったくらいだしな、とこいつだけはちょっと見直した。
ただ、老人に化けてのクエスト依頼でもらった支度金が2000マッカ、成功報酬が10000マッカだったのは、事の重大さを考えてみれば安いのか高いのか微妙じゃないか? とアプリログを見返していて気がついた時、新たな疑問が生まれてしまった。
‥‥多神連合ってそもそも貧乏で、マッカもアイテムもろくに持ってないとかじゃないだろうな‥‥
「――ダグザ」
そういやダグザは始めの頃、多神連合の一味扱いだったな、と思い出し、直接疑問をぶつけてみることにした。
あいつらが傷薬しかよこさないのって、やっぱり俺への嫌がらせ? それともあいつら貧乏神なの?
「小僧。貧乏神とはそういう意味ではないぞ」
さすがスマホも治せる万能の神――と一瞬思ったが、いや国語と家電修理は関係ない、とワンテンポ遅れて正気に返る。
どっちなんだよ、気になるだろ、とさらにダグザを問い詰めると、
「‥‥‥‥小僧。下らないことを気にしている場合か。オマエはオマエのやるべきことをやれ」
‥‥言っていること自体はいつもの調子で、それは全く正論なのだが、その妙な間は一体何なのか。嫌がらせだと断言しないのは、やっぱりそういうことなのか?
まあいいけど。と呟くと、ダグザはふんと鼻を鳴らした。
「小僧。オレはオマエを物や金で釣ったりはせんぞ」
どうやら守銭奴キャラだと思われたらしい。まあ、あながち間違った認識でもない。武器も装備も食い物も、先立つものが無ければどうにもならない。それが生死を分けることもある。だが――
「? どうした、小僧」
怪訝な声音で呼び掛けられ、自分の口元が緩んでいたのに気付く。
何でもない、と言いながらも、まだ物言いたげなダグザを見たら、何となくまた笑ってしまった。
‥‥だってダグザは命をくれたじゃないか。俺の、そして後にはアサヒの命をも。
マッカやアイテムではないけれど、それよりよっぽど重たいものを、ダグザには真っ先に貰っていたのだ。
だから本当はダグザの言うままに、宇宙の卵を破壊しないでくれてやっても構わなかった。それがどんな結果になろうとも。
だって俺は本当であれば、その時既に生きてはいないはずだった。
俺に限ったことではない。そもそも東京では命は軽い。大人も子供も老人も、みんな次々と死んでいく。昨日までそこに居たはずの人が、今日は突然いなくなっている。行く先々には死体が転がっていて、それがハンターのものでなければ顧みられることもなく放置されている。それが俺達の日常だ。
アサヒの名前はマスターがつけたと聞いた。いつか太陽を浴びられるように、そういう希望を込めた名前なんだと。
だが俺の名は名無しのナナシだ。ご大層な希望も意味もなく、いつどこで死んでも何も変わらない、十把一絡げの名前と命。
そんな俺に、ダグザはあの黄泉路で命をくれた。今につながる生きる意味も、知恵も、仲間も、数多の神を殺す運命も――それはつまり、全部ダグザがくれたようなものじゃないか。
ダグザは消えて無くなりたいんだろうな、というのはダヌーとのやりとりから薄々解っていた。‥‥だからこそ、あの時初めてダグザに逆らった。
俺は一度死んだから、二度死ぬことは恐くはなかった。黄泉帰った後に手にしたものを、再び丸ごと失うことも。どうせ全てはもらった命にくっついてきたおまけのようなものだ。
だが、ダグザが消えてしまうのだけは、嫌だと思った。
何でか、どうしても、嫌だったのだ――
あの時はそれで覚悟を決められず、迷って攻めあぐねているうちに、ダヌーがダグザを生み直してしまった。‥‥否応なしに、元のダグザにとどめを刺さざるを得なかった。
社に再封印されているクリシュナと、契約でスマホの中にいるクリシュナは、同じ神の分かたれた魂(の一部)だと、いつだったか聞いた覚えがある。ダヌーとイナンナ、ダグザとオーディンも確か似たようなものだったはずだ。
なら、前のダグザと今のダグザも、同じ魂の違う側面だと思って構わないのか、違うのか、俺は未だに解らないでいる。
でもそれは俺も同じなのかも知れない。ガストンに腰巾着と言われて落ち込んでいたアサヒに「実際そうだろ」と思いながらも、口から出た言葉は「気にするな」だった。
神であることを捨てたかったダグザと、神であることを全うしようと宣言したダグザも、恐らくは同じことなのではないか。‥‥そう思いたいだけなのかも知れないが。
だが、この新しいダグザにそれを言ったところで、果たして解ってもらえるのだろうか――
「――小僧。いつまでぼうっとしている。先を急げ」
いつもの調子でダグザがせっつき、ああ、うん、と俺は腰を上げた。向こうでは仲間達が出発の準備をしている。
人間の仲間と悪魔の仲魔と、またこのだだっ広い宇宙を突っ走り、悪魔を倒してマッカを巻き上げ、行き着く先で神を殺す。
帰る頃には大金持ちだったらいいよなあ、なんて世知辛い願望に立ち戻りながら、
「じゃあ、往こうか」
というフリンの声に背中を押され、俺達はまた走り出した。
本当に訊きたいことは皆呑み込んだまま、どうでもいいような軽口だけを叩きながら。
「なあダグザ、結局多神連合って貧乏なの?」
「‥‥小僧。いいから黙って走れ」
――― 「金と命とナナシとダグザ」 END ―――
(2016/03/30)