死 期

(作・榊 祐介)
 ゾウガメの甲羅に乗ったまま、レッドイグアナは昼の日光を浴びていた。
 獣の里の広い草原を、ゾウガメはのしのしと歩いていく。
 甲羅の上で揺られながら、イグアナも草原を進んでいく。


 ちょっと前までゾウガメは、タマゴを産めだのなんだのと、レッドイグアナに無茶なことばかり言っていた。 それでしょっちゅう飛びかかってきてはイグアナを押し潰すものだから、その度にイグアナは気絶したり、 せっかく食べた果物や野菜を吐いてしまったりしたものだった。
 困ったイグアナは、ゾウガメが近寄ってくると、その甲羅の上に逃げることにした。カメだから、自分の甲羅の上には 手が届かないだろう、と思っての苦肉の策だった。
 そうしたら案の定、ゾウガメはしばらくの間、イグアナが甲羅の上に乗っていることにも気付かなかった。背中の上にいる イグアナを探して、里の方々を探し回ったりしていたのだった。
 やがて、目指すイグアナが自分の背中に乗っていると気付いたゾウガメは、振り落とそうとしたり色々してみた。 が、イグアナも、また潰されて食べたものを吐くのはとても苦しくて嫌だったので、頑張って甲羅にしがみついていた。
 ゾウガメはそのうち諦めて、背中に乗ったままのイグアナに話しかけたり、そのままあちこちに連れて行ったりするようになった。
 タマゴのことは諦めたのか、ゾウガメとイグアナ、しかもオス同士では無理だといい加減気付いたのか、それはイグアナには解らない。
 ただ、もうゾウガメは、イグアナが甲羅から降りてきても、無理矢理繁殖しようとしたり、それで押し潰したりすることはなくなった。
 食べられる花や野菜や、果物のあるところに通りかかると、イグアナを下ろして二匹で食事をし、またイグアナを乗せて歩き出す。 そうして、イグアナが甲羅の上で一日陽を浴びて暖まり、やがて日が暮れて涼しくなると、家まで歩いて行ってイグアナを下ろし、自分のねぐらに帰っていく。
 そんな日々を過ごすうちに、イグアナは、自分を潰さないゾウガメのことは、別にそんなに嫌いじゃないと、何となく思ったりしたのだった。


 草原のはずれの森の入り口で、ゾウガメは軽く甲羅を揺すって、イグアナに「降りろ」の合図をした。
 するりと甲羅を滑り降り、きょろきょろと周囲を見回すと、そこにはレッドイグアナが好きな、 色とりどりの柔らかそうな花と、下生えのクローバーが茂っていた。
 ゾウガメはにょっと首を伸ばして、草の中に実っていた、野生の瓜を食べ始めた。
 イグアナも、ちょろちょろと草をかき分けて、黄色い花をしゃくりとかじった。
 ほんのり甘い花の蜜と、瑞々しい花弁がゆっくりと喉を滑り落ちる。
 が―――
 花の甘みが喉から消えないうちに、独特の赤いウロコの下で、小さな胃袋がきゅっと縮んだ。
 さっきまで暖かかったはずの身体が急速に冷えていくのを感じながら、イグアナは今食べたばかりの花を、胃液と共にけこけこと吐いた。
 ‥‥胃液にまみれ、くしゃくしゃになった黄色い花の中に、赤黒い血のかたまりが混じっていた。
 イグアナはじっとそれを見つめたあと、そっと振り返ってゾウガメを見た。
 ちょっと離れたところにいるゾウガメは、小さな瓜を食べ終わり、のんびりとクローバーを食んでいた。
 ‥‥周囲の草を寄せて吐いた跡を隠すと、イグアナはのそのそと戻っていき、ゾウガメの甲羅によじ登った。
 もういいのか、とゾウガメが聞いたので、うん、と小さくイグアナは答えた。
 ゾウガメはそうか、と頷くと、食べていたクローバーを飲み込んで、またイグアナを乗せて歩き出した。


 目を閉じると、甲羅と太陽の暖かさが、しぼられるような胃にじんわりと沁みる。
 イグアナはぼんやりと考えた。
 吐きすぎたんだろうか。それとも何度も潰されて、内臓が壊れてしまったんだろうか。
 本当の理由はわからない。
 でも、自分はやっぱり死ぬんだろうか―――


 親友の猫と、今は全然乱暴ではないゾウガメのことを考えた。
 でも、だからって、どうすればいいのかは解らなかった。


 暖かい甲羅に揺られながら、イグアナはそっと目を閉じた。
 ゾウガメは何も言わないまま、よく陽の当たるところを選ぶようにして、ゆっくりと草原を進んでいくのだった。
――― 死 期 END ―――
(04.10.16up)