希望の轍
……別に嫌なワケじゃないのだ。
弟子とか、自分だってアバン先生に無理やりくっついていってアバンの使徒にして貰ったのだし、だから気持ちはわかる。わかるが、弟子入りを希望する方とされる方じゃ、そりゃもう雲泥の差があるってモンで自分があの頃のアバン先生と同じくらい上等な人物かっつーと、とてもそうは思えない。むしろ失格。
「だってオレ弟子取る気ねーもん」
だからダイにそう言ったのは本心ではなく、やり過ごしていれば諦めて帰ってくんないかなあという、消極的希望に拠るものだ。そうは問屋が卸さないようだったが。
「ポップー、今日も人が増えてたよ。門番の人に注意されて、少し離れた所に移動してたけど」
ダイがぱたぱた走ってきて、わざわざ報告してくれる。
ついでに預かってきたらしき手紙の束を机の上にばさっと置く。弟子入り希望の嘆願書だ。
ちょっとうんざりした心持ちで、ポップはベッドにゴロゴロ寝っ転がりながら言った。
「お前はメッセンジャーかっ。勇者はンな事しなくていいの!」
「それならさっさとお断りすればいいのに。はっきり弟子を取る気はないって言わないからあの人達もいつまでも待ってるんだし、封さえ切らないのは可哀相だよ。申し訳ないって思わない?」
ダイは今日の分と、以前から溜めていたものとを合わせて手際よく整理して、ちらりと窓の外を見た。
城の外にはポップの、大魔道士への弟子入りを希望する人々が殺到している。
もちろんこの部屋からは見えないが、門前市を成すの言葉通り、そちらにある門に希望者が寄り集まっているのはポップも知っている。門の上からこっそり覗いてみた事もあるし、ダイ以外にも、シャットアウトして貰っている門番からの報告もある。
このままにしておくつもりはない。のだけれど、自分が指導者として教える立場になるなんて、つい一年程前までは想像もしてなかっただけにポップも途方に暮れる。どう考えてもガラじゃない。
ましてや自分より年上の希望者も多そうだし、そんな人達を相手に、どう接すればいいのやら。
年下だけ、とか駄目だよなあ。
枕に顔を埋めてうーうー唸っていると、ぺた、と腰辺りに不埒な感触がした。
体を捻って、思いっきり眇めた目で言ってやる。
「……何してんだ、ダイ」
「あ、ゴメン。隙だけらけだったから」
真っ昼間から何をやっているんだコイツは。可愛く舌を出しても許されないぞ。
腰に当てられた手をぺいっと剥がして、ついでにデコピンをかまし、ベッドから降りる。そのままスタスタ歩いて、窓枠に足をかけた。
「どこ行くの? ポップ」
「三日で戻る。いい子にしてるんだぞ」
えー!? ちょっと、弟子希望の人達はどーするんだよー、などという声が聞こえてきたが、そちらにも今しばらく我慢して貰おう。騒ぐダイを後回しにして、ポップはルーラを唱えた。
さて、ポップが何処へ行ったかというと。
「……オメェが自主的に勉強しに来るとはなあ……」
ここはパプニカの河口付近にある、マトリフが住む洞窟だ。
偉大なる先達もさすがに高齢には勝てず、大戦の終わり頃からベッドの住人になっていたが、今は以前よりは元気を取り戻して、顔色も随分良くなってきていた。
「悪い、邪魔?」
ポップは床に直に座って、マトリフの横になるベッドにもたれかかりながら、周りにマトリフ所蔵の本を広げている。マトリフは寝たまま両腕を頭の下で組んで、
「いンや。気が紛れるから大歓迎だが、勉強するだけならここより、城に立派な書庫があるだろう?」
以前はパプニカに仕えていたマトリフは、パプニカの城の内部の事もよく知っている。
「あるけどさ。んー、ちょっと気が散るっつーか、集中出来ないっつーか……」
ポップは言葉を濁した。
二人きりになると、すかさず手を伸ばしてくるどこぞの勇者さえいなければ、パプニカの書庫でもいいのだが。それ以前に、パプニカの城ではやらないと言っているのに、聞いているのかいないのか。
棟は違うとはいえ、レオナと同じ屋根の下でそういう行為をするのは気が引ける。当のレオナは非常に男気に溢れた少女だし、ダイも細かい事にはこだわらないタチなのでこんな事を気にしているのは自分だけかもしれないが、流される訳には行かない。
こっちにだって気になる女の子はいる。ある少女にはフられたばかりだが、それでもいいと言ってくれるもう一人の女の子の事を、いいな、と思い始めてもいる。ただ、タイミングが……ちょっと。人目も気になるし、ダイはレオナ公認なのでガンガン来るし。ちったあ落ちつけ、と言ってやりたい。
「弟子希望の人間が詰め掛けてるらしいな」
マトリフが聞いた。
「あ、師匠の耳にまで届いてるんだ? そーなんだよ。魔法なら、何とか教える事は出来ると思う……んだけど、知識とか、教養の方は、さっぱり。やっぱ無理があるよなあ、こんな若僧が教えるなんて」
「……と、すると、弟子を取るのが嫌で逃げて来たんじゃないんだな」
「嫌じゃないよ。自信がないだけ」
つか、自分だってつい最近までアバンやマトリフに師事して貰っていたのに、さあ今から弟子を取れ、と言われても困る。ポップにも心の準備というものが。
「師匠が弟子にすればいいのに」
