だから君が好き

 

      引いて引かれて、振り振られ。
      恋の駆け引きは綱引きにも似る。
      引いて引かれて、振り振られ。
      引き倒されひざまずいたが、負け‥‥。


 忍術学園を卒業して二年が過ぎた。
 きり丸と乱太郎が互いの休みに互いを訪ねて、二年が過ぎた。
 そして、今年の春、きり丸が乱太郎を訪ねた時だ。
 思い悩んでいる、と言うよりは不機嫌に近い色を浮かべた乱太郎が、きり丸に尋ねたのだ。
「やっぱり、きり丸もおかしいと思う?」と。
「あん?」
 しがんでいたするめの足をひょろりと口から飛び出させたまま、きり丸は振り向いた。
「おかしいって、なにが?」
 聞き返したきり丸に、乱太郎はきっと目をとがらせた。
「‥‥まじめに聞いてくれるつもり、ある?」
 きり丸は居住まいを正す。
「いや、わりぃ。‥‥で、なにが」
 正座しながらも、きり丸の口から飛び出してひょこひょこしているするめの足を、乱太郎がむしり取る。
「‥‥わたしのこと!」
 ぺ、と床に弾かれて跳ね上がったするめの足を見ながら、きり丸は次の言葉を待った。
―――こういう時は問題が明確に姿を見せるまで迂闊に口を開かぬほうが賢明だとは、
すでに学んでいる。
 ‥‥するめは炙り直せばすむ話だし。
「わたしのこと、きり丸はおかしいと思わない」
 再度問われて、きり丸は慎重に言葉を選んだ。
「‥‥おれの知ってる範囲のおまえは、そんなにおかしくないと思うけど?」
 口を開いた乱太郎の目が、すわっていた。
「‥‥女、知らなくても?」
「‥‥あ?」
「この年で女知らなくても、わたし、おかしくないかって聞いてるの!」


