薫紫亭別館


塔top



フラワーヘッド


 頭に花が咲いている。
 比喩でも何でもなく、頭に白い花が咲く新種の花粉症に魔道士の塔は湧いている。
「ダイ、大当たり――ィ」
 ガランガランと福引に使うようなベルを鳴らし、手際よくポップは学生達を捌きながら、
「んじゃダイはそっち並べー。全員、自分の番号は覚えてるな? 今日、発症しなくても、明日になったら花が咲くかもしれないから、体調には注意しろよ。一応全員にアンケートとるぞー。気分が悪くなった奴は早めに救護班に申告なー」
 ダイは他の頭に白い花が咲いた学生達とひとまとめにグループ化され、配られたアンケート用紙に記入を始めた。何故こんな事になっているかというと、昨日、1から10まで番号の振られた小瓶を前にして、さあ選べ、と言われて選んだ結果だ。中には黄色い花粉が詰まっていた。
 花粉症の症例を調べると言ってひと嗅ぎして、同じ番号になった学生達に回す。
 塔の学生達にはくじ引きで均等に割り振った。ポップはダイと同じく自分で選んだ。運の良さのパラメーターが上限振り切って抜群にいいポップは、絶対にこういう時、当たり、いやハズレを引く事はない。ちょっと羨ましい。こんな症状だとは、ダイは予想もしていなかったが。
「申し訳ありません、勇者様……」
 大きな体躯を縮こまらせて、エドモスが赤毛の頭を下げる。そこにも花は咲いている。
「いいよ。オレは塔の学生じゃないから断る事も出来たのに、そうしなかったオレが悪いんだから」
 ふう、と息をついてから、ダイはエドモスを慰めた。
 事の始まりはこうだ。
 エドモスが派遣されているカールの学舎で、突然頭に花が咲く、という奇病が発生した。
 咲いた花の形から、それはエドモスが以前採取して栽培していた冬虫夏草の一種、とまではわかったが、はて、どうすれば発症を抑えられるのか、治療出来るのか、皆目見当がつかない。ちなみに、花は一重のマーガレットやデージーをもう少し小ぶりにしたような形で、結構可愛い。
「オスカー君がいれば講義に支障はありませんから。エドモス君は魔道士の塔に戻って、ポップ君達と共に薬の研究に励んでください」
 にっこり笑ってカール国王アバンはエドモスをパプニカの魔道士の塔に送り返した。
 言外に、薬が出来るまで戻ってくるな、と言っている。アバン先生も結構ひどい。
 仕方なくエドモスはその時咲いていた冬虫夏草の株を鉢に植え替え、残りを処分して、しょんぼりと魔道士の塔のドアを叩いた。塔のあるじである大魔道士・ポップは、
「塔の中だけの問題なら自分で責任取れ、というトコなんだが、今回はカールも巻き込んでるしな」
 と、こちらもにっこり笑って温かくエドモスを迎え入れ、全面的な協力を約束した。
 題して、『みんなでエドモスに恩を売ろうプロジェクト』。
 みんなで一丸となってエドモスを助け、早朝ジョギングとポップは飲み物係からの解放、それから、まだ実行していないがそのうち無記名で、エドモスにしてほしい事を全員に募る事になっている。エドモスは、どんな託宣が下るのかと戦々恐々としているようだ。
「花粉が原因らしい、所までは自分で突き止められたんですが、その先が……」
 エドモスはつぶやいた。
 厳密には花粉症、ではないらしい。が、詳しく調べようにも、カールの生徒達をサンプルにする訳にはいかない。同僚のオスカーには早々に逃げられた。しかしエドモス一人では症例が少な過ぎる。
 ので、咲いている冬虫夏草から花粉を採取し、株ごとに番号を振って、塔の学生達が自分の体を実験台にして自ら病気になり、その経過を観察……しているのが、現在の状況だ。
「ひっこ抜く事は出来ないの?」
 ダイはエドモスに聞いてみた。
「出来ますが、少々グロいですよ。皮膚に穴があきますから」
 なるほど、それはちょっと気持ち悪いかもしれない。想像して、ダイはげんなりした。
「なーに悲観してるんだよ!? 相変わらず心配性だなー、ダイは」
 ポップが明るく割って入った。
 ダイは記入したアンケート用紙をポップに渡しながら、
「でもさ、もー少し簡単に……魔法で何とかならないの? 例えば、毒消しの呪文とか」
「毒じゃないからキアリーは効かなかった。回復呪文なら、ほら」
 ポップはハーベイを指差した。
 魔法指南役のハーベイは塔きっての美少年なので、頭に花が山盛り咲いていても絵になる。
「うわあああ、どーして僕はこんなマスターのいる塔なんかに来てしまったんだああっ!!」
 回復呪文をかけられたハーベイは涙を拭いながら外に走り去って行った。
「ンな、バリバリ初期に押しかけといて、何言ってんだ今更、だよなあ?」
 肩をすくめてポップは言ったが、いや、初期メンバーだからこそ、だろう。
 大魔道士、という肩書きと偉業に目がくらんで押しかけ弟子になったはいいが、今ならだいぶ化けの皮が剥がれてきた気がするので、新規に塔に入ろうと思う者はもう少し考えるかもしれない。
 ダイがしみじみしていると、ポップは何か誤解したのか、
「心配するな、我が塔の誇る頭脳班を信じろ。絶対に特効薬を見つけてくれる」
