ラブデラックス
陽も落ちかけた放課後。
薄暗い室内に、二人分の荒い呼吸音が響いていた。
部屋のカーテンはぴったりと閉め切られていて、唯一の出入り口になる扉には鍵が掛けてある。
ソファの上で折り重なる二体の影がゆらりと動き、乱れた呼吸音に混じって微かに咎めるような声が聞こえた。
「ちょ、おい…フランスっ、…ゴム…!」
「ん…、中には出さないから」
「そういう問題じゃ……、あっ、ダメだっつってんだろ!」
イギリスは嫌がるように身を捩るが、構わず腰を掴んで半ば強引に挿入しようとした直後、彼の拳がフランスの頭にめり込んだ。
手加減なしに殴ってくれたらしく、ものすごく痛い。
あーこれ絶対頭蓋骨陥没してるよ……と、あまりの痛さに思わずイギリスの胸に顔を埋める。
本当に陥没していたらそんなことを考える余裕などあるわけがないが、それくらい痛かったというのにその鉄拳を喰らわせた当のイギリスは、容赦なく胸にのし掛かったフランスの髪を掴んで無理矢理引き剥がした。
「使わないなら挿れさせねえからなっ!」
追い打ちのような言葉を浴びせられ、髪を掴むイギリスの手をやんわりと解いて身を起こすと、フランスは少しだけ首を傾げて答える。
「えー……? そんなこと言われても……今持ってないんだけど」
些細なことがきっかけでイギリスとこういう行為に及んでしまうことは多々あるし、お互い気分さえ乗れば場所も時間も気にしないので、なるべくゴムは常備するようにしていた。
……が、当たり前の話だが使えばなくなるので、フランスが持っていないのは昨日も今と似たような状況になり、制服に忍ばせておいた分を使い切ってしまったからだ。
持ってないけど中に出さずに後始末もきちんとすればなくても問題ないかなぁ、と思ったのだけれど、この反応を見るにゴムがないとイギリス的には問題があるらしい。
別にフランスとしてもつけること自体はまったく構わないのだが、どうにも解せないのは彼もほんの先日までゴムの有無など気にしたことがなかったのに、最近になって急にないと嫌だと言い出したことだ。
一体どういう心境の変化があったのだろう。
後始末の手間を考えたら当然つけた方が楽だし、そもそも自室のベッドならともかく、生徒会室なんかは多少は自分たち以外の生徒の出入りもあるし、ソファや机は一応学校の備品なので汚すわけにはいかないのもわかる。
理由として十分納得出来るものだが、それにしたってイギリスとこういう関係になってもうだいぶ経つのに、今さらにもほどがあるだろうと思うのだ。
それでもイギリスがないと嫌だと言うならフランスもその通りにしたいと思うが、今のように持っていないときにこういう状況になってしまったら、ただ我慢を強いられることになるのではないだろうか。
それはちょっと辛いなぁ、と小さく溜息を吐いてイギリスを見下ろした。
「……イギリス……どーしてもだめ…?」
情けないとは思いつつ、縋るような声で組み敷いた身体に頬を擦りつける。
いくらイギリスの言う通りにしてやりたいと思っても、すっかりやる気になっていた身体の熱が簡単に引いてくれるわけもない。
髪の流れに沿って丸い頭を撫でてやりながら軽く唇を吸うと、僅かに彼の身体がぴくりと震えた。
その反応を見ると自分だけが求めているわけではないと思う。
ないと嫌だと言うわりに、ソファの上に横たわったまま本気で逃げようとはしないのだから。
何度も触れるだけのキスを繰り返し、ようやく互いの唇が離れるとイギリスは大きな溜息を吐き出した。
「………もー…、…しょうがねえな…」
ぶつぶつ言いながらソファ下に落ちた制服のジャケットを掴み、ごそごそとポケットの中を探ると、見覚えのある小さな包みを取り出した。
「…これ使え」
「え……うん…?」
押しつけられた小さな包みは、思った通りゴムだった……………が。
何故イギリスが持っているのか不思議だ。
否、持っていること自体は不思議でもなんでもない。
何が不思議なのかというと、このところフランスが持っていないとき、必ずイギリスが持っていることだ。
確かに自室以外の場所ですることは、少し…結構…あったりするのだけれど、これまでは彼が自分でゴムを用意したことなんて数えるくらいしかなかった。
