春の月 一

 

 

 春の月、優しく照らす。
 肌包む、ぬるい春の夜気の中、想いを交わす恋人たちを。
 月の光が、優しく照らす‥‥。


 口から吐き出された息が、熱い。かすかな音さえ含んで。
 ただ、きり丸に抱き締められているだけなのに。その手は背中や肩を撫でているだけ
なのに。
 肌が、震える。
 きり丸に触れられた肌が、その気持ちのよさに。触れられていない肌が、じれてこが
れて。肌が、震える。
 まだ愛撫を受けてもいないそこが、もう熱を孕んでゆっくりと大きくなっている。
「‥‥きり丸‥‥」
 小さな声で呼びながら、きり丸の背に腕を回す。
 感じていい。欲しがっていい。安心して、果てていい。この胸の中なら。
 そう知っているから。胸の突起を指先で擦られて、乱太郎は高い声を上げ、のけぞる。
「乱太郎」
 唇が唇をおおう。吸い合い、舌を絡める。
 もう堅く怒張したものが、乱太郎の太ももに擦り付けられて、乱太郎の鼓動を速める。
「‥‥だめだ‥‥どきどきする‥‥」
「なに、まだ慣れないの、おまえ」
 きり丸の笑いを含んだ声が耳をくすぐる。
「でもさ、おれも‥‥」
 きり丸の手が、自分の胸へ乱太郎の手を押し当てさせる。 
「ほら‥‥」
 いつもより、早い鼓動が乱太郎の手に響く。
 目が合う。
 笑う。
 抱き合う。
 月見亭で抱き合うふたりを、月が見ている。


「おとと」
 ぐい呑みからあふれそうになった酒に、大木が慌てて口を寄せる。
「もう酔っとるんじゃないか。手元があやういだろう」
 隣から冷ややかに野村が声をかける。
「ふん。なんの。これしきの酒でわしが酔うか。おまえこそ、さっきから杯が空いとら
んじゃろ」
「鯨飲ばかりが酒の楽しみ方ではないわ」
「それは弱い奴の負け惜しみじゃあ」
「それこそ酒の味のわからん奴の言い草だろう」
「‥‥ふん‥‥まあいいわ。呑め」
 大木が徳利を持ち上げる。野村は自分のぐい飲みを空にして、大木の酌を受ける。
 野村の前に、今度は大木が空にした自分のぐい飲みを突き出す。野村が注ぐ。
「‥‥酒の酌ほど素直ならな‥‥」
 大木が呟く。らしくもない、小声で。
 聞こえなかったかのように、野村は黙ってぐい飲みを傾ける。
 大木も黙って酒を流し込む。
 沈黙がどれほど続いたか。
「‥‥男だ。女こどものようには、いかん」
 今度は野村が低く言った。
 大木が大仰にため息をついた。
「せめてなあ‥‥半助とあの若造ほど年が離れてりゃあなあ‥‥」
「繰り言をぬかすな。雅之助。酒がまずくなる。今おまえと、ならどっちが年上がよかっ
たかなど、議論しても始まらん」
「そりゃ俺が年上がうまく行くに決まっておるだろう!だいたい、おまえとは度量がち
がう」
「なにを抜かす!おまえのガキ臭さで年上面されたのではたまらんわ!」
「なにをっ!」
 漂いかけた、いや、隠されているだけでいつも二人の間にある湿って熱い感情が、ふ
と表に出たのを打ち消すように、大木と野村は大声で口喧嘩を始めた。
 杭瀬村の、もうひとつの夜を、月が見ている。


 凝った筋を、丁寧に揉みほぐす。
 うつ伏せた利吉のふくらはぎを、半助が揉んでやっている。
「だいたい無茶だよ。大和から半日で戻ってくるなんて」
「‥‥だって‥‥明日は半助当直でしょう、その後しばらく演習が続いて帰って来れな
いって‥‥だったら今日しかないじゃないですか」
「身体を痛めたら元も子もない。君の仕事は身体が資本だよ」
「‥‥ねえ、半助。説教より、帰って来てくれてうれしい、とか、会いたかった、とか
言ってもらえたら、こんな疲れはすぐにふっとぶと思うんですが‥‥あたたたっ!」
 指にぎゅっと力を込められて、利吉は悲鳴を上げた。
「馬鹿なことを言ってると筋が違うよ」
 利吉はちょっと唇をとがらせたが、黙ってまた顔を伏せる。半助の手技は確かで、駆
け通した脚の張りが心地よく解けていく。
 その手が足裏へと移る。土踏まずを強く指圧されると、全身に血が巡り出すような気
持ちよさがある。
「‥‥ありがとうございます、半助‥‥だいぶん、疲れが取れ‥‥」
 言いかけた利吉は、足の指を包んだ感触に声を飲んだ。
 濡れて、熱くて、柔らかい‥‥。
「はん‥‥!!」
 慌てて身体をひねって見ると、足指を口に含みこんだ半助がいる。
 上目使いに自分を見る半助と目が合った。そうして、利吉と目を合わせたまま、利吉
の足の指に舌を這わせたまま、半助は手を伸ばすと、傍らの灯火を消す。とたんに部屋
は、窓から差す月の青白い光りに満たされた。
 すうっと半助の手に、足首から膝まで撫で上げられて、利吉はぞくりと来た。
 今まで足の指を含んでいた口に笑みを刻んで、半助は利吉の足をさらに上へと撫であ
げる。
「半助‥‥!?」
「‥‥疲れてるだろう?無茶をして‥‥これ以上、疲れるようなことを、君にさせられ
ない」
 半助の手が下帯をくぐって利吉自身を捕らえる。
「だから、ね。君は寝ていなさい」
 やわやわとそこを揉みながら、半助の手は利吉の帯をほどく。
「大丈夫‥‥ちゃんと気持ちよくしてあげるから‥‥君は、寝ていたら、いい‥‥」
 言葉の端は、くぐもって消える。
 今度は足の指ではなく、勃ちあがりかけた自分のものを含んだ半助の伏せた顔を見下
ろしながら‥‥利吉は荒ぎかけた息を静めようと大きく息を吐き出す。
 全身に愛撫を受ける。半助の、穏やかで、ゆっくりとした‥‥焦らしに満ちた愛撫を。
「‥‥もう‥‥半助‥‥」
 たまらず身を起こそうとした利吉の肩を半助が押し返す。
「寝ていなさい、と言ったろう?」
 そして半助は猛った利吉のものを手にする。
「‥‥ああっ!」
 今夜初めて、半助が放った高い声だった。
 利吉の上で、利吉のものに己が身を貫かせ、喉を反らした半助の身を、月の光が照ら
した。


 月は見る。
 それぞれの形、それぞれの愛を交わす、恋人たちを。


                           了

 

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