ハッピーエンディング
「おはよー、イギリス」
眠たそうな顔でキッチンに現れたイギリスに、柔らかな笑みを浮かべて朝の挨拶をすると、大きな欠伸をした後、俺に目線だけ向けて頷いた。
起き抜けのせいか、少しくせのあるくすんだ色の金髪は寝癖であちこち跳ね上がっている。
朝食の用意はすっかりととのっていたので、奴の席の椅子を引いてやるとイギリスは素直にすとんと腰掛けた。
ああ、イギリスってのは俺の可愛い可愛い旦那サマなんだけどね。
……いやホントは俺が夫になる予定だったんだけど!
なんで俺がイギリスの妻になってしまったかというと、どうにかして奴と結婚しないと死ぬかもしれない、とそのときはそれしか頭になかったから、とにかくイギリスの奴に婚姻届にサインさせなきゃって俺も必死だった。
ほとんど無理矢理あいつの名前を書かせたまでは良かったが、これで死なずに済んだと浮かれた俺はそれが夫の欄だったことに気付かないまま提出しちゃったんだよなぁ。
そんな単純かつまぬけな間違いをしてしまうほど、当時の俺は切羽詰まっていたわけで。
まぁ書類の上の話だから実生活に不便はないし、昼間イギリスが働いてる間、俺は家で家事とか料理とかしてるわけなのであながち間違いでもないのだが。
「顔洗った?」
「……あぁ」
「歯磨いた?」
「……あぁ」
「ほら、いつまでもぼーっとしてんなよ、さっさと食べないと遅刻するぜ?」
「……ん」
こんがり焼けた分厚いトーストとバター、軽く塩を振ったゆでたまご、ドレッシングなしのグリーンサラダ、ミルクたっぷりのカフェオレ。
以上が今日の朝食メニューだ。
俺はそれらをイギリスの前に手際よく並べると、まだどこかぼーっとした表情で、もそもそとサラダを食べ始めた彼の髪にブラシをあてて綺麗にセットし始める。
もともと俺はこういうことにはまめな方だけど、いつもはここまで至れり尽くせりではない。
イギリスも身だしなみには気を遣い、自分できちんと整える方なので、俺が手出しするまでもなく朝食前までには出掛ける準備が出来ているのが常だ。
けれどたまに例外もある。
俺がこんなふうに過剰なまでに面倒を見てやるのは、大抵セックスした翌日だ。
しかも昨夜はちょっと……いろいろやりすぎたかなって俺なりに反省してるわけで、そういうときは必要以上にイギリスの機嫌を損ねないようにしないと後が怖い。
まぁイギリスは嫌々仕方なく、半ば無理矢理結婚させられたと思ってるみたいだけど、その割には変に律儀なとこがあって俺とのセックスを拒むことはない。
俺は結婚相手がイギリスな時点でセックスレス確定の寂しい夫婦生活になるんだろうなぁ、とそれも仕方がないことだと覚悟していたのに、普通にあいつから誘ってきたことは俺という国の長い歴史の中で、五本の指には入るであろう驚愕の出来事だった。
死にそうで金もない俺が何とか用意した二束三文の結婚指輪は、いつも当たり前のようにイギリスの指に収まっているし、もしかしたら俺との結婚生活もまんざらでもないと思ってくれているのかもしれない。
今まで知らなかったそういう可愛い一面を知り、俺はこの結婚を通してイギリスのことをとても愛おしく思うようになっていた。
しかしそんな可愛いイギリスも怒ると怖い。
非情の帝王的な、世紀末覇者的な、なんかそんな感じに恐ろしい。
以前ベッドで好き勝手にやって、その上朝飯も作らず翌日の昼まで爆睡してしまったことがあったのだが、イギリスの方はまともに足腰立たなくて、悪いことにその日は大事な会議があって散々だったらしい。
怒り心頭で帰ってきたイギリスはまず俺にデンプシーロールをかまし、寝室に直行してゴムやらローションやらあやしい玩具やら、まぁそういったものを全部まとめてゴミ袋に突っ込んで、自宅近くのゴミ収集場に放り投げた。
手当たり次第突っ込んだゴミ袋の中身は丸見えで、 「そんなの家の前に捨ててたら恥ずかしいだろ、恥かくのはお前だぞ」 って必死でイギリスを止めたが(止めたのは恥ずかしいというより、捨てられると困るからだけど)、返ってきた返事は 「うるせえこの×××野郎!」 とかいう俺的に結構傷付く下品な罵倒と、手加減なしの後ろ廻し蹴りだった。
イギリスの蹴りをまともに喰らって出来た痣はしばらく消えないし、二週間以上寝室に入れてもらえなかったし、口もきいてくれなかった。
…そんなことがあったから、それ以来どんなに疲れても毎朝イギリスより早く起きてちゃんと食事を用意して、イギリスの負担を減らすように俺なりに努力はしている。
