薫紫亭別館


ビィトtop



お金がない!

 ビィト戦士団一行、といっても三人……は、予期せぬ赤貧を強いられていた。
 一番最近に加わった新入り・キッスが犯罪者だった為だ。
 バスターは魔物を倒して報奨金を得る。正義の勇者というよりは、まあ一種の賞金稼ぎみたいなものだ。世間の評価もそんなようなものだし、バスター自身、そう割り切っている者も多い。で、その報奨金を得るためには、鑑定小屋へ行って倒した魔物の鑑定をして貰わなければならないのだが……鑑定方法がバスターの瞳に映った網膜鑑定なものだから、バスターが取ったいい行動も悪い行動も、すべて鑑定士に筒抜けになってしまうのである。
 まあバスターのプライバシー云々の話は置いておこう。本人もその辺は納得ずくでバスター稼業に就いたのだろうし。
 しかし、時にはバスター稼業からドロップアウトしてしまう者もいる。
 そのままドロップアウトしていれば特に問題ないのだが、更に心変わりして、もう一度バスターに戻る者も、少数だがいないわけではない。当然、その過程も鑑定小屋に行けば鑑定士の目に映る。少々恥ずかしいが、後ろ暗いことさえしていなければ一人の鑑定士に知られるだけで済む。鑑定士が鑑定するのは、最後に焼き付いた前の鑑定士の顔からだから、それ以前の情報は次からは読み取られることはない。
 だが、あくまで、後ろ暗いところが無ければ……の話である。
 キッスの場合は敵たる魔人の下で働いていたこともあって、やましいことだらけだった。
 それも、魔人の中でもかなりの格上、『深緑の智将』グリニデの部下だ。
 実際にしていた仕事といえば遺跡の発掘や古代魔文字の解読などで、直接的に人間を攻撃していたわけではないが、それでも、上に知られればまずい状態に変わりはない。上、すなわちバスター協会の事だが。
 それで、ビィト戦士団はキッスの過去を知られない為に、せっかく倒した魔物や魔人の報奨金を得に鑑定小屋へ行けないでいた。真っ先にキレたのが戦士団の紅一点、出納係のポアラで、それは木の根や虫を食べる野宿生活がこれからもずっと続くと思えば、皮肉のひとつも言いたくなろうってモンである。
 今日も今日とて、キッスはポアラからの風当たりに耐えていた。
 キッスも思うところがないわけでは無いのだ。幾らビィトと虫やら木の根やらを食べて食費がかからないとはいえ、たまにはまともな食事もしたいし、宿屋にだって泊まりたい。
 といって、鑑定小屋へは行けないし自分には他にお金に出来るような特技もないし……と、相変わらずふらついた足取りでキッスがビィトとポアラの後を歩いていた時だった。二人が立ち止まった。ポアラが怒った口調で言うのが聞こえた。
「あっち行きなさいよ! あんた達にやるお金なんて、1マギーだって無いんだから!」
 キッスは思わず正面を見た。道の進行方向に、マスコットにしたいような茶色い毛並みのちいさなモンスターが数匹いた。カネック、という魔物だ。
 ……カネック?
「こちとら倹約を余技なくされてるんだからね、あんた達に恵んでやれるほど余裕は無いの!!」
 ポアラは脅しのつもりか手のひらに炎の天力を集め始めた。
 それをカネックに向けて撃たれる寸前に、キッスは叫んだ。
「ま……待って、ポアラ! 僕に話をさせて!」
 ポアラは振り向き、
「何よ!? カネックと何の話があるっていうの? 大体こいつらモンスターだし、どうやって話をするっていうのよ!?」
「まあまあ。僕に任せてポアラ、ビィト」
 キッスは二人を押しのけて前に出た。
 カネックはお金、つまり硬貨を食べるモンスターだ。流通貨幣が硬貨のみの人間には、ある意味もっとも困った魔物といえる。普段は大人しいが、エサのお金が貰えないとわかると凶暴化する。わかると、というくらいだから、必ずしもこちらの意思が通じないわけでもない。キッスは魔人と魔物に混じって暮らした二年間に、それを学んでいた。
「あのね、お願いがあるんだけど……」
 小声でキッスは切り出した。
「何をしゃべってるのかしら? キッスは」
「さあなあ。でも、キッスが任しとけって言うんだから、任しといてもいいんじゃないか?」
 ポアラの問いに、大物の片鱗らしい鷹揚さを見せてビィトは答えた。
「ポアラーっ」
 キッスは大声でポアラの名前を呼ぶと、慌てたように引き返してきた。
「ポアラ、ね、君、櫛持ってるよね!? 貸してくれる!?」
「持ってるけど……一体何に使うの?」
「いいから早く! 待たせちゃってるから!」
 何を待たせているのかわからないままポアラは自分の荷物から櫛、というかブラシを取り出した。
「ありがとう!!」
 キッスはブラシを受け取ると、カネックの所に立ち戻り、ぺたんと膝をついて座った。
 一匹のカネックを膝に乗せ、借りたブラシでカネックの毛を梳き始める。
「ち……ちょっと、キッス! 何すンのよ、あたしのブラシでっ!!」
「ごめん、新しいの買って返すから、許して!」
「な、こと言ったって、アンタお金なんて持ってないじゃないのよおおっ!!」
 ぽん、とビィトがポアラの肩を叩いた。
「まあいいじゃんブラシの一本くらい。キッスが買って返すって言ってんだしさ、きっと何か考えがあるんだよ」
