現実を嗤う
他人に言えない悩みというのは、本当にやっかいなものだと思う。
それ以前に相談出来るような親しい相手がいないイギリスにとってはなおのこと。
否、相談出来る相手は一人だけいないこともないのだけれど、今の悩みはその唯一相談出来る男が原因でもあるので、当の本人に話せるはずはない。
仕事をしていても、ふと気が付くとそのことばかり考えていてやるべき仕事はちっともはかどらず、このままではいけないとわかっている。
しかし生まれたときからの腐れ縁で、顔を見るなりケンカばかりしていた相手との「夜のお付き合い」についてなど、誰にも相談なんか出来るわけがない。
彼と自分の仲が悪いのは世界の共通認識である。
まさか罵り合い殴り合いの裏で、相手を罵る唇が愛を語り、容赦なく殴る手が優しく皮膚を辿るだなんて、誰も想像しやしないだろう。
悩み相談の前に、その事実をカミングアウトすること自体が、イギリスにはすでにとんでもない高さのハードルだ。
けれど一人で考えていてもぐるぐると同じことばかりが頭を巡り、何の解決策も浮かんでこない。
こんなことが相談出来る人間なんて相当限られるが、彼以外にイギリスがかろうじて相談出来そうな相手と言えば、アメリカと日本くらいのものだ。
どんだけ友達いないんだよ俺、アメリカには絶対こんな相談出来ねえし、日本は聞いてくれそうだけど反応が怖え……。
イギリスは あああ、 と頭を抱えてデスクに突っ伏した。
「……あ」
そのときふいに、話を聞いてくれそうな相手が思い浮かんだ。
陽気でのんきでお人好しな、スペインである。
昔、イギリスが各所で暴れていた頃(彼いわく元ヤン時代、である)、何度も怒って抗議に来たくせに、イギリスの芝居じみたうわべだけの謝罪に毎回引っかかっていた、超がつくほどのお人好しだ。
当時は随分な目に遭わせたとイギリス自身も自覚しているが、スペインは今やそれすらも根に持っている様子はないので、本当にどこまでも人がいいのだと思う。
しかもスペインはロマーノといい仲だと以前彼に聞いたことがある。
自分たちと同じく国同士で付き合っていて、そういう意味で似た立場である相手にならこちらも話しやすいし、何よりスペインと彼は仲がいい。
それも含めていろいろと考えた結果、スペインならイギリスの話をまともに聞いてくれそうな気がした。
「…………………」
それにしてもこんな恥ずかしいことをそれだけの理由で相談しに行くのは、何とも気が引けるが他に話せる人がいないのだから仕方がない。
スペインの反応を見て、相談出来そうな雰囲気じゃなければ帰ってくればいいのだ。
席を立つのにたっぷり二時間は躊躇した後、ようやくイギリスは自宅を出てスペインの家へ向かった。
**********
「…相談? イギリスが? 俺に?」
「……あぁ」
「…………………………」
案の定、スペインは目を丸くしてまじまじとイギリスを見つめている。
一体どういう風の吹き回しなのだろう。
なにかおかしなものでも食べたのだろうか。
いや年中おかしなものを食べているのだ、それはない。
どこかに頭でもぶつけたんかな、と不思議に思いながら、とりあえず相談とやらを聞いてみることにした。
「相談って……俺でええの?」
「ああ、……お前以外には言えねえから」
「えー、なんやろ、怖いなぁ………あ、フランスじゃあかんの? その相談相手って」
イギリスとフランスはケンカも多いが結託も多い。
何かあればイギリスが相談する相手はフランスだろうとスペインは思っていた。
けれどイギリスは少しだけ目元を赤く染めて俯くと、ぼそぼそと呟いた。
「その、フランスのことで……ちょっと個人的な相談なんだよ。スペイン、あいつと仲いいだろ」
「え? あー……なんや、国の話やないんや。ええよ、フランスのことで相談ってなんやの?」
