20100411


「今日は嘘つかねえからな」

四月一日、世に言うエイプリルフールである。

さて、せっかくなのでウィットにとんだセンスあるナイスジョークで隣国の男をからかってやろうかと、フランスは電車を乗り継ぎ海を越え、わざわざイギリスの自宅までやってきた。
しかしそこで顔を合わせるなり、彼は開口一番そう言ったのだった。
エイプリルフールに「これから嘘をつきます」と宣言する奴はそういないだろうが、逆に「嘘をつきません」と宣言する奴もそうはいないだろう。
そもそも彼はこういう行事に限らず人を騙して陥れることが大好きで、毎年メディアまで使って大げさな嘘をやらかしている。
それが今日みたいな日に嘘をつかないとはめずらしいこともあるもんだ、とフランスは首を傾げた。
何百年も昔にはお互い散々騙し合いをやっていたし、それには国の行く末なんかも掛かっていたりしたので、イギリスもフランスも全力で相手を欺こうとしていた。
そういう過去を思い返すと今さら悪意のない嘘をつくというのも、少ししらけるといえばそうかもしれない。
けれどもこっちが軽いノリで冗談を言おうというときに急にそんなことを宣言されても、興が削がれるばかりである。
イギリスの意図をはかるように、フランスは訝しげに眉をひそめて問う。

「なんで? 去年もおととしもセンスゼロのくだらない嘘ついてたじゃん」

「うるせえなっ、とにかく今年は嘘はつかないって決めたんだよ」

イギリスはそれだけ言って腕を組んでそっぽを向いた。
そういえば去年、アメリカにつまらない嘘をついて彼を酷く怒らせてしまったから、それに懲りて今年はやらないなどと言い出したのかもしれない。
もしそれが理由だとしたらフランスには関係のないことなのに、なんだか出鼻をくじかれてしまった。
嘘をつかないと言っている奴に、こっちだけバレバレの白々しい嘘をついてもつまらない。
かといってこのまま帰るのも無駄足なので、せめてお茶くらいはご馳走になって帰ろうと勝手にイギリスの家に上がり込んだ。

「なんだよ、帰れよ」

イギリスはいつもどおりに素っ気なく言うが、フランスもいつもどおりに気にせず彼のあとをついていく。
リビングのソファに腰掛けたイギリスの隣に座るとじろりと睨み付けるような視線を向けられたが、文句は言われなかったので調子に乗って寄り添うようにぴったりとくっついた。
すると 邪魔だ、 とでも言いたげに彼のひじでぐいぐいと脇腹をつつかれる。
力任せに押してくるので痛くて、仕方なくイギリスとの間に少しだけ距離を空けると、隣に座ることはなんとか許してくれたらしい。

…こんな状態でも、イギリスとは百年以上も前から恋人同士だ。
争いばかりしていたわりに、今の彼との関係はすこぶる上手くいっている。
イギリスの性格が面倒くさくて最悪なことはよく知っているし、扱いだって付き合いが長い分それなりに慣れている。
顔はもともと好みのタイプなので、多少センスが悪いのも目を瞑ってもいい。
そしてなにより身体の相性はフランスが今まで寝たどの相手よりも良かったし、イギリスもそう思っているはずである。
自分たちよりはるかに寿命の短い人間でさえ、数年も付き合えばマンネリだとか新鮮味が薄れたとか、他の相手に目移りすることがあるというのに、フランスが百年も同じ相手と付き合ってこられたのはそれがイギリスだからだろうと思う。
一緒にいると退屈しない。
昔はあんなにフランスに敵意を剥き出しにしていちいち突っかかってきた彼が、今は唇を重ねれば甘い吐息を漏らし肌に触れれば熱に掠れた声を上げる。
フランスに触れられて酷く感じて、あっけなく達してしまうのだ。
普段は文句ばかり言ってすぐに手を挙げるくせに、セックスのときはいやらしい行為を自らねだり、少し乱暴にされるくらいが好きらしい。
付き合う前までは彼にそんな一面があるとは知らず、初めはいつもと違うイギリスに戸惑いながらもものすごく興奮したのをよく覚えている。
そういうのをギャップ萌えというんですよ、と日本に教えられ、フランスは今もそのギャップ萌えを大いに楽しんでいるし、幸せな現状に満足していた。
今日だって本当はエイプリルフールなんてどうでもよくて、それを口実に彼の顔を見に来ただけなのだ。
相変わらずのぼさぼさな頭や、思わずつつきたくなる柔らかそうな頬、意味もなく太い眉毛を見てはニヨニヨと表情が弛んでしまう。

