薫紫亭別館


ビィトtop



レクイエム

 ……みっともない姿を晒してしまった。
 女の子の前で、ビィトに促されたからとはいえ、素直に大泣きしてしまうなんて。これだから僕は気が弱いとかもろい所があるだとか、言われてしまうのに違いない。
「どこへ行くの? キッス」
 立ち上がった僕を見て、当の女の子──ポアラが言った。
「ちょっと、頭を冷やしに……ビィトを頼むよ、ポアラ。ここなら多分、見つかることは無いと思うけど」
 ロズゴートを倒した後、スイッチが切れるように寝入ってしまったビィトを僕は岩陰に移動させた。ビィトは三日起きていて、一日眠る……という特異体質の持ち主だ。ポアラからの情報によると、あんまり消耗が激しかった場合にも三日を待たず、眠ってしまうらしい……これは覚えておかなくちゃ。これからビィトと行動を共にするなら、こちらの弱点は、きちんと把握しておかないと。
 でも、その前に……。
 夜だった。僕はビィトをポアラに任せて、今日戦いを終えた場所まで戻った。
 ロズゴートのマントが落ちていた。体は、霧散してしまって跡形も無い。
 僕はそのマントを拾うと、更に足を進めた。
 そう遠くない所に、巻き添えになって落ちた大怪蝶の死骸がある。僕はその事実にも心を痛めながら、すぐに目的のものを認めた。
「……ベンチュラ……!」
 ビィトの、サイクロンガンナーの一撃によって、命を落としたベンチュラだった。ベンチュラも、ビィトとフラウスキーの死闘の煽りを喰らったようなものだ。本当は、ベンチュラはフラウスキーを助けに来ていたのに。それが計算された、見返りを要求するものだったにしても。
 フラウスキーの核は見つからなかった。でも、フラウスキーが亡くなったのはここだ。
 僕は炎の天撃を一発、地に向けて放つと、大きな穴をつくった。
「………」
 半分焼け焦げたベンチュラの死体と、ロズゴートのマント、大怪蝶の羽も一緒に、その穴の中に僕は丁寧に安置した。何も残っていなかったフラウスキーだけは、仕方なく大怪蝶とベンチュラが残っていた辺りの、灰と土を混ぜてその代わりとした。
 僕は膝をついて短く祈った。こんな荒地にはたむける花も咲いていない。
 土を戻し、穴を埋める。盛り上がった土山の上に、せめてもと、石を幾つか積んだ。
 彼らは──魔人だったけれど、僕の同僚でもあったのだ。
 深緑の智将、グリニデ様の。
 毒の腕輪をつけられて、半分以上、虜囚のようなものかもしれなかったけれど、ロズゴートのように忠実にお仕えしている者もいたし、ベンチュラのように、隙あらば逃げ出そうと思っていて、しかしすぐに見透かされて、何度も罰を受けている者もいた。
 フラウスキーのことは……実はよく知らない。なんでも、暗殺専門だとかで、味方の前にすらほとんど現れなかった男だ。フラウスキーも、どちらかというと好んでグリニデ様の配下になっているように僕には思えた。グリニデ様の下なら仕事、この場合仕事とは暗殺なわけだが──やりやすいようなことも言っていたし。これなら、腕輪がなくとも同じだったかもしれない。
 僕は……僕は『捕まり組』で、確かに無理矢理配下にされてしまったのだけど──。
 僕らは、うまくやっていた……と、思う。
 『捕まり組』であろうと無かろうと、グリニデ様は公平に僕らに接してくださっていたし、人間だからといって、特に差別されることも無かった。僕が魔人にどこか好意を抱いているのは、きっとそのせいもあるのだろう。人の間で、捨て駒として放り出された記憶は、僕の中で一生消えない。
 それは僕の心にどうしても消えない忌まわしい傷として残るだろう。
 だからといって、どんな理由があろうと一度は人間を裏切り、魔人側についた僕に、僕を見捨てた人々について何を言う資格も無いけれども。
 そうして今また、僕は魔人側、グリニデ様を裏切り、人間の側につこうとしている。
