カーネーションリリー
――さらさらと、砂時計の砂が落ちるような音がする。
それは砂時計ではなく、ペンバリーがペンを走らせる音だ。キッスは内心うんざりしながら言われるままポーズを取っていた。
ちなみに今の格好はシャツを一枚羽織っただけの、全裸に近い半裸だ。
もっとも、最初からこうだった訳ではない。
この所やけにペンバリーがまとわりついているなと思ったら、どうも自分が研究室で机に向かっている姿をスケッチしているらしい。別に邪魔ではないからいいけど、やはり気になる。キッスはちょいちょいとペンバリーを手招いて、話せないのを承知で聞いてみた。
「どうしたの? 僕なんか描いて楽しい?」
ペンバリーは巨大なひとつ目がついた羽虫で、胴体の先がとんがっていて、それで正確な似顔絵を描ける事からよく偵察に使われる。まあ紙は、誰かが手で持ってやるなりキャンバスを立てるなりしなければならないのだが、今回は空いた机を利用したり、壁に紙を押さえる係と描く係で二匹コンビでスケッチしているようなのもいる。
ペンバリーもベンチュラの子飼いのトリュプスや、ロズゴートから贈られたモスリープと同じくこの部屋のレギュラーで、普段は余り意識しないが、逆に言えばペンバリーだけがグリニデから派遣された監視役とも言える。だから突然自分のスケッチを始めたのもグリニデの差し金だろうが、意図を図りかねてキッスは首を捻った。
「僕の顔なんか今更珍しくないと思うんだけど……呼びつければすぐ見られるんだし。僕が逃げ出した時の捜索用かな? 逃げたりしないけど……あっ、遺影!? でも、こんなにいらないよね。あーもう、あちこち散らかしちゃって」
自分もそう掃除熱心とはいえないのを棚に上げて、キッスはペンバリーが書き散らかしたままになっている紙の束を集めようと立ち上がった。集めながら、女の子と違って煩雑に鏡を覗く趣味もないので、研究中の自分はこんな顔をしているのかー……と不思議な気分になる。
うん。まあ、どうでもいい。
どうでもいいけど、これの使い途は……キッスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
そこまで思った所で、ダンゴールが研究室の扉に姿を現したからだ。
監禁され、解放されてからひと月が経ち、体もかなり回復して、そろそろ来る頃だとは思っていた。この場合は実際に来たダンゴールではなく、その命令を下したであろうグリニデを指す。キッスはグリニデ専用の玩具だ。治癒能力のある玩具なので、壊しかけても放っておけば治る。
今回は派手に壊されたせいで時間がかかったが、むしろここまで放って置いてくれた事に驚きを感じる。
とりあえずの平穏な日々に別れを告げて、キッスはダンゴールについてグリニデの部屋に赴く。
「グリニデ様。キッスを連れて参りました」
ダンゴールが先に入り、キッスが続いた。中に入ってキッスは目を見張った。
ここは何処のアトリエだ。いや、絵画の専門学校か。
部屋の中央にでん、と置かれたベッドを囲むように、何脚ものキャンバスが立てられている。そのひとつひとつにペンバリーがついて、一斉にキッスを見た。察するところモデルは自分で、しかも、余りおおっぴらには出来ない類の絵を描かれるだろう事が伺える。キッスは目を背けた。
「どうした。そんな所に突っ立っていては、彼等の仕事が始まらないだろう」
グリニデはベッドとキャンバスを見渡せる壁近くに悠然と座って、キッスを差し招いた。
くい、とダンゴールがキッスの袖を引く。早く行け、という合図だ。
キッスが仕方なしに動くと同時にグリニデが立ち上がり、キッスに近付いた。キッスの頬に手をやる。
「……君は美しい、キッス君。本当に、美しい……だが、ロズゴート君がその美しさも一過性のものだと言った。成長して大人の男になるまでの、ほんの僅かな間だと」
頬から首に滑った指が、襟もとを緩める。
キッスは身震いした。
「なんというもったいない話だ。そして理不尽だ。もちろん大人になっても君は美しいだろうが、この繊細な、あえかな優美さは失われてしまうだろう、と。私はそれを永遠のものとしたい。君を殺して剥製にする事も考えたが、そうするとこの髪の艶や肌の滑らかさは消えてしまうだろうし、君の頭脳が使えなくなるのも困る。ならば絵画にして残そう。いついつまでも、私が今の君を愛でられるように」
