アナライズ・ミー/05


少しの間フランスの隣に横たわって彼の寝顔を眺めていたが、明日も仕事があるので今晩中に帰らなければならない。
イギリスは全身の熱が引くと、疲労の残る身体を起こし勝手にシャワーを借りて着替えを済ませた。
寝室に戻りフランスの身体も綺麗に拭いてやって、熱の引かない彼の頬を手のひらで包む。
ベッドの脇に膝をついて僅かな寝息を立てて眠るフランスを見下ろし、いつも彼がしてくれるように閉じられた瞼に口付けた。

(……熱い……)

唇に触れた皮膚はまだ熱を帯びているが、薬も飲んだのだから一晩眠ればきっと熱も下がるはずだ。
しばらくフランスの傍に座り込んだ後、洗面器に新しい水を張り、冷たいタオルを額に乗せてやった。

こいつがこんなんだと調子が出ない。
別に心配してるとかそんなんじゃねえけど、病人相手じゃ殴るのにもいちいち手加減しなきゃなんねえし、………とにかくこのバカはさっさと風邪を治せばいいんだ。

そんなことを考えながら、ぎゅ、とフランスの熱い手を握り締め、イギリスは彼の寝顔を見つめていた。
何をするでもなくただ彼の手を握り、眠る表情を眺めて静かに時を過ごす。
イギリスがフランスの寝室を出たのは、陽が落ちて窓の外の景色が夕闇に溶け始めた頃だった。
帰る支度は調えておいたが、ロンドンへの最終便まではまだ時間がある。
行為の疲れが抜けていない身体は酷く重くて、ぎりぎりまで休んでいこうとリビングのソファに身を投げ出した。

…それからどれだけの時間が経過したのだろうか、ふわりと意識が浮上し、自分が眠っていたのだと気付いたイギリスは、がば、と上体を起こした。
室内は暗く、手探りで明かりのスイッチを入れて時計を見ると、午前四時を回ったばかりだった。
昨日のうちにロンドンに帰るつもりだったのに、結局全身の怠さには勝てず、ソファで身体を休めているうちにすっかり寝入ってしまったらしい。
しまった、と小さく舌打ちするが、夜も明けきらない早朝であることにほっと息を吐いて寝乱れた衣服を整えた。

(良かった……、これなら早い時間に帰れる)

仕事があるので今日は帰らなければならないが、フランスの体調は大丈夫だろうか。
昨晩の行為を思い出すと意外と元気だったように思うし、もしかしたらもう熱も下がっているかもしれない。
熱が引いても体力の落ちた身体では、一人で食事の用意をするのはまだ大変だろうな、と思い、起きたときすぐに食べられるようにスープでも作ってやって、それから帰ることにした。
彼が起きる頃には冷めているかもしれないが、スープを温めるくらいなら多少具合が悪くても出来るだろう。

野菜とたまごとベーコンを入れただけの、実にシンプルなコンソメスープは短時間で簡単に出来上がった。
本当はもっといろいろ具の入った栄養のつきそうなものを作ってやりたいのだが、食材をたくさん使って手間暇掛けて作ったところで、ぐずぐずのスープだか何だかわからない汁が出来上がるだけのような気がしないでもない。
今作ったコンソメスープはいつもよりは美味しく出来たと思うので、これに具を増やすとか、余計なことはやめておくことにする。
火を止め鍋にふたをして、イギリスはフランスの様子を見に彼の寝室へと向かった。

寝室のドアを開けると昨日と変わらず、フランスが眠っているのが見える。
そっと傍に近寄ると、ベッドに横たわった彼はぐったりとしていて、明らかに様子がおかしい。
それを目にした途端、イギリスは一瞬呼吸が止まり、そのあとは考えるより先に身体が動いていた。

「フランス…、おい、フランス!」

彼の手を取ると体温は昨夜よりずっと高くなっていて、病状が悪化していることは一目でわかった。
何度名前を呼んでも反応もなく、目を覚ます気配もない。

「っ…だから病人は寝てろって言っただろばかぁ!」

したいとか言って本当にするくらいだから、風邪と言っても大したことはないのだろうとたかをくくっていた。
それなのにまさかこんなに悪化するとは思ってもみなくて、昨晩彼の誘いに安易に応じてしまったことを後悔した。
パジャマも毛布もシーツも汗でじっとりと濡れていて、脱水症状でも起こしているのかもしれない。
急いで洗面器の水を氷を入れたものに取り替えて、冷たいタオルで顔と額を冷やしてやる。
水分も摂らせようと上体を少し起こして支えながら、グラスを口元に当てるが意識がないせいか唇の端から零れるばかりで、上手く水を飲み込んでくれない。
どうしたものかと考えた末、手段を選んでいられるか、と口移しで飲ませてやった。