「かわいいなぁ」

つい思っていたことがそのまま口をついて出てしまった。
その直後、イギリスは思い切り顔をしかめてこちらに目線を向ける。

「なんだって?」

「あ、いや。イギリスがかわいいなぁ、って話」

フランスの科白に、彼は不愉快そうに顔を歪めた。

「はぁ? バカかお前、気持ち悪いな」

「なんでよ、褒めてんのに。かわいい、……俺のイギリス。愛してるよ」

隣に座っているイギリスの肩を抱いてぐい、と引き寄せ、耳元に唇を寄せて甘さを含んだ声音で囁くと、彼は呆れたように溜息を吐く。

「そんな陳腐な台詞で俺が喜ぶとでも思ってんのかよ。バーカ」

「いやそこは喜べよ! 恋人に愛してるって言われてなんとも思わないなんて、ほんっと心が貧しい…」

まったく愛のない奴だとフランスの方が呆れた。
するとイギリスは肩に回されていた手を払うこともなく、さらにフランスに身を擦り寄せて顎や頬にキスをする。
彼の方からこういうことをしてくれるなんて、今日はずいぶんとご機嫌らしい。

「なんだよ、なんかいいことあったのか? 機嫌いいじゃん」

肩を抱いていた腕をイギリスの腰に回し、より互いの身体を密着させると彼は薄く笑って答えた。

「お前が下手な嘘つくから笑ってんだよ」

「えー? 今日はお兄さんも嘘は言ってないけど?」

「言ったじゃねえか、愛してるって。いつもそんな気持ち悪いこと言わねえくせに」

それを嘘と取るのか、と返ったイギリスの言葉にフランスは苦笑する。
確かに今さらイギリスに 愛してる なんて言うのは照れくさいので、百年も付き合っているのにあまり言ったことはないような気がする。
もちろんイギリスを愛しているというのはフランスの本心で嘘ではないが、本当に今さら、イギリス相手に愛を囁くのはなかなかの羞恥プレイである。
それに言わなくてもお互いわかっていることだし、口に出す方が野暮な気もしていた。
他の相手にならいくらでも言える科白が、イギリスには言えない。
彼への気持ちは本気すぎて重い感情だと自覚している。
だから余計に言えないのだ。
それでも今日に限って、するっとその言葉が出てきたのはエイプリルフールだからかもしれない。
嘘のふりをして、日頃心の内に秘めている本心を堂々と伝えられる良い機会かもなぁ、とフランスはぼんやり考えて少しだけイギリスに顔を近づけて言った。

「もう百年付き合ってんのに、まだそんなこと言ってんのかよ。じゃあ今日はいっぱい言ってやるよ。…愛してるぜ、イギリス。いつもお前のことを考えてるし、その愛らしい唇にキスしたい」

「………………」

なんともチープな口説き文句に、我ながら酷いと思った。
やり直しを要求する!! と思ったところで口から出た言葉は消えない。
イギリスも呆れたのか、大きな溜息を吐いて肩をすくめる。

「今日そんなこと言われても全然嬉しくねーぞ。お前それでも愛の国かよ、口ほどにもねえなぁ。フランス語は愛を語る言葉なんじゃなかったのかよ?」

挑発するようにニヤリと笑ったイギリスにフランスは苦笑した。
イギリス相手だとどうもいつもの調子が出ない。

「そうだけど、…相手によるんだよ。お前には甘い愛の言葉より、こっちの方が手っ取り早くていいのかも」

それだけ言ってイギリスの唇を塞ぐと、そのまま彼をソファの上に押し倒す。
イギリスはめずらしく抵抗もせず、すぐに目を閉じてキスを受け入れるように唇を薄く開いた。
付き合い始めたばかりの頃はキスどころか少し触れ合っただけで顔を真っ赤にしていたのに、百年もこんなことを繰り返せばさすがに彼も慣れたらしい。
今では自分からフランスの上にまたがってあれこれしてくれるくらいだ。
唇を食み、何度も吸い上げると彼の舌が口内にもぐり込んでくる。
舌を擦り合わせる深い口付けを繰り返すうちに我慢できなくなったのか、イギリスは自らズボンのベルトを外して前をくつろげた。
すぐさまズボンと一緒に下着を引き下ろし、剥き出しの下肢を擦りつけてくる。
そんなことをされたらもともと薄いフランスの理性がもつわけもなく、ベッドに移動する暇すら惜しんでソファの上で抱き合った。