えらく高尚ぶってはいるが、要はただのズリネタだろう。
乱暴にキッスは思う。グリニデにベッドに連れて行かれながら、キッスは細く息を吐いた。
「ふむ……」
グリニデはキッスをベッドの端に座らせ、好きにポーズを指示し、ある程度シャツをはだけさせて肌を露出させた所で、ペンバリーにGOサインを出した。ペンバリーは筆が早い。キッスは次から次へと違うポーズを取らされ、その度に服は薄く、剥ぎ取られていった。
今では袖を通している、というだけで、シャツの身ごろの部分は腰辺りでわだかまっている。そのまま自分で両の膝を持って開脚するよう命令された。キッスは大人しく従った。
「………っ」
恥ずかしい。視線がこんなに痛いものだとは知らなかった。
グリニデは壁際の椅子に座ってキッスを見ていたが、立ち上がると、一匹のペンバリーの描いたスケッチを手に取った。
「どうも、色気が足りんな……こんなものだったか? 君はもっといやらしい生き物ではなかったか?」
勝手な事を。腕ずくで暴行して反応するまでに仕立て上げたのは誰だ。
こんな訳のわからない絵を描かれる予定も、普通に生きていれば永遠に有り得ない筈だったのに。
「……あっ!?」
グリニデが近付いて来て、露わになったキッスの無防備な部分に触れた。
包まれて上下に擦られ、悲鳴を上げて、キッスは思わずその手を振り払おうとした。
打擲音。グリニデが平手でそこを叩いた。
「ひっ、う……!」
「誰がポーズを崩していいと言った!? 私は手で膝を支えていろと言った筈だ」
痛みに呻くキッスを無視してグリニデは二度、三度とそこを打ってから、ようやく矛を収めた。
まじまじとキッスを眺める。
「ふふ、いい色に染まったな。白い肌にそこだけ花が咲いたようだ。雄しべもあるしな。ああ、泣き顔もいい。己の無力と理不尽さと、屈辱と、快楽がない交ぜになった顔だ。君も自分で見てみればいい。ペンバリーが正確に君の表情を写し取ってくれる。楽しみにしていろ」
「いやっ……あ!」
開かせた足に、元通り自分で持っているよう言いつけてから、グリニデは中心に顔を伏せた。
ぬるりとした感覚に覆われる、そこから得体の知れない感覚が広がってゆく。
無意識に涙が盛り上がってくる。
それを余さずペンバリーにスケッチされている事を知りながら、それでもキッスは動けなかった。
――駄目だ。気持ち、イイ。
「閣下……閣下! やあっ、もう……っ……!!」
手は支えたまま、体をくねらせながらキッスは叫んだ。体が熱い。このままではどうにかしてしまう。
グリニデは根元を押さえて放出をせき止め、聞いた。
「どうして欲しいのかね、キッス君?」
意地の悪い質問にも、自分をつくろってはいられなかった。
「ああ……手を、手を放して。それから……」
「それから?」
「い――入れて。掻き回して! 僕を滅茶苦茶にして!」
もう自分が何を言っているのかわからなかった。ただ夢中で目の前の魔人に救いを求めた。
グリニデはキッスの上にのしかかり、袖から手を抜き、自分の背中に回させた。
「自分がいやらしい生き物だと自覚したのはいい事だ。褒美だ、受け取れ」
ぐ、と押し付けられる。キッスは息を呑んだ。
次に来る痛みに備え、体を強張らせ、全てを受け止め、グリニデが与える波に翻弄される。
キッスは声が枯れるほど叫んだ。
「あああっ! ああああっ!!」
グリニデはずい、と顔を近付け、
「全く……今日はモデルだけで帰してやろうと思っていたのに、ここまで素直に悦ばれると、放っておいたのが申し訳なくなってくるな……これでも自重していたのだよ? 君の負担を考えてな」
ククク、とグリニデはせせら笑った。
「それとも飢えていたのかね? 一ヶ月ぶりだものな。落ちた肉も、だいぶ戻ってきたようだな……肥満は好かぬが、適度な肉付きは必要だ。私の元にいて、栄養状態が悪いと思われては困る」
「や……動いて、動いて、閣下……っ!」
腰を止めて、じっくりと肌の下の厚みを検分し始めたグリニデにキッスは訴えた。
