生存確率0.13%
「…はぁ…………」
ここ数日、溜息を吐く回数がものすごく増えた。
当然溜息を吐きたくなるような原因があるからつい出てしまうわけで、そのことを考えると何も手につかない。
「うっわー、デッカイ溜息やんなぁ、フランス最近どーしたん?」
若干呆れたような口調で俺の肩を叩いたのは、友人のスペインだ。
最近あまりにも俺の様子がおかしいもんで、心配して部屋まで訪ねてきてくれたのだ。
まぁ確かに俺が今みたいにグダグダ悩んだり考え込んだりすることはめずらしいし、そのせいか普段の俺をよく知るこいつはよほど辛い思いをしていると思ってるらしい。
「らしくないなー、何かあったん?」
「…あー………うーん………いや、……別に」
歯切れの悪い俺の返事に、スペインはほんの少し首を傾げた。
そしてひらめいた、と言わんばかりにぽん、と手を打った。
「わかった! 誰かにフラれたんやろ? なっ?」
「なんで嫌なことそんなに嬉しそうに言うんだよ。ていうかフラれてない!」
「なんやつまらん」
別にフラれたくらいでいちいち溜息つくほど悩んだりしない。
フラれたってことはその子とは縁がなかったってことだろうし、落ち込んでる暇があるなら次の恋を探した方がよほど建設的ってもんだ。
ていうかそもそもフラれたわけじゃないし、縁がなかったの一言で済ませられない相手もいるけど。
……俺の溜息の原因はまさにそれなのだ。
俺は基本的には来る者拒まず去る者追わず、な主義だけれども、誰に対してもそうというわけじゃない。
ずっと傍にいて大事にしたいと思う奴が、数多く知り合った人々の中で一人だけいる。
今俺を苦しいくらいに悩ませてくれているのが、その唯一の人なのだった。
「フランスがそんなに悩むのってめずらしいなぁ……」
スペインは俺の隣に腰掛けて、横から顔を覗き込んでくる。
………話してみろって言いたいのかね………。
心配してくれるのはありがたいけど、…こんなことスペインに相談してもしょうがねえよなぁ。
スペインにとってはどーでもいいことだろうし、聞かなきゃ良かったと思うかもしれねえし。
そこまで考えると、無意識にまた大きな溜息が零れた。
「話くらいなら聞けるで? 話せばちょっとは楽になるんちゃう?」
「……そうかなぁ……」
「そうやろ」
「うーん………じゃあちょっと聞いてくれる?」
「ええよ、なになに?」
ま…相談して根本的な解決はしないだろうけど、スペインの言うとおり聞いてもらうだけでも少しは気持ちが晴れるかも知れない。
こういうの、自分一人で抱え込むのはよくないって言うし。
どこから話したらいいのか、思いついた順に話してもスペインには通じないだろうし、簡単にことの経緯を頭の中でまとめてみた。
俺はこの学校の生徒会長を務める、イギリスという腐れ縁の幼なじみのことが昔からずっと気になっていて、…というかむしろ好きだったわけで、何とか幼なじみの関係から進展させたいなぁと考えていた。
女の子を口説くみたいに甘く誘ったところで本気にとってもらえないだろうし、とにかく好きだって言わないことには進展も何もあったもんじゃないと思い、三ヶ月くらい前に思い切って自分の気持ちを伝えたのだ。
もともとケンカ友達みたいなもんで、あいつは俺のことを嫌いだといつもはっきり口にしていたから、告白したところで今の時点では勝算なんかなかった。
かといって諦める気はなくて、まずは俺の気持ちを知ってもらってそれから少しずつでも俺のこと好きになってくれたらいいなぁ、とかえらい長期計画な告白だったわけだ。
ところが想定外にイギリスも俺を好きだって言ってくれて、めでたしめでたし……になるはずだった………んだが。
告白する前にはわからなかった、イギリスの ある一面 が、連日続く俺の溜息の原因なのである。
……その、一面とは。
ようやくスペインに話そうと口を開いた瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。
「フランス。俺だ」
扉の向こうから聞こえた耳慣れた声に、全身が凍り付くかと思った。
………イギリスだ。
やばい…………ヤバイヤバイヤバイヤバイってマジで!