 思いもよらぬ問題提起に、つい口が動いた。
「その分、男知ってるじゃん」
 すべった口の報いに、きり丸はぎっと乱太郎にねめつけられた。
「え、あ、いやいや。うん、そう、おかし‥‥っかなあ、まあ、ふつうっちゃあ、ふつう‥‥いや‥‥どっかなあ‥‥あははは」
「この年で女知らないの、この城の中でわたし一人なんだよ」
「‥‥ほー」
 つい、そりゃそうだろう、と続けそうになる言葉をきり丸は飲み込んだ。
「きり丸は‥‥そっちも得意そうだよね」
「いや、まあ、その人並みに」
 “人並みに”その言葉は、事実は人並み以上に女色の恩恵にあずかってもおり、いわ
ゆる“筆下ろし”も人より早いとの自負のあるきり丸が、謙遜も含めて使うことの多い言葉だったのだが。
「‥‥へーそー人並みーふーん」
 乱太郎の目が完全にすわった。出てくる声はオクターブ、低い。
「じゃあわたしはやっぱり、人並みじゃないって、そういうことなんだ」
「いやっ!」
 きり丸は慌てて顔の前で手を振った。
「こういうことは、人それぞれだからな、うん! 遅い早い多い少ない、そんなことは意味がないんだ! そうそう」
「‥‥じゃあさあ、なんでみんなが優しくなるのさ」
 乱太郎が憤懣やるかたない口調で語るによれば、まず城飼いの忍び部屋で乱太郎の
“女知らず”が明らかになり、同僚・先輩たちが妙に優しくなり、次にふだんはあまり交流のない城の武士たちがなにやら意味ありげな笑いを浮かべて優しい言葉をかけてくれるようになったのだと言う。
 はあ、ときり丸は感心して腕を組む。
「ありゃあ不思議な心理だよなあ。童貞ってわかると、なんかこう、かわいがってやりたくなんだよなあ」
「馬鹿にしてる!」
 本気で怒っているらしい乱太郎を、きり丸は見る。
 ふわりとした鳶色の髪、年とともに黒ずむどころか透明度を増していくように思われる肌理のこまかな色白の肌、小ぶりで線の優しい目鼻立ちの造作。それでもすらりと伸びた背と華奢には見えてもしっかりと実用に鍛えられた身体は、なよなよした頼りなさとは無縁で、柔らかな微笑みも気弱げではない。‥‥つまり。乱太郎は、あくまで優しげではありながらそれなりにきちんと男としての凛々しさもある、ほっといても女にモテるタイプだときり丸には思えるのだが。そう、恋する者の贔屓目をさっぴいても。
「おまえ、えり好みしてんじゃねえの?」
 聞いたのがまずかった。
「‥‥誰がえり好みしてるって? 誰がえり好みできるほどモテるってのさ? だいたいきり丸が悪いんじゃないか!」
「おれ?」
「そうだよ! 暇さえあればこうして遊びに来て、来ればいっつもこれみよがしに、こいつとおれはいい仲だってやってくじゃない! そのせいでわたしがどんだけ、どんだけ、後で困るか‥‥」
「‥‥だってさあ‥‥」
 口をとがらせながら、きり丸は腕を伸ばして乱太郎を引き寄せる。長い手足を絡めて乱太郎を抱え込んだ。
「おまえ、こんなかわいいんだぜ? それをこんな狼の巣みたいなところに置いとかなきゃならないおれの身にもなれよ? こいつに手ぇ出した奴はただぁおかねえって、どれだけ釘刺しておいてもまだ足りねえよ、おれには」
 そうしてすりすりと頬擦りしてくるきり丸に乱太郎は、だからとため息をつく。
「こんな我が物顔の男がくっついてる男に、懸想してくれる女の子がいるわけないじゃない。きり丸のせいだ」
 おまけにその男が役者にでもなれるようないい顔でさ、おまけに愛想よしと来た日にはわたしの立つ瀬がどこにあるってんだよ、まったく。
「‥‥なあ‥‥」
 口の中でぶつぶつ乱太郎が呟くのを無視して、きり丸は熱い息とともに、乱太郎の耳に囁きを吹き込む。
「おまえ、そんなに女抱きたい? いいじゃねえ、そんなの‥‥」
「よくないよ」
 乱太郎の返事はにべもない。
「あの同情まじりのやな目! 自分が男として片輪者だって気がしてくる!」
 ふーん、ときり丸は思う。乱太郎がそれほどまでにこだわるのなら、後腐れのない女を紹介してやったほうがいいんだろうか、と。女と言うのは厄介だ。なまじ素人女の世話になれば、いくらさばけた相手に見えても情が絡んできた時に面倒が起こる率は、男同士より高い。なんと言っても相手には「子が出来た」と言う切り札があるのだ。
 かと言って、乱太郎がほかの人間と肌を合わせる手助けを、なんで自分がしなきゃならないときり丸は思うのだ。それはおかしい、絶対おかしい、うん。
「なあ」
 ときり丸は、矛先を変えてみる。
「そんなヤな奴が多いならさあ、やめちゃえば? こんな城やめちゃって、おれンとこ来いよ。一緒に暮らそうぜ、なあ‥‥」
「‥‥またその話」
「だってよ‥‥」
 乱太郎がきり丸の腕の中で、くるりと振り返った。じっと合わせてくる目は真剣だ。
「これからの一生を、きり丸のおまけで過ごすのはいやだ。‥‥何度も言ったよね」
「だから、おまけじゃないって」
「おまけだよ。フリーでやってくだけの実力はわたしにはないもの。三流のフリーでやるより、今はしっかりと力をつけたいんだ」
「フリーでノしてくって手もある」
「きり丸のおまけとしてね。ごめんだってば、そんなの。‥‥だいたい、そんなに言うなら、きり丸こそこの城に勤めれば? 忍びは随時募集中だよ。わたしが口きいてもいいし」
 それはおれがごめんだ。
 声には出さずにきり丸は答える。―――フリーの醍醐味を一度知ってしまった以上、いまさら組織のなかで無能な上役にこづかれながら決まった給料だけで我慢していくのは阿呆らしい以外の何物でもない。
「それじゃ交渉決裂」
 言って乱太郎はするりときり丸の腕の中から抜け出した。
「え、あ、おい!」
「はい、出口はあっち」
「えー、そんな乱太郎‥‥」
「これ以上、変な噂が立つと困るんだ。日の高いうちに帰って」
「じゃあ次はいつだよ! いつ来れば‥‥」
「さあね、当分、忙しいようだから」
「おーい、乱太郎‥‥」
 すがる声も空しく、乱太郎に部屋から押し出されるきり丸だった。