まぁ昔からイギリスの世話をするのは好きだったし、それについてはちっとも苦じゃないからいいんだけど。
「はい出来た。やっぱりお前はこの髪型が一番可愛いなぁ」
丁寧にイギリスの髪を撫で付けてセット完了したところで、寝癖の取れた丸い後頭部に口付ける。
「朝っぱらから何やってんだこの変態が!!!!!」
朝食を食べてすっかり覚醒したらしいイギリスの頭突きをもろに喰らって、俺は床に倒れ割れるように痛む顎を押さえた。
結婚してからもイギリスの攻撃は情け容赦ない。
イギリスの顔が赤くなっているのを見れば、嫌だったのではなく恥ずかしいのだろうということはわかる。
それにしたっていい加減この暴力的な照れ隠しはどうにかならないだろうか……と世知辛い気分になっていると、奴は倒れている俺に見向きもせず席を立った。
「…行ってくる。今日は早く帰れると思う」
ぽつりと呟く声が聞こえて、もうそんな時間かとまだずきずきする顎をさすりながら起き上がり、イギリスを見送るため俺も一緒に玄関へ向かう。
行ってらっしゃいのキスをしようと顔を近づけたが、触れたのは柔らかなイギリスの唇ではなく堅く冷たいドアだった。
つれない態度に少しばかり寂しく感じたけれど、帰ってくるまでに機嫌が直ってるといいなぁと思いつつ、今日の家事を始めることにする。
イギリスを送り出した後の最初の仕事は、可愛い愛犬のご飯の用意だ。
イギリスの食事とは別に作っておいたご飯を器に移して、リビングの隅のペット用に作った小さな小屋の扉を開けると、我が家の愛犬はうるさく鳴いて飛び出してきた。
もう立派な成犬が勢い余って飛びついてきたのだ、とても支えきれず俺は愛犬に押し倒されるように背中から床に倒れる。
咄嗟に手に持っていた器を上に上げたことで、何とか中身はこぼさずに済んだ。
犬が元気なのは当たり前だけど、なんだよ朝からこのテンションの高さは……。
「こら、アルフレッド! ご飯はちゃんとやるから大人しくしろって!」
叱る声も無視してアルフレッドはふんふんと鼻を鳴らし、俺の手にある皿に手を伸ばす。
もう完全にエサしか目に入っていない行動で、相変わらずえらく食い意地が張っている。
見た目はスマートでなかなか男前な犬だと思うのだが、とにかくよく食べるのでメタボ犬にならないか心配になるほどだ。
ちなみにこいつはイギリスが拾ってきた犬で、名前はアルフレッド。
どっかで聞いたことある名前だけど、名付けたのは俺じゃないからね。
イギリスいわく 別にアメリカは一切関係ないからな! こいつがなんとなくアメリカに似てるとかそんなこと思ってないんだからなばかぁ! だそうだが、もしアメリカがここに遊びに来てこの犬の名前を尋ねたらなんて答えるつもりなんだか。
イギリスが拾ってきたせいかイギリスには懐いてるようだけど、言うことは聞かないし俺のことはこれっぽっちも主人と思ってないらしい。
こんなとこもそっくりだよ、一切関係ないはずのあいつにさ。
でも俺の作るご飯はお気に入りなのか、普段はお手すらしないくせに、食事の時間になると甘えるようにじゃれてくるのが……まぁ、可愛いんだよな。
……うん、単純だな俺。
「今日はイギリス早く帰ってくるみたいだぞ」
言いながら持っていた器をアルフレッドの目の前に置いてやると、ぷるぷるとしっぽを振って、山盛りのご飯を実に美味そうにガツガツ食べ始める。
アルフレッドにご飯をあげた後は朝食の後片付けをして、洗濯物を洗濯機に放り込み、ようやくソファに腰掛け一息吐いた。
イギリスと結婚なんて死ぬよりはましだと思って実行したのに、意外と悪くない……どころか、想定外に充実した毎日だ。
俺は指に嵌めているイギリスと揃いのリングを見つめて、酷く甘い気分に顔の筋肉が緩むのを抑えられず、思わず笑みを零す。
(早く帰ってこないかな…)
今日もイギリスが帰ってくるまでに、美味しい夕食をたくさん作って待っていよう。
帰りを待つことさえも幸せだと感じた、ある朝の話だ。
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=愛犬・アルフレッドの日常篇=
「行ってらっしゃーい」
バカみたいに甘ったるい声が玄関から聞こえてきた。
イッテラッシャイ はおでかけの合図で、イギリスが仕事に出掛ける時間になったってことなんだぞ!