昨夜なるべく負担を掛けないようイギリスなりに頑張ったつもりだったけれど、結局最後はフランスに主導権を委ねてしまった。
看病するつもりが逆に悪化させてしまっては本末転倒もいいところである。
そのことに多少の責任を感じたのと、意識のないフランスがどうにも気がかりで仕方なかったため、目を覚ますまでは傍にいて様子を見ていたかった。
それにこんな状態のフランスを放って家に帰ったところで、彼のことが心配で仕事なんか手に付くはずもないのだ。
薬を飲ませて少し落ち着くと、ジャケットから手帳を取り出して仕事の予定を確認する。
幸いなことに急ぎの仕事はなく、少しスケジュールを詰めれば数日くらいは休んでも何とかなりそうだった。

フランスが眠っている間ずっと、ベッドの傍らに座り込んだイギリスは彼の手を握り放そうとしない。
昨日あんなことしなければ良かった、このまま目を覚まさなかったらどうしよう、と後悔と不安で泣きそうになったが、彼はその日の晩に目を開けてくれた。
けれど意識は朦朧としていて熱に溶けた瞳も虚ろな色に濁り、イギリスのことを認識しているのかどうかもよくわからない。

「…、具合はどうだ? なにか、欲しいものとかないか…?」

イギリスの問いに何か言いたげにフランスの唇が薄く開いたが、ひゅう、と呼吸が漏れるばかりで言葉は出てこない。
話す代わりに、握っていた彼の手がぴくり、と僅かに動いてイギリスの手を握り返した。
しかしそれに安堵したのもつかの間、フランスが目覚めた時間はほんの数分で、再び彼は眠りに落ちてしまう。

その後もそんな状態が数時間ごとに続き、フランスの熱が引いて会話もまともに出来るようになったのは、それから二日も後のことだ。
結局その間イギリスは彼の家に泊まり込んで、実に甲斐甲斐しく面倒を見てやったのだった。

**********

イギリスがこの家を訪ねてきてもう三日が経つ。
フランスの具合もだいぶ良くなったようだし、さすがにそろそろ帰って溜まった仕事を片付けなければならない。
今日は昼食を用意したら、一度自宅に戻ることにした。

キッチンに立ったイギリスは冷蔵庫を開け、さて何を作ろうか、と思案する。
もともとレパートリーは少ないし、この二、三日は粥とスープばかりだった。
そろそろきちんとした食事を摂らないと良くなるものも良くならない。
とりあえずスープを作りながら考えることにして、先に野菜をざくざく切っていると、ふわりと何かが背にのし掛かった。

「何やってんの」

フランスが背後からぎゅう、と抱き付いてきて、イギリスの肩に顎を乗せた。
いつもならべたべたくっついてくんじゃねえ、と容赦ない鉄拳を繰り出すところなのだが、一応相手は病み上がりなので手を上げるのはやめておく。
それにしても熱も下がって良くなってきているとはいえ、今朝までずっとベッドの中だったのに何をフラフラ歩き回っているのか、抱き付かれたことよりむしろそのことに呆れた。

「寝てろよバカ」

「えーだってお前料理してるっぽかったから止めに来た」

「今さらだろーが! 昨日までお前が食ってたスープも粥も俺が作ってやったんだぞ!」

「うん知ってる。でも昨日までは鼻詰まってて味なんかわかんなかったしな。ってか病状悪化したのってお前の料理のせいじゃねえの」

体調が良くなった途端、酷い言い草だ。
彼が自分の作ったものを食べてくれたのが嬉しかったのに、その気持ちはあっけなくさらさらと砂のように崩れていった。

「なんだ死にたいのかお前? 悪化したのは熱あんのにあんなことしたせいだろ!」

持っていた包丁をフランスに突き付ける前に手首を掴まれ、肩口に顔を埋めた彼の唇が首筋の皮膚に触れる。
ちゅ、と軽く吸い付かれただけでひくりと身体が震え、手にしていた包丁がシンクに落ちた。

「いやぁ、俺もそんな気はなかったんだけど……約束ドタキャンしたのに、お前が来てくれるとは思わなかったし……やけに優しいし、なんか物欲しそうな目で見てくるし」

「見てねえよ!! もう離れろ、昼飯の支度出来ねーだろ!」

首に触れていたフランスの唇が耳たぶを挟み、かり、と歯を立てられるとぞくりと背筋が震えた。
慌てて身を捩るが、後ろからしっかり抱き込まれて動けない。

「お兄さんはご飯よりイギリスが食べたいなー」

テンプレ通りの恥ずかしい科白を吐いて、腰に巻き付いていた手が脇腹を撫でるように滑り、シャツの中に差し入れられる。
彼の指が直に肌に触れて、イギリスの身体は急激に熱くなった。
とはいえさすがに三日前と同じことを繰り返すわけにはいかないので、肩に乗っているフランスの頭に頭突きを喰らわせると、彼は痛む箇所を押さえてその場にしゃがみ込む。