 女と懇ろ(ねんごろ)になりたいから、男関係を整理する。
 ‥‥この場合は、別に特定の女性との関係を乱太郎が望んでいるわけではないから、事態はさほど深刻でもないが。
 きり丸はすごすごと出てきた城を振り返りため息をつく。
 男として、女の経験が欲しいのはわかる。
 子供が捕まえた甲虫の大きさを自慢するように、男は女の数を自慢するものなのだ。
 単純と言えば単純だ。
 しかし、複雑になればどこまでも複雑になれるのが男女関係でもあって。初めて女の味を知った乱太郎がその味に溺れて「所帯を持つ」などと言い出す危険性もある。子もなせぬ、世間にもいばれない、男同士は不毛だ‥‥。
 もし。
 もし本当に乱太郎が女に惚れたら。
 自分は泣くだろうか、別れてやれるだろうか。
 きり丸はもう一度深々とため息をつき、今までよりこまめに足を運ぼうと、心に決めたのであった。


 が。そう決めたきり丸が、乱太郎を訪ねるより早く。
 季節もさほど移ろわぬうちに、乱太郎がきり丸を訪ねて来た。


 そして‥‥。


「やっぱりきりちゃんがいいや」


 背の上にぺったり乗った乱太郎の台詞。
 意味が通った瞬間に、え、ときり丸は振り返ろうとして、しっかり首の筋をひねってしまった。


「‥‥ねえ、きりちゃん」
 きり丸が振り返るのも、その態勢を覆そうとするのも、上からしっかり体重を使って押さえ込んだまま、乱太郎はきり丸の耳元でささやく。
 ささやきながら‥‥その指は、快楽の証しを吐き出したまま、まだきり丸の体内でぬくぬくしているモノに添って、じわじわときり丸の小菊を犯しだしている。
 こじりながら、それでも隘路の入り口をさらに押し広げさせて、すでにいっぱいになっているそこに更なる侵入をはかる異物に、きり丸が呻きを上げた。
「‥‥ねえ‥‥言われたことない?」
 抗議の意味を含むその呻きを無視して、乱太郎はうっとりと耳元でささやく。
「おまえのここは、女よりいいって‥‥気持ちいい、最高だって、言われたことあるでしょ」
 うう、と低い呻きをもらしながら、きり丸は答える。
「ほっとけ」
「ほっとけないよ、もう‥‥」
 乱太郎の声がうれしげだ。
「わたしはずっと、きりちゃんしか知らなかった。初めてね、ほかの人に抱かれた時、きりちゃんとはずいぶんちがうなぁって思ったんだ。‥‥きり丸も知ってると思うけど、わたし、時々、よその人に抱かれてるよ」
「‥‥それとこの二本差しとどう関係があんだよっ! さっさと手ぇ抜け! 裂けちまうだろ!」
「ほんと、裂けそうなほどきついよねえ」
 答えた乱太郎の声はさらにうれしげで、きり丸の肌に粟を立たせた。
「よその人に抱かれててもね、本当に気持ち良くしてくれるのは、きりちゃんだけだって思ってたよ。ああ、きり丸は上手なんだあって思ってた。‥‥思っててもね、なんかこっちの人も気持ちよくしてくれるのかなあって思うと、つい、ね。ごめんね、きり丸」
 浮気にいたる心理を弁解して謝罪しながら、乱太郎の指はうぞうぞと粘膜の狭い狭い透き間を探り続け、きり丸はこぶしに白く関節を立たせた。
「‥‥だから! 謝るなら、なんでこんなマネすんだっ‥‥! 殴るぞ、てめえ」
「だって気持ちいいもん」
 平然と答えて、乱太郎は続ける。
「抱いてくれる人はね、きりちゃん以外にもいるし、そりゃきりちゃんが一番だけど、まーいっかこの程度でもって、思えないこともないんだよ。でもね、してくれて、その上させてくれる人って、きり丸しかいないんだ」
「‥‥ううぅ‥‥」
「正確に言うとね、全然いないわけでもないんだよ。‥‥でもさあ‥‥アバタの浮いた尻なんていやだし、ほんと、きりちゃんほど奇麗な男ってそうはいないんだよね。ごつい男がうんうん言ってても、なんか興ざめでさ‥‥」
 きり丸はごくりと唾を飲み込んだ。
 これは人生何度もない、正念場と言う奴だと、腹の中に重い異物をぶちこまれ、さらにきつい環をねじ広げて裂かれる痛みに、まともに動くことを拒否する頭を懸命に動かしてきり丸は自分に言い聞かせる。
「‥‥わかった、わかったよ、乱太郎‥‥おれはおまえを責めねえし‥‥おまえがやりたいってのも、わかるからさ‥‥な‥‥茶でもいれて、ゆっくり話そう、な‥‥」
「‥‥ほんと、気持ちいいよねえ、ここ‥‥」
 夢見心地の声で言われて、きり丸は頭を抱えた。