フランスが持っていないときに、そのイギリスがたまたま持っていたなんて、そう都合の良いことが何度も重なるわけがない。
要するに最近のイギリスは、ゴムを常備しているということになる。
(うーん……なんかあったのか…? 誰かに何か言われたとか? …でも何を言われたらゴムを常備するって結論に至るのか、全っ然わかんねえ…)
そんなことをもやもやと考えてみるが、付き合いは長くてもイギリスの考えることはときどき本気でわからない。
彼の考えがわからないのは今に始まったことではないし、とりあえずゴムさえつければするのは構わないらしいので、フランスはまぁいいか、と受け取った包みを裂いた。
「お前って準備いいのなー」
「そっ、そんなんじゃねえよばか!」
からかうように言うと、イギリスは目元を真っ赤に染めて睨み付けてくる。
「そうかぁ? 最近いつも持ってるじゃねーか。さすがにお兄さんだって常備はしてねえぞ」
言いながら袋から取り出したゴムを片手で器用につけると、イギリスの両脚を抱え上げ自身の熱を入口に擦り付けた。
もうすっかり柔らかくなっていたイギリスの後孔は、宛われたフランスのものを受け入れようとひくひくと蠢き始める。
「ふぁっ、……あぅ…」
反論する代わりに可愛い声が上がり、両腕を背に回してぎゅう、としがみついてくる。
その様に思わずだらしない笑みが零れた。
「いつも持ち歩いてんのってさー、いつでも俺と出来るようにってことだよなぁ?」
「なっ、ちが…、ぁ、んんッ…!」
腰を抱え直してゆっくりとイギリスの中を開いていくと、もう何度となく繰り返したこの行為に慣れた彼の身体は、普段のつれない態度からは想像もつかないほど従順にフランスの熱を受け入れていく。
もともと人と肌を重ねることは好きだったけれど、こんなふうに胸が熱くなって腕の中の存在を酷く愛おしく大切に感じたことはなかった。
ああ、やっぱり俺イギリスのことすっごく好きなんだなぁ、とたまらない気持ちになって、腕を回していた腰を強く抱き寄せた。
**********
「なぁ……フランス」
イギリスはソファの上に半裸の身体を投げ出したまま、乱れた衣服を整えていたフランスに声をかけた。
「なに?」
「……このあと……俺の部屋に来てもいいぞ」
「…………。え、……何だよめずらしいじゃん、今のじゃ足りなかった?」
「うっ、うるせえよ!! 別に嫌なら来なくてもいいんだからな!!」
イギリスは声を荒げてフランスに背を向けたが、彼がどんな表情をしているのかはだいたい想像がつく。
本当にめずらしいイギリスからの誘いを断る理由などあるわけもなく、フランスは頬を緩ませ二つ返事で頷いた。
この雰囲気ではおそらく今晩はイギリスの部屋で眠ることになるだろう。
着替え取りに行きたいから俺の部屋寄っていい? と問うと、彼は少しばかり顔を赤くして 勝手にしろ、 と怒ったような口調で答えたが、大人しくフランスの後をついてきた。
必要なものを用意してイギリスの部屋に向かうと、彼はドアの前で あ、 と何か思い出したように声を上げ、鍵を開ける手を止めた。
「なに? どうしたんだよ」
「…携帯忘れた。生徒会室戻って取ってくる」
ばつが悪そうに呟いて、持っていた鍵と鞄をフランスに手渡した。
「相変わらず忘れもん多いなー、お前」
「お前が変なちょっかい出すから悪いんだろ! すぐ戻るから中に入って待ってろ」
なんで俺のせいなんだよ、と苦笑いしつつ、預かった鍵で扉を開けるとベッドに腰掛けてイギリスが戻るのを待つことにした。
この部屋に入ったのはいつ以来になるだろう。
何気なく見回した室内は相変わらずきちんと整理されていて、イギリスの趣味らしい妙に古めかしい家具ばかりが置かれている。
「あれ?」
その部屋に似つかわしくないものがフランスの視界に入った。
本や書類が並べられている本棚の隅に、隠すようにピンク色の物体が置いてある。
「…なんだ、あれ」
フランスは腰を上げて本棚に近づくと、何となしにそれに手を伸ばした。
イギリスのものを勝手に中を見たのがばれたら、確実にこの世とお別れなので中身を見るつもりはなく、これが一体何なのか、外観から予想するだけだ。
