ポップと豆の木
ある日ダイが遊びに行くと、学生達が総出で魔道士の塔の周りでわいわいと何やら作業していた。
近付いて、ダイは後ろから作業を覗き込みながら尋ねた。
「何やってんの?」
一番近い所にいた学生がダイに気付いて答えた。
「あ、勇者様。いらっしゃいませ。豆を植えている所ですよ」
「豆?」
学生はまだ植えていない豆を手のひらの上で広げながら、
「ええ。先日、早朝ジョギングをサボっていないか抜き打ちで帰ってきたエドモスからの土産です。何やら魔法力を水や肥料代わりに育つ植物だそうで、魔道士の塔には最適だろうって。成長も早いですし、収穫時期も長いらしく。つる植物ですから塔の壁に這わせれば、緑化にもなっていいと、マスターが……」
「緑化ねえ……そういや、ポップは?」
手入れの行き届いていない自然満載の荒れ果てた敷地を見ながらダイは聞いた。
「マスターなら、一番大きな豆を分捕って、一番日当たりのいい場所を探しに行きましたよ。マスターだから、塔の周りに限らなくていいそうです。どうも、巨大化させたいらしいですね」
ありがとう、と礼を言ってダイはポップを探す為にそこを離れた。
日当たりが良くて、ポップが好みそうな場所……ダイは塔から少し離れた高台に足を向けた。
果たして、ポップはいた。背を向けて、うずくまって。
ダイは声をかけた。
「ポップ」
「来たのか、ダイ」
ポップは振り返り、手をぱんぱんとはたきながら立ち上がった。
「もう植えちゃったの?」
「何だ、学生達に聞いたのか。ん、今終わったトコだ。ここなら条件最高だし塔からも見えるし、巨大化させるには最適だと思ってさ」
大きくなーれ大きくなーれ、とポップは楽しげに、豆を埋めた辺りの地面に向かって手をひらひらさせている。ちなみに植えたのはエダマメという、ダイもよく知るグリーンピースとは似て非なる品種らしい。
ダイは聞いてみた。
「豆を収穫してどうするの?」
「ん? そりゃフツーに食事に出すさ。煮たり茹でたり、潰してディップにするとか、酢で漬けて保存食にしたりさ。ディップ状にしたのに砂糖を混ぜて、甘くしてもいいらしいぞ。ほら、こないだ挑戦したモチなる食べ物にまぶして食べるんだとさ。他には、あー、あいつら朝、パン屋や魚市場でバイトしてるのも沢山いるから、一杯収穫出来たら持ってって、物々交換して貰うとか」
「……そんなにひっ迫してるの? 寮って」
魔道士の塔には寮がある。
魔道士の塔が元・物見の塔なら、寮は古い兵舎を改装したものだ。同時にポップが用意した。
住む所はそれでいいが、人間、食わねばやっていけない。
そしてこれだけの学生達を食わせていく為には、先立つモノがいる。
パプニカの好意でほんのちょっぴり予算が下りているが、まあ、ほとんどポップの持ち出しだ。
ので、学生達は自主的に朝バイトをしたり日雇いに出掛けたりと協力している。中には仕送りを貰っている者もいるが、そんな裕福な学生は片手の指で足りる。特に優秀な学生は金満家の子女の家庭教師に招かれたりして、そんな所からも金銭を得ている。
お祭り等があると露店を出して、魔道士の塔で学生達が習いながらつくった護符や、呪文を封じ込めた石などを売っていたりする。別にポップ自らつくっている訳ではないのだが、一応売り物になるレベルかはチェックしているので、売れ行きはいい。大魔道士ブランドの威力は絶大だ。
そうして貯めたお金で、学生の誕生日に簡単なプレゼントやケーキを贈ったり、高価過ぎて予算が下りなかった魔法書を買ったり、備品をワンランク上の物にしたりして、ささやかな幸せを噛み締めている訳だ。
「オ……オレのお小遣いで良かったら、使って……」
魔道士の塔がここまで困窮しているとは思わなかったダイがおずおずと切り出した。
「い、いや大丈夫だって! そこまで厳しいワケじゃないし!」
慌ててポップは申し出を拒んだ。
実際、最近は派遣したオスカーとエドモス経由でカールにも魔法の小道具を卸しているし、口コミで民間の業者からも注文があったりするので、外から見る以上に懐は暖かい。塔がパプニカの城の敷地にある以上、むろん売上の幾らかはパプニカに納めなければならないが、それでも充分な利益がある。