てっきり国絡みの仕事の話だと思っていたが、そうでないと知って安堵したスペインはにこにこと人懐こい笑みを浮かべて、イギリスの向かいに腰掛ける。
イギリスもあまり個人的に会話を交わす機会もないのに、スペインが快く相談を受けてくれたことにほっとしていた。
これでようやく本題に入れるが、何からどう切り出したらいいものか。
フランスからスペインはかなり鈍感な奴だと聞いているし、実際そうだとイギリスも感じているので、ずばり直球に問わなければ話は進まないだろう。
直球で問うにはかなり恥ずかしい相談事だが、わざわざスペインまで足を運んだのだ、背に腹は代えられない。
イギリスは大きく深呼吸をして、目線を逸らしたまま思い切って口を開いた。
「……お前ってさ、ロマーノと付き合ってるんだろ」
「ん? ああ……そうやけど……? それがイギリスの相談と何か関係あるん?」
確かにスペインはロマーノと浅からぬ仲である。
スペインが昔からロマーノを溺愛していることはみんな知っているし、特別隠してもいなかったので周囲の国々は大抵気が付いているだろう。
特にフランスには付き合い始める前、なかなか懐いてくれないロマーノのことを相談したりもしていたので、フランスからイギリスの耳に入ったのかもしれないが、今の話の流れでどうしてロマーノのことが出てくるのか、スペインは首を傾げた。
するとそのスペインの問いに、イギリスはさらにもごもごと言いにくそうに低い声で話を続ける。
「いや、直接は関係ねえけど。ただ……その…、アレするとき、お前らはどっちから誘うのかと思って…」
そこまで言って、イギリスはますます顔を赤くした。
相談らしい内容になったが、スペインには肝心のその内容がよくわからない。
ついでになんでイギリスが頬を染めているのかもわからない。
「アレって?」
聞き返すとイギリスは言いにくそうに目線を泳がせた後、諦めたように溜息を吐いて目線を上げるとはっきりとこう言った。
「だから…、エッチするときだよ! お前とロマーノ、どっちから誘うのかって聞いてんだ!」
「…はぁ? なに聞いてるん自分?!!!!!!」
フランスがイギリスのことをエロ大使だなんだと言ってからかっているのはよく聞くし、呆れるようなエロニュースをばらまく国でもあることは知っている。
それにしてもいきなり何を聞き出すのか、思わず口に含んだお茶をぶはっと吐き出してしまった。
「それ相談ちゃうやん! フランスの話はどうなったん?!」
「あ、いや、その…つまり…………俺とあいつもお前らと同じで………、付き合ってるっつーか、なんかそんな感じなんだよ! 実に不本意だけどな!!」
顔を真っ赤にしてそう叫んだイギリスを、スペインは呆気にとられた表情で見つめていた。
なんという質の悪い冗談。
しばらく呆然としていたが、我に返ったスペインの感想はそれしかなかった。
自分たちと同じというからには、イギリスとフランスはいわゆる恋人同士ということになるのだろうか。
冗談だと思いたくても、フランスならともかく、イギリスがフランスと付き合っているなんてそんなおぞましいことを冗談でも言うとは思えない。
要するに事実なのだ、彼が言ったことは。
言われてみれば心当たりがないわけではない。
昔からフランスがイギリスにちょっかいをかけて怒られたり殴られたりしているのを見て、フランスも物好きやんなぁ、とは思っていた。
彼らがそういう関係になっていただなんて少しも気付かなかったし、そればかりかこの相談の内容からいって、二人の仲は行き着くところまで行っているらしい。
まぁフランスのことだから手が早いのは当たり前としても、いつからそんなことになってたんやろなぁ、出来れば知らないままでいたかったわ……と遠い目をしてしまう。
