よもぎ団子と白団子

 

「お、庄左ヱ門。ちょっと頼めるか」
 担任である土井に、呼び止められた。
 四年連続で学級委員長を務める彼は、
「はい、なんですか」
 気持ちのよい返事とともに、振り向いた。


 町まで買出しを頼まれた。火薬の調合に使う小さなすり鉢をいくつかと、炭の上質なのをいくらかみつくろって来てほしいと頼まれた。
 どちらも大したことのない買い物である。庄左ヱ門は二つ返事で土井の頼みを引き受けた。



 私服に着替えようと忍たま長屋に戻るところで、庄左ヱ門は乱太郎と行き合った。
「土井先生に頼まれて町へ行くんだ。乱太郎も行かないか?」
 そう誘ったのに、他意はない。
 町までの道程を、一人で行くより二人で行くほうが、それはやっぱり心楽しいだろうという程度で。
 それだけなのに、なぜかしら。
 珍しく傍らにきり丸のいない乱太郎の姿に、庄左ヱ門の声はほんの少し弾んだようで。
「あ。いいね、付き合うよ」
 元気な了解の返事をくれる乱太郎の笑顔に、これまたなぜか庄左ヱ門の胸は、どきりと一瞬大きく打ちさえしたのだった。


 案の定、買い物は迷うこともなくすぐにすんだ。小間物屋は簡単に見つかったし、炭屋のせがれである庄左ヱ門には炭の見立てなど朝飯前であったし。 
 持つに苦にならぬほどの荷物を分けて持ち、ついでだからと町中で、用もないのに他の店をのぞいたりしている間に、おなかの虫がくう、と鳴った。
 二人、顔を見合わせて小さく笑い。
「帰りに峠の茶屋で団子食べて行こうね」
 どちらからともなく言い出した。



 三色かわいく、白、桃色、草色と串に並んだ団子。
「おいしいねえ」と眼鏡の奥の目を細める乱太郎に、庄左ヱ門はあながち団子の甘さばかりではない甘さを 噛み締めながら団子をぱくついた。
 と。  ひとつめ、ふたつめ、と気持ちよく口の中に収めていた乱太郎が。
 みっつめ、最後に残ったよもぎ団子を口にしようとしてふと止まり、庄左ヱ門の顔をうかがうと、小さく吹き出した。
「どうしたの?」
 いぶかしんで庄左ヱ門が尋ねれば。
 いたずらっぽい笑みを浮かべ、
「食べちゃっていい?」
 乱太郎は聞いてくる。
「いいよ、もちろん。だってそれ、乱太郎の分じゃないか」
 庄左ヱ門が不思議に思って答えれば、乱太郎はますますおかしそうに笑い出す。
「だよねえ。ふつー、食べちゃっていいよねえ」
 乱太郎は最後に残った草色の団子を、おもしろそうに眺めていたが、
「あのね、よもぎ団子ね、きり丸の好物なんだよ」
 いぶかしげな庄左ヱ門に向かって、そう説明した。
「しんべヱと三人でよくお団子食べたんだ。しんべヱは桃色が好きで、きり丸はよもぎのが好きで、だから、三人で交換するの。しんべヱは桃色が三個、 きり丸はよもぎが三個、わたしは白が三個」
 それって乱太郎、それでいいの? そう庄左ヱ門は尋ねたかった。だが、なんだかとても嬉しそうに残った草色の団子を見ている乱太郎の 横顔に、庄左ヱ門はその言葉を飲む。……さっきまで甘くて口に快かった団子の後味が、妙に粘つくイヤなものに変わっていくようだ。
「今でもねえ、だからわたし、よもぎだけはきりちゃんに上げるの。今はしんべヱがいないから、代わりに桜をもらうよ」
 庄左ヱ門の胸に、かすかに後悔に似たものがよぎる。
 庄左ヱ門の串に残るのも、後一個。草色のが一個だけ。乱太郎に、桃色した団子を上げたくても、乱太郎からよもぎをもらいたくても。もう、交換はできない。
 そんな庄左ヱ門の胸中の複雑さも、口の中に広がった甘さの後の苦さも、乱太郎は気付くはずもなく。
 大きく口を開けると、残った団子に、はむ、と食いついた。
「おいし」
 団子を頬張る乱太郎の笑顔から。
 庄左ヱ門は視線を引き剥がす。
 最後に残った団子に、庄左ヱ門は思いきり歯を立てた。



 気がつけば。
 乱太郎の話には、やたらにきり丸の名前が出てくるのだ。
 この前きり丸がね、きりちゃんたら、きり丸も……。
 邪気はない。なのに、何故だろう。
 乱太郎の唇からきり丸の名が出るたびに。
 庄左ヱ門は、自分の肌がちりりとなにかに焦がされるような気がする。
 胃の中に、小石かなにかを投げ込まれたような気がする。
 きり丸はと言えば。
 土井を見つめる瞳の色が尋常ではない、と、口さがない奴らに噂されるほどで。
 最近では夜、学園を抜け出しての夜遊びだか夜中のバイトだか知らないが、素行だってそれほどよくもなくて。
 それなのに、乱太郎は嬉しげに言うのだ、「これはきりちゃんの好物なんだ」。
 庄左ヱ門は胸苦しさを覚える。アンナヤツニ。
 その胸苦しさがいったいなにから生まれて来ているのか。
 もやもやと薄黒く身体の中を染めていく、それはいったいなんなのか。
 それもわからず、ただ、庄左ヱ門は言い様のない理不尽さに、腹を立てるのだ。


 教室で、たまたま二人になった。
「……乱太郎だって」
 自分がなにを言いたいのか、よくわからぬままに庄左ヱ門はきり丸に向かって、言っていた。
「乱太郎だって、よもぎ団子、好きだってさ」
「はあ?」
 きり丸は切れ長の瞳を大きく見開いた。
「なに言ってんだ、委員長」
 庄左ヱ門にもう、返す言葉はなかった。
 首をひねりながら、教室を出ていくきり丸の後姿を。
 庄左ヱ門は、こぶしを握って見送った。

 

 

この時代によもぎの葉の保存技術があったのかとか、砂糖は白くなかったろうとか、食紅なんてのもないよなあとか、いろいろ自分にツッコミながら書いてました。
それはさておき。久々に庄ちゃんです。きり丸や乱太郎に、互いへの恋の芽生えがあるように、彼にも彼の恋の芽生えがあっただろうと、そう思って 書いたんですが。……ごめんね、庄ちゃん。恋は始まりからこんなんで……許してくれ。

 

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