引っ張り出してみると、それはボックスティッシュくらいの大きさのピンク色の箱。
ピンク色、という時点ですでにイギリスの持ち物としては違和感がありまくりだ。
ファンシーすぎるこの箱に何が収納されているのか、フランスでなくても気になるところだろう。
手に取った箱は意外に軽くて、持った瞬間に中からガサガサと音がした。
箱の上蓋にはハートやら水玉やら、やたら可愛らしいマークがたくさん描いてある。
「……もしかしてゴムかぁ? つーか確実にそうだよなこれ…」
箱には何も書いていないが、デザイン的にも重さ的にも、最近イギリスが常備していることを考えても、まず間違いなさそうだ。
しかもこの箱の大きさからしてかなりの量が入っていると思われる。
なんでこんなもの持ってるんだ……そんなに中に出されるの嫌なのかな、まぁ後々大変なのはわかるけど……あ、俺今ちょっと…かなりへこんでる、かもしれない。
これがフランスの素直な感想だった。
ピンク色の箱を手にしたままがっくりと項垂れていると、ふいに部屋の扉が開いた。
イギリスが戻ってきたらしい。
「悪い、待たせた、……あっ!!!」
心底驚いたようなイギリスの声が聞こえた次の瞬間、彼はものすごい速さでフランスの手にあったピンクの箱を奪い取る。
その速さは音速……否、光速並みだ。
「ななななな何勝手に人のモン見てんだよ!! てめえ死にたいのか!!!」
「いや、中は見てないよ。出しただけ……」
「同じだ!!!!!」
イギリスの顔はこれまでに見たことがないくらい真っ赤に染まっていた。
この反応では箱の中身はフランスが想像した通りのものが入っているのだろう。
後ろ手に箱を隠し、泣きそうに潤んだ目で睨み付ける様はなかなかそそられるものがあったが、今はそれどころではない。
「お前の持ち物にしてはかわいい箱だったから、ちょっと気になってさ。まさかゴムだとは思わなかったんだよ、…ごめんな」
いつもならからかうところだけれど、フランスもこの箱の存在はそれなりにショックで、謝る以外に言葉が出てこなかった。
するときっとからかわれるのだと思っていたらしいイギリスは、素直に謝られたことで困ったように視線をあっちこっちに彷徨わせる。
「………………」
箱を抱えたまま身動きひとつしないのは、見られたくなかったものが見つかってしまい、どうしていいのかわからないのだろう。
イギリスの心中は羞恥といたたまれなさでぐちゃぐちゃになっているに違いない。
普段ならつり上がっている眉がハの字に下がっていて、そんな顔を見ると勝手に出して悪いことしちゃったな、と可哀想に思えてこっちまで辛くなってしまう。
「えっと……俺がいつもちゃんと持ってないから、わざわざ用意してくれたんだよな? ほんとごめんな、変な気使わせちまって」
「…っ、違うよばかぁ! これは俺が買ったんじゃねえ、もらったんだ!」
「え……誰に」
予想と違う答えについ聞き返してしまったが、イギリスにそんなものをくれる命知らずがこの世にいるなんて驚きだ。
しばらく言いにくそうに口をもごもごさせていたが、自分が買ったのを他人からもらったことにして誤魔化そうとしているのだと思われたくなかったのか、やがて小さな声でぽつりと呟いた。
「……アメリカだよ。なんかの作戦で作ったらしいけど、作りすぎて余ったからって」
一体何の作戦だよ、と突っ込みたくてしょうがないが、そんなことはイギリスも知ったことではないだろう。
アメリカの面倒を見ていた頃は与えるばかりで、アメリカから何かをもらうなんて滅多にないことだ。
顔には出さなかっただろうけど、内心では嬉しくて喜んで受け取ったのだろうに、中身を見てがっかりしているイギリスの姿が目に浮かぶ。
それでも こんなもんいるか、 と捨てられなかったのは、他でもないアメリカがくれたものだからだ。
フランスにしてみれば、どう考えてもいらないものを押し付けられただけだよなー…むしろ嫌がらせじゃねえの? としか思えないのだが、イギリスはたとえどんなものでも大事に思う相手からもらったものを、簡単に捨てられない性分である。
気が短い乱暴者のくせにそういうところはやけに繊細で、それはフランスにとって好意に値する一面だった。
「ふーん………このところ用意がいいと思ったら、こういうわけかー」
