※これはまだ「里のレッドイグアナ」のキャラが確立していない頃の
草稿メモです。なので現在の設定・キャラとは大幅な違いがあり、現在の
レッド及び中の人の状況とも何ら関係のないデンパフィクションです。
(「死期」の時にやたらと「何かあったんですか?‥‥」
と聞かれてげんなりしたので念のため書いておく)
変身日記
朝、居間で両親が言い争っている声で目が覚める。
何を揉めているのかは解らないが、まあ間違いなく僕のせいだろう。
イグアナになってしまったのが、そろそろバレたに違いない。
母は前から爬虫類とか両生類が嫌いだった。
まだ人間だった頃の僕が小さい頃、近所の畑や山の神社からオタマジャクシやカエルを取ってくると、
その都度嫌な顔をされたし、珍しいオタマジャクシを取ってきた時も、
「これはきっとカエルではなく、気味の悪い、大きなトカゲになるに違いない」と、出掛けているうちに捨てられてしまったくらいだ。
せっかく見つけた、4〜5センチはある大きなオタマジャクシだったのに。
あれから何度も山に行ったが、同じのを見つけることはついになかった。今思い出しても勿体ない‥‥
とか、懐かしい謎の大オタマに思いを馳せているうちに、いつの間にか再び眠ってしまったらしい。
気がつくともう10時前で、言い争う声は聞こえなくなっていた。
父は買い物に行ったのだろう。居間からは代わりに、何かを訴える猫の声と、噛み合わない返事をしている母の声がかすかに聞こえた。
最近僕は、目が覚めてもなかなか起きられない。やはり人間からイグアナになるのに、何かを激しく消耗したのだろう。
布団の中で目を開けたまま、乾し肉にされている最中のように動かずぼーっと一時間ほどすると、
何かのスイッチが入ったように、不意にひょこりと起き上がることが出来る。
それでのそのそと部屋を出て、なるべく人間っぽい動きを心がけて居間に行くと、猫と言葉が通じない母が、
案の定「ここんとこを撫でなさい」とアピールしている猫に「カマボコ食べる?猫缶にする?」などと見当外れなことを言っていた。
そうしてなるべく人っぽい発声を心がけながら―――最近僕は人っぽく歩けないのと同じく、
あんまりちゃんとした声が出せなくなってきている。そのうち完全にイグアナになってしまえば、
人の言葉は話せなくなるのかも知れない―――それでもどうしてもガサガサした声で「おはよう」と母に呼びかけると、
母も「おはよう」と答えてくれた。
どうやら人っぽく振る舞えたらしい。もう僕がとうに人間でなくなっているのは母も気付いているはずだが、
人間のふりが出来るうちは、気付かなかったことにしてくれるつもりなのだろう。
母は猫缶は開けられても、イグアナの食事は作れないので、僕はのそのそと台所に行き、一人でカップ麺を食べる。
少し元気なら、バターとオリーブオイルと卵二個でオムレツを作る。
米が余っている時ならチャーハンを作るか、もっと元気ならパスタを茹でるかするのだが、起きるのに苦労する時は、
大体食事を作る余力もない。そんな訳で今朝はカップ麺にした。
こってり系とか、やや高級っぽい「行列の出来る店シリーズ」とかは、たまに湿疹が出るので食べられない。
そんなのじゃなく、昔からあるごくシンプルなやつがやっぱりいい。
昔から長くあるものほど、使われている添加物やアレルギー物質が少ないので、イグアナが食べてもジンマシンを出さなくて済む。
ていうか、どうしてイグアナになって尚、人間だった時のアレルギーは治らないんだろう、とちょっと不満に思ったり。
食べた後は片づけて、しばらく猫をかまったり。
母が猫との意思疎通が出来ないので、勢い、猫は僕の所にアピールに来るのだ。
手を伸ばすと、猫はふんふんと匂いをかいで、僕がイグアナになっていることを確認する。
が、特に文句を言われたことはない。
とりあえず、意思が疎通して食事をくれたり撫でられたり、猫砂を掃除してくれる存在ならば、
例え人間でなくても支障はないということなのだろう。
ひとしきり構い撫で回した後は、「もうちょっと撫でなさいよ」と引き留める猫に謝りつつ、ちょこりと部屋の掃除をする。
別に散らかっている訳ではないのだが、最近イグアナになってから、どうしても身辺を整理してしまう癖がついてきた。
イグアナになったことが公になり、いつ捨てられても困らないように、荷物は減らしておくに限るからだ。
それでずいぶん色んなものを捨てたのだが、今のところ押入れがようやく空になった程度だ。
片付いたのは見えないところだけなので、まだまだ部屋はものが溢れていて、微妙に散らかっているように見える。
人間の頃は、なんでこんなにものを溜め込んでいたんだろうと、イグアナになった今は思う。
きっとこの部屋が空っぽになる時が、僕がもう人間のふりすら出来なくなり、ここにいられなくなる時なのだろう。
――― 変身日記 END ―――
(11.09.16up 作・榊祐介)