 ビィト。二年前、ごく短い期間ではあったけれど、一緒に冒険をしていた少年。
 彼が、僕を人間の側に引き戻した。
 僕は一度、彼を見捨てた。もちろん、葛藤もしたし、心も痛んだ。どうしようもない、グリニデ様の命は絶対なのだから──と、自分に言い聞かせながら、ビィトが生きていてくれたときは、心の底から安堵した。良かった……と思った。無意識に涙まで流していた。
 だが、二度、見捨てることは出来なかった。
 結果、僕はビィトと協力して、同僚であるロズゴートを倒した。
 ベンチュラとフラウスキーは、先に、ビィトのサイクロンガンナーによって滅していた。
「……ごめん……」
 三魔人と大怪蝶の墓の前に立ち、僕は頭を垂れた。
 寡黙なロズゴートも、こすっからい、という形容詞がふさわしいベンチュラも、ほとんど喋ったこともなかったフラウスキーさえ、僕は嫌いではなかった。二年間、僕の居場所は彼らの中にあったのだ。
 できれば対峙したくはなかった。でもそれは無理な注文だった。暗黒の世紀、という時代が人間と魔人とを隔てていた。
 そんな時代の中で、僕は人間とも魔人ともつかず離れず、どっちつかずな立場で──浮いていて、ロズゴートの説得にも心動かされなかったわけではない、ほんのちょっとしたことで、僕はどちらに転んでもおかしくない場所にいて、ただし、今度はビィトがそこにいた。ビィトが僕に思い出させた。世界一の天撃使いになる、という夢を。
 これは誰でもない、僕が自分で、なりたい……やりたいと思ったことなのだ。
 今でも僕は、自分がそんな大それた者になれるとは思っていない。なりたい、とは思うけれど、それと才能はまた別のものだし。
 なにより、僕は二年もグリニデ様の下にいて、その間何も修業していないのだ。
 グリニデ様がつけた腕輪は、僕が天撃を一回使っただけでも毒が刺さる、というものだったから。
 ビィトは今眠っている。
 だが、目が覚めたらきっと、グリニデ様を倒しに行く、と言うだろう。
 才牙をふたつもみっつも使えるビィトと違い、鍛錬を怠っていた僕には、余りビィトの役には立たないだろう。少しでも足を引っ張らないように、心がけるのみだ。そしてそんな僕が、グリニデ様と戦って無事でいられるとは思わない。グリニデ様は、本当の通り名は「血塗られた獣」と言われているようだし、部下を三人もイッキに亡くし、内一人は裏切ったと聞かされたら、必ずグリニデ様はその裏切り者を嬲り殺さずにはおかないだろう。それは、ビィトに寄せる憎悪をも上回るはずだ。
 だから、僕も……すぐにそこに行くよ。ベンチュラ、ロズゴート、フラウスキー。
 そっちに着いたら、幾らでも恨みごとを聞こう。殴ってくれたって構わない。必殺技の練習台にされても。
 それで、殺された君達の気持ちが少しでも晴れたらいいのだけど。
 ビィトには生きていて欲しいと思う。もし本当に危機に陥ったら、僕が囮になるから、僕が殺されている間にビィトに逃げて欲しいと思う。
 こんなことを考えているなんて、とてもビィトに言えやしないけど。
 でも僕は一度、死、というものを覚悟したせいか、死がそれほど恐ろしいものだとはもう思っていないんだ。
 それが、ベンチュラや、ロズゴート、フラウスキーのいる場所だと思うと、なおさら。
 人間と魔人が同じところへ行けるのかわからないけれど、いずれは、人間が殺した妖怪達や魔人に殺されたりした人間達の、消えていった全ての生き物達の後を、僕も追うのだ。
「だから……それまで待っていて。みんな」
 僕は三魔人の墓に背を向けた。
 ビィトが目覚めるはずの、一日の朝が明けようとしていた。

<  終  >

>>>2003/7/15up


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