 最初に挿入を許すのは、受け入れる、と言い表したい。
 痛みや異物感を超えて感じるものを共に追うなら、愛し合う、と言えるだろう。
 が。
 果てた末に繰り返される抜き差しは‥‥むさぼられた、だとか、犯られた、と言いたくなる。
 いつもそこにあった「やらせてやる」という余裕を奪われて、きり丸は唸りを上げる。
 どうやら無事に‥‥女性相手での筆下ろしをすませたらしい乱太郎に、じっくり話を聞くつもりだった。どういう相手と、どういう場で、どういうコトに及んだのか。茶化しをいれつつ、それが乱太郎にどういう影響を与えたのか、じっくりと検分するつもりだったのだ。
 が、やって来た乱太郎が性急かつ珍しく強引に、望んできたので話は後回しにした。何かと上手を取りたがり、きり丸のリードを嫌がるふうだったので、今日はそっちがいいのかと、あっさり受けに回ってやった。
 きり丸の「つもり」としては、じっくりゆっくり話をする前に、済ませることは済ませておくか、と言うぐらいのつもりだったのだ。
 それが。
 なんでいきなりこんな苦境に。
「あ。血が出て来た」
 乱太郎の無邪気な声に、きり丸は泣きをいれた。


「辞表、出してきたんだ」
 ひりつく尻に薬を塗り込む惨めな態勢をきり丸に取らせながら、乱太郎がぽろりと言った。
「‥‥辞表?」
 向き直り着物を直しながら、きり丸は聞き返す。
「辞めることに決めたのか」
「うん。もう迷わない」
 きっぱりと乱太郎が言い切ってくれるのを、きり丸はどれほど待っていただろう。それなのに、今はなぜか素直に喜べない。ひりついて血の滲んだ尻が、きり丸に待ったをかける。
「‥‥乱太郎、な、ちょっと落ち着いて話そう」
「別に落ち着いて話さなきゃいけないことはないじゃない? きり丸だって、ずっと一緒に暮らそうって言っててくれたでしょ。わたし、わかったんだ、わたしにはきり丸しかいないって。だから城は辞める。きり丸と暮らす。で、なにが問題?」
 うーん、ときり丸は腕組みする。
「おまえさ、女、やってみたの?」
「やった」
 短く乱太郎は答えて、短いコメントを入れた。
「最低」


 それは相手によるのだとか、引いたクジが悪かったのだとか、いろいろ言うきり丸に乱太郎は落ち着き払った表情でごく自然にそれを口にした。
「わたし、女は駄目みたい」
 それは緊張によるのだとか、気負い過ぎだったのだとか、いろいろ言うきり丸に、また乱太郎は落ち着き払って答えた。
「やることはやったよ。商売女も紹介してもらった素人さんも。でもさ、気持ち悪くて」
「‥‥きも‥‥」
「いるじゃない、ほら、女嫌いって。わたし、それみたい」
「‥‥‥‥」
「でさ、考えたらきり丸がよすぎるんだよね。今まではきり丸ぐらいしか知らなかったからわからなかったけど。だから、城は辞めたんだ。きり丸と暮らす」
 だから、なんでそうなるんだよ。
 言い返したいきり丸の声は、しかし、喉にひっかかって出て来ない。
 乱太郎がにっこり笑って、顔を両手で挟んで来た。
「大事にするよ、きり丸」
 だから、なんでそうなるんだ!
 叫びたいきり丸の声は、乱太郎の唇に吸い取られた。