俺は布団からもそもそと這い出て、イギリスを見送るためにとことこ歩いて玄関に向かう。
廊下の角を曲がると、イギリスの身体をドアに押し付けるようにしてべったりくっついているフランスの姿が見えた。
「今日は帰り何時頃になりそう?」
「そろそろ大きな会議があって準備が忙しいからな………遅くなる」
「そっか。でもなるべく早く帰ってこいよ。イギリスもさ……、ホントは今日は仕事どころじゃないんだろ?」
「っ、フランス……!」
フランスはイギリスの身体(というか、主に下半身)をいやらしい手つきで撫で回しながら、そんなフザケたことを言っている。
「お前が急にサカって夜明け前に起こされたのに、手抜きしないでちゃんときもちいいことしてやったろ…? お兄さんの言うことも聞いてよ」
「…ッ……、わかった! 早く帰るようにするよ……、それで文句ねえだろ!」
唇が触れ合いそうな距離での会話は、イギリスの裏返った怒鳴り声で強制終了した。
まだニヨニヨ笑ってるフランスの身体を押し退け、イギリスは慌てて玄関のドアを開ける。
「ははっ………かーわいい」
真っ赤な顔をして出て行ったイギリスを見送ったフランスはそんな独り言を呟いて、上機嫌でキッチンに戻っていく。
せっかく見送りに来たのに、俺の存在に気付かないままイギリスは出掛けてしまった。
仕方なくご飯をねだろうとのろのろとフランスの後ろをついて歩くと、 「今ご飯やるから、あっちで待ってな」 て、俺の鼻先でキッチンの扉は閉められた。
またしても仕方なく、大人しくリビングで丸まって待っていると、フランスはすぐに俺のご飯を持ってやってきた。
「お前最近太ってきたからなぁ。野菜多めに入れたけど食うかな…」
ちょっと心配そうに俺の前に山盛りの野菜が乗った皿を突き出すが、フランスの作るご飯はなんでも美味しくて大好きだぞ!
腹が減っていたのでろくに匂いも嗅がずにがっつくと、フランスはほっとした表情で俺の頭を撫でた。
**********
…俺はイギリスに拾われてこの家に連れてこられたんだ。
たまたまこの近くに捨てられた俺を、たまたまイギリスが拾ってココに連れてきてくれたんだけど、こうして たまたま がいくつも重なったってことは、それはきっと俺がイギリスに拾われるのは必然、そうなる運命だったってことなんだよ!