「アホか。そいつらは、てめえを慕って来てンだろうが。てめえが受け入れなくてどうする」
マトリフは組んでいた手をほどいて、ちょうど届く位置にあったポップの頭を小突いた。
「わかってるよー……だからこうして、勉強しに来てるんじゃん」
ポップは開いていた本を目の高さまで持ち上げて、勉強してますアピールをした。
マトリフは苦笑した。
「別に持って帰ってもいいぞ。内容はもう、全部オレの頭の中に入ってるし」
「いや、ここで覚えて帰る。そンくらいの勢いでないと、オレ、絶対サボる自信があるし」
ポップは叩いて叩いて叩きまくって、ようやく本領を発揮するタイプだ。
真剣にやらずとも要領だけでそれなりのレベルまで行けてしまうので、努力という単語が嫌いだ。優しい性格のアバンの下より、スパルタ教育のマトリフの方が、魔法力の伸びがめざましかったのがその証拠だ。
自分で自分を追い詰めるようになった分だけ成長したな、とマトリフは内心で感心し、
「で、期限は? いつまでものんびり待たせている訳にもいくまい?」
三日、とポップは答えた。ダイにもそう言って出て来た。
「三日、つーのは何か根拠でもあるのか?」
えへへ、とマトリフの問いをポップは笑って誤魔化した。
ポップにも一応の目安はあった。ポップはアバンの書を写本にして一冊持っていた。
ダイには言わなかったが、嘆願書の束が、その本の背幅を超えたら行動に移そうと思っていた。それまでに気構えやら見通しとか、色々画策しようと思っていたのに、背幅どころか横幅、更に縦幅にまで届きそうな勢いで予想外に早く溜まってゆくのを見て、ついおじけづいてしまった。
もともと小心者なのだ。臆病者の、逃げ出し野郎でもある。
そんなのに師事されたいなんて、全員頭がどうかしているとしか思えないが、そっちの方が気楽で面白いかもしれない。自分はアバンじゃないから懇切丁寧に導くなんて出来ないし、マトリフほど厳しく指導する気もない。
基本、好きにして貰うつもりだ。放置とも言う。
だけどその為の器、学び舎とか住む場所とか――その辺は用意するから、後は自由にして欲しい。
城の前で座り込みとか、様子を見る限り、結構自発的に動ける奴等みたいだし。
「ひとつ、目をつけている建物があるんだよ。レオナにはまだ話を通してないんだけど」
ポップは城の敷地の端っこにある、使われなくなった物見の塔の話をした。
古いけれど補修すればまだまだ使えそうだし、少し歩けば、これも捨て置かれた元・兵舎がある。
ポップは塔の方を学校に、兵舎の方を改築して寮にしようと考えていた。
ポップが自分の考えを打ち明けると、マトリフは手を打って喜んだ。
「ポップの塔、だな! アバンの使徒やダイの剣みたいでいいんじゃねえか」
「いやちょっとそれは。自分の名前入れるの恥ずかしいし」
「じゃあ、大魔道士の塔、でどうだ。大魔道士って称号名乗ってるの、オレとお前だけだし」
「あ、それいいかも」
でもちょっと長くて呼びにくいから、ちょっと省略して、魔道士の塔、で。
「師匠。オレを助けると思って、魔道士の塔に移住しないか?」
「楽しようとすンな。さっき受け入れるって言ったばかりだろーが。働け若者」
ちぇー、とポップは唇を突き出した。
わかっちゃいたけど、そのつもりだったけど、やはりマトリフは甘くないらしい。
ポップは話題を変えた。
「師匠、食事とかは届けて貰ってるけど、他に不自由はしてないか? 何なら、世話する人を何人か増やして貰うけど」
高齢で病気のマトリフの為に、ポップは定期的に医者や手伝いを頼んでいる。
にやりと笑ってマトリフは答えた。
「たまーに、お前が顔見せに来ればいい。例えば、ダイの相手に疲れた時とかな」
「ななな、何の話!?」
どもりながらポップは視線を本に戻した。
おかげで集中出来た。これが計算なら、自分はまだまだマトリフに及ばない。ぬう。
とりあえず、やれるトコまでやってみるか。
きっちり三日後、ポップはパプニカに戻って、門の前でたむろしていた弟子希望者を引き連れて、目星を付けていた塔の前まで歩いた。そういやレオナに言っていなかったような気がするが、レオナの未来の夫である勇者ダイも一緒に来ているから多分大丈夫だろう。
「この塔の扉を叩く者は、全員オレの弟子として受け入れる。魔法の才能がなくても構わない。ドロップアウトも自由だ。適当に自分で行動しろ。オレの許可を取る必要もない」
ではかかれ、と号令をかけて、ポップは自分が認めた押しかけ弟子達と共に、塔の片づけを始めた。
これから忙しくなる。
運営方法とか、まだ全然白紙のままだし、当座は自費で凌ぐつもりだが、いずれパプニカの国庫から予算も引き出さなければいけないし、頭が痛い。
マトリフ所蔵の本は、結局貰ってしまった。ポップに必要なくとも、これからここに集う学生達には必要だろう。他に、魔法のかかったあれやこれやも。マトリフにはもう一生頭が上がらない。
いつのまにか、誰が呼んだか、マスターの呼称。
先生とか師匠とか、名前に様付きで呼ばれるよりはいいな、とポップは思う。
――魔道士の塔が、ここに始まる。
< 終 >
>>>2011/5/17up