ちなみにダイにも報奨金や年金が支払われているのだが、それはレオナがきっちり管理している。
ダイが使えるのは、その中からレオナが渡すお小遣いだけだ。
さすがは女王。
それならいいんだけど、とダイは頷きながらこの話を打ち切った。
いい訳がない。過去の経験を全く活かせていない自分に、後でダイは心から反省した。
「ダイ君。アレは何なの?」
来た。ダイは縮こまって答えた。
「エダマメ……です」
「はあ!? 何ソレ!? それってあんなに大きくなる種類なの!? ダイ君知ってたの!?」
朝食の席で、レオナはダイに噛みついた。議題はもちろん先日の豆だ。ポップが植えた豆はすくすくどんどん予想を遥かに超えた成長ぶりを見せて、今はふよふよと、パプニカの空に浮いている。
いやあれはかなりのイレギュラー……、とダイはぽそぽそ弁解した。
窓からくるんくるんに渦巻いて、ちょっとキノコの傘みたいな形になったエダマメのつるが見える。
城から見えるくらいだから、その大きさは押して知るべし、だ。
「オレも、その場にいた訳じゃないからよくわからないんだけど……」
その夜、ポップは魔道士の塔に泊まったそうだ。
ポップは寝場所を幾つか持っていて、このパプニカの城にも一室用意されているし、寮にもポップの為の部屋がある。他に街にも家を一軒借りているらしいし、滅多にないがルーラで故郷のランカークスの実家に帰ったりする事もある。その時の気分でポップは部屋を変えるが、その日はたまたま、塔の最上階の自室で寝る事にしたらしい。
寮から塔に学生達が登校してきた頃には、もうエダマメのつるが塔全体に巻きついていた。らしい。
「オレが見たのは、魔法の鏡を使ったホットラインで、エドモスに怒鳴りつけている所からだよ」
いやあ凄い剣幕だった、とダイはしみじみ述懐した。
塔が緑一色になっていた所まではダイは驚かなかった。魔道士の塔にはよくある事だ。
「アホか! もうすぐ絞め殺されるトコだったんだぞ!」
ポップは穏やかではないセリフを吐いている。
どうも、ポップの魔法力を与えられたエダマメは夜の内に発芽してどんどん伸びて、自分を成長させてくれる魔法力のあるじを求めて魔道士の塔に辿り着き、頑張って這い上って、ついにはポップ自身をぐるぐる巻きにしてしまったらしい。
「オレがもー少し熟睡してて、起きなかったらどうなってたと思うんだ。寝てる間にポックリなんて、冗談じゃないぞ!」
うん、それはよろしくない。大変だ。
鏡が置いてある塔の執務室は、塔主代理のスタンと魔法指南役ハーベイという、いつものメンバーだけでなく、雑多な学生達が入れ代わり立ち代わりざわついていて、ダイが入ってきたのにも気付いていないようだった。無事だったんだからいいじゃないですか、と呑気なエドモスの声が聞こえる。
『結実は種蒔きから二ヶ月くらいですが、マスターならもっと早く、半分の一ヶ月ほどで収穫出来ると思います。それまでの辛抱ですよ。何なら今よりもっと魔法力を注いで、成長を促進させてみたらどうですか』
「……結果がどうなるか、わかって言ってるんだろうな?」
『マスターが実験してくださると助かります』
サンプルが増えます、ありがとうございますとのたまうエドモスにポップがキレている。
講義がありますのでこれで、とマスターであるポップの映話をエドモスからぷちっと一方的に切って、ふふふと底冷えのする笑い声を洩らしながらポップはゆらりと立ち上がった。
「……ちょっとあいつ殺してくる」
今にも窓からルーラで飛び立とうとするポップを学生達が一丸となって止めている。
その時になって、ようやく学生達がダイに気付いた。
「あっ、勇者様! マスターを止めてください!」
「殺人はいけませんよマスター!」
えーオレ? とダイが思った所に、塔がみしりと鳴った。ポップも学生達も動きを止める。
エダマメがルーラを使おうとしたポップの魔法力に呼応して、更に成長したらしい。
塔主代理のスタンがこほん、と咳払いをした。
「とにかく、塔が絞め倒されては洒落になりません。エドモスを殺す前に、エダマメのつるをなんとかしてください。マスターが植えたエダマメなんですから、責任はマスターにありますよ」