会議の場でもどこでも構わず顔を合わせるたびにケンカして、あれだけみんなに迷惑を掛けていたというのに、ケンカはケンカでもただの痴話ゲンカだったらしい。
すっかり脱力したスペインは、溜息混じりにぽつりと本音を漏らす。
「…アホらし……」
「な、なんだよその反応は! こ、こんなこと他の奴らには言えねえからわざわざ来たのに…」
イギリスの顔はまだ赤い。
確かにイギリスのこんな話をまともに聞いてくれる奴が他にいるとも思えず、スペインは しゃあないなぁ、フランスにも関係ある話やし、聞かないわけにはいかへんな、 とイギリスに向き直った。
「俺らは別にどっちが誘うとか決まってへんよー。普通そうなんちゃう?」
スペインが普段通りの口調で明るく答えたことに安堵したのか、イギリスは少しだけ表情を緩ませて話を続けた。
「そ、そうか? こっちはいつもあいつから言ってきて、会うたびそうだから俺から言ったことってなかったんだよ、その必要もねえと思ってたし。でもこの前、たまには俺の方から誘って欲しいみたいなこと言い出して…、まぁ別にするのは嫌じゃねえけど、俺からやりたいとかそんな恥ずかしいこと言えるわけねえし、他の奴はどうしてんのかと思って…」
よほど誰かに聞いて欲しくてたまらなかったのだろう、普段の傍若無人ぶりが信じられないほどイギリスは切々と悩みを訴えてくる。
ていうかフランスとすんのは嫌やないんや。
ていうか自分から言うのは恥ずかしいんや。
ていうかあれだけケンカしといてホンマに普通に付き合ってんねや。
突っ込みどころ満載すぎるやろがァァァ!!!!!!!
……と喉まで出かかったが、イギリスの真剣に悩んでいる様子になんとも気の毒な気持ちになって、スペインはこれも乗りかかった船と覚悟を決めてちゃんと相談に乗ってやることにした。
「うーん……でも俺フランスの言いたいことわかる気するわー。俺はフランスと逆で、自分からはあんまりそういうの言わない方やねんけど、それでもやっぱり自分ばっかり言うのって寂しいやん。相手が言ってくれへんと、セックスしたいとか好きだとか思ってるのって、俺だけなんかなーって思ったりせえへん?」
スペインはそう答えながら、そういえば自分もロマーノに 「たまにはてめえから誘えよ、くそ、てめえホントは俺のこと嫌いなんだろちくしょうが!!!」 と盛大に拗ねられたことがあるのを思い出していた。
今のスペインの言葉は全部ロマーノに言われた科白だ。
当たり前だがロマーノが嫌いなわけでもしたくないわけでもなく、役割的にどうしても彼に負担がかかるし、そもそもスペインは一緒にいるだけで満足なのであまり自分から誘うことはしない。
しかしロマーノはまだ付き合う前の小さい頃から、スペインのベッドに潜り込んできたりする寂しがりで、他人の温もりに飢えていた。
それはよくわかっていたけれど、彼が拗ねて丸い頬をトマトのように膨らませる様がどうにも可愛くて、その顔見たさにあえて自分から言わなかったりもするのだが。
ともかくお互い好きで付き合っているのだから、どっちがそういう気分になってもおかしくないし、どっちから誘っても不自然ではないのだとスペインは思う。
「まぁ、……そりゃ…少しは考えるかもな、そういうことも…」
「せやろ? フランスだってイギリスから誘われへんこと悩んでるかもしれんで? そんなに深く考えんで、イギリスも普段フランスが誘うみたいに声かけてみたらええやん」
これがスペインに出来る精一杯のアドバイスだが、イギリスは決心が付かないのか小さく唸って俯いてしまう。
空気を読んで真面目に答えてみたものの、スペインは内心 きっとフランスはそこまで深く考えてるわけじゃなく、イギリスからして欲しいとおねだりされたいだけなんちゃうかな、 と実に正確に悪友の心理を掴んでいた。
とはいえそんな事実に近い推測を伝えたら、あとでフランスに恨まれてしまうかもしれないので、その考えはスペインの心の中にそっとしまわれた。