…今日のイギリスはいつになくかわいかった。
フランスもこんなに好きだ、愛してる、と言葉にして彼に伝えたのは初めてかもしれない。
この際今まで言わなかった百年分も言ってやろうと、フランスは何度も何度もイギリスの双眸を見つめて自分の気持ちを吐き出した。
愛してる、と囁くたびに頬を染めて嬉しそうに笑うのに、口では 「そんな台詞全然嬉しくねえよ、ばか」 とかわいげのないことを言う。
イギリスの方は冗談でも 愛してる なんて言ってくれなかったけれど、彼の反応は言葉よりも明確だ。
フランスの熱を受け入れているイギリスの身体はこれ以上もないほど素直で、とろりと潤ませた緑色の瞳に切なげな色を浮かべて見つめられると、彼の中の自分に対する恋情を確かに感じることが出来る。
イギリスに愛してると告げることで、フランスの気持ちも満たされた。
今さら彼に愛の言葉を囁くことに照れのようなものがあったけれど、こうして口にしてみると胸が温かな気持ちでいっぱいになり、本当は自分はイギリスが好きだとたくさん伝えたかったのだと気付く。
繰り返し心に溜めた感情を言葉にしたことで、これからは照れずに彼にちゃんと自分の想いを伝えることが出来そうだ。

イギリスの身体をソファから起こし、膝の上をまたがらせるように乗せてまだ熱の残る肌を撫でる。
しっとりと汗ばんだ皮膚は快感の余韻に震えていた。
赤く染まった目元や頬にキスをして、最後に唇を重ねるとイギリスは腕の中で小さく身じろぐ。
もぞもぞと下肢を揺らす動きに、また身体の芯に熱が灯ってしまったらしいと察したフランスは彼の乱れた髪の毛を撫で、耳元で甘ったるい声音で囁いた。

「…ベッド行こうか?」

「……ん」

素直に頷いたイギリスの身体を支えてやりながら寝室へ向かい、その後はまだ昼間だというのにお互いどろどろになるまで抱き合った。
フランスがシャワーを浴びて、簡単な夕食を作って帰り支度を済ませた頃にはもう夕暮れだ。
イギリスはまだベッドでぐったりしていたが、フランスもそろそろ帰って少しは仕事をしなければならない。

「イギリス。お兄さんももうちょっと一緒にいたいんだけど、……今日は帰るな。ご飯作っておいたからちゃんと食べろよ」

そう声を掛けると、彼は毛布の中から顔を出してこちらをじっと見つめている。

「なーに?」

「さっさと帰れ。もう来るなよ」

「またそんなかわいくないこと言う…」

さっきまで必死に縋り付いて、とろけた声でフランスの名前を呼んでいた口でそんなことを言うのだから、本当にかわいくない。
素直じゃないなぁ、と苦笑いを浮かべると、イギリスは身を起こしてさらに続けた。

「…俺はっ、お前のことなんて愛してないからな! 一緒にいたくねえから、早く帰れっ」

「…………」

彼は顔を真っ赤にしてそう言って、シーツをぎゅうっときつく握りしめている。
そんな愛の欠片もない科白を吐いておきながら、恥ずかしくて仕方がないようで目線は下を向いたままだ。
わざわざ帰り間際に、明らかに言葉と態度が異なったおかしなことを言うなんて、これはイギリスの本心ではないことはすぐにわかった。
じゃあ一体なんなのか、と少し考えて、フランスは あ、 と小さく声を上げる。

今日はエイプリルフールだ。
「今日は嘘をつかない」と言った最初の彼の言葉も嘘だったのだろう。
だからこそこんなに顔を赤くして、本当の気持ちとは反対のことを言っているのだ。
それに気が付くと、なんでこうこんなときまでひねくれてるのかねえ、と思わず笑ってしまう。

「なにがおかしいんだよ! 早く帰れって言ってんだろ!」

イギリスはまだ顔を赤くしてそんなことを言っている。
フランスは部屋の中に引き返して、そのままベッドの上に腰を下ろした。

「やっぱり気が変わった。今日は泊まってくから」

そう言ってやると、彼はフランスが正しく意図を汲み取ってくれたことに安堵したのかますます頬を赤らめ、嬉しくてゆるんだ顔を隠すように毛布の中に隠れてしまった。
毛布の上からイギリスの背中を撫でながら、嘘でも 「愛してる」 とは言えない彼のことがどうしようもなく愛おしく感じる。
フランスでさえその言葉をイギリスに伝えるのは照れがあったのだ、彼にしてみれば照れどころの話ではないだろう。
百年付き合っても、まだ恥ずかしくて嘘でも言えない。
面倒くさいし素直じゃないと思うけれど、フランスはイギリスのそういうところが好きなのだ。
いつか彼の口から 愛してる という言葉が聞けたら、嬉しくて死んじゃうかも、と思いながら、頭から被っている毛布を捲ってイギリスの真っ赤な頬にキスをした。





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