「スペイン隠れろ早く!」
「は? ちょっ…、何やの急に」
「いーからベッドの下に潜れって早く!!」
俺は慌ててスペインをベッドの下に追いやって、スペインの姿が完全に見えなくなったのを確認すると 「いいって言うまで絶対出てくんなよ、声も出すな出来れば息もするな」 と小声で言った。
息もあかんの?! と焦った声が聞こえたので、じゃあ息はしてもいいけどとにかく静かにしてくれと念を押す。
それから大きく深呼吸をして、どくどく言ってる心臓を少しでも落ち着けてからドアを開けた。
「よ、よう、イギリス。どうした?」
「今ちょっといいか?」
「うん、………なに?」
「この前お前の部屋に来たとき、次の会議で使う資料を置き忘れてなかったか?」
「資料? あー……、あったよ、そういえば。ちょっと待ってろ」
確かに資料は俺の部屋にある。
あとでイギリスに渡そうと思ってたのに、デスクの引き出しにしまったまま忘れていた。
俺は引き出しから資料を取り出してイギリスに差し出す。
「これだろ? 気付いてたんだけど、渡すの忘れてた。でも随分先じゃなかったか、それ使うの」
次の会議は二週間も先だったと思う。
まだ時間に余裕もあったので、俺も渡しそびれていたのだ。
「べ、別にたまたま思い出したから取りに来ただけで、それを口実にお前の顔を見に来たわけじゃねえからな!! 勘違いすんなよバカ!」
顔を少しだけ赤く染めて、イギリスは俺の手から乱暴に資料をひったくった。
昔からそうだけど、こいつは自分に好意を持つ相手にはいろいろとあからさますぎるんだよな、反応が…。
俺がイギリスに告白する前は、ちゃんと俺に対する気持ちを隠せていたくせに、隠す必要が無くなった今じゃだだ漏れにもほどがある。
まぁわかりやすくて可愛いし、素直に好意を表してくれるのは嬉しいけど。
「うん、わざわざ来てくれてありがとな」
にこりと微笑んでやるとイギリスは お前がどうしても来て欲しいっていうなら、また来てやってもいいぜ、 とやたら上から目線に言ってくる。
言い方はともかく、要は俺に来て欲しいって言われたいだけなのはわかっているので、ちっとも腹は立たなかった。
というか、今はそんな話をしている場合ではない。
「で……用って、それだけ?」
内心ドキドキしながら聞くと、 「そうだよ」 と、大事そうに資料を抱えて頷いた。
本当に資料を取りに(というのを口実に俺の顔を見に)来ただけだったらしく、イギリスはそれ以上何も言わずに部屋の扉を閉めようとした。
俺がほっと胸を撫で下ろした…………………………その瞬間。
閉まりかけた扉が バン、 と音を立てて勢いよく開く。
安心して気を抜いた直後なだけに、心臓が止まるかと思った。
「い、イギリス…?」
みっともないことに奴の名を呼んだ俺の声はものすごく上擦っていた。
緊張のあまり口の中がどんどん乾いて、上手くしゃべれない。
イギリスは思いっきり動揺している俺を押し退けて部屋の中に入ると、無言で辺りを見回す。
…何かを探るような…、その鋭い目つきは日本から借りた漫画で見た、超A級スナイパー・ゴルゴ13さながらだった。
「イギリス…、なぁ、どうしたんだよ、急に」
心臓はばくばく言ってるし、背中は冷や汗でじっとり湿ってる。
それでも何とか平静を装ってそう声をかけると、イギリスはくるりと俺に振り返った。
「…俺が来る前に誰か部屋に入れたか?」
そう聞かれて、俺の心臓はますます鼓動が早まる。
「え?! いやいや一人だよ、ずっと俺一人で…えーと、そう、昼寝してたんだ。誰も来てねえし入れてないよ」
途中であからさまに答えに詰まったが、とにかく疑いを逸らす方が先だ。
スペインが見つかりませんように…………。
そればかり祈って、俺は必死で嘘をついた。
「…本当か? 嘘だったらどうなるか…………わかってるよな?」
ジロリ………と睨み付けられて、背筋が凍った。
今の俺はまさにアレだ。
蛇に睨まれた蛙……………ってやつ。
「イギリスはお兄さんの言うこと信じてくれないの?」
ちょっと怒ったふりをしてそう言うと、イギリスは困ったように眉を寄せて俺の傍に戻ってくる。
「…お前のこと信用してないとか、そんなんじゃない…。ただ…、何となく人の気配がしたような気がしたから……ちょっと気になっただけだ」
イギリスは申し訳なさそうに言って、俺に擦り寄ってくる。
スペインの存在はどうにかバレずにすみそうだ…………、と心の中で安堵の溜息をついた。
「そっか、ならいいよ。あとでお前の部屋に行ってもいい…?」
駄目押しにくせの付いた髪を撫でてやって、ありえないほど甘ったるい優しい声で宥めると、イギリスは小さく頷いてようやく俺から身体を離す。