 力付けるように、ダイの手を握りしめて励ました。
 塔には魔法を学ぶ、身につけるより、研究や実験を永遠に繰り返していたい、というタイプが一定以上いて、実はポップの直弟子ナンバー・1、塔主代理のスタンもこのタイプだ。いや別に不安じゃないけど。命に別条はなさそうだし。
「ありがと、ポップ」
 ダイは素直に礼を言った。
「ポップこそ大丈夫? 頭痛とか、本当に他に症状はないの?」
「ああ。体液の交換では影響ないみたいだな。もーちっと経過観察してみないとわからないが」
「………」
 珍しくお誘いがあったのはそういう訳か。姫さんや城の人間に移してもいけないしな、と言われて昨夜は塔のポップの部屋に泊まった。下半身の欲望に負けた自分を呪いたい。
 ふと気付くと周りの学生達が白けたような生温い目でこちらを見ている。
 ハーベイみたく、自分もうわーん、と泣きながら逃げて行きたいが、勇者たるもの、余り取り乱した姿は見せられない。大魔道士は自分がここの最高権力者なので、弟子達がどう思おうと構わないようだ。
 ポップとの関係は確かにレオナ公認、公然の秘密ではあるけれど、でもちょっと生々しいから、こう、表立った場でそういう事を言うのはやめて欲しい。第一、恥ずかしい。
「行こうぜ、ダイ。後は我が優秀なる頭脳班に任せてさ」
 ぽん、とダイの肩をひとつ叩いて、ポップが遊びに行こうと促す。
「え? だって、協力……」
「オレ達がアレに協力出来ると思うか?」
 くい、と顎をしゃくる。
 その先では、頭脳班らしき学生のグループが、問題の花粉はF1品種のみとか、元々の固定種は……とか、F2世代では無害なんじゃないかとか、回収したアンケート用紙を見比べながら、えらく専門的な単語を飛び交わしている。冬虫夏草を変容させてしまった張本人であるエドモスもその輪に加わった。
 ポップはともかく、確かに自分には無理そうだ。
 ダイはそろそろとポップと共に外に出ようとした。が、見つかった。
「マスター! 勇者様! 余り遠くへ行ってふらふらしないでくださいよ。塔以外の人間に症状が出たら、ややこしい事になりますから。同じ理由で、ハーベイを見つけたら、さっさと帰るよう言ってください。あいつには塔のナンバー・1、その2という自覚が足りません」
 まとめて怒鳴りつけられる。
 ナンバー・1、その2のハーベイより、塔主であり師であるポップの方が自覚が必要ではないだろうか。
 ダイは頭をかかえた。といって、見放されている訳ではない。呆れられてはいると思うが。
「ダイ。外へ出たら、こっそりオレの部屋へ戻って、ヤろうぜ。ハーベイの事はほっといてさ」
 ポップが小声で耳打ちする。むう、とダイは顔を歪めた。
「……それも実験の一環なんでしょ」
「嫌か?」
「嫌じゃない……けど!」
 多分……自覚なら、ポップは誰より持っている。
 あれで学生達は、ポップの事を誰より尊敬して、頼りにしている。何かあれば、ポップがフォローしてくれると知っているから、学生達は失敗や不測の事態を気にせず好きに立ち回れるのだ。それは、勇者である自分も同じかもしれない。
 塔の最上階にあるポップの部屋へ窓からトベルーラで入って、ご機嫌にくすくす笑うポップを押し倒す。
 これ位の役得は許されるだろう、これも協力しているのには変わらないだろうし。
「………」
 以前、小耳に挟んだ事がある。
 指導者には有能な怠け者がふさわしい、と聞くけど、それならポップは打って付けの人材なんじゃないかな、とダイは思う。それなら自分は、さしずめ有能な働き者、といった所だろうか。自分の事を有能、と自称するのは面映ゆいけれど。
「似合うなー、ダイ。可愛い可愛い」
 ダイの髪に手を伸ばして、ポップは素朴で可憐な花を揺らす。ぽろぽろと細い花弁が落ちた。
 褒めてくれるのは嬉しいが、そろそろ男として、可愛い、という形容詞は卒業したい。
 ので、ぶつけるようにダイはポップの唇を同じもので塞いだ。
 ポップは少し驚いたようだったけれど、笑って手を背中にかけ直した。
 ポップとダイによって、接触感染はしないと証明された。
 頭に咲いた花の花粉を吸っても移らないようだ。
 しばらくして、ポップが誇る魔道士の塔の頭脳班は、しっかりと解毒剤を開発した。
 どころか、花弁を改造、もっと豪華に、華やかにする事に成功し、これもお祭り等で、解毒剤とセットで売り出した。パプニカの女の子達の間では、デートや特別な日に髪から花を咲かせるのが流行ったらしい。
 塔の頭脳班は、今度は色や花のバリエーションを増やすべく研究中だ。
 エドモスへのペナルティ、してほしい事は、花が結果的に塔の財源になった事で免責された。
 以前奢りでバーベキューパーティーを開かされたオスカーなどは抗議したが、おめーは何も手伝ってないだろ、と逆にボコボコにされていた。まあ、そういう事もある。
 魔道士の塔はいつだって平常運転だ。

<  終  >

>>>2011/3/30up


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