「あんたはキッスを甘やかし過ぎなのよっ!」
 ビィトがポアラをなだめている間にも、キッスは機嫌よくカネックの耳から尻尾まで、ブラシをかけてやっている。カネックの方も完全に伸びきって身を任せている辺り、実に気持ち良さそうだ。
「ポアラ。ビィトも。ケンカしている暇があったらカネックの背中撫でてやってくれない? 耳のつけ根とかあごの下とか、掻いてあげると喜ぶから」
「誰のせいでケンカしてると思ってンのよーっ!?」
 言いつつ、カネックに手を伸ばすポアラだった。ビィトはそんなポアラとキッスを見てへへ、と笑うと、自分もカネックを抱き上げた。何故かブラッシングしている筈のキッスが、
「お客さん、凝ってますねえ」
 などと言っている。それはそれで、平和な光景だった。
 いつのまにやら最初は数匹だったカネックが数十匹に大増殖していたりしたが、それもまた、童話の中のような光景ではあったろう。……キッス達の手間はともかく。キッスは一匹一匹、丁寧にブラシをかけていった。集まったカネックのすべてにブラシをかけ終わる頃には、もう夕陽が落ちる時間帯だったりして、さすがにへろへろになったキッスだったが、それも、カネックが持ってきてくれた待望のもので帳消しになった。
「い……10000マギー硬貨! いいの!?」
 カネックがキッスに手渡したのは庶民にはほとんど縁のない、10000マギー硬貨だった。
 普通の硬貨より一回り以上大きいそれを、震える手でつまみ上げてキッスはカネックに礼を言った。
「ありがとうありがとうっ! 君達のおかげで僕らもしばらく食い繋げるよっ。これから先も君達の仲間を見たら、出来るだけブラッシングしたり、マッサージしたりするからねっ!」
 硬貨ごと一匹のカネックを抱き上げて、ひたいを擦り付けたり鼻ちゅーしたりしているキッスに何か間違っている部分を感じながらも、無言でキッスをビィトとポアラは見守っていた。巣へと戻ってゆくカネックの集団を見送ると、キッスは上機嫌でビィトとポアラに向き直って、
「見て見て、10000マギー硬貨! これだけあれば、しばらくお金の心配しなくて済むよっ」
「い、いや……そりゃ見ればわかるけどさ」
「なんだって、あンたにカネックがお金をくれるのよっ!?」
 キッスは一瞬きょとん、とした表情を浮かべ、
「え? これは正当な労働の報酬だよ。僕達三人、みんなでカネックの毛づくろいしたじゃない。それの、報酬。まあ、まさかこんなに沢山貰えるとは思わなかったけど」
「それもなんとなくわかるけど、いつ、そんな取り引きしたのよ!? あンたもしかして、カネックの言葉がわかるの!?」
 今度こそキッスは本当に驚いた顔をした。
「わからないの!?」
 キッスの言葉にポアラは少々悔しそうに口もとを歪めた。
「わ……わからないわよ、悪かったわね! あンたは魔人と一緒に暮らして魔物の言葉も話せるかもしれないけど、こっちは普通の一般人なんだから、仕方ないじゃないの!」
「僕だって完全にわかる……話せるってワケじゃないよ。話し掛けたのも人間の言葉でだし。でも、同じ生き物なんだから、こっちが誠心誠意話せば、結構わかってくれるもんだよ。特におなかがすいたとか、本能に根ざした欲求の場合は。今のはおなかがすいたから、君達の食料を分けてくれって頼んだんだ。その為の交換条件にカネックが持ち出したのがブラッシングで、僕らはきちんとやり遂げた。だからカネックも約束を守って、彼等の食料を分けてくれた。何も問題はないよ。他に質問ある?」
 どことなく教え諭す口調になっているキッスに反感を持たなかったといえば嘘になるが、
「キッス……あんた、現れたのがカネックでなくとも、同じことした?」
「さあ……それは、しなかったかもしれない、けど……」
 いつもの困ったような苦笑いを浮かべて、キッスは語尾を濁した。
 やっぱり……! とポアラは思った。
 キッスには、カネックの食料が硬貨だったことも計算ずくだったのだ。もちろん、硬貨が手に入れば結果的におなかは膨れるから間違ってはいないわけだが、カネックでなければ、取り引きを持ち出すことも無かっただろう。侮れないヤツ……とポアラは思い、ビィトの袖を引っ張った。
「……ちょっと、どーいうヤツなのよキッスって。あんたの方がよく知ってるでしょ?」
「どーいうって?」
 ポアラは天然単純馬鹿に聞いたことを後悔した。
「……ま、いいわ。これからずっと一緒に旅を続けて、イヤでも知るようになるだろうし」
 ポアラはポアラらしい切り替えの早さを見せて、ふっと息をついた。
 キッスはひと足早く先を行っている。
「ビィトーっ、ポアラーっ」
 キッスが呼んだ。
「このお金で今日は宿屋に泊まろう? あ、その前にポアラに新しい櫛買ってからね。早く次の町に着かないと店が閉まっちゃう。だから急いで、二人とも!」
 前途多難なような気もするが、それなりに幸福そうな明日に向かって、三人は小走りに駆け出した。

<  終  >

>>>2003/10/31up


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