「………」
全ての事象は自己責任、という不文律が塔にはある。
それが如何に理不尽で不当なものでも、この場合は豆を持ち込んだエドモスより、植えたポップの責任なのだ。実際、学生達が植えた他の豆は未だ発芽さえしていないのだから、この騒動は全てポップのせい、と言っていいだろう。
「……仕方ないな……」
ポップはなんとかした。マスターの特権を振りかざして、もっともこれにはちゃんとした理由がある、ポップが魔法力を使っては益々エダマメが成長してしまうので、トベルーラを使える学生達に命じて塔の外壁に巻きついたつるを外させた。その中にはダイも含まれる。
どうもつるは指向性を持っているらしく、ポップ以外の魔法力には反応しないのだ。
この辺りはレポートにしてエドモスに教えてやろう、と一応マスターらしい事も言っている。
しかし、ポップもただぼーっと傍観していた訳ではない。
パプニカの中心街にあるデパートへ出向いて、アドバルーンを譲り受けて戻ってきた。それから塔の地下に籠もって、トベルーラの呪文入りの石を作成する。その石をアドバルーンの中に入れて膨らませて、つるの先っぽを数メートルだけ巻きつけて誘引し、アドバルーンを浮かべると、後は勝手にするするとアドバルーンを中心にして、今のキノコの傘状になった。
ちなみにトベルーラは少しずつ漏れるように調整してある。
それが昨日の事だ。
「……抜けばいいんじゃない?」
聞き終わると、呆れたように息をつきながらレオナが言った。
「え?」
「抜いちゃえばいいじゃない。何をそんなに大騒ぎして、そんな大がかりな事をする必要があるの。あんなのが落ちてきて、もし誰か怪我でもしたらどうするの? これ以上大きくならないうちに、処分してちょうだい」
「いや、ポップのトベルーラ入りの石だからそれは大丈夫だと……」
「刈り入れはどうするのよ。いずれ、収穫の為に切り倒すかひっこ抜くかするんでしょ。その頃にはどれだけ大きくなっているか知れたものじゃないし、それなら今抜いた方が危険度は少ないわ。もったいないのはわかるけど、私はこの国の女王だから、塔の学生達も含めて、みんなを守る責任があるの。わかってくれるわよね? ダイ君」
「……はい……」
非の打ちどころがない指摘にダイは承知するしかなかった。
それにしても、原因はポップなのに、何故自分が怒られ……というか、諌められなければならないのだろう。魔道士の塔に関わるとロクな事がない。
「女王の勅命じゃ仕方ないな」
意外とあっさりポップはエダマメを抜く事に同意してくれた。
学生達が汗だくになって、エダマメの周りの土を掘り起こす。切る事も検討したが、根に近い部分は既に木質化していて斧の刃が通らないくらい硬くなっていたし、根を残しておいて、復活されても困る。
学生の身長ほどに掘り進むと、ふわん、と根が土から抜けて、エダマメが宙に浮いた。
「あ」
「あ」
それこそ糸が切れた風船か凧のように、地面から解放されたエダマメが空に昇ってゆく。
魔道士の塔の面々はぽかんと口を開けてそれを見上げた。
ダイはつんつん、と隣にいるポップを肘で突ついた。
「いいの? ポップ。今ならオレ、引き戻せるよ?」
ダイの力なら、エダマメがどれだけ成長していてもトベルーラで追い付いて掴んで引き戻せる。
「んー……いいや、放っとこう」
珍しくはきつかない返答に、ダイは目を細めた。
ポップはダイがいぶかしんでいるのに気付いて、
「いやもうアレは霊的植物になりかけてた。主食の麦や、ライスを食べる地域なら稲なんかと同じだな。あのまま成長させていたら、他の植物を駆逐して、この辺り一帯をエダマメパラダイスにしていたろう。生態系を変えるのは、さすがにマズイしな」
そう言って、ポップはどんどん遠くなってゆくエダマメを見送った。
「あの様子なら、もうオレの魔法力ナシでもやっていけるだろう。根っこもあるし、どこか遠い宇宙で、根付く場所を見つけられたらいいな」
ポップは笑った。
ダイも笑った。
天まで上がれ。
< 終 >
>>>2011/3/26up