拾われたばかりのときはまだちっちゃかった俺だけど、一人であちこち徘徊してちゃっかりご飯にはありついていたから、イギリスに拾われなくても実は死ぬことはなかったんだけど。
拾われる前の俺の寝床は雨もしのげる民家の軒下で、その日はたまたまイギリスが仕事の行き帰りに通る道路に面した家を選んだ。
仕事帰りだったイギリスは草むらでひっそり横になってた俺に気付いて、一瞬だけ眉を顰めたあと。
一度はそのまま通り過ぎようとして、結局後ろ歩きで戻ってきたイギリスが俺の正面に座り込んだので、何かくれるのかな、と思い彼を見上げる。
「……どこの犬だよ、お前。汚ねえなぁ……泥だらけじゃねえか」
乱暴な口調なわりに、俺の頭を撫でる手は暖かくて優しい。
イギリスは俺に首輪が付いてないのを確認すると、 人に慣れてるな、捨てられたのか、 とちょっとだけ悲しそうな顔をして呟いた。
しばらく俺の頭を撫で撫で撫で撫で撫で(略)していたイギリスは、何かを決めたようにふいにすっと立ち上がった。
「…ご飯が食べたかったら、ついて来い。ちゃんとついてこねーと、メシやらねえぞ」
言うなりイギリスは俺に振り返りもせず、さっさと歩いて行く。
どうしようかな、とか考える間もなく、俺は咄嗟にイギリスの後を追った。
途中俺との距離が開くと、俺がちゃんとついて行けるようにイギリスは少し歩く速度を落とす。
しばらく歩いてようやくイギリスが足を止めた場所は、古めかしい大きな門がある一軒家だった。
どうやらココがイギリスの家みたいだぞ。
玄関の前でイギリスは ハァ…、 と溜息みたいな大きな息を吐いて、パッと顔を上げると何かの覚悟を決めたような表情をしてインターホンを押した。
…自分んちに入るのに何でそんな顔するんだろ、イギリスって変なやつだな。
俺が不思議に思っていると、ドアの奥から 「はーい」 とやけに上機嫌な返事が聞こえるのと同時に、ばーんと勢いよく扉が開いた。
「おかえりー……って、なんだその犬、汚ねえな!」
ドアの向こうに現れたのは、にやけた顔をした男。
その男…フランスはイギリスの横にぽつんと立っていた俺を見るなり、顔を顰めてそう言った。
確かにそのときの俺は泥だらけで汚れていたけど、野良犬が汚れているのは当たり前じゃないか。
フランスの第一声は本当に心底失礼な発言だと思わないかい?
初対面でもう、俺の中でのフランスへの友好度は急降下だよ。
フランスのその反応にイギリスはあっちこっちに目線を泳がせながら、ボソボソと答える。
「捨てられてたんだ。……ついてきちまって」
ええっなんだいそれ!
ついてこい って言ったのはイギリスなのに、俺のせいにしてるじゃないか!
それはいくらなんでも酷いぞイギリス!
わんわん鳴いて抗議をしたつもりだったけど、俺の言葉は彼らには通じない。
イギリスに こら、大人しくしてろ! と一喝されてしまった。
「ふーん……汚いけどこいつ結構いい顔してんなぁ」
フランスは俺の前にしゃがみ込んで、優しく頭を撫でた。
頭を撫でられるのは嫌いじゃないけど、汚いと何度も言われてちょっとムッとした俺はブルブル首を振ってフランスの手を振り払った。
「あれ、嫌がられちゃった。可愛げねえなー」
「…なあ、…フランス、…」
飼う とも 捨ててこい とも言わないフランスに、イギリスは頼りない声音で不安そうに声をかけた。
するとフランスは何も言わずに家の中に戻っていったので、イギリスが慌てて彼を呼んだ。
「おい……、フランス!」
「もーお前いきなりそんなの連れてくんなよ。また買い物行かなきゃいけないじゃん。鍵取ってくるからちょっと待てよ」
「…買い物って」
「ドッグフードとか犬用シャンプーとか、何かいろいろいるんだろ? とにかくこいつ洗ってやらねえと」
な、とウインクしてみせたフランスは、嫌味なくらい絵になった。
フランスのこの一言で、俺はイギリスの家で暮らすことになったんだぞ。
イギリスはさっきまでフランスの反応を恐る恐る窺ってたのに、急に 「ここは俺んちなんだから、犬を飼おうが何しようが俺の勝手だろっ!」 と強気な態度に出るのがおかしかった。
待てと言われたのに、鍵を取りに行ったフランスの後についていくイギリスはとても嬉しそうで、玄関の扉が閉まりきる前に二人がキスをしたのが見えた。
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にいちゃんの仕事は家事と炊事と在宅ワーク。
いぬのアルフレッドがなかなか懐いてくれないのが悩みです。