「っしょうがねえだろ、こんなもん人にやれるもんでもねえし、だからっていつまでも取っといても…」
「あー……なるほどね。少しずつ使って減らして、持っていた事実を隠滅しようって魂胆か」
「なんだよ何か文句あんのか?! 俺だって好きでもらったわけじゃねーよ!」
怒鳴りつけたイギリスは顔どころか耳や首筋まで真っ赤になっていて、このままでは彼の顔中の毛細血管が切れてしまうかもしれない。
このおもしろい反応をもう少し楽しみたい気もしたけれど、本当に怒って部屋から蹴り出されては困る。
何より理由を知って、中に出されるのが耐えられないほど嫌で持ってたわけじゃなかったのか、とそのことに安堵した。
「うん、そうだよな、アメリカが勝手にくれたんだよな。参考までに聞くけど、あとどのくらい残ってんの?」
イギリスは俯いたまま遠慮がちにフランスの隣に腰掛けたが、しばらく待っても何も答えようとしないので、そっと彼の顔を覗き込む。
まだ顔は赤く染まったままでちっとも元に戻る気配はなく、その態度から察するにまだかなり残っているらしい。
見せてもらった方が早いかな、と思い始めたとき、イギリスも同じように思ったのか無言で持っていた箱をフランスに押しつけた。
箱のふたを開けると、中にはゴムがぎっしり詰まっている。
しかもご丁寧に詰め合わせのような状態で。
とりあえず数を数えてみようかと思ったが、確実に五十以上はありそうだったので面倒になってやめた。
「まぁいいか、あって困るもんでもないしな。で、今日めずらしく誘ってくれたのはこれのせい?」
箱の中からゴムをひとつ取り上げて、イギリスの目の前に差し出すと彼は舌打ちをして顔を背ける。
「べ、別にそんなんじゃねえよ!」
「あれ、違うの? そっかー、イギリス一人で使い切るのは大変だろうけど、早くなくなるといいな」
わざとらしくそう言って、フランスは手にしていたゴムを箱に戻すと、ふたをきちんと閉めてイギリスに返した。
するとイギリスは手の中の箱と、フランスの顔を何度も交互に見て眉間に皺を寄せ、小さく唸る。
その様子に思わず吹き出して、彼に向き直って望む言葉を与えてやった。
「お前がどんなつもりでもいいけどさ、いつまでもそれが手元にあるのは困るんだろ? しょうがねえからお兄さんが減らすの手伝ってやるよ」
「な、なに恩着せがましく言ってんだよ! 何も無理に使い切らなくても、こんなの捨てればいいだけだし、……でもお前がどうしても手伝いたいって言うなら、仕方ねえから手伝わせてやる」
捨てるなんて言っても、そんなことは絶対に出来るわけがないとフランスにはよくわかっている。
せっかくもらったんだから捨てるなよ、捨てるくらいならどうしても手伝いたいなぁ、と目線を合わせてイギリスの手を取ると、彼はほっとしたように表情を緩ませ甘えるようにことんと肩に頭を乗せた。
手を握ってやると、控えめに握り返してくるのが可愛くてしょうがない。
「なぁ、それ半分俺がもらっていい?」
「…いいけど、…………預けるだけだからな、使うときは俺に許可取れよ」
「なーに、他で使うと思った?」
「ちっ、違うよバカ! これは俺のだから、勝手に使われたくねえだけだっ」
暗に余所で使うなと言ったのがしっかり見透かされていたのが恥ずかしいのか、イギリスは握った手を振り解こうとする。
逃げられないようにその手をさらに強く握り、肩に腕を回して抱き寄せると、赤く色づいた耳たぶを柔らかく噛んで囁いた。
「残念なことに今お兄さんはイギリス以外の奴を抱きたいと思わないんだよなぁ。使うときはちゃんとお前の許可取るから、預かってもいい?」
それならいい、とかろうじて聞き取れるくらい小さな声で答えたのが聞こえて、フランスはたまらず笑みを零した。
寄りかかった彼の身体から次第に力が抜けて、睨み付けるばかりだった鋭い双眸もいつのまにか蕩けるように潤んでいる。
今晩でいくつ減らせるかなぁ、とそんなことを考えながら、ほんの僅かこちらに顔を上げたイギリスの唇に口付けた。
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学ヘタって いいよね!!(どっこいおむすび君風に)