薫紫亭別館


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ナイトフィッシングイズグット

 ――怖い。
「そう硬くなるな。初めてでもあるまいし」
 グリニデはそう言って笑うが、体の震えは止められない。
 これまでに二度、キッスはグリニデの精を受け入れさせられた。そのどちらも後一歩の所で生を拾って、それまでしていた行為が児戯でしかなかった事をキッスは思い知らされた。そして、今夜で三度目となる。
 かたかたと歯の根を鳴らすキッスを引き寄せ、グリニデはベッドに横たえた。
 キッスの上にグリニデが伏せて、少しずつ衣服をくつろげてゆく。
 体重はかけられていないから苦しくはないが、ひどい圧迫感がある。
 息が苦しい。
 今すぐこの上の体を撥ねのけて逃げ出したい。
 だが現実には、キッスは自分の身を強張らせ、きゅっと目を瞑って、魔人の好きにされるがままだ。
 下手に抵抗して、グリニデの嗜虐心を煽る事の方が恐ろしい。
「いい子だ……そう、大人しくしていたまえキッス君。悪いようにはしない」
 まるで説得力がない。
 キッスは、きつい花の匂いのする香油でぬるついた指を差し入れられながらそれを聞いた。


 自分以外に、グリニデの相手を務める人間がいると知ったのは、ダンゴールの言葉からだった。
 まだ記憶も生々しい、二度目に暴行されたあの夜、ダンゴールはグリニデに共する為にキッスを風呂に漬けながら告げたのだ。ダンゴールから見ればただの世間話、むしろキッスを元気づける為に言ったのかもしれないが、その内容は驚愕だった。
 グリニデが気に入ってその人間を抱くならいい。
 が、そうではなく、一度目のキッスへの行為を鑑みて、さじ加減を覚える為にわざわざ連れて来られたらしい。キッスは生死を彷徨ったが、彼等は完全にモルモットとして扱われ、死んでいったらしい。
 むろん、それを知ったキッスは暴れたが、穴にまで洗浄水を注ぎ込まれて洗われて、そんな気力も失っていった。いずれにせよ、二度目の時もキッスは殺されかけたのだから、グリニデの向学心も余り役に立ったとは言い難い。それなら、彼等は何の為に死んだのだろうか。
「………」
 キッスはキッスに許された養生期間の全てで考えていた。
 恐らく、自分が一人でグリニデを引き受けるのがベストなのだろう。それはわかる。他の皆はとばっちりで死んだようなものなのだし、キッスさえいなければ、グリニデも人間を試してみようとなど酔狂な考えを起こす事はなかっただろう。でも……、とキッスは躊躇する。
 幸い、これまでは大丈夫だったが、この次は死ぬかもしれない。
 そのリスクを犯しても、グリニデの行為を受け入れる覚悟が自分にあるだろうか?
 ベッドを離れる事が出来るようになると、キッスはその足でロズゴートの部屋へ向かった。人間を用意したのはベンチュラではなく、ロズゴートだと聞いたからだ。ダンゴールからの又聞きではなく、当事者に話を聞きたかった。さすがにグリニデ本人には問えなかったが。
 果たしてそれは本当で、親切にもロズゴートは捕らえた人間達をその時まで保管している雑居部屋まで案内してくれ、打ちひしがれて、キッスは自室に戻った。あれを見ては、自分が責任を取るのは当然だ。だから体が回復して、いずれ来るだろう呼び出しにも、心の準備をして待っていた筈だった。
 なのに足が震える。行きたくない。
 這うような心持ちでグリニデの寝室の前に立ち、ノックをするのに、多大な時間を要した。
 これまでの二回は、グリニデからキッスの部屋へやって来ていた。キッスからグリニデを訪室するのは、子供の遊びに過ぎなかった以前の行為以来、初めての事だ。
「く……っ!」
 自分の中でグリニデの指が蠢く。
 大丈夫、これ位なら慣れている。耐えられないのは、この後だ。
 口で許されていた頃が懐かしい。
 熱く、長大なもので内臓を直接掻き回される痛みに、キッスは必死で耐えた。
 全てが終わって解放された時、吐精しているのが自分でも不思議だった。
 一体いつの間に。
 大型の魔物の手を借りて自室へ戻って、べたべたした体を洗い流す。湯は、ダンゴールが部屋に用意させてくれている。ここまでが、キッスの夜の日課となった。
 執拗に何度も求められなくなったのだけは幸いだった。
 自分が忠誠を誓った事で、グリニデも安定したのかもしれない。そこはかとない余裕を感じる。
 これなら、……我慢出来るかもしれない。