「お、俺からあんなこと言うのかよ……、そんなのみっともねえじゃねえか…」
「じゃあイギリスはいつも誘ってくるフランスのこと、みっともないと思ってるんや?」
「いや…、そういうわけじゃ」
「大丈夫やって、イギリスから言うたらフランスめっちゃ喜ぶでー?」
「…………………」
イギリスはまだ迷っているようだ。
スペインは フランスめ、貸し一つやで、 と思いつつ駄目押しの一言を発した。
「よーし、ほんなら俺も今度自分からロマーノに言うわ。今度お互いの結果を報告せえへん? 俺も恥ずかしいけど、二人で頑張ろ? な、イギリス」
スペインの思惑通り、二人で頑張ろう、とまで言われては、いつまでもぐずぐず悩んでいるのも情けないと思ったらしく、イギリスはようやく顔を上げて小さく微笑って答えた。
「…わかった。今日はいきなり来て、変なこと聞いて悪かったな」
「あーええよええよ、気にせんで」
「あとで礼はする。じゃあな」
「うん、頑張ってなー!」
イギリスが帰って行くのを手を振って見送った後、一人部屋に残されたスペインはそれはそれは大きな溜息を吐く。
ロマーノのトマトのように膨れた頬をつついて癒されたい、早く帰ってこんかなぁ、と心の底から思ったのだった。
**********
イギリスの相談を聞いてから三日後のことだった。
スペインが買い物に出掛けようと扉を開けると、今まさにインターホンを押そうとしていたフランスと玄関で鉢合わせた。
「あれー、フランス? どないしたん、こんな朝早くに」
「…あー、おはよう。ってか、ちょっと話があるんだけど。今少しいいか?」
「話? ………ぁ」
ただならぬフランスの雰囲気に、スペインは三日前のイギリスの相談のことを思い出した。
……非常ーーーーーーーーに嫌な予感がする。
フランスはスペインの返事も聞かずに人目のつかない家の裏に移動すると、心底困惑したような口調でこう切り出した。
「…イギリスの相談に乗ってくれたんだって?」
「うん。他に相談出来る奴おらんって言うてたし、フランスのことやって言うんやもん」
「…もー…そんなこと人に相談するくらいなら、そう俺に言えばいいのに………なぁ、お前あいつに何言ったんだ?」
どうもフランスの様子がおかしい。
スペインはフランスの本音と思われる言葉を隠しこそすれ、彼がこんなふうに困るようなことを言った覚えはない。
こんな態度で聞かれては、こっちこそイギリスが何を言ったか知りたいくらいである。
彼に貸しを作ったつもりが、なんだか余計なことをしてしまったらしい雰囲気に戸惑った。
「イギリスが自分から誘うのはみっともない、って言うてたで。せやからフランスがするみたいに誘ってみればええんちゃう、って言ったんやけど」
「俺がするみたいに……? あー…、あぁ、そう……」
スペインの答えにフランスは納得した表情を浮かべた後、がっくりと肩を落として溜息を吐く。
「……なんや俺なんかまずいこと言ったん?」
あまりにフランスが憔悴しているものだから、スペインは自分の助言が裏目に出てしまったのではないかと心配になって恐る恐る問うと、彼は苦笑いを浮かべて答えた。
「や…、いいよ、何でもない…。あ、でも今度あいつが相談に来たら、人に相談する前に俺に言えって言ってくれる?」
「……ええけど……」
はぁ、とまたも大きな溜息を吐いて、ふらついた足取りで帰って行くフランスの背中を見つめながら、
(あいつ、普段一体どんな誘い方してんねや……はっきり言うて自業自得やんなぁ…)
とそう思うと同時に、約束したイギリスの報告が怖いスペインだった。
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イギリスに「エッチ」て言わせたかっただけの話。
スペロマも好きです。