そのとき……、イギリスの手に握られていた モノ に気付いて、身体中の血液がすごい勢いで逆流していくのを感じた。
きっと真っ青な顔をしているであろう俺を見て、イギリスは淡々とした口調で言う。
「これな……アメリカがくれたんだよ。俺の持ってるやつは古臭いのばっかりだから、新しいのあげるぞ、ってさ。ほんとあいつは古い物の価値がわかんねえよなぁ。あいつが言う俺が持ってる古臭いのってのは、ほとんどコレクションなんだけどな」
嗤いながらイギリスが手の中で弄んでいる モノ 。
それは先日アメリカが 新しいの作ったんだぞ! とみんなに見せて回っていた最新式のオートマチック拳銃だった。
とんでもなく物騒なものを手にしたイギリスは、ついさっきまでしおらしく俺に擦り寄っていたヤツと同一人物とはとても思えない、凶悪な微笑みを浮かべている。
「おま、なんでそんなもの持ち歩いてんだ?! 危ねえだろ!」
よっぽど怯えた顔をしていたらしい俺を見て、イギリスは笑った。
「別にいつも持ち歩いてるわけじゃねえよ。アメリカにもらって鞄に入れっぱなしになってただけだ。つーかそんな情けねえ顔すんなよ、俺がお前を撃つと思うか?」
……ベッドの下にスペインがいることがバレたら、撃たれかねない。
もはや俺は言い訳どころか声すら出せなくなっていた。
すると……、イギリスは突然ベッドに向かって銃口を向けると、少しも躊躇わずに引き金を引いた。
オートマチックの銃からは、続けざまに三回、弾丸が放たれる。
うわーーーーーーーーーーベッドの下にはスペインがいるんだけど?!!
俺は心の中で絶叫した。
けれどベッドの下に隠れたはずのスペインは、飛び出してくるどころか声一つ出さない。
ま、まさか即死………………?!
呆然とイギリスの行動を眺めていると、奴は銃から弾を抜き鞄にしまった。
「誰もいないみたいだな。……後で俺の部屋来いよ。今日は特別に時間を空けといてやる」
っていうかソレを確認するために撃ったのかよ………!
しかも三発も…。
スペインの安否が激しく気になる。
とにかく今は早くイギリスに帰っていただきたくて、俺は首が取れるんじゃないかと思うくらい何度も頷くと、奴は満足そうに微笑って じゃあな、 と部屋から出て行った。
今度こそ本当に扉が閉まって、足音が遠ざかるのを聞いた俺は全身から一気に力が抜けていくのを感じた。
ほんの数分の出来事だったのに、まるで生きた気がしなかった。
何とかこの場をやり過ごすことが出来たことに安堵した後、俺は慌ててベッドの下を確認する。
「スペイン……! い、生きてるか?!」
「……生きとるよー…」
もそもそとベッドの下から這い出てくるスペインは、幸いなことに無傷のようだ。
銃痕の残る布団とマットを剥いでみると、ベッドは意外と頑丈な素材で出来ていたらしく、貫通は免れたものの見るも無惨な弾痕が残っている。
「…なに…、何なん今の?」
何の説明もなしに撃ち殺されかけたスペインが、心底驚いたような顔で問う。
……何なんだ、と言いたいのはこっちも同じなんだが……。
「いや…俺も知らなかったんだけどさ…、何か…あいつものすごく嫉妬深くて…」
「嫉妬? 何やのそれ、そっから話がわからへん!」
それはそうだ。
まだ何一つ説明していない。
すっかり混乱している様子のスペインを落ち着けようと、なるべくゆっくりと静かな口調で話してやる。
「だからさ、要は、俺とイギリスは付き合ってるわけ。そんで、俺もあいつがああいうちょっと危ないヤツだとは知らなかったんだよ」
まぁ違う意味で危ない奴だとは思ってたけど、さすがにこんなにキレた一面があるとは知らなかった。
どんなに付き合いが長くても、やっぱりケンカ友達とか幼なじみの関係だけじゃわからない部分ってあるんだな、と思い知らされた。
そしてスペインは俺のカミングアウトに石のように固まっている。
そりゃ驚くよなぁ……俺とイギリスが付き合ってるなんて、天地がひっくり返ってもありえない、と思う奴がほとんどだろう。
それからしばらく経ってようやく俺の言ったことを飲み込めたのか、長い沈黙の後スペインが口を開いた。
「…つき、付き合ってる? フランスと? イギリスが? だって自分らいつもケンカばっかしとるやん!」
「いや、まぁいろいろあってさ。それも話すとすげえ長くなるけど聞きたいか?」
「いらんいらん、まったくもって聞きたない。しかし、なぁ……誰と付き合おうとそりゃお前らの勝手やけど………さっきのイギリス、あれ明らかに嫉妬の域を超えてんで? むしろ今どこに嫉妬する要素があったんや」
「え? 人の気配がしたって言ってたろ。俺が誰かと一緒にいるのが許せないみたい」