「いった! ちょ、おま……、俺病人なんだけど! …なんだよもう、汗掻いた方が治るのも早いっていうから、言ってみただけじゃねえか」

「それは安静にしてればの話だろうがっ、また悪化したらどうすんだバカ! もう面倒見ねーぞ!」

「うーんそれは困るなー……じゃあ大人しく寝るけど、ほんとに昼飯はいらないからな」

念を押されて少し悲しくなってしまったが、スープ以外に作るものもまだ決めていなかったし、先ほどの暴言を思い出すと作る気も失せた。
何とか起き上がれるくらいには回復したようだが、まだ本調子ではないのだしもう少しゆっくり寝て身体を休めた方がいい。
それに彼がちゃんと食事を摂るのか心配で、仕方がないので近くのスーパーで適当に昼食と夕食、二食分の総菜とパンを買ってきた。
フランスに昼食を食べさせ、着替えも手伝ってやって一通り世話を終えてから、イギリスはようやく帰り支度を始める。

「あれ、帰んの?」

「お前のせいで三日も仕事休んだからな。まぁ……何かあったら電話してもいいぞ。どうしてもっていうなら、来てやらないこともない」

「うん。嬉しいけど優しいイギリスって不気味だな」

「素直に礼も言えないのかよお前」

「はいはいごめんね、ありがと」

不満げに尖らせた唇に不意打ちのように口付けられ、少し驚いたけれどイギリスは黙って目を閉じる。
何度も触れ合うだけのキスを繰り返し、最後に軽く吸い上げられて互いの唇が離れた。
目線を上げると嬉しそうに微笑むフランスと目が合って、その優しい眼差しに恥ずかしくなり視線を逸らし、照れ隠しにぽつりと呟く。

「なにニヤニヤしてんだよ、気持ち悪ぃ…」

「え? いや、俺って意外と愛されてんだなぁ、って思って」

そういうこと自分で言うなよばかじゃねえのこの変態が! …とは内心で思うだけで、実際あれだけ親身になって細々と世話をしていたら、どんなに鈍感な奴だって気が付くだろう。
イギリス自身も、アメリカが幼かった頃ですらこんなに手が掛かった記憶はないくらいなのだ。
熱くなった頬を隠すように俯くと、来てくれてありがとな、とフランスの手のひらがくしゃりとイギリスの髪を撫でた。

「あ、そういやお前がここに来た理由まだ聞いてねえな。後で言うって言ったよなー? 教えろよ」

フランスの問いにう、とイギリスは言葉に詰まる。
三日も前のベッドでのことなんて、熱で記憶が飛んで忘れているだろうと思っていたのに、彼はしっかり覚えていたらしい。

「お前が理由も言わねえでドタキャンなんかするからだ! 一発殴ってやらねえと気が済まないから来たんだよ」

ふうん、そっか、と答えた彼は柔らかく微笑った。
その表情を見て、 くそ、こいつ絶対本当の理由に気付いてて言ってやがる、 とイギリスはますます顔を赤くする。
寝込んでいる間は素直で大人しかったのにな、と嘆息しつつ、一方ではすっかりいつもの調子を取り戻した彼にほっとしていた。
この分なら帰っても問題なさそうだ。
イギリスが寝室を出ると、寝てろと言ったのにわざわざ玄関まで見送ってくれたフランスが、帰り間際に一通の封筒を差し出した。

「…? 何だよ」

「それね、この前の映画祭でノミネートされた作品のチケット。お前が好きそうな内容だから一緒に行かないかなーと思って。三日前約束してたのも、これ観に行くつもりだったんだよ」

「…お前の風邪が治ったら付き合ってやってもいい。言っとくが映画が見たいだけで、お前と一緒に行きたいわけじゃないからな!」

「うん。じゃあ体調良くなったら連絡するから、それまでに溜めた仕事片付けとけよー」

「うるせえよ誰のせいで仕事が溜まったと思ってんだ! 余計な手間掛けさせやがって……ちゃんと薬飲んでさっさと治せよ。じゃあな」

怒ったように言って、イギリスは乱暴にフランスの手から封筒を引ったくり、玄関を出て行った。
そのとき手渡した封筒を壊れ物でも扱うみたいに、大切そうに懐にしまい込んだイギリスを見て、フランスは思わず頬を緩める。
早く治して一緒に映画を観に行きたいなぁ、とぼんやり考えながら、小さくなったイギリスの後ろ姿を見えなくなるまで見送った。





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テンプレでベタな話が好きです。