Kiss in the Room

 

 

 

 

校庭に伸びていた長い影も、ひとつ減り、ふたつ減り‥‥。
「乱太郎。そろそろ帰ろうよ」
最後まで付き合っていた庄左ヱ門が乱太郎に声を掛ける。
「ええ、いいじゃない、もう少し。もう一回、ね、もう一回、鬼ごっこ」
ねだる乱太郎に、横で黙って石を蹴っていたきり丸が言う。
「庄左ヱ門が困ってるだろ。もう部屋に帰ろうぜ」
「でも‥‥あと少し‥‥」
なぜかしぶる乱太郎に、通りがかった土井先生がとどめの一言。
「おおい、いつまで遊んでるんだあ。もう五年生なんだからなあ、ちゃんと勉強しろよ」
乱太郎はため息をついた。

 

忍たま長屋に戻る乱太郎の足が重い。遅れがちになる乱太郎をきり丸が振り返る。
くい、とあごをしゃくって促され、乱太郎はまたため息をついた。

 

部屋に入る直前にも、またため息をついていた乱太郎が二人の部屋に入るやいなや。
タン!
きり丸が板戸を閉める。
同時に。
きり丸の腕が乱太郎の肩に回っている。
引き寄せられた乱太郎が声を出す間もなく。
その唇はきり丸に奪われていた。

 

反射的に固く閉じ合わせた唇を、きり丸が性急に吸い上げる。
まるで唇で唇を揉みほぐそうとするようなその口づけに、乱太郎の力もゆるむ。
途端に、細くとがった舌先が、ねじりこむように入って来た。

 

‥‥最後の砦を明け渡してから‥‥キスひとつも今までとちがう。
ねだられて腕一本、足一本ときり丸に任せるようになっていた頃、きり丸が言っていた。
「いいじゃん、触るぐらい。変な下心があるわけじゃなし」
妙な話、その「変な下心」を存分に発揮されるようになった今になって、乱太郎はきり丸の言葉の意味が分かるようになった。
キスひとつでさえ。
同じように唇と唇を合わせ、吸い、舌を絡ませる、それが。
これほど激しいものになるとは思っていなかった。
おまえはおれのものだ、主張する激しさで、きり丸は乱太郎の息を奪う。
ただ、触れ合いついばまれていた唇が、音さえ立つほどに吸われる。それはもう、唇の触れ合いなどではなく、粘膜と粘膜を擦り合わせようとする、相手を飲み込もうとする、そんな動き。遠慮がちに乱太郎のそれに戯れるようだった舌も、今は貪欲に絡みつき、乱太郎の口の中いっぱいに蠢きまわる。蹂躙、そんな言葉が一番合う。
「おまえと、ひとつになりたい」
告げられた時の息苦しさを、いやでも思い出させる、きり丸の口づけ。
ひとつになる、そのためのキスと肌への愛撫と、ただ触るだけの行為と、同じことでもこれほどちがう。
きり丸の口づけは執拗に続く。
乱太郎はなんとか逃れようと唇を離す。
息をつこうと喘ぐ口は、しかし、すぐまた、きり丸のそれに覆われる。
「‥‥は‥‥う、ん‥‥」
きり丸の口中に吸い込まれた舌に、軽く歯を立てられて、乱太郎の膝から力が抜ける。
ずる‥‥くず折れるように座り込む乱太郎から、それでもきり丸は離れない。
執拗な口づけは続く。

 

床の上に押し倒そうとするきり丸の動きを察して、乱太郎は力を振り絞る。
いつの間にかすがるように握り締めていたきり丸の忍び装束を思い切り、自分から引きはがそうと引っ張る。
「や、やめ‥‥やめろってば!」
きり丸の胸を押し返す。
「宿題!宿題しなきゃ、どうすんだよ!!」
「‥‥んなの、後でもいいじゃん」
「きりちゃん」
乱太郎は精一杯、こわい顔を作る。相手の顔が至近距離にあるとき、これはなかなかむずかしい。
「まだ夕御飯もお風呂もすんでないんだよ。宿題もしなきゃなんないし」
「‥‥‥‥」
きり丸の手が乱太郎の手をつかんで股間へ導く。布の上から、すでに固く立ち上がったものを触らされた乱太郎が真っ赤になった。
「き、きり丸!!」
「なあ‥‥少しだけ‥‥な、乱太郎‥‥」
頬を寄せ、きり丸は乱太郎の耳元で、熱い息まじりにささやく。途端にぞくり、と走る震えをこらえて、乱太郎はありったけの力できり丸を突き飛ばした。
「だだだ、だめ!絶対、だめ!!宿題、ごはん、おふろ!!」
きり丸が舌打ちする。
「けちだよな、んとに。‥‥だいたい、おまえが悪いんじゃん」
「な、なんで」
「友達甲斐に教えてやる。おまえ、最近、部屋に帰りたくなくていつまでも遊んでるだろ。それって絶対、逆効果。おあずけ喰らわせて、あおってるようなもんだぜ」
「‥‥よく言うよ‥‥。だいたい、きり丸が部屋に帰るなり、こうしてすぐ迫ってくるから、帰りたくなくなるんじゃないか」
「おまえが四六時中、ケツふって誘ってくれりゃ、おれだってがっつかねえよ」
ごん!乱太郎のこぶしがきり丸にヒットした。

 

「‥‥あれ?」
乱太郎が首をひねる。
「‥‥宿題って、なんだったっけ。きりちゃん、聞いてた?」
「‥‥おれに聞くなって」
「あーあ、もう。庄ちゃんに聞きに行こう」

 

宿題の内容を教えてくれ、と言うふたりを、庄左ヱ門はしげしげと見比べた。
「授業中、なにを聞いてたの、と言いたいところだけど、それよりも部屋に帰ってから四半刻も、なにしてたの。もう夕食の時間じゃないか」
「え‥‥」
さっと赤みのさした乱太郎の顔を見てから、庄左ヱ門はきり丸に問い掛ける。
「知ってるのか?噂になってるよ。あの二人はあやしいって」
きり丸は表情ひとつ変えない。
「あやしいって何が」
庄左ヱ門は答えかねて口ごもる。そんな庄左ヱ門に、きり丸はくるりと背を向ける。
「いいよ、宿題はほかの奴に聞く。おれと乱太郎は何も変わってない。言いたい奴は好きに言ってればいいんだ」
すたすたと歩み去るきり丸に乱太郎はため息をついた。
「‥‥ごめんね、庄ちゃん。宿題だけ、教えてくれる?」
5年連続学級委員の優等生は乱太郎に負けない深いため息をついた。

 

乱太郎が部屋に戻ると、きり丸が自分の机にほお杖ついて座っていた。
「きりちゃん。聞いてきたよ、宿題。ほら、ここからここの‥‥」
「‥‥聞いたって、庄左ヱ門にか」
「うん、そうだよ?」
「‥‥おまえもたいがい、むごい奴」
「え?なに?」
「なんでもない」
きり丸がゆっくりと乱太郎の肩に両手を掛ける。こつんとおでこがぶつかる。
「‥‥なあ、乱太郎。おれたち、これからもずっと‥‥」
言葉の切れた先を乱太郎は知っている。それは、そう、変わらないこと。たとえば二人の間に肉体関係が出来ていようといまいと。変わらないこと。
「うん。きりちゃん。一緒だよ。ずっとそばにいるよ」
「‥‥なあ。‥‥キスしても、いい?」
「‥‥少しだけだよ」
重なる唇は優しい柔らかさとあたたかさ。静かにそっと吸い合った。

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