 一緒に暮らしたいと思っていた。望んでいた。
 それもできれば、自分の仕事はそのままに、乱太郎のほうが折れてくれることを願っていた。‥‥そうだ、自分たちは綱引きをしていたのだ。互いに互いを、己の領土に引きこもうとして。
 今。
 乱太郎はあっさり自分の領土を放棄して、きり丸のところへやって来た。
 ‥‥喜ぶべきだと思う。恋の綱引きに勝った勝利者として、甘い美酒に酔っていいはずだ。
 なのに。
 なにかがちがう。
 乱太郎は女は嫌いだと言う。
 きり丸の憂慮は全く否定され、その点でもきり丸は快哉を叫んでもいいほどの喜びを感じるべきだと思う。
 きり丸は一生懸命考える。
 乱太郎の言い方の、なにが喜びを殺すのか。
 ―――もし。
 もし、乱太郎が。
「きり丸と人生を共にして行きたいんだ」と言い、「女の人とでは、分かち合えないものがたくさんあるよね‥‥」とでも言ったのなら。
 自分は諸手を上げて、乱太郎の決断を喜べたろう。
 が。今の乱太郎の言いようでは‥‥。
「‥‥尻だけ‥‥?」
 絶望を含んだ響きは十分低かったはずだが、土間に降りてかまどの火を起こし出していた乱太郎に届いたようだ。
 乱太郎が振り向いた。
「やだなー、きりちゃん」
 笑っている。
「何度も言ってるでしょ。きり丸ほど綺麗な男はいないって。ほんと、女にも負けてないよねー」
 ぐっさりと止めを刺されて、きり丸は暗澹とした思いでつぶやいた。
「‥‥尻と顔‥‥」




 すっかり暗い顔になってしまったきり丸を横目に、乱太郎は、別にいいよねと小さく舌を出す。
 先日の敵情視察の際に、五人の部下をつけてもらった。もともと、現場の監督を任されるほどになったら、きり丸と共にフリーで立ちたいと思っていたのだ、などときり丸に知らせてやらなくても、別にいいよね、と乱太郎は思う。
 だいたい好きだの大切だのおれにはおまえだけだの、きり丸は甘い言葉をさんざん自分に言っておきながら、女の話を振った時にも、ちょっとつつけば「じゃあおれが紹介してやるよ」とでも言いそうな他人事な顔をしていたし、同居の話にしたって、いったんは仕事のレベルを下げることにはなるかもしれないが、本当に一時も離れていたくないと思うなら、あれほど頑なな拒否はしないものだろう。
 結局。
 きり丸は何も変わらないんだよね。それってどうにも癪(しゃく)じゃない。せめてさ、わたしが惚れてるのは身体だけなんだよって言ってもやりたくなるじゃない。ねえ。
 ‥‥実際、これだけの体と顔をしてるんだから‥‥わたしは嘘は言ってない。女の人のあの妙な身体の柔らかさが、どうにも苦手だってのも、女性を知って初めてきり丸の身体の意味がわかったってのも、みんなほんとのことなんだし。
「‥‥!」
 鋭い痛みの気配がした。振り返れば、土間に降りようとしているきり丸がつらそうに眉を寄せている。
「ああ、ほらほら、大丈夫?」
 乱太郎はわざと優しく擦り寄った。
「ごめんね、これからは無茶はしないからね」
「乱太郎‥‥」
 ああ、きりちゃん、だめだよ、そんな顔しちゃ。
 いじめたくなっちゃうじゃないか。
 優しくて、あまくて、そして冷たいきり丸、大好きだよ。
「ゆるんじゃったら、つまんないもんね」


      引いて引かれて、振り振られ。
      恋の駆け引きは綱引きにも似る。
      引いて引かれて、振り振られ。
      引き倒しひざまずかせようと、死力を尽くす恋もある。
 


「円山温泉」優さまと18歳のきり乱で盛り上がった時に、トレードし、差し上げたものです。
その時、優さんから頂いた作品はこちら

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