◇ 幻肢痛 ◇


 
「――なあリーダー。頭数の多い悪魔って、どうやって意思統一とか図ってるんだろうな?」

 ようやく東狂の最下層までを駆け抜け、へとへとで錦糸町まで戻ってきた時、ハレルヤがそんなことを言い出した。
 頭数――というと軍勢のことだろうか。あちこちで遭遇する「劫火の群れ」だの「烈風の群れ」だのという、やたらと大所帯な悪魔の集団だ。
 連戦になることが多いので、出くわすと色々と面倒だ。とはいえ「インド勢力」とかいう軍勢だけは、楽器を持った天女なんかが大勢混ざっているせいか、お祭りみたいでちょっと楽しそうだったが。
 それはさておき、言われてみればその通りだった。単体の悪魔のように話も通じず、皆がてんでんばらばらに怒号を上げている。その割に、示し合わせた様子もないのに一斉に襲いかかってくるし、こっそり群れを抜けて逃げ出す奴もいない。統制が取れているとは思えないのに、なるほど不思議とまとまって動いているのは一体どういう原理なのだろう。
 なんて今さら考え込んでいたら、
「頭三つのケルベロスくらいならまだしも、ヤマタノオロチとか大変そうだよな」
 予想だにしないハレルヤのセリフに、思わず「‥‥え?」と聞き返した。
「だって頭の数だけ脳味噌があって、それぞれが別々にメシ食ったりする訳だろ? 頭によってそれぞれ好き嫌いが違うとかだったら困るよな」
 ‥‥頭数ってそういう意味なのか。
 一体どこから突っ込めばいいのか、答えあぐねているうちに、さらなる問題発言が飛び出した。
「さっき倒したマザーハーロットとかも、確か全部で頭八つくらいあっただろ。あれ全部が別々の攻撃してこなくて良かったよな‥‥」
 妙にしみじみと述懐するハレルヤに、俺は三たび言葉に詰まった。‥‥もしかしなくてもハレルヤは、骨女が乗っていた魔獣の方をマザーハーロットだと思っているのか。
 あいつはステータス異常攻撃を食らわしてくる。それで予防スキルを使えるハレルヤがパートナーで大いに助かった――のだが、まさかハレルヤが戦いながらそんなあさってなことを考えていたとはさすがに思ってもみなかった。
 あれは女の方が本体だろ、と言ってやると、
「‥‥えっ?」
 ハレルヤは本気で驚いた風に、目を丸くして俺を見た。‥‥おい二代目。
 だって名前が「マザー」ハーロットだ。母ってつまりは女だろう。
「え、いや、だってあの骸骨から性別読みとれって無理な話だろ?! ていうかあれって獣に食われた奴の成れの果てが引っかかってるんじゃないのかよ?!」
 何故か力説されてしまった。‥‥だがしかしちょっと待ってくれ。顔は骨でも手足は肉がついた白い女の肌だったし、胸元の開いた赤いドレスはどう見ても女物だったじゃないか。
「い、いや、だって服装くらいじゃ――あ、ほら、銀座で売ってたゴスロリ装備だよ! 例えばリーダーがあれを着たからって、いくら何でも女の子に見えたりは――‥‥‥‥‥‥」
 言いかけて、何故かハレルヤは途中で黙った。
 ‥‥その沈黙は何なんだ。そして何故まじまじと俺を見る。一体何を想像しているんだ。凝視したまま赤くなるな。何を照れてるんだ目を逸らすなよおい。
 とか何とか、さすがに突っ込もうとしたその瞬間、
「‥‥いけるかも」
 ぼそりと呟いたハレルヤに、
>兄貴のところに帰れ。
 という選択肢が思わず浮かんでしまったが、アベはとっくに倒した後だった。しかもシェムハザはいま俺のスマホにいる。
 兄貴と慕っていた相手が悪魔で、しかも父親だったとか、それを倒さざるを得なかったとか、ハレルヤの胸中は想像するまでもない。そんな現実を乗り越えた後、仲魔となって使役されているシェムハザを見せるのはひどいだろうと思い、戦闘には出さず内緒にしたまま合体材料にするつもりでいたが(「その方がよほどひどいのではないか?!」と相談したガストンには怒られたが)、今シェムハザをこの場で召喚し「ハレルヤちょっとここに座れ」と正座で説教してもらうべきだろうか。だってそうだろう阿修羅会、こんな二代目で大丈夫か?

 ――なんて怒濤の脳内突っ込みがコンマ数秒で行き交った後、ある人物の顔がふと閃いた。
 この微妙に残念な脳味噌を、あの人ならもうちょっと何とか教育してくれるんじゃないだろうか。
 ‥‥なあハレルヤ、お前ちょっと池袋のケンさんのとこに行って、舎弟にしてもらった方がいいんじゃないか?
「な、何でだよリーダー?!」
 二代目継いだのに舎弟になるとかおかしいだろ!とか何とか、真っ赤になってハレルヤが喚く。元から童顔のハレルヤが、こうなるとさらに子供っぽく見えて、釣られるように笑ってしまった。
 それで一層むきになったのを、冗談だって、と適当に宥め、ハレルヤが機嫌を直す頃には、ちょうど自室の前だった。
「じゃあお休み、リーダー」
 と手を振ったハレルヤに、また後で、と返してそこで別れた。
 古びたドアを後ろ手に閉めると、口の端に残っていた笑みが、ふと醒める。
 静まりかえった一人の部屋に、乾いた溜息が掠れて響いた。

 ――ダグザが繰り返し言ってくる、選択の時は恐らく近い。
 こんな馬鹿話で笑っていられる時間は、あとどのくらいあるのだろう。
 その時には、子犬みたいなハレルヤの笑顔と無邪気さは共に失われ、あのひび割れた魔物の顔で俺を殺しにかかるのだろうか――

 ‥‥何かが胸の中で動いた気がして、思わず掌を押し当てた。
 今やダグザの力のみで動いているはずの、冷えた心臓がちくり、と痛んだ。
――― 「幻肢痛」 END ―――

(2016/04/04)
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