 三度目に呼び出されてからこちら、ほぼ毎日相手を務めているが、余り無茶な要求をされる事はなくなった。グリニデも一晩で病院送りにするような抱き方をするよりは、細く長く、使役する方がいいと判断を下したのかもしれない。ただ、疲労は溜まる。
 その夜、キッスはグリニデを満足させる前に、気を失ってしまったらしい。
 最中に気絶すると、大抵、頬を何発か張られて意識を取り戻させるか、構わず腰を使われて、激痛で目が覚めるかなのだが、その夜はそうではなかった。キッスは、ベッドが揺れているのに気付いた。
 まだ完全に覚醒はしていない。半醒半睡の状態で、キッスは今の状態を探った。
「………!?」
 ぴり、と背筋が緊張した。誰かいる。グリニデと、自分以外に。
 キッスはグリニデに背を向けて、横向きに、胎児のように丸まって寝ている。穿たれたそこが熱を持ち、赤く腫れ上がっているのがわかる。そこに視線を感じる。グリニデの視線。
 グリニデは自分に視線を定めながら、その誰かを苛んでいる。声が聞こえないのは、枕に顔を押し付けられているからだろう。その誰かはもがき苦しみ、何とかグリニデの下から這い出そうと懸命に足掻いていたが、やがて四肢の動きが弱まり、完全に動かなくなった。
 死……、
 死んで、しまった……!?  急速に意識が浮上しても、キッスは動けなかった。信じられない。
 グリニデは尚も死体に挑み、どうやら上り詰めたらしく、ふう、と満足げに咽喉を鳴らした。そして、ただの物体と化したその誰かをベッドから払い落し、手を叩いてダンゴールを呼んだ。
「捨てておけ。それから、キッス君を部屋に戻して、寝かせておくように」
「はい、グリニデ様」
 ダンゴールは死体の処理を蟻達に任せ、自分はキッスの脱いだ服やマントでキッスをくるむと、そのまま抱き上げてグリニデの寝室を辞した。自室へと続く廊下を運ばれながら、起きていると感付かれないよう、キッスは体を強張らせ続けた。
 無限の時間が過ぎ去ったような気がした。
 ようやく自室へ着き、ベッドに寝かされ、ダンゴールが出て行ってしまうと、キッスは弾かれたように身を起こした。号泣したいのに声が出ない。
 何だ、今のは!? もしかしてグリニデは、これまでも足りずに、自分を帰した後もああやって誰かを虐げていたのか!? キッスは自分がとんでもない思い違いをしていた事に気がついた。自分が相手をしている以上、他の皆の出番はないと思っていたが、そうではなかったのだ。
「……う……っ」
 吐きそうだ。キッスは手で口を押さえた。
 自分の馬鹿さ加減を呪いたくなる。天才だの何だの持ち上げられても、グリニデの変化が何に起因しているものかもわからない。グリニデに余裕があるのは彼等がグリニデを引き受けてくれていたおかげで、無理を強いられなくなったのもそのせいで、庇ったつもりがキッスの方が助けられていた。
 どうして自分はもっと雑居部屋にいる彼等と話をしなかったんだろう。
 もっと頻繁に訪れていれば、人数が減っている事も、顔ぶれが変わった事にも気が付いたかもしれないのに。一度訪ねただけで、ロズゴートに安否を聞く事さえしなかった事が悔やまれる。
 キッスの罪が、どんどん膨れ上がってゆく。きっともう、一生費やしても償えない。
 どうすればいい。
 これ以上罪を重ねない為に、キッスは重大な決心をした。


「僕以外の人間を抱くのはやめてください、閣下」
 グリニデは面白そうに口角を上げ、敷き込んだキッスを見下ろした。
「構わんが、相応の自信はあるのかね? 今は他の人間に分散している私との夜を、君が全て受け止めて、満足させられるというのかね?」
「……はい……!」
 キッスにとってもこれは賭けだった。
 この体に、それほどの価値があるのか!? グリニデは、どこまで自分を重用してくれるのだろうか?
 予想よりはあっさりと、グリニデは承諾してくれた。どこまで本気かはわからないが。
 グリニデはキッスの覚悟を試すかのごとく、乱暴にキッスに押し入った。
 脳天まで突き抜ける痛み。
 だが、気を失っている場合じゃない。気絶すれば、また誰かが連れて来られるかもしれない。
 キッスは腰に力を込め、グリニデの快楽の為に奉仕を続けた。
 きっとこれが罰だ。何も知らずに、他の人間を犠牲にしていた自分への。
「あ……あっ、あ……っ!」
 涙が流れた。
 キッスは尽きる事を知らないグリニデに、夜が明けるまで際限なく揺らされ続けた。

<  終  >

>>>2011/4/19up


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