「怖っっっっ!!!!!!!! それだけで銃撃ったんかあいつ?! ってかなんや、ひょっとして俺お前らの痴話ゲンカに巻き込まれて死ぬとこやったんか?!!」
「そうだな」
「そうだな、やあらへんがな! 勘弁してーな、俺一切関係ないやん!」
涙目で叫ぶスペインを宥め、俺は今日何度目になるかわからない溜息を吐く。
………そう。
イギリスはとても………とてもとてもとても(以下略)嫉妬深かったのだ。
俺が誰かと話してるだけですっげえ冷たい目で見てるし、こんなふうに誰かと二人っきりになろうもんならいきなりブチ切れて、今みたいなとんでもない行動を取ったりする。
そりゃイギリスと付き合う前は好みのタイプなら老若男女問わず、節操なしに遊んでいたのは事実だけど今は誓ってイギリス一人だ。
けどスペインとか、ただの友達と話してるだけでもあの調子だから、誤解だっつってんだろ! っていくら説明しても聞く耳も持っちゃくれない。
そういう過去があるから信じてもらえないのは仕方ないかと最初は思ってたけど、不思議なことに俺の昔の所業を責められたことは一度もないのだ。
イギリスもそれは終わったことだとちゃんと理解していて、俺を信用していないわけではなく単に俺がイギリス以外の誰かと親しげにしているのが気に入らないらしい。
そんなわけで、怒らせてしまったときはあらゆる手を尽くしてイギリスに許しを請うしかないのである。
「はぁ…溜息の原因はこれかぁ…? で…フランスはどうしたいん? まだ付き合うん? それとも別れんの?」
スペインの言葉に俺ははっとした。
確かにイギリスはちょっと思い込みが激しくて、何でもないことでもすぐ嫉妬したりする面倒くさい奴だ。
けど一緒にいるときは遠慮がちに甘えてきたり、何を言うにもいちいち遠回しで上から目線の物言いも、言葉の端々に奴の素直な感情がだだ漏れなので、俺のこと好きなんだな、っていうのがよくわかるのだ。
あの異常な嫉妬深さには少し辟易してるのは事実だけど、それも俺のことが好きだからなんだろうし、別れたいと思ったことはないんだよな。
ていうかそんな選択肢は最初からない。
ずっと好きで、ただ一人大事にしたいと思った相手なのだから。
「せっかく上手くいってるのに、別れてどうすんだよ。ありえないだろ」
「ええっ?! ありえないのはお前やろ! あれ上手くいってるっていうん? お前いつか殺されるんちゃうか?」
スペインは呆れたように呟く。
イギリスのあのキレっぷりを見れば、その心配はもっともだ。
「ああそれは大丈夫。イギリスは俺には酷いことしないからさ。まぁ………この前ちょっと怒らせたとき、俺はイッちゃダメって言われて一晩中奉仕させられたことはあったけど」
「えっなにどーゆうこと?」
「だから、俺のを紐で縛ってイケないようにして、イギリスだけがきもちよくなれるように……うん、あのときの俺頑張ったな」
いや、十分酷いことやねんで、それは……………と、スペインは思うだけで突っ込めなかった。
というか、そういえば以前フランスが精気を無くしたようにぐったりと疲れ果てていた日があったな、と心当たりさえ思い当たってしまい、突っ込む気も失せた。
「なんやバカバカしい、心配して損したわ。自分らがどうなろうと知らんわ、もう俺を巻き込まんといてや!」
関わり合いになりたくないと言わんばかりに、スペインは逃げるように部屋から出て行ってしまった。
そのときドアが閉まる直前に、スペインと入れ違いに誰かが部屋に入ってくるのに気付いて顔を上げる。
俺の脳みそがその人物を認識した途端…………、目の前が真っ暗になった。
「…あれ……イギリス………な、なんで?」
「資料…………忘れたからな」
さっき銃を撃ったときに落としたか置いたかしたのだろうか……、イギリスの資料は部屋の床の上に散乱したままだった。
腕を組んで壁に背中を預けたイギリスの俺を見る目は、冷たいの一言で表現出来るものではない。
「今のスペインだよな? ……誰も入れてないって、お前さっき言わなかったか?」
「……えっと……その……すいませんでした」
「……………」
ダメだ。
イギリスの全身からどす黒いオーラが噴き出している。
こうなると何を言っても聞いてくれない。
いつもなら謝り倒せば許してくれるけど……………今日は嘘までついてしまった。
これからどんな謝罪の仕方を強要されるのか、考えただけで目眩がしてくる。
それでも心のどっかでイギリスが嫉妬してくれるのが嬉しいとか思ったりしてるんだから、………俺も大概終わってる……よな。
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兄ちゃんはどんなイギリスでも受け入れてくれそうな気がする。