首に掻きつき、目の前にあるつるつるしたグリニデの胸に舌を這わせ、それでも足りずに足をグリニデの背後で交差させ、更に密着しようとした。
「そこまでされては、奉仕せずにはいられないな。良かろう、しっかり掴まっていろ」
「あ――っ!!」
待ち望んだ、それ以上の刺激にキッスは全身をのたうたせた。
さっきまでの懇願が嘘のように逃げを打つ体を固定され、ギリギリまで引き抜かれ、一気に穿たれる。
「ははは、吸い付いてくるぞ、キッス君」
上機嫌でグリニデはキッスを弄んだ。
キッスは完全に意識を飛ばしていた。どんなに理性で嫌がっても、体は何処までも貪欲にグリニデに向けて開いてゆく。もういい。こんな時はもう何も考えずに、おもちゃになり切った方がいい。グリニデもそれを望んでいる。
「ん、む……っ」
唇を塞がれる。大量の唾液が流し込まれる。全て飲み干し、ぴちゃぴちゃと舌を伸ばしてグリニデの口の周りを舐める。もっと、とまるでおねだりのように。
「ああ……いい、いい表情だ。だから私が多少無茶をしても、そんな顔をする君が悪いのだ。これが今だけの花だというなら、それを愛でて、手折って、何が悪い? 私の花だ。私が散らす為の花だ。君は私に抱かれて、好きなだけ感じて乱れればいい。私は全て見届ける」
グリニデの動きが速まった。グリニデも限界が近いのだ。
腰を高く抱えあげ、グリニデは自分の欲望をキッスの中に吐き出した。
満たされ切って、キッスは意識を手放した。
……キッスは割りとすぐに覚醒した。
さらさらと、耳につく不快な音。ペンバリーがスケッチする音。ベッドには自分しかいない。
はっと身を起こそうとして、疼痛にまたベッドに沈む。
その一連の動きを、やはり壁際の椅子に座って、グリニデがじっと目で追っていた。
「閣下……」
「少し、堪え性がなくなったのではないかね、キッス君? 監禁前までは、もう少し長く楽しませてくれた気がするが……まあいい。久しぶりだったからな。力尽きて、しどけなく横たわっている君も美しい。見るかね?」
ばさり、とグリニデがこれ見よがしに紙の束を振った。
あれには自分のあられもない姿が正確に描き出されているのだろう。普通に服を着た状態から、行為後、放心した表情までか。キッスは力なく首を横にした。
「……いいえ、閣下。……っ……!」
上体を起こした事で、体の奥から始末されずに残っていた恥ずかしい体液が降りてくる。
濡れたシーツの冷たさに、思わず身震いした。
キッスが身動き出来ないでいると、またもグリニデが近付いて来て、キッスを支えた。
「閣下……その絵を、どう、なさるおつもり、なの、ですか……」
掻き出そうとする指に意識を取られながら、途切れながらも、なんとかキッスは質問した。
グリニデは二本の指を器用に蠢かせながら、
「いずれ本の形にまとめようと思っている。出来上がった書物は私の研究室に置くから、他の者に見られる心配はしなくていい。私としても、君のこんな姿を私以外の者に見せるつもりはない。見せびらかしたい欲求も無いではないが」
キッスの体を押さえ、掻き出す以外の動きを加えながらグリニデは答えた。
「ん……?」
指を引き抜き、にちゃりと指先を捏ねる。
「気のせい……か? 私のものではない体液が混じっているような気がするが……」
キッスはもう聞いていなかった。
中途半端に火をつけられ、体は先程の行為で疲労困憊だが、それでも欲しい、足りないと思ってしまう自分がいる。キッスはぐい、とグリニデの手を取って、自分の奥に導いた。押さえつけなくとも、もう逃げない。
「……お願い……!」
疲れた体が、それでも少しでも楽にグリニデを受け入れられるように、変化したのだと気付いたのはもう少し後になってからだった。後で後悔と自己嫌悪にまみれるとしても、今、欲しているのはグリニデの指と、その雄だった。
絵の行方もペンバリーもどうでも良かった。
この瞬間、キッスは身も心も完全に、グリニデの玩具と堕した。
「あ……あ、あ……っ」
グリニデはそれを知ってか知らずか、堕ちたキッスの欲に応え、貫いて、キッスを責め始めた。
< 